サン娘 ~Girl's Battle Bootlog【第15回】

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第二章⑥

 『桜花祭』とは、聖陽学園で春に催される部活紹介の行事だった。それぞれの部活動が独自のパフォーマンスを披露することで、新入部員を勧誘するというものである。中高一貫の聖陽学園では、新入生は中等部一年に限られるため、新入生への部活紹介という意味合いは薄い。どちらかというと『桜花祭』の名が示す通り、一種のお祭りに近い雰囲気があり、丸一日かけて、各生徒たちが校内のいたるところで出し物を行い、楽しむのであった。

「まさに、私たちにうってつけの行事だね!」
「はい。この機会を活用しない手はありませんわ」

 楓の自宅からの帰り道。すっかり日の暮れた道を、まあちは栞と並んで歩いていた。

「でも、パフォーマンスかぁ……。何したらいいんだろう?」
「えっと、そもそもこの部活は何をするための部活なんですか? そこからだと思うんですが」

 もっともな質問だった。勢いでここまで進んできたが、肝心の中身についてはまったく考えてなかった。だが、別にそれでいいんじゃないかと、まあちは思った。

「ムリに決めなくてもいいんじゃないかな?」
「え?」
「もともと楽しい学園生活を送れるようにって作ろうと思った部活だもん。人によって何が楽しいかなんて違うでしょ? なら『これをやろう』って決めるより、その都度みんながやりたいことをやった方がいいと思うんだ」

 そもそもまあちも栞も楓も、性格から趣味までまったく違う。でも、だからこそ一緒にいて楽しいと思った。自分の知らない世界を、みんなが教えてくれる。みんなが知らないことを、自分が教えてあげる。そうやって全員で喜びを共有できる場があれば、きっと素晴らしい学園生活になる。そう感じていた。

「だから、強いて活動目的を挙げるとすれば……みんなで楽しむ……はさすがにダメか。みんなを応援……が、まだ内容としてはそれっぽいよね。……そう! 楽しい学園生活を応援する部活。略して『楽援部』! どうかな、これ!」

 身を乗り出しながら言った。栞は、ふっと笑ってから、

「とても……まあちさんらしい部活だと思いますわ。私はいいと思いますよ」
「じゃあ賛成!?」
「はい。ですから、絶対に作りましょうね!」
「うん! よーしやるよーーっ!」

 夜空に向かって、勢いよく拳を突き上げる。星空が、応援するように瞬いていた。

「はぁ……でも部活かぁ。中学の二年以来だから楽しみぃ」
「二年以来……?」

 まあちは、ハッと気づいてから、そのまま黙り込んだ。一気に気まずい空気が流れる。

「あの、言いたくないことなら、私はそれでも……」
「……ううん。いいんだ。栞ちゃんは、私の友達だもん。ずっと隠したままなんて、やっぱダメだよね」

 まあちは覚悟を決めたように、

「私ね、中学のときは陸上部にいたんだけど……二年の夏に辞めちゃったんだ」
「それは……あの方と関係あることですか?」

 『あの方』が誰を指しているかは、すぐにわかった。

「うん。あの子とは……しずちゃんとはね、同じ中学に通ってたんだ。そして……私の一番の親友だった」

 初めて静流と会ったときのことを思い出す。忘れもしない、中学一年生の春だった。
 出会ったときの印象は『とても大人しい子』だった。いつもおどおどとしていて、俯いてばかりの女の子。休み時間になっても、誰とも話さず、一人で本を読んで過ごしていた。
 最初に話しかけたのは、まあちの方からだった。一人きりの静流をなんとなく放っておけず、「一緒に帰らない?」と誘ったのだ。下校途中に、たびたび姿を見かけたから、家の方角が同じなのは知っていた。
 それが縁で二人は友達になった。二人で下校しながら、色んな話をした。基本的にまあちが喋り、静流は黙って聞くだけだった。だが、生真面目に相槌を打つ静流が微笑ましくて、静流と一緒にいることに、居心地の良さを感じていた。
 陸上部に誘ったのも、まあちの方からだった。放課後、まあちの部活動が終わるまで教室で一人待つ静流を、どうせならと半ばムリヤリ誘ったのだ。入部した当初は、「私に出来るかな、まあちゃん」としきりに不安がっていたが、「しずちゃんなら、絶対出来るよ! だから怖がらずに、ね?」と、静流を励まし続けた。静流が話をするのは、まあちとだけだった。だからこそ部活を通して、より多くの人と仲良くなってくれればと思ったのだ。
 静流は元来真面目な性格で、誰よりも必死に練習した。もともとの素質もあったのか、一年生の秋には早くも頭角を現し始めた。静流の選んだ種目は、まあちと同じ100メートル短距離走。すでに部内でトップのタイムを持つまあちに、追いつかんばかりの勢いだった。それでも慢心せず、誰よりも早くグラウンドに入り、一番遅くまで練習に打ち込んでいた。部活が終わっても走り込みをやめない静流に、あるとき部員の一人が尋ねたらしい。

「どうしてそこまで練習するの?」

 静流はしばらく黙ってから、小さく応えた。

「まあちゃんに、認めてもらいたいから……。速くなったねって……」

 あとからその話を聞いたとき、強く胸打たれたことを覚えてる。気が弱そうに見えても、静流はちゃんと自分の気持ちを表そうとしていた。自分も、一人でしっかりやれるのだと。言葉ではなく、その行動で。練習熱心な静流の姿に部員のみんなも感心し、そこから徐々に静流へ話しかけるようになった。静流も、次第に部のみんなと打ち解けていった。
 二年の春には、まあちとのタイムにほとんど差はなくなっていた。だが、まあちはあえて褒めるようなことは言わなかった。言うときは今ではないと感じたから。だからあえて「しずちゃんには負けないからね!」と、ライバルのように静流と接した。その度に、静流は「うん!」と笑顔で応え、全力でまあちと勝負した。
 夏が来て、陸上の県大会が始まった。まあちと静流は、その実力をいかんなく発揮した。とくに静流は、大会にかける意気込みが並ではなかった。身体の調子を見つつ、限界まで練習に励んでいた。その姿が、何よりもまあちには嬉しかった。いつも自分の後ろをついて回っていた静流が、自分の目標に向かって一途に頑張るその姿が。だがまあち自身は、そこまで成績というものに興味がなかった。走ることができれば満足な性格だったので、順位を競うという行為自体には、むしろ否定的だった気すらする。勝負に負けて、泣きじゃくる先輩たちの姿を何度も見てきたことが、余計その想いを強くした。だからこそ、必死に勝ち上がる静流の姿を、『頑張ってほしい』と自分の想いを託すように見守った。
 そうして迎えた決勝。まあちと静流は同じトラックに立った。静流はあえて話しかけてこなかったが、やる気に満ちていたのは、その目を見ればわかった。設置されたスターティングブロックに足を置き、地面に指をついて、クラウチングスタートの姿勢を取る。張りつめる緊張感。スターターピストルが、パンと音を鳴らした。一気に踏み出し、走り始める。身体は軽かった。意識せずとも脚が前に出る。これまでで一番のタイムが出ると、直感的にわかった。隣には、ピタリと並走した静流。まっすぐにゴールを見つめている。これまでの自分の努力を伝えたい。そう横顔が語っている気がした。
 だからだろうか……。ゴール直前、ほんのわずかに足から力が抜けた。失速するまあちのかわりに、静流が先行する。その姿を後ろから見送る。静流の身体が、まあちより先にゴールテープを切った。静流の勝利だった。それは同時に、県大会での優勝を意味した。タイムを見ると、大会記録をわずかに上回っていた。続くまあちも、大会記録とほぼ遜色ないタイムだった。荒く息をつきながら、静流に近寄った。「速くなったね、しずちゃん」と、健闘を称えようとした。
 だが――できなかった。
 こちらを振り向いた静流の顔。そこには、勝利の喜びも、やりきった満足感もなかった。ただ、信じられないものを見るように、まあちへ視線を注いでいた。

「……なんで?」

 ポツリと言った。どうして手を抜いたのかと、その瞳が問いかけてきた。
 そこで初めて、まあちは自分が行ったことの重大さに気付いた。

「ち、ちが……」

 なんとか否定しようとしたが、そこから先が続かなかった。
 まあちを見る静流の目は、裏切られたというように、怒りと哀しみで満ちていた。
 静流は、無言でトラックを去った。結局、静流が表彰台にあがることはなかった。体調不良だと言って、途中で帰宅したらしい。次にまあちが静流と会ったのは、学校のグラウンドでだった。話しかけようとするも『私に関わらないで』と、その背中が言っていた。静流の態度を、部員のみんなが責めた。まあちに勝ったことで、調子に乗っているのだと。当然、部内の空気は悪くなった。だが、静流は決して部を辞めようとしなかった。実際、静流はその夏、全国大会で二位の実績を残していた。辞めろとは口が裂けても言えない。だから、代わりにまあちが部活を辞めた。
 それから静流と会うことはなかった。中学三年にあがるとき、静流がどこかの学校へ転校したと友達から聞いた。あえて転校先の学校名は尋ねなかった。きっと聞いたところで、もう二度と会うことはないと思ったから。
 いや……違う。怖かったんだ。また『あの目』で見られることが。
 『裏切り者』と自分を責めるあの瞳から、自分はただ逃げ出したんだ。

「それが……私とあの子との話だよ……」

 長く語った話を締めるように、まあちは深く息を吐いた。二人は、歩道脇のベンチに座っていた。電灯が、まあちたちを照らしている。
 それまで黙って聞いていた栞が、

「誰かと、競い合うことが苦手なんですね」
「…………」
「どんな人とも仲良くありたいから」
「もともと……向いてなかったんだよ。なのにそんなこともわからず、一人で空回りして、結局あんなことに……」
「ですが……あなたのような人だからこそ作れる場所があるはずです。そして……そこを必要としている人間がいる。この私みたいに」

 栞が、まあちの手を取った。両手で優しく包み込む。

「私は楽しみです。まあちさんの作る部活が」
「栞ちゃん……」
「みんなの居場所になれるような、そんな素晴らしい部活にしましょうね」

 栞がほほ笑んだ。その顔をまともに見ることができず、まあちは下を向いた。目をぎゅっと閉じないと、涙が溢れそうだった。だから、

「うん……うん……うん……」

 そう何度も首を振って返事した。
 栞が、まあちの手をぎゅっと握りしめた。とてもあたたかかった。
 今度こそ後悔したくないと、強く思った。絶対にやり遂げたいと。
 まだ春先の夜は寒かったが、胸だけはひときわ熱かった。

 

 楓は、自宅の私室にいた。真っ暗な部屋の中、手にしたピーコンの画面を眺めていた。画面内の『S』のアイコン。そこには、新たな通知を告げる『1』という数字が表示されていた。
 楓が知る限り、この新規通知が告げるメッセージは一つだけだ。

「まさか……ね」

 嫌な想像を振り払うように、かぶりを振った。


著者:金田一秋良
イラスト:射尾卓弥


次回4月26日(水)更新予定


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