サン娘 ~Girl's Battle Bootlog【第3回】
第一章③
まあちは、栞を探して走っていた。
(どこ行っちゃったんだろう……)
去り際の栞の顔が、頭から離れない。とても悲しげで、寂しそうで。
あのまま行かせるべきじゃなかった。自分の不甲斐なさに腹が立ってくる。
(あのときだって……)
そう。あのとき。私を見る、『あの子』の目。
まるで裏切られたというように、怒りとも哀しみともつかない目で、私を……。
一瞬、古い記憶が蘇りかけ、胸がズキンと痛む。
(……いけないいけない。今は栞ちゃんを探さないと)
頭を振って、思考を切り替える。
栞がどこへ行ったかわからなかったが、走ればきっと追いつくはず。
だが走るその足が、ピタリと止まった。
(何……あれ……)
栞を探すことすら一瞬忘れて、目の前の光景に見入った。
校内の喫茶店の一つだった。オシャレなカフェテラスがあり、生徒たちが放課後のひと時を楽しんでいる。
その中に、異様な物体が浮いていた。
大きさは約五〇センチほどだろうか。黒い直方体がいくつも合わさったような形をしており、不規則にサイズを変えながらうごめいていた。少なくとも生き物には見えない。コンピューターウイルスが現実に現れると、ちょうどあんな姿になるのではと思わせるような物体だった。
細部に目を凝らそうとするも、全身から黒いモヤを放っており、全体像がハッキリしない。
だが、奇妙なのはそれだけじゃなかった。
(みんなには、見えてないの……?)
カフェにいる生徒たちは誰一人、黒い直方体には目を向けようとしなかった。
まるで目に入っていないかのように、友人との会話を続けている。
やがて、黒い直方体の一面が開くと、中からケーブルのようなものが何本も飛び出した。ケーブル群が伸び、店内のあちこちにピタリと先端をつける。
途端に、店内に異変が起こった。
「っ?! な、なにこれ!」
「ちょ、ちょっとどうしたのよ!」
店内のライトが激しく明滅し、カウンターに設置されたメニューパネルが、意味不明な映像を映し出す。厨房内では、各調理設備が狂ったように無軌道な動作を始めていた。
当然、店内はパニックになった。
どう見ても、あの黒い直方体の仕業に違いなかった。
(な、なんなの、あれ……)
あちこちから生徒たちの狼狽する声が聞こえてくる。
理由はわからないけど、見えているのは自分だけらしい。
なら、どうにか出来るのも自分一人だけだった。
(と、とにかく、なんとかしなくっちゃ!)
臆する心を抑え、一歩踏み出した途端、唐突にライトの明滅が止まった。
ケーブルが壁から離れ、黒い直方体の中へ戻っていくのと同時に、機械トラブルも収まる。
生徒たちは怯えた様子で、「な、なんだったの今の」「さ、さぁ」などと言い合っていた。
よくわからないが、どうやら直方体が活動を止めた?らしい。
(よ、良かった……)
ほっと胸をなで下ろす。
でも……なんで突然、止まったんだろう?
再び直方体を見る。その身体の向きが、さっきと変わっていた。正面らしき一面が、こっちに向けられている。目はなかったが、あったとすれば睨むような瞳が見えたかもしれない。
(も、もしかして……)
嫌な考えが頭をよぎる。
それが正解だとでもいうように、次の瞬間。
直方体が猛スピードでまあちの方へ飛んで来た。
「や、やっぱり!?」
猛然と走り出す。黒い直方体が、負けじと追いかけてくる。
(な、なんで私の方に来るの!?)
捕まらないよう全力で足を動かす。捕まったら、ただじゃすまない気がした。
だが混乱する頭と違って、手足はスムーズに動いた。これでも走りには自信がある。アップもなしに全力で走るのは少し不安だったが、今はそんなこと言っていられる場合じゃない。
幸いにも、まあちの足の方が速かったようで、少しずつ直方体が離れていった。ひと気のない教育棟の裏側に走り込み、直方体の視線が遮られた隙に、非常階段の隙間へ身を隠した。
幸い直方体は気づかなかったようで、すぐそばを通り過ぎていった。
「はぁ……か、間一髪だったぁ……」
その場にへたり込む。
「大丈夫……?」
突然、誰かの声がした。
慌てて振り返ると、そこに一人の少女が立っていた。
今朝出会った女の子、レイだった。
「れ、レイちゃん!?」
「大丈夫……?」
驚きに目を丸くするまあちに、同じ質問を繰り返した。
「あ、うん。大丈夫大丈夫。具合が悪いとかじゃないから。……って、そうだ! ここから離れないと! レイちゃんも、今すぐどこかに行った方がいいよ。もしかしたら見えないかもしれないけど、このあたりに変な黒いオバケみたいなのがいるから!」
「オバケ……?」
「そう!」
「オバケじゃない……あれは『フラクチャー』」
「ふらくちゃー……?」
「それに、もう遅い。すぐそこまで来てる……」
レイが目を向けた先、そこには再びあの直方体――フラクチャーが浮いていた。
「ま、また!?」
慌てて立ち上がり、非常階段から出る。
レイは動かなかった。いつものぼうっとした眼差しで、フラクチャーを眺めている。
フラクチャーが、その一面を大きく開き、まるで獲物を食らうように巨大な口を開けて襲い掛かって来た。まあちではなく、レイ目がけて。
だ、ダメ……!
瞬間、身体が動いていた。レイの前に出て、その身を庇うように、両手を左右に突き出す。
眼前には巨大な口。漆黒の咢が、全てを呑み込まんと視界いっぱいに広がり――
「っ!」
恐怖に目をつぶった、その瞬間。
突然、頭に電子ボイスが響いてきた。
「――SUN―DRIVE起動。機装化――」
ボイス音と同時に、まあちのピーコンが激しく発光した。
光と同時に、奇妙な酩酊感がまあちを包んだ。平衡感覚が狂い、上下左右が目まぐるしく入れ替われるような感覚。嵐に翻弄される小舟のように、意識が振り回される。
時間にすれば一秒にも満たない数瞬。その感覚が収まったとき――
ガン!
すぐそばから、重い金属音が響いてきた。
「……?」
恐る恐る目を開けると、思わず呆気にとられた。
まあちの隣に、巨大な鉄塊が浮いていた。
それは、どこからどう見ても『腕』だった。
まあちの身体ほどのサイズもある巨大な腕。
蒼く染まった鋼鉄の腕が拳を握り、まあちの右脇から前方へ突き出されていた。
「な、何これ……」
信じられないものを見る目で『腕』を見る。
「rrrrrrrrrrrrrrr!」
フラクチャーが、うなるような電子音を鳴らした。崩れた建物の外壁に、埋もれる形でうずくまっている。状況を見るに、どうやら『腕』に殴り飛ばされ、激突したらしい。
(ど、どうなってるの、これ……)
異常は、それだけじゃなかった。すぐ近くにいたはずのレイがいない。
見回すも、この場にいるのは、自分と、あのフラクチャーだけだ。
「rrrrrrrrrrrrr!!」
混乱するまあちに構うことなく、フラクチャーが再び浮き上がった。
身震いし、より獰猛さを増した唸り声を上げる。敵意は少しも衰えていない。
(そ、そうだ。まずは、これをどうにかしないと)
湧き上がる疑問を抑えつけ、目の前の危機に集中する。
チラリと脇へ目をやる。空中に浮かぶ『腕』。まあちの肩の上に浮いた、直径二〇センチほどのポッドから出現していた。反対側を見ると、もう一つ。左右合わせて、計二つのポッドがあった。
じっとその姿を眺めていると、不意に四角いウィンドウが空中に出現した。
画面内には、ポッドと『腕』の画像が表示されており、それぞれ<エッグ>と<Dアーム>という名称が示されていた。
(エッグ? デュエルアーム? これが名前なの?)
わからないことだらけだったが、少なくともこの『腕』――Dアームは、さっき自分を守ってくれたように思う。
なら、これがあれば自分の身を護ることぐらいはできるかもしれない。
そう考えたのもつかの間。
Dアームは、役目を終えたようにエッグの中へ収納されてしまった。
「ええ!? そんなぁ!」
心の寄る辺が消えたことで、一気にパニックに陥る。
恐る恐るフラクチャーへ視線を移す。じっとこちらをうかがっていたフラクチャーと目が合った気がした。
フラクチャーは一度身じろぎすると、今がチャンスだとばかりに突進してきた。
「いやああああああああっ!」
なんとか避けようと地面を蹴った。ぐんという加速。予想した何倍もの速さで身体が動き、突進してきたフラクチャーを楽々とかわした。
標的によけられたフラクチャーは、そのまま非常階段へ衝突。金属製の手すりの間に身体が挟まり、身動きが取れなくなる。
(危なかったぁ……。ってそれより、いま、急に身体が軽くなって……)
フラクチャーを警戒しつつ、自分の掌を握ったり開いたりした。試しに軽くジャンプしてみると、普段の二、三倍の高さへ軽々と舞った。本気を出せば、建物の二階ぐらいは、ひとっ飛びで辿りつけるかもしれない。
そしてそこで、始めて自分を包む服装に気付いた。
「な、何これ!」
今まで着ていた制服がどこにもない。代わりに、ピッチリとした青い布地だけがあった。胴体部分しかない極端に少ない布面積。それを一言で表すとこうなる。
スクール水着。
というか、スク水まんまだった。おまけに、胸についた白い名札には丁寧に「まあち」とまで書かれている。さらにマニアックなことに、手には二の腕まで伸びる白手袋と、足には白のニーソックス。額には、透明な薄緑のバイザーが装着されていた。
「い、いつの間にこんな格好に……」
思考を巡らしているうちに、フラクチャーが手すりを抜け、再び浮き上がった。
三度目の対峙。だが、さきほどまでのような恐怖は感じなかった。
むしろ胸の内から不思議な自信が湧き上がってくる。
(もしかして……このまま倒せる?)
ここで逃げたとしても、また遭遇する可能性は0じゃない。何より放っておけば、あの喫茶店で起こったようなトラブルを発生させるかもしれない。なら、このまま見過ごすことなんてできなかった。
(倒せない……としても、なんとか止めないと!)
覚悟を決め、フラクチャーに向かい腰を落とし構える。
その攻撃の意思を読み取ったのか、フラクチャーが再度迫ってきた。つるりとした表面に殺気すら漂わせて。
何ができるかわからない。どうしていいかもわからない。
だから、まあちは強く念じた。
(お願い……止まって!)
瞬間、エッグが震えた。まあちの想いを受け取ったようにエッグが開く。たちまち鋼鉄の腕、Dアームが飛び出す。その手には、先ほどまではなかった物が握られていた。
細長く伸びた灰色の鉄の塊。それは『ライフル』だった。
眼前にウィンドウが出現し、その名称を表示する。まあちは、すかさずその名を叫んだ。
「れ、レーザードライフルっ!」
引き金が引かれ、銃口から光弾が放たれる。高熱の光が伸び、フラクチャーを貫いた。
「guoooooooooooooo!」
中心を穿たれたフラクチャーは、断末魔の如き慟哭を上げた。
身体中に亀裂が入り、爆散するように身体を弾けさせると、たちまち中空へ霧散した。
静寂が訪れる。
(や、やったの? 私が……)
戦いの終わりを告げるように、ウィンドウが再び現れた。
画面には、ひと言こう表示されていた。
『レイズナー_SPT-LZ-00X』。
著者:金田一秋良
イラスト:射尾卓弥
次回2月1日(水)更新予定
©サンライズ
©創通・サンライズ