サン娘 ~Girl's Battle Bootlog【第18回】
第二章⑨
「おっそいわよ! バカまあち!」
まあちが楓たちの前に戻ったのは、開始時間の一〇分前だった。
「えへへ。ごめんね。ちょっと道に迷ちゃって……」
「そのおかげであたしは……あたしはぁ……もうイヤ! なんでアニメーターの名前まで憶えなきゃいけないの! 監督の制作秘話とはどうでもいいし!」
身体をブルブルと震わせながら、涙声で訴えてきた。
「うふふ。その意気ですわ、楓さん。戦いとは残酷。それでも武器を取らねばならない。だからこそ、人は泣きながら拳を振り上げるんですわ」
「残酷なのは、戦いじゃなくてあんただから!」
「なんと熱いセリフでしょう……まさに魂の慟哭。いまならきっと、楓さんの想いが人々に届くはずですわ!」
「まずあんたに届いて欲しいわよ! こんのアニメバカ!」
「お褒めいただき光栄ですわ」
本気で嬉しそうに笑う。どうやら想像以上に過酷な特訓だったらしい。そのおかげで、少なくとも二人の気持ちは、目の前の舞台にしっかりと向けられている。
だけど、私は……。
「ほら。とっとと袖でスタンバるわよ。出番まで一〇分切ってるんだから」
「え? あ、う、うん……」
「どうかしたんですか? まあちさん」
「べ、別になんでもないから。大丈夫大丈夫。準備オッケーだからっ!」
ガッツポーズで、やる気を示す。
楓はどこかいぶかしげに、栞はやや心配そうな顔で、
「あんた……ホントに大丈夫? なんか顔色悪いわよ?」
「もしご気分が優れないのなら、後ろの方たちと順番を変えていただくこともできますよ?」
「ホントに、ホントになんでもないから! あっ。ほら、ステージ空いたみたいだよ!」
前の出演者たちが、袖へ降りてくる。次は自分たちの番だ。
「ほら行こっ!」
歩き出す。楓たちは、まだ何か言いたげな顔をしていたが、黙ってまあちの後をついてきた。
ダメだよ、ダメダメ。二人に心配かけちゃ。だって、これは私から始めたことなんだから。
檀上へ上がる。目の前には、観客の姿。席は八割がた埋まっている。曲が鳴ったら、歌を歌うんだ。そして自分たちの部に人を誘うんだ。ここで失敗しちゃいけない。絶対に、絶対に成功させなきゃ。
(ああ……でも……)
静流の言葉が蘇る。
(どんな顔をして歌えばいいのか……)
『何もするな』と言っていた。
(わかんないよ)
檀上の司会者が、明るい声でまあちたちを迎えた。
「楽援部のみなさんです! 皆さん、盛大な拍手をお願いします!」
だが、その声も、拍手をする観客の姿も、何もかもが遠い。まるでテレビの映像を見ているようだった。とてもじゃないが、まともに受け答えができる自信がない。部活紹介を歌の後に回していたのが、せめてもの幸いだった。
司会者が舞台袖へ下がる。楓と栞が、位置についた。ついに始まってしまう。
絶望的な気分の中、スピーカーから曲のイントロが――
流れなかった。
代わりに起こったのは、生徒たちの悲鳴だった。
「な、何!? な、なんなの、これ!」
ステージから少し離れた場所で店を構える屋台。数種類のオリジナルソフトクリームを販売するお店らしいが、テント内に用意された調理器具が、狂ったように暴れ出していた。
それが呼び水となったように、他の屋台からも、生徒たちの悲鳴が上がった。どの店も同じように、調理設備が暴走し始めたらしい。観客の生徒たちの間に、動揺のざわめきが起る。
「か、楓さん、これは……」
「わかってる」
楓が、鋭い視線で周囲を探る。まあちも、慌ててあたりを見回した。
目的のものは、すぐに見つかった。一〇〇メートルほど離れた建物の陰。そこから黒いモヤを放った物体がのぞいている。
「見つけた! 行くわよ、まあち! 栞!」
「了解ですわ!」
「う、うん!」
制服のポケットからピーコンを取り出し、『S』のマークがついたアイコンをタッチ。
すぐさま襲ってくる、いつもの酩酊感とボイス。
「――SUN―DRIVE起動。機装化――」
気づいたときには、観客の姿も、屋台で慌てる生徒の姿も、全てが消え去っていた。
いつものチアガール型のアンダースーツに変わった楓が、
「あーもー……なんだってあたしたちの番になった途端、出てくんのよ……」
「せっかく、これから歌を披露しようと思っていましたのに……」
白いワンピース型のアンダースーツを纏った栞が、残念そうに応えた。
だが、まあちは正直、フラクチャーが現れてほっとしていた。あのまま歌ってたら、きっと失敗していたに違いなかった。
「ですが私は諦めませんわ。あのフラクチャーを退治して、必ずやパフォーマンスを成功させてみせるんですから!」
栞は、キッとフラクチャーを見やると、ステージを降りて駆け出していった。
「根性あるわね、あの子……。ほら。栞に続くわよ、まあち」
「う、うん」
ステージを飛び降り、栞を追いかける。
建物からのぞくフラクチャーの全体像が、徐々に見えてくる。その形状を、ひと言でいうと『動く箱』だった。長方形の形をした黒いボディに、足元には無数のキャタピラがついている。
だが、その大きさが問題だった。
「ちょっ! 何よ、このバカデカさ!」
目の前の巨体を見上げる。四階建ての校舎と、ほぼ同じ高さだった。まるで一つの建物が、そのまま移動しているような異様さだ。いや、巨大な箱から発せられる威圧感は、もはや『戦艦』といった方がいい気がした。
「こ、こんなおっきいの、初めてだよ……」
「あの、楓さん、こういった種類もいるんですか?」
「あたしだって初めてよ。こんなステップマンモスみたいなドデカい奴は……」
三人が三人とも、茫然と巨体を眺めた。
戦艦フラクチャーは、まあちたちに気付いたのか、キュルキュルとキャタピラ音を響かせて、胴体を回転させ始めた。巨大な丸い光りが灯る一面を、まあちたちへ向ける。その瞳のような赤い光が、まあちたちを捕えた瞬間、
「drrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr!」
全身から、重低音の咆哮を上げた。音の衝撃に、身体がビリビリと震える。
「あちらさんもやる気みたいね。まあち! 栞! 散開しつつ、ありったけの火力をぶち込みなさい!」
「承知いたしました!」
「わかった!」
駆け出し、戦艦の側面へと回る。同時に、エッグからDアームを出現。手にはレーザードライフル。胴体へ構え、引き金を引く。いくつもの光弾が放たれる。ヒット。だが、装甲はびくともしない。続いて上腕部に装備されたカーフミサイルを発射。着弾。爆発。だが、表面が多少焦げたものの、目立ったダメージは見られなかった。
胴体の反対側でも、いくつもの爆発が起こった。栞の攻撃によるものだろう。
レーザードライフルやカーフミサイルでは効果が薄い。あと、残された武器はナックルショットだったが、文字通り触れる距離まで近づかないと使えない。
「私に……できるかな」
正直、あの巨体に近づくのは怖い。でも、他に打つ手が思いつかない以上、やるしかなかった。まあちは一度深呼吸すると、意を決したように突進した。
Dアームを構える。拳を手甲が覆い、電流を放ち始める。勢いよく振りかぶり、
「とりゃああああああ!」
拳を叩き込もうとした途端――装甲の一部がスライドし、いくつもの『穴』が現れた。
なんだろうと思うヒマもなく、『穴』からいくつもの強力なレーザーが放たれた。
「っ!」
とっさにDアームでガードするも、防ぎきれない。いくつかが身体に命中し、現れたウィンドウがエネルギーシールドの低下を表示。今の攻撃だけで、一〇パーセントも削られている。まさに、その巨体に見合うだけの攻撃力だった。
ビームに弾かれ、後方へ下がる。そのまま距離を取りつつ、戦艦フラクチャーを眺めた。
遠距離からの攻撃は効果が薄い。でも、近づけば、あのレーザー砲で迎え撃たれる。
まさに鉄壁の防御だった。
そのとき、まあちから見て右方向の『瞳のある部分』に異変が起こった。装甲が大きく外側へと開き始めている。
なんだろう……ここからじゃ死角になって、内側が見えない。
次に起こったのは、激しい光だった。
「drrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr!」
野太い咆哮が轟き、装甲の内側から巨大なビームが放たれた。
「っ!!」
放たれたビームは、いくつもの校舎棟を軽々と吹き飛ばした。轟音。地を震わせる衝撃。
とっさに校舎内の生徒を心配したが、すぐにここが仮想空間だと思い直す。
いや、でもその前に。
フラクチャーの正面にいたのは……。
「楓ちゃん!」
叫び、走り出した。近づくと、破壊の痕跡がまざまざと見て取れた。アスファルトが盛大にえぐれ、地面がむき出しになっている。申し訳程度に、崩れた校舎の瓦礫が転がっているが、あたり一面焼け野原といったあり様だった。
フラクチャーの様子をうかがう。先ほどまで灯っていた赤い光点が、今は注意しなければわからないほど小さくなっていた。動く気配がないことを確認しつつ、惨状の現場へ降り立った。
「楓ちゃん、どこ!? どこにいるの!?」
「ど、どこにいるんですか楓さん!」
同じく駆けつけてきた栞と共に、楓を探し回った。だが、どこにも姿が見えない。
もしかして直撃して……。最悪の想像が、頭をよぎる。まあちは泣きそうになりながら、
「楓ちゃん! お願いだから……お願いだから返事してよ!」
「……そんな涙声で叫ばなくても、聞こえてるわよ」
まあちのすぐそばの地面から声が聞こえてきた。すぐさまDアームで掘り返す。ボロボロのアンダースーツを纏った楓が現れた。
「あー……死ぬかと思ったー……」
「楓ちゃん!」
しゃがみ込み、肩を支えて起き上らせる。
「ぶ、無事だったんですね! 私、もうダメかと……」
「ホントギリギリだったけどね……。とっさに、チャージしてたムーンアタックを、あのバカデカいビームの下に当てて軌道をズラしたの。まっ、完全にズラし切れず、この有様だけど」
楓は、口惜しそうに戦艦フラクチャーを見た。フラクチャーは沈黙していた。活動を止めたとは思えない。むしろ次のエネルギーを蓄えているようで、不気味ですらあった。
「ど、どうしよっか……」
「私のケルベロスは通用しませんでしたわ。エクスカリバーを使おうにも、近づいた途端……」
「ビームの嵐が襲ってくるんだよね……」
「打つ手なし、ですか……」
「そうでもないわよ」
楓が、まあちの肩から離れ、二人を見回した。
「あんたたちも見たでしょ? あいつ、攻撃するとき装甲を開くのよ。そこを撃てば、ダメージを与えられるわ」
確かに理屈はそうだけど、そこには問題があった。まあちが目撃した発射口のサイズは、せいぜいが直径一〇センチほど。それらが、ハチの巣のように無数についていた。一つ一つを撃ったところで、たいしたダメージは与えられない気がする。
「違うわよ。狙うのは主砲。見たでしょ、あのバカデカいビーム。それにあのエネルギー量、間違いなく動力源と直結してるわ。直撃させることができれば――必ず倒せる」
「それって……もう一度、『アレ』を撃たせるってこと? き、危険すぎるよ! もしまともに当たったら……!」
「間違いなくやられるわね。軌道を逸らしたにもかかわらず、エネルギーシールドを九割がた持ってかれたわ。正直、Dアームもボロボロ。まともに動くかもわからないわね」
「じゃ、じゃあ……」
「……ですが、それしか方法はないんですね」
栞が、静かに言った。
「主砲を受ける役は……あんたよ、栞」
「わかっていますわ。私のケルベロスを最大出力で放てば、直撃は避けられるかもしれません。その間に、まあちさんがライフルで狙ってください」
「そんな……こ、怖くないの? だって、やられちゃったらどうなるかわかんないんだよ? 無事に現実の世界に戻れるのかも……」
このnフィールドで撃墜されたらどうなるのか。それはいまもわからないままだった。
「怖いですわ……。ですが、ここでアレを放置しておくわけにはいきません。この桜花祭は皆さんが楽しみにしていた行事です。そして、私たちの部が踏み出す第一歩。だからこそ守りたいんです。そのために……私は行きますわ」
栞が、戦艦フラクチャーへ歩み寄っていく。エネルギーの充填が終わったのか、再び赤い光点が強く輝き始めた。同時に響く、鈍い駆動音。今にもその口が開き、破滅の咆哮を放たれそうだった。
「……まっ。せっかく栞のシゴキに耐えたんだし、ここでナシってのは納得できないのよね」
まあちの肩をポンと叩き、楓が栞の隣へ並んだ。
「楓さん……」
「主砲の発射タイミングを教える人間が必要でしょ?」
「ですが、その状態で……」
「気力でカバーするわよ。……って、あんたの好きなアニメなら、こう言うんじゃない?」
「ふふっ。やはり楓さんには素質がありますわ」
「嬉しくないわー」
「ご安心を。私が必ず守ってみせますから」
「はいはい。よろしくお願いね」
まるで、ちょっとした用事を済ませに行くみたいに、笑いすら浮かべて歩いて行った。
二人の背中を、まるで置いていかれた子供のような不安げな眼差しで見送る。
危険なのは栞たちのはずなのに……これじゃあべこべだった。
「私も……やらなきゃ」
縮こまりそうな身に活を入れて、まあちは半壊した校舎へ向かった。四階まで昇り、ビームでえぐられ、むき出しとなった教室の一つに立つ。フラクチャーの赤い瞳がよく見えた。絶好の狙撃位置だった。
栞たちが、フラクチャーの正面で立ち止まった。その敵意に反応したように、再び正面の装甲が開き始めた。不気味な音と共に、主砲へエネルギーが注がれていく。
栞は、楓を背に守る形で、主砲と対峙した。ケルベロスを、フラクチャーに向けて構える。
見ているだけで、心臓が止まりそうな光景だった。震える腕を必死に抑えつけながら、まあちはレーザードライフルで主砲を狙った。装甲が開き、砲口部が見え始める。
まだだ。まだ。
永遠にも思える時間。
心臓の鼓動がうるさいくらいに鳴っている。喉はカラカラだった。
そして、そのときは訪れた。
著者:金田一秋良
イラスト:射尾卓弥
次回5月17日(水)更新予定
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