サン娘 ~Girl's Battle Bootlog【第9回】

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第一章⑨

 楓は、いまも必死に攻撃をしのいでいた。胴体への直撃こそさけているものの、ガードに回したDアームは、もはやボロボロだった。絶え間ない爆発に、装甲には亀裂が入っている。

(早くしてよね! バカまあち! このまま落とされたら、どうすんの!)

 再び巨大なエネルギー砲が放たれた。

「っ!」

 なんとか半身をそらし、間一髪でかわす。
 そのとき、視界端に予想もつかないものが映った。すぐ脇の岩陰から飛び出す人影。片方のエッグだけを追随させた栞だった。エッグから、新たな色のDアームが伸びる。今度は、真紅の装甲だった。その手に握られた長大な剣。刃先の片側に、ビーム光を纏った『エクスカリバー』を、栞は上段に構えた。

(待ち伏せされてた!?)

 恐らく楓たちの作戦を読んだ上で、近くに身を潜めていたのだろう。楓が回避できないタイミングを狙って、攻撃を仕掛けてきたのだ。事実、楓は振り下ろされる剣を認識しながらも、もはや避けられる態勢になかった。

(やられる!)

 数瞬後のダメージを覚悟した、そのとき。

「もう止めて! 栞ちゃん!」

 まあちの声が響いた。

 

 まあちは無我夢中で、栞に向かって声を掛けた。

「それ以上はダメだよ!」

 ビクリと栞の肩が震えた。振り下ろされたエクスカリバーが、楓の鼻先でピタリと静止する。

「栞ちゃん、言ってた。辛くても、苦しくても、それでも戦う姿が好きって」
「…………」
「今の栞ちゃんは、そうなの?」
「…………だって……私だって……こんなことしたくないです!」

 絞り出すような声だった。

「私だって、楽しくみんなと過ごしたい。でも……でも……誰も私を受け入れてくれない! 私の居場所なんてどこにもないんです!」

 ゴーグルのレンズにピシリと亀裂が入った。亀裂が広がり、ゴーグルそのものが砕け散る。
 現れた栞の顔は――泣いていた。

「あなただってそうです! どんなに笑顔でいても、きっと心の中では変な人だって笑っているんです! そうしていつか突然、突き放す!」
「そんなことない!」
「口ではみんなそう言うんです! でも陰ではああした書き込みで、人のことを見下す。そんなの……卑怯です!」
「私はしない!」

 まあちは一歩ずつ栞へ歩み寄った。揺るぎない瞳で、まっすぐ栞を見つめる。

「そんなの信じられません!」

 その視線を振り払うように、栞はまあちへと剣を振るった。
 一振り、二振り。まあちは避けなかった。Dアームで、ひたすら栞の斬撃を受け止めた。装甲に一つ、また一つと深い亀裂が入っていく。

「私、栞ちゃんのこと好きだよ?」
「そんなのウソです!」
「ウソじゃないよ。栞ちゃんと話してるだけで、すごくほっとできるもん」
「……いや……」
「色んなこと教えてくれてありがとうね。すごく、嬉しかったよ?」
「いや……いやいやいや! それ以上言わないで!」
「ううん。だって、言わなきゃ伝わらないもん。だから伝えたいの、私の言葉で」
「そんなの聞きたくありません!」

 栞のDアームがエクスカリバーを高く振り上げた。渾身の力を込めて斬り下ろされる。傷ついた装甲では、受け止めることは不可能だった。

「まあち!」

 楓の声が飛ぶ。
 だが、その刃はまあちへ届かなかった。

「……っ!」

 驚きに栞の目が見開かれる。
 まあちのDアームが、エクスカリバーを止めていた。拳の前面を手甲が覆うナックル型の武器『ナックルショット』が、エクスカリバーの峰を両側から捉えていた。
 真剣白刃取り。
 栞が、息を呑む。まあちは、さらに一歩踏み出し――
 自分の両腕で、栞を抱きしめた。

「っ!」
「居場所がないなら、私がなってあげるよ。栞ちゃんが好きな物を好きでいられるような、そんな場所に」
「…………」
「だから、もっと教えて欲しいな。栞ちゃんが好きな物のこと」

 優しく抱きしめながら、栞にささやきかけた。
 強張っていた栞の身体から、不意に力が抜けた。そうしてポツリと、

「……ホントに……いいんですか?」
「うん」
「また前みたいに……興奮していっぱい喋っちゃうかもしれませんよ……?」
「全然いいよ。むしろもっともっと喋って欲しいぐらい」
「変だって思いませんか?」
「思わない。むしろ熱中できるものがあって羨ましいくらい。だから、居場所がないなんて悲しいこと言わないでよ……ね?」

 笑顔で語りかけた。
 その笑顔を見た瞬間、栞の中で何かが砕け散った。これまで押さえ続けて来た心のタガ。それらが消えると同時に、栞の両の目から溢れんばかりに涙が零れ落ちた

「う……う……うああああああああ!」

 これまでの悲しみを吐き出すように、栞は大声で泣いた。
 まあちは、そんな栞を黙って抱きしめ続けた。子供をあやすように、そっとその頭を優しく撫でる。
 縋りつく栞の両手。そこに込められた想いを、全て受け止めるように。
 やがて、涙する栞の身体から、黒いモヤが弾かれるように飛び出した。
 モヤは上空へ集まると、女性型フラクチャーへと形を成した。

「diaaaaaaaaaaa!」

 女性型フラクチャーが、電子音の悲鳴を上げる。その機を逃さず、楓が動いた。

「出たわね、元凶! 色々と引っ掻き回してくれちゃって……覚悟なさい!」

 楓は、右手を水平に伸ばし、左手を額に添えた。Dアームが同じ姿勢を取ると同時に、左右の手からスパークが生じた。両手から発されたスパークが、一条の稲光となって伸び、楓の眼前の空間に、三日月形の光を形成する。

「食らいなさい! ムーーーンアタァァァァァック!」

 三日月型の光弾が発射され、いくつも分裂しながら、女性型フラクチャーを取り囲むように回転する。それが一斉に中心へと収束した瞬間、巨大な爆発が起きた。
 爆炎が収まったとき、女性型フラクチャーの姿は跡形もなく消えていた。
 それが、三人の戦いの終わりだった。

 

 現実空間へ戻った三人は、センター内に設けられた談話室のベンチに座っていた。昼休みはとっくに終わっていたが、誰も席から立とうとしなかった。

「あんなに泣いたのは……子供のとき以来ですわ」

 気恥ずかしそうに、栞がつぶやいた。だが、その顔はどこかすっきりしていた。

「ありがとうございます。七星さん」
「まあち」
「……?」
「七星さんじゃなくて、まあちって呼んで。だって私たち、友達でしょ?」

 栞の手を取り、笑いかける。
 その目に再び涙が浮びかけるも、精一杯の笑顔を浮かべ、

「は……まあちさん!」

 大きく頷いた。

「あー……そのー……ゴフンゴフン」
「楓ちゃん、どしたの? 咳なんかして。体調でも悪いの?」
「違うわよ! その……何よ。あんまり二人でいい雰囲気作られると、あたしの立つ瀬ってもんがないでしょ。これでも身を削って頑張ったんだから」
「あっ、もしかして……仲間外れにされたみたいで、寂しいの?」
「言い方考えなさいよ! あんた、とことん空気読まないわね! バカなの!?」
「ヒドイ! またバカって言った!」
「ふふふ」

 二人の掛け合いに、たまらず栞が笑った。

「えっと、神月楓さん……でしたよね? 良かったら、その、私とも……お友達になっていただけませんか?」
「ま、まぁ別にいいけどね。まあちの相手を一人でするのもしんどいし」
「えっ!? そんな風に思ってたの!?」
「イヤならもうちょっと賢い立ち居振る舞いをすることね。少なくともアンパンばっかり食べてたら、知能指数が下がり続けるわよ」
「そんなの聞いたことないよ!」
「ふふっ。息ピッタリですね」
「まぁ、その、あんたもこれからよろしくね……栞」
「……はい。楓さん」

 楓はどこか照れくさそうな顔で、栞は微笑みながら、互いに視線を交した。

「でも、どうしよっか。結局、あの書き込みはそのままだよね。そっちをどうにかしないと」
「あたしがクラッキングして、ログ全部消してあげよっか? そういうの得意だし」
「いえ、大丈夫です。その件は、自分の力でなんとかします。どうすればいいかは……まあちさんが教えてくれましたから」

 二人を真正面から見つめ、力強く言った。
 だからまあちと楓は、それ以上何も言わなかった。

 

 翌朝。栞は学園へと登校した。
 教室に入った途端、生徒の数人が栞を見ながら、ヒソヒソと何かをささやき始めた。恐らく、昨日学校をさぼったことについて、色々と噂しているのだろう。
 栞は、そのまま自分の席に――は行かずに、ささやく生徒たちのもとへ近寄った。
 中心にいた赤毛の生徒の前に立つ。

「な、何?」
「おはようございます」

 頭を下げ、丁寧に挨拶した。相手は、予想もしてなかった行為にポカンと口を開いた。
 栞は、まっすぐに相手を見つめ、

「私は、アニメが好きです。でも、皆さんとも仲良くしたいと思っています。これが私の本心ですわ」
「え……あ……うん……」
「ですから、これからもよろしくお願いしますね」

 極上の笑みで、ほほ笑んだ。
 赤毛の生徒は、その微笑に見惚れるように、再びポカンと口を開けた。
 やるべきことを終え、栞は自分の席へと戻った。
 今はこれでいい。すぐには変わらなくても。大事なのは直接伝えること。そうすれば、いつか想いは伝わる。そう彼女は教えてくれたから。
 栞は、教室の入り口を見た。
 扉を開けて、あの元気なポニーテールの女の子が現れるのをも、うきうきとした心持で待ち続けた


著者:金田一秋良
イラスト:射尾卓弥


次回3月15日(水)更新予定


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