サン娘 ~Girl's Battle Bootlog【第5回】
第一章⑤
「へぇ。あんた、転入生なの?」
近くにあった無人の喫茶店に入ったあと、楓が色々と事情を尋ねてきた。
「うん。今日、高等部に入ったところ」
「ってことは、一年か。あたしと同じね」
「え、同じ?」
思わず驚いた声が出た。楓はやや不満そうに眉間にしわを寄せて、
「あによ、同学年だと、なんか問題あるワケ?」
「べ、別にそんなことないけど……」
堂々とした物腰に、てっきり先輩かと思ってしまった。
「それで? 色々と聞きたいことはあるだろうけど……何から聞きたい?」
「何からって……もう何がなんだかわからなくて……」
「まっ。当然よね。見たところ『nフィールド』に入ったこと自体初めてっぽいし」
「nフィールド?」
「この空間のことよ」
手を上げ、周囲の空間を示す。
「ここは現実じゃないわ。あくまでも仮想の……データ上の空間よ」
「現実じゃない? データ上の空間?」
まあちの頭の上に、大量のはてなマークが浮ぶ。この子は突然、何を言いだすんだろう?
「そんなマヌケなヤギみたいな顔しない。ちゃんと初めから説明してあげるから」
言って、すっと人差し指を立てる。途端に、空中にウィンドウが現れた。
「あっ! これ、さっきの!」
「見てるなら話は早いわ。ほら、あんたも出しなさいよ」
「出すって……どうやって?」
「普通に『出ろ』って思えばいいのよ。そしたらシステムが思考を読み取って、勝手に起動させてくれるから」
「思う……」
試しに念じてみる。出ろー出ろー……これでいいのかな?
すぐさまポンとウィンドウが出現した。
「できた!」
「そこに何が表示されている?」
表示されたウィンドウを見る。先ほどはエッグやDアームの画像が表示されていたが、今は何かの起動画面のようなものが映し出されていた。そこに書かれている文字を読み上げる。
「SUN-DRIVE……?」
「そう。それがこのソフトの名前よ。この空間も、あのエッグとDアームも、全てこのソフトが生み出したものなの」
「これが……?」
まじまじとウィンドウを見つめる。
「ねぇ。さっき言ってた『仮想空間』って何?」
「簡単に言えば、データ上で再現された空間のことよ。この建物や机も、全部データで構築されたものなの。現実にあるわけじゃないわ。あくまでも意識だけが、この空間にアクセスしている状態ってこと」
「現実にないって……じゃ、じゃあこの身体は?」
「いま説明したでしょ? 全部データだって。当然、身体だっておんなじよ」
本当に? 試しに腕をつねってみる。
「イタッ! 普通に痛いんだけど!」
「五感に擬似情報を流してるのよ。実際の身体が痛みを感じてるわけじゃないわ」
「じゃあ、私の本物の身体はどうなってるの?」
「いまも現実空間にあるに決まってるじゃない」
「えぇ!? そ、それって大丈夫なの!?」
ならいまもあの教育棟裏に転がってるってこと? どうしよう。誰かにいたずらされないかな。
「心配無用よ。このnフィールド内は、時間が停止してるの。何十時間過ごそうが、現実空間では一瞬の出来事よ。ソフトを終了すれば、また元いた場所に戻ってる。というか、厳密には一歩もその場から動いていないんだけどね」
「そっか……それならひとまず安心だね。でも、いつの間にそんな空間に入っちゃったんだろう……」
「だからSUN-DRIVEを起動したからでしょ?」
「いや、起動って言われても……。そもそもこのソフト自体、まったく身に覚えがないんだけど……」
「それは私も同じ。一か月ぐらい前に、気づいたらPDにインストールされていたの」
「ピーコンに?」
「そっ。それで試しに起動してみたら、この場所に、こんな格好で佇んでたってこと」
改めてマジマジと楓の姿を見る。どこからどう見ても、チアガール衣装だ。
「ち・な・み・に、あたしはチアガール部に所属してるわけでもないし、チアガールに憧れてたこともないし、というかむしろアホみたいな格好だとすら思ってるから。この衣装であることは、あたしの意思とは関係なし! だから、一切質問とかしないで。したら怒るから。その代わり、あんたのスク水にも触れない。それでイーブンよね」
目を怒らせて主張してくる。どうやら本人は不満たらたららしい。
よく考えたら、チアガール衣装とスク水姿で、喫茶店に座っているのもおかしな話だ。
いまだけは周りに人がいなくて良かったと思った。
「えっと、つまり私の意識だけ、このソフトの中に入りこんじゃってるってこと?」
「そういうこと」
「スゴイね、楓ちゃん……。全部一人で調べたの?」
「楓、ちゃん? ……まぁいいけど。これでもプログラミングをちょっとかじってんのよ。ソフトを解析して、読み取れる情報を可能な限り集めたわ。まぁ妙に固いプロテクトがあるせいで、結局わかったのは必要最低限のことだけだけど」
「いやいや、それでも充分スゴイって。私なら絶対ムリだもん」
「あー。あんた、頭使うのは苦手そうだもんね。確かに、ジャンガリアン・ハムスターみたいな顔してるわ」
「何その、なんとかハムスターって」
「ジャンガリアン・ハムスター。とってもトロくてお馬鹿な動物」
「ヒドイ! ハッキリと言わなくて良くない!? そりゃそんなに賢い方じゃないけど!」
楓は思ったことをズケズケと言ってくる。気遣いゼロ。栞とはまるで正反対の性格だった。
「そういえば、あんたのSUN-DRIVEの名前って、なんなの?」
「名前って……だから、SUN-DRIVEでしょ?」
「ちーがーうーわーよ。それぞれSUN-DRIVEには固有の名前みたいなものがついてるの。ちなみに、あたしのは『ザンボット3』って名前らしいわ」
「あっ。えっと、私のは確か……『レイズナー』だったはず」
「レイズナー、ね。たぶんそれも『アレ』関係なんだろうけど……」
眉を曇らせ、どこかウンザリしたような調子でつぶやいた。
「そういえば……突然、速く動いたり出来るようになったけど、それもこの格好のおかげ?」
「厳密には違うわ。さっきも言ったけど、ここはデータの世界。本人の肉体のポテンシャルは関係ないの。データの設定値や処理によって現実の何倍もの速さで動ける。ことさら、この『アンダースーツ』のおかげとかではないわ」
「そうなんだ……でも、なんでこんなことができるのかな……」
「残念だけど、このソフトの目的だけは不明よ。いくら解析しても情報は読み取れなかったわ。ただ、推測するに……恐らく、あの変なプログラムを倒すためじゃない?」
「プログラムって、フラクチャーとかいうやつのこと?」
「そ。エッグに備わったDアームも、それを排除するための機能でしょうね」
「あれって、なんなんだろうね……」
「詳しくはわからないわ。ただ、あいつだけは、現実の空間にも影響を与えるの。放っておけば、すぐさま電子トラブルを引き起こそうとするわ。だから、そうなる前に排除する必要があるの」
カフェで見た光景が蘇る。フラクチャーが起こすトラブルによって、みんなが困っていた。
「もしかして楓ちゃんは、そうさせないためにフラクチャーと戦ってたの?」
「まぁ……結果的にはそうなっちゃったけどね。ただ……」
楓は、なぜか言葉を濁した。
「ただ……?」
「……なんでもないわ。それに、たかだか一か月程度のことよ。たいしたことじゃないわ」
「でも、その間ずっと一人で戦ってたんでしょ? 充分スゴイって思うな」
「べ、別にそこまでのことじゃないわよ。それにほら、身近でトラブルが起こったら色々と面倒でしょ? だからよ、だから」
妙に不機嫌そうに答える。それは照れ隠しのようにも見えた。
もしかしたら、根はいい人なのかもしれない。
「それになんだか知らないけど、こっちを見た瞬間、追いかけてくるのよね。そうなったら、嫌でも倒すしかないでしょ?」
「あっ! 私も襲われた!」
「あんたも? ならやっぱりSUN-DRIVEの所持者に襲い掛かる性質があるのかも。だとすると、フラクチャーとこのソフトの製作者って互いに関係があるってことかしら……?」
ブツブツと、またもや一人で何かを考え始める。
「ねぇ。私たちみたいな子って、他にもいるのかな?」
「少なくともあたしが会ったのは、あんたが初めてよ。でも、いてもおかしくないわね」
「じゃあ、何も知らないまま、フラクチャーに襲われたりとか……」
「……ありえなくはないわね」
まあちが襲われたときだって、運よくSUN-DRIVEが起動してくれたから助かった。
もしそうでなかったら今頃……。
背筋にひやりとしたものが走る。
そして今この瞬間、同じような目に遭っている子がいるかもしれなかった。
「……ねえ。もし良かったら、私も楓ちゃんを手伝わせてくれない?」
「は?」
「だってほら、他のみんなが危ないのに、自分だけのんびりしてられないもん」
「本気で言ってんの? いくらデータ上の空間とはいえ、痛みはキッチリ感じるのよ」
「痛いのはイヤだけど……でも、ここで何もしない方がもっとイヤだから。だからお願い、楓ちゃん!」
楓は、意外そうな目をした。まあちの言葉が本気であることがわかったらしい。
「……あんたって物好きな性格してるわね」
どこか呆れ半分な調子だった。
いつだったか、小学生時代、同級生の友達にも同じ目で見られたことを思い出す。
でもそういうときは、決まってこう応えた。
「だって、それが私だもん」
今度は本格的に呆れた目で見られた。まるで珍種の動物でも見るみたいに。
だが断られないところをみると、どうやら了承してくれたらしい。
「仕方ないわね……。それじゃ……ん」
何やら右手をまあちに向かって差し出してくる。
「何、これ」
「その……これから一緒にやるんだし……さ、最初って大事でしょ!」
ようやく楓の意図が伝わる。どうやら握手をしようということらしい。
「べ、別にしたくないならいいわよ! あたしだって好きでこんなことしてるわけじゃ――」
「わぁ! 待って待って! やるやる! やるから!」
慌てて右手を差し出す。互いに手を握り合い、握手した。
「七星まあちだよ。改めてよろしくお願いね、楓ちゃん!」
「はいはい。よろしくね、まあち」
言って、楓は席から立ちあがった。
「それじゃ、そろそろ元の世界に戻るとしよっか。……あっと、その前に」
楓がウィンドウを操作すると、まあち側のウィンドウに何かの通知が表示された。
「連絡先送っといたから。何かあったときは、そっちによろしく」
「あ、じゃあ私も」
同じように操作して、楓と連絡先を交換した。
「でも、どうやってここから出るの?」
「ウィンドウ脇にログアウトの文字がない? そこを押せばいいの」
「ログアウト……あ、これね」
いざ出ようとしたとき、ふとあることが気になった。
「そういえば……最初、なんで私に襲い掛かって来たの? それに『今度こそ逃げるんじゃないわよ』とか……」
「ああ。それ? いたのよ」
「いた?」
「人の姿をした奇妙なフラクチャーがね」
著者:金田一秋良
イラスト:射尾卓弥
次回2月15日(水)更新予定
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