サン娘 ~Girl's Battle Bootlog【第14回】

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第二章⑤

「……ほら。入りなさいよ」

 ぜーはー地獄から回復したあと、楓が観念したように玄関の扉を開き、二人を中へ招いた。

「おじゃましまーす」
「失礼いたします」

 靴を脱ぎ、廊下を通って、リビングへ入る。室内を見た瞬間、呆気にとられた。

「…………」

 隣の栞も絶句している。広めのリビング。だが、フローリングには、足の踏み場もないほど物が散乱していた。脱ぎ散らかされた服や、通販のダンボールの空き箱、飲みかけのペットボトルが、これでもかというくらい雑然と放置されている。

「……だから、入れたくなかったのよ」

 あとから入って来た楓が、ソファの上に置いてあったタオルをどけ、スペースを作る。

「まっ。適当にくつろいでなさい」

 そう言って、キッチンの方へ歩いていった。
 いや、くつろいでって言われても……。茫然と室内を見回す。はた目にはキッチリしているように見えたが、私生活の方はだいぶ……いや、かなりズボラなようだった。
 まあちと栞は、床に開いたわずかな隙間を縫うようにして、なんとかソファへ坐った。

「えっと……す、座り心地のいいソファですわね」

 強張った笑みで、なんとか褒めどころを探す。うぅ……いい子だよ、栞ちゃん……。

「でもさ、ここがパソコン部の部室なの?」

 確かに部屋の隅には何台ものPCが置いてある。こんなだらしがない部屋にあるのが不思議なぐらい、ひと目で高価だとわかる代物だった。だがそれ以外は、どこからどう見ても普通の自宅にしか見えない。
 ふと、PC机の壁にかけられたホワイトボードが気になった。殴り書きのような字で「SUN-DRIVE」「nフィールド」と書かれているが……その他に「一年前」「リカ」などのかすれた文字が読み取れた。

(リカ? 人の名前かな?)

 妙にそれが引っかかり、隣の栞に尋ねようとしたとき、

「はい。お待ちどう」

 楓が戻ってきて、テーブルにドンっと、マグカップをふたつ置いた。コーヒーだった。
 栞と二人で、マグカップをじっと眺める。

「何よ。飲まないの?」
「……これ、洗った?」

 マグカップを指さす。

「失礼ね! ちゃんと洗ったわよ!」

 カップの表面には、わずかに水滴がついていた。たったいま洗ってきたらしい。

「い、いただきますわ」

 栞が意を決したように口をつける。まあちも覚悟を決め、恐る恐るコーヒーをすすった。

「……ブラックぅ」
「砂糖もミルクも邪道よ」

 自分のカップに口をつけながら、PC机の椅子を引っ張ってきて、腰を下ろした。

「はぁ。やっぱりここが一番落ちつくわね」

 リラックスした表情でつぶやく。えっと、こっちはぜんぜん落ち着かないんだけど……。

「あの、ここが部室なんですか? どう見ても普通の……あ、いえ、ただの一軒家にしか……」
「なんで『普通』の部分を言い直したのよ」
「だって汚いもん」
「スパッと言わない! イイでしょ! 自分の家なんだから!」
「あっ。やっぱりここ楓ちゃんの家なんだ」
「まあね。ホントは部室棟に部屋あるんだけどさ、部員あたし一人じゃない? いちいち移動するのがメンドウだから、機材を全部こっちに移したの」
「移したって……勝手にそんなことしちゃっていいの? 部のモノなんでしょ?」
「いいの。一山いくらの無能が使うより、優秀なあたしに使われた方が設備も幸せってもんよ」

 悪びれることなく、堂々と言い放った。

「そもそもこの家自体どうなさったんですか? 生徒は基本的に学生寮への入居が義務付けられているはずですが……」
「どう見てもここ、学生寮じゃないよね」
「あー……一年前にちょっとしたことがあってね。寮に住みづらくなっちゃったの。それで引っ越し先を探してたときに……偶然ここを見つけたのよ。元は警備員が泊まるための詰所だったんだけど、とある若い警備員が校内で問題起こしてね、そこから職員は仕事が終わったら即時退勤が義務付けられたの。で、結果ここが空き家になったと」
「へぇ……。って、ちょっと待ってよ。空き家になったからって生徒が住めるものなの?」
「そこは腕の見せ所よ」

 ニヤリと笑う。

「空き家でも管理人は必要でしょ? 学園のサーバーに潜ってね、ちょちょいとデータをいじったの。管理人をウチの遠縁の名義に変更して、あたしは家庭の事情からやむなく同居してるって形にしたのよ」
「サーバーって……『ERINUSS』のデータを改変したんですか!?」

 栞が驚いたように叫んだ。

「な、なに? その『エリヌス』って」
「学園内のあらゆるデータを統括しているメインシステムのことですわ。敷地内の各設備や生活インフラ・校内ネットワークの全てを管理・運用しているんです。私たちの使うピーコンだって『ERINUSS』に繋がっていますわ」
「要は、この学園全体を動かすマザーコンピューターみたいなものよ」

 そんなシステムがあるなんて知らなかった。たぶん入学案内に書いてあったんだろうけど、そういう小難しい説明は全て読み飛ばしていた。

「でも、その『まざーこんぴゅーたー』のデータって変えちゃっていいの?」
「ダメに決まってるじゃない」
「えっ、じゃあ」
「でも、それはバレた場合。そのあたりは上手く細工しといたわ。それにいくら第三世代型演算装置だって、各タスク処理には厳密な優先順位が存在するの。詰所の管理人データをいじる程度、あたしの腕なら造作もないわ」
「だからといって簡単なことではないと思いますが……」
「……それに『ERINUSS』に潜るのは、これが初めてじゃないしね」

 かすかに表情を陰らせ、ポソリと言った。その表情が少し気になったが、まあちの頭はそれどころじゃなかった。 

「だいさんせだいがたえんざんそうち? かくたすく?」

 聞いたこともない単語に脳がオーバーヒートし、頭からプスプスと煙が上がる。

「の、脳がはちきれそぉ~」
「この話はここまでにしときましょ。これ以上続けたらまあちの頭が爆発するわ。それに、本題は別でしょ?」

 本題……そうだ。ようやくまあちは、ここに来た理由を思い出した。

「そう! 楓ちゃんをどうにかして部活のメンバーにするって話だったよね!」
「逆よ逆! あんたたちを諦めさせるために、ここに入れたの!」
「やっぱりダメなんですか……?」

 栞が、縋るような目で楓を見た。さすがの楓も邪険にするのはためらわれたのか、

「……まだ部室棟に部屋あるから。そっち使っていいわよ。どうせいまは単なる物置だし」
「楓さん……ありがとうございます」

 感謝する栞に、楓はあえて『ふんっ』と不機嫌そうにそっぽを向いた。

「いや、それじゃダメだよ! 私は部室が欲しいんじゃなくて、楓ちゃんが欲しいんだって!」
「あたしが欲しいって……な、何言ってんのよ、あんた! てか近いっ!」

 ずんずんと詰め寄るまあちに、狼狽する楓。心なしか頬が赤い。栞は栞で「ほ、欲しい……」と、ショックを受けたように固まっていた。

「そうだ! 部が出来るまで、ここを仮の活動場所にすればいいんだよ! そうすれば、三人一緒にいられるよね!?」
「『ねっ?』じゃないわよ! ドサクサに紛れて、あたしを入れる気でしょ!」
「えへっ」
「笑って誤魔化そうとしない!」
「もし使わせてくれるなら、部屋の掃除してあげるから!」
「いらないっての! これはこれで片付いてるんだから!」
「そんなわけないじゃん! ただのゴミ屋敷だよ、こんなところ!」
「ご、ゴミぃっ!?」

 二人が言い合いを続けること、約三〇分。断固拒否の楓に対し、一歩も引きさがらないまあち。ついには疲れ果てた様子で楓が、

「いい……? 部活ができるまでだからね。正式な部になったら、部室棟に行きなさい……」
「ありがとっ! 楓ちゃん!」

 力いっぱい楓を抱きしめる。楓は「なんでこんなことに……」と、やつれ顔でボヤいていた。

「ですが、肝心の部員集めはいかがしましょう?」
「……あっ。それが問題だった。楓ちゃん、なんかいいアイデアない?」
「しれっと聞かない! 部員じゃないって何万回言わせる気!?」
「冷たいよぉ。楓ちゃ~~ん」

 猫がエサをねだるように、頬を楓にこすりつける。楓は「離れなさい!」と必死にまあちを押しのけようとした。

「ご安心ください。私に考えがありますわ」

 栞が立ち上がり、さりげなくまあちと楓の身体を引き離しながら言った。

「考え?」
「はい。間もなく開かれますわ……『桜花祭』が!」


著者:金田一秋良
イラスト:射尾卓弥


次回4月19日(水)更新予定


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