サン娘 ~Girl's Battle Bootlog【第7回】

← 前作品ページ次 →


第一章⑦

 早速、教室へと向かうも、そこに栞の姿はなかった。クラスメイトに尋ねると、

「知らない。あの子、中等部のときから、昼休みになったらどこかに行っちゃうの」

 いかにも興味なさそうに答えた。

「どこ行っちゃったんだろう……」
「あんた、連絡先とか交換してないの?」
「して……ない」

 力なく答えた。昨日は、結局連絡先を交換する前に別れてしまった。

「まっ。仕方ないわね。こうなったら放課後にでも……ん?」

 楓の視線が、教室の一角で止まった。生徒数人が、慌てた様子でピーコンをタップしていた。
 あの、赤毛の子たちだった。

「ちょっと、急にどうしたのよ、これ……」
「もう、全然操作できない!」
「昨日と同じ……これがあの学内ネットの荒しってやつ!?」

 次々に混乱した様子で操作している。

「何かあったのかな、楓ちゃん?」
「…………」

 楓は真剣な様子で自分のピーコンを取り出すと、何かを調べ始めた。

「……やっぱり」
「どうかしたの?」

 楓が、ピーコンの画面を、まあちへ向ける。表示されたのは、先ほどと同じ学内ネット。だが、書かれた文章は全て文字化けしていた。まるでウイルスソフトにでも侵されたように。

「これって……」
「昨日も同じことが起こったわ。そして、その直後に……『アイツ』を見たのよ」

 言うなり、楓は教室を飛び出した。

「ま、待ってよ! 楓ちゃん!」

 急いでその後を追っていく。
 楓は階段を下り、昇降口へと出ると、何かを探すように周囲を見回した。

「絶対にいるはず……どこ! どこにいるの!」
「はぁはぁ……あ、アイツって……?」
「言ったでしょ! 人型のフラクチャーよ!」

 楓が言うなり、まあちの視界に黒い物体が映った。校舎前を移動する見覚えのある黒いモヤ。
 フラクチャーだった。
 だが、そのフォルムは昨日と異なっていた。スラリと伸びた手足に、ふくよかな胸。頭には大きな黒い帽子のようなヘルメットを被り、それが顔の上半分を覆っている。
 まるで、人間の女性のような姿だった。

「あれって……」
「あいつよ!」

 楓が、女性型フラクチャーに向かって駆け出す。女性型フラクチャーはどこかへ向かっている最中らしく、木々などをすり抜けながら、空中を飛行している。

「待ちなさいっての!」
「ねぇ! さっきのバグって、あれのせいなの!」
「恐らくね!」

 追いかけるうちに、女性型フラクチャーは、とある建物内へ、外壁をすり抜け入っていた。
 立ち止まり、その建物を見上げる。

「ここって……」
「文化保護センターのようね。なんで、こんなところに……」

 昨日、栞に紹介された建物だった。

「とにかく中に入るわよ」
「う、うん」

 緊張した面持ちで答える。二人は、建物へと入り、女性型フラクチャーを探し始めた。
 館内は、図書館と博物館を足して二で割ったような内装だった。古そうな本が戸棚いっぱいにあるかと思えば、よく知らない土器などがケース内に展示されている。栞の説明の通り、古美術品から伝統工芸品まで様々なものが保存されていた。

「ふわぁ……すごい……」
「見入ってるんじゃないわよ。早くあいつを探さないと」
「なんでこんなところに入ったんだろう?」
「さあね。あんな悪性プログラムの考えなんてわかるワケないでしょ」

 警戒しつつ、館内を見回りながら進んでいく。
 やがて『オーディオルーム』とプレートの張られた部屋へと入っていった。
 ひと気のない、静まり返った無人の室内。
 いや……違った。一人だけ生徒がいる。
 個室ブースに座り、設置されたディスプレイを見入っていた。
 あれは――。

「栞ちゃん!」

 まあちの声に反応して、栞がヘッドホンを外しながら、こちらへ振り向いた。

「七星……さん?」

 どこか困惑した声。

「栞って……もしかしてこの子が、例の子?」
「あ、うん。……栞ちゃん、こんなところにいたんだね?」

 まあちが見ると、栞は気まずそうに視線を逸らした。
 背後のディスプレイには、今も映像が映し出されていた。栞の身体に隠れて一部しか見えなかったが、アニメ映像だということはひと目でわかった。
 まあちの視線に気づき、栞が慌ててディスプレイのスイッチを切った。

「今のって……」
「…………」
「あんたのお好きなロボットアニメってヤツ?」
「……っ」
「か、楓ちゃん!」
「いいじゃない。別に隠すようなことでもないでしょ? 腫れ物に触れるような接し方の方が、返って気分悪いってものよ」

 楓が、チラリと栞を見る。
 栞は一瞬驚いたような顔をしたが、やがてふっと表情を緩め、

「……ええ。その通りですわ。ここで視聴していたんです」
「アニメなんかもあるのね、ここ」
「この学園を運営する財団が昔、アニメの製作会社を経営していたみたいで……当時の作品データが、ここのサーバー内に保管されているんです。私にとっては唯一の、心を休められる場所ですわ」

 栞は、愛おしいものを見るように映像デッキを眺めた。

「そんなに好きなワケ? ロボットアニメが」
「ええ。巨大な機体に乗り込み、痛みも、苦しみも耐えて、必死に戦い抜く。その姿を見ていると……無性に心が打たれるんです。彼らは、どんな逆境にあっても諦めない。それってすごいことじゃないですか」
「だから憧れた」
「ええ。ですが……そのことを人に話しても、ちっとも理解されませんでした。熱を込めて語れば語るほど、むしろ忌避するような目で見られて……そして、気づけば……」
「誰にも話さなくなったと」
「私は、ただ好きなものを好きでいたかっただけなのに……。あそこじゃ、それすら認めてくれなくて……まるで自分の居場所がないみたいです……」

 栞の言葉一つ一つが、まあちの胸を打った。好きなものを人に理解されないのは、誰だって辛い。あまつさえ、それを悪く言われてしまえば……どうして心を開けると言うんだろう。
 でも、だからこそ、まあちは言ってあげたかった。栞に伝えたかった。
 栞に歩み寄ろうとするも、その肩を楓が掴み、止めた。

「楓ちゃん……?」
「フラクチャーには、SUN-DRIVERを襲う習性があるって言ったわよね。あたしたちは撃退できたけど……もし失敗したら、どうなってたと思う?」
「なんで急にそんな話を……」
「目を凝らして、あの子をよく見てみなさい」

 冗談を言っている雰囲気ではなかった。まあちは、促されるまま栞を注視した。
 ホントに、ホントにごくわずかだが、栞の身体から黒いモヤのようなものが立ち昇っているのに気付いた。

「ねえ。一つ聞きたいんだけど、黒いオバケのようなものを見たことはなかった?」
「オバケ? そういえば、三日前に一度……。ですが気づいたら意識を失っていて、目を覚ましたときにはどこにもいませんでしたわ」
「そう。それで、もう一つ聞きたいんだけど……学内ネットをバグらせたのって、あんた?」
「え?」

 声は、まあちのものだった。

「出来過ぎてるのよ。学内ネットのバグ、妙なフラクチャー、そして駆けつけてみれば、この子って……」
「どういうことでしょう?」

 栞が聞き返した。無表情だった。心なしか黒いモヤが、濃くなった気がする。

「嫌いだったんでしょ、あの掲示板。ネチネチと人の悪口ばっか書いて。……違う?」
「だからって、私が何かしたというんですか?」
「実際に行動に移さなくても、あんた自身はそう願っていた。こんなのなくなっちゃえばいいのにってね」

 栞が、ぎゅっと唇を噛みしめた。

「……ええ。そうです。嫌いでした。人のことを何もわかろうとせず、あれこれと無責任に発言して……許せなかった。どうして私がここまで苦しまなければいけないのと……そう何度も思いました!」

 叫ぶと同時に、栞の身体から一気に黒いモヤが立ち上がった。
 目を凝らさずともわかるぐらい、それはハッキリと栞の身体を包み込んでいった。

「だからきっと、なくなってしまえば清々すると思いましたわ」

 瞳には、暗い怒りの火が宿っていた。その焔に吸い寄せられるように――
 あの女性型フラクチャーが出現した。

「「っ!」」

 まあちと楓が同時に身構える。床下から現れた女性型フラクチャーは、栞の背後へ浮かび上がると、手を回し、栞の肩を優しく抱きしめた。

「し、栞ちゃん!」
「迂闊に近付いちゃダメよ!」

 栞へと駆け寄ろうとするも、楓の声が止めた。

「どうして!」
「たぶん、あの子は憑りつかれたのよ。あのフラクチャーに。……いえ、正しくは憑りつかれた結果、あの人型のが生まれたってところかしら」
「あれを栞ちゃんが?」
「たぶん学内ネットのバグも、あの子の思いに従ってアレが起こしていたものでしょうね」
「じゃあ……どうすれば……」

 いまや黒いモヤは完全に栞を覆い尽くし、その表情はうかがえない。

「もう疲れました。学校も、他の生徒も……全てがどうでもいいですわ……」

 モヤの奥から、この世の全てに絶望したような、どこまでも暗く、沈んだ声が聞こえてきた。
 同時に、栞のピーコンが激しく発光した。連鎖するように、楓とまあちのピーコンの画面も光り出す。光源は、画面の中の『S』のついたアイコンだった。

「楓ちゃん、これって……!」
「見たまんまよ……やるしかないってことでしょ!」

 激しく照らされる光の中、フラクチャーと栞が重なっていくのが見えた。

「栞ちゃん!」そう声を掛けようとして――また、あの酩酊感がまあちを襲った。

 天地が逆さになるような感覚。意識が茫洋とし、立っている感覚すら覚束なくなる。
 そして、聞こえるあのボイス。

「――SUN―DRIVE起動。機装化アクティベイト――」

 再び意識がハッキリしたとき、周囲の風景が様変わりしていた。


著者:金田一秋良
イラスト:射尾卓弥


次回3月1日(水)更新予定


← 前作品ページ次 →


©サンライズ
©創通・サンライズ


関連作品