サン娘 ~Girl's Battle Bootlog【第2回】

第一章②

 私立聖陽女子学園は、生徒数約一万を誇る、中高一貫の巨大私立校だった。
 『次世代の教育機関』を標榜するこの女子学園は、優秀な生徒を育成すべく、学園内にはありとあらゆる最新の設備を揃え、多角的かつ総合的な教育機関として設立された。
 その特色の一つに、広大な敷地が挙げられる。東京都杉並区の上井草を中心に、上石神井、上石神井南町、下石神井、井草の五区にまたがった範囲が、学園の所有地となっていた。
 中学を卒業したまあちは、家庭の事情もあり、この春から学園の高等部へと転入学した。聖陽学園は都内にもかかわらず全寮制の学校であり、敷地内には生徒全員が入居できるよう、いくつもの学園寮が設けられていた。またそれだけではなく、日用品を販売する総合百貨店や飲食店があり、さらには映画館やメディアセンターなどの娯楽施設まで揃えられている。衣食住の全てが学園内にいるだけでまかなえてしまう、まさに一つの都市そのものだった。
 元はとある財団が、新しい都市構想計画を掲げ建設を進めていたが、様々な事情が重なりとん挫、代わりにこの聖陽学園が建てられることになった。
 その上井草にある、学園の本校舎。
 入学式を兼ねた始業式が終わったあと、『1―C』とプレートの出た教室で、担任の岸元響子きしもときょうこが言った。

「あー。今日から、この学園に転入学してきた生徒だ。別の中学から高等部へと入って来た。みんな、よろしくやってくれ」

 パンツ姿のスラリとした女教師の隣に、まあちの姿。
 平凡だが、どこか愛嬌を感じさせる顔に、満面の笑みを浮べて立っていた。

「へぇ……転入学生だってぇ」
「どんな子だろう?」

 クラスメイトたちのささやき声と、好奇の目線。

「でもさ……あれ、何?」

 皆の視線が、まあちの額に集まる。そこには、一枚の絆創膏が貼られていた。

「あはは。ちょっと朝転んじゃって。でも、ゼンゼン痛くないから大丈夫!」

 無駄に、元気よく答える。
 その態度に、クラスから小さい笑い声が起きた。

「あははっ。面白い子」
「いい子っぽそうだねっ」

 やってきた転入生に、盛り上がりを見せる教室。

「えっと、改めて七星まあちです! 今日からこの学園に通うことになりました! みんな、仲良くしてね!」

 クラスメイトたちから、「こちらこそっ」といくつも声が返ってくる。
 暖かくも好意的な雰囲気に、いいクラスだなと、まあちは感じた。

「……以上だな。それじゃあ席につけ」

 響子が、教室の一角を指し示す。
 窓際の最後列に、一つだけ空いた机。そこが、まあちの席となるらしい。
 移動し、着席する。

「今日は、始業式のため授業はない。ホームルームが終わったら、即時下校だ。それでは、これで……」

 響子は、ホームルームを締めようとしたところで、何かを思い出したようにまあちを見た。
 いや、正確には、まあちの隣の席だった。

「九鳳胤。七星は、この学園は初めてだ。色々と面倒みてやってくれ」

 九鳳胤と呼ばれた女生徒が、「え?」と驚きの声を発した。
 女生徒が顔を上げると、肩の上でゆるやかにウェーブした髪が、さらさらと揺れた。
 柔和ながらも、どこか気品の感じられる目鼻。
 いかにも『お嬢様』という言葉が似合う子だった。

「隣同士、何かと交流も多くなる。良くしてやれ」
「で、ですが……」

 女生徒は、困った顔をしながら言葉を濁した。

「センセー! 九鳳胤さんに任せると、余計なことまで教えるかもしれませーん!」
「七星さんが迷惑するかもー!」
「そーでーす! 栞さんじゃ良くないと思いまーす!」

 教室の中、赤毛の髪をした子が声を上げるや、数人がその声に同調した。
 ニヤニヤと笑いながら、女生徒を見てくる。
 どうやら『栞』というのが名前らしいが、栞は生徒たちの声に応えなかった。
 ただ俯き、じっと黙っている。

(これって……)

 まあちが眉をひそめていると、

「くだらないことを言ってるんじゃない」

 そう言って、響子はホームルームを終わらせた。

 ホームルームが終わり、早めの放課後がやってきた。
 中高一貫だけあって、みんな元々顔見知りらしく、放課後の会話に花を咲かせていた
 その中で、栞は一人で座っていた。誰とも話さずに、たった一人で。

(んー……なんか気になるなぁ……)

 さきほどの、栞への生徒たちの態度。決していいものには見えなかった。
 何かあったのかと、栞に尋ねようとしたとき、

「あの……七星さん、でしたよね? 九鳳胤栞と申します。よろしくお願いしますね」

 栞の方から丁寧に頭を下げてきた。まあちは慌てて、

「え、あ、うん。こっちこそよろしく! 栞ちゃん!」
「栞……ちゃん?」
「あ、ごめん。馴れ馴れしかった……?」
「いえいえ。その、少し驚いただけで……私は構いませんから」

 柔らかく微笑む。
 優しい人だな、とまあちは思った。

「それでは、行きましょうか」
「行くって、どこに?」
「この学園を案内して差し上げますわ」

「七星さんってすごいですよね」

 本校舎を出て、校内を案内されている途中、栞がそう言った。
 聖陽学園の校内は、広い敷地内にいくつもの教育棟が点在しており、高校というよりは大学のキャンパスに近い雰囲気だった。

「すごいって、何が?」
「高等部からの編入って、すごく少ないんです。基本的に中等部から入るのが普通で。たとえ学力が基準値に達していても、ある種の将来性を見込まれないと弾かれてしまうそうですわ」
「へぇ。そうなんだぁ……」

 そういえば、転入時の説明会にいた生徒は、自分を含めて十人もいなかったかも。

「中学時代、何かやられていたんですか?」
「え? いや、その、普通だったよ。普通の中学生。あはははは……」

 歯切れの悪い返答に、栞が小さく首を傾げた。
 隠すようなことでもなかったが、中学時代の話をするのは、なんとなくためらわれた。
 まあちの心情を察したのか、話題を変えるように、栞がとある建物を指さした。

「あれは、なんだと思いますか?」

 何の変哲もないコンクリート製の建物だった。四階建てで、地方の市役所といった感じの飾りっ気のない外観。周りには下校する生徒たちがそれなりにいたが、その建物の付近には、ほとんどひと気がなかった。

「なんか、地味な建物だね」
「文化保護センターといって、年代物の品々を保存している建物ですわ。陶器や絵画などの美術品から織物や漆器などの伝統工芸品、それに古書や古典の映像作品まで、たくさんの物があるんですよ?」
「へぇ……それって自由に見れたりするの?」
「ええ。そういった品々を通して、生徒たちが、国の伝統や歴史を学ぶために設けられた施設ですから。常時解放されているので、興味がある時に入ってみるといいですわ。私もよく行きますので」
「そうなんだ……。あ、なら、今度一緒に行こうよ。私もちょっと見てみたいし!」
「ええ。構いませんよ」
「じゃあ、ついでに連絡先交換しない? いつ行くか決めるためにさ!」

 ポケットからピーコンを取り出す。
 栞も同じようにピーコンをポケットから出し、操作しようとして――
 慌てて、バッと背中に隠した。

「栞ちゃん?」
「い、いえ……な、ななななんでもありませんわ!」

 これまでの落ち着きぶりがウソのように、焦り、取り乱す。必死にピーコンを隠し、まあちに見せまいとしていた。
 だがまあちには、一瞬ピーコンの画面が目に入っていた。
 全面ディスプレイのピーコンは、はた目からみると透明なアクリル板にしか見えず、味気がない。だから、お気に入りの壁紙を設定してカスタマイズするのが普通だった(ちなみに、まあちが設定しているのは、世にもレアなあんパン柄の壁紙だ)。

「今のって……」

 栞が、壁紙に設定していたもの。それには見覚えがあった。

「な、なんでもないんです! 気にしないでください!」
「それ、知ってる。あれでしょ、あのロボット。えっと、名前は……ガ……ガ……ガンダル!」
「っ!? も、もしかして、それは『ガンダム』のことですか?」
「そうそう、ガンダムガンダム! うちのお父さんが好きで、昔一緒に観たことがあるんだ」

 栞のピーコンには、トリコロールカラーのスタイリッシュなロボットが映っていた。
 似たものを、時々父親が見せてくれた映像データの中で目にしたことがあった。

「そんな……七星さんも知っていたなんて……ちなみに、ど、どの作品が! どの作品がお好きですか!?」
「え……?」
「お父様がお好きということは、やはり一作目から入られたのでしょうか!? ということは富野様の系譜を辿られたとか!? ちなみに、私が壁紙にしているのは、種運命……正式にはシードデスティニーという作品でして、富野様が監督をなされているわけではございませんが、非常に好きなんです!」

 襲い掛からんばかりの勢いで身を乗り出し、マシンガンのように喋り出す。

「好きな機体は多いのですが……やはり最優にして最上なのは、インパルスですわ! 男性的でありながら、見事に洗練されたフォルム。初代のデザインを受け継ぎつつも、より現代的にアレンジされたあの姿。ああ……やはり大河原様こそ至高……たまりませんわ……ふふふふ」

 悦に浸った表情で、中空を見つめる。完全に、自分の世界に入り込んでいた。

「し、栞ちゃん栞ちゃん」
「私、あの機体を見ているだけで、フランスパンをいくつでも……え?」
「ヨダレ、出てるよ」
「!!!!」

 栞は顔を真っ赤にし、慌てて口元を手で覆った。

「えっと、その……す、すごい好きなんだね、『ガンダム』」
「す、すみません……思わず興奮してしまって……」

 口元をハンカチで拭きながら、一転して絶望のどん底に落ちたような顔で言った。

「栞ちゃんって、ロボットが好きなの?」
「いえ、ロボットが好きということではなくで……ちなみに、これはロボットではなく、MSモビルスーツですけど……」
「う、うん」

 さらりと入る訂正。

「その、こういった映像作品が好きで……」
「アニメってことだよね。そうだったんだ……ちょっと意外かも」
「よく言われます。昔から家の躾が厳しくて……あまり外で皆さんと遊んだりはできなかったんです。その中で、ふとしたきっかけで触れて……」
「それでハマっちゃったんだ」

 頬を赤らめ、コクリと頷く。

「やっぱり変……ですよね?」
「別に変じゃないと思うよ? 私も中学のとき見てたし。そんなにおかしくないって」
「ほ、本当ですか!?」

 栞が顔を輝かせ、まあちの手をガッチリと握った。まるで百年の知己を得たような熱い眼差しを注いでくる。
 それだけ嬉しかったんだろうなと、まあちは思った。
 だが、そこへ。

「あーらら。まぁた『例の話』をしてたの、九鳳胤さん?」
「あんまり七星さんを困らせない方がいいんじゃない?」

 栞の肩がビクリと震えた。
 見ると、さきほどの赤毛の子が、数人の同級生と一緒にこちらを見ていた。

「高等部に入っても、まーだ引きずってたんだね、その趣味」
「七星さんだって、そんな興味ない話されても戸惑うだけじゃない?」

 笑いながら言った。
 栞は、ただ黙って俯いた。ホームルームのときと同じように。
 その姿を見ていると、なんだか胸がザワザワする。
 まるで、大切なものを嘲笑われたような感覚。
 これは見過ごしちゃいけないものだと思った。少なくとも栞ちゃんは笑ってない。
 なら――自分がなんとかしなきゃ。

「あ、あの! そういう言い方って、栞ちゃんに失礼じゃ……!」

 だが、その言葉を栞が止めた。袖を引っ張り、まあちを押しとどめる。

「し、栞ちゃん?」
「……いいんです。七星さん、今日は、これで失礼させてもらいますね」

 小さく「すいません」と謝り、まあちから離れていった。

「栞ちゃん!」

 声を掛けるも、栞は振り返らなかった。
 離れていくその背中が、ひどく寂しげなものに見えた。

「あーあー、行っちゃった。ちょっとやりすぎたんじゃない?」
「まぁいいじゃん。それより七星さんだっけ? あたしたち、これからゴハン食べに行こうかと思ってたんだけどさ、良かったら一緒に行かない?」
「うん。お気に入りのお店、紹介しちゃうよ?」

 赤毛の子たちが、気さくに話しかけてきた。親しげな笑顔すら浮かべて。
 だからこそ、まあちは戸惑った。
 さきほど栞に見せた態度と、まったく繋がらなかったからだ。

「そうだ。アレ、教えてあげればいいんじゃない? あの掲示板」
「あっ。いいね。何かと便利だしね。七星さん、『学内ネット』って知ってる?」
「え、いや、その……」
「ここの生徒だけが使える専用の掲示板なの。色んな情報が載っててね、どこのお店が今サービスしてるーとか、新商品が出たーとか書いてあるんだよ?」
「今から行くお店も、最近そこで盛り上がってるところなんだ。ねっ、ほら、見てよ」

 生徒の一人が、まあちにピーコンを見せてくる。
 グイグイとくる態度に、さきほどの栞とは違った意味でたじたじになる。
 正直、それどころじゃなかった。
 いますぐ栞を追いかけたい気持ちでいっぱいだった。
 なんとかそのキッカケを探していると、生徒たちが急に慌て始めた。

「ちょ、何これ!」
「え? なんか文字バグってない?」
「うっそ! ゼンゼン操作できないんだけど!」

 全員が全員、焦ったようにピーコンを操作し始める。
 ちらっと見えた画面には、意味不明のアルファベットが羅列され、レイアウトがくるくると回転していた。
 よくわからなかったが――チャンスだ。

「ご、ごめん! 私、用事があるから、また今度ね!」

 手を上げ、駆け出す。
 赤毛の子が「え? う、うん」と生返事をするも、すぐにまたピーコンへと向き直る。
 まあちは、栞を追いかけて走り出した。
 だけど。
 あるいは、ここで思いとどまるべきだったのかもしれない。
 そうすれば、少なくともアレとは出会わなかったはずだから。
 あの、黒い『怪物』とは……。


著者:金田一秋良
イラスト:射尾卓弥


次回1月25日(水)更新予定


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