サン娘 ~Girl's Battle Bootlog【第20回】

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第二章⑪

 まあちが目覚めたとき、目の前には見知らぬ天井があった。

「……起きたの?」

 首を傾ける。ベッド脇に白衣姿の女性が立っていた。
 白衣の女性は、まあちの様子を伺うようにして、

「自分の名前は言える?」
「えっと……七星まあち……」
「私は、伊東彩夏いとうさやかよ。この保健室で養護教員をやっているの」
「保健室……?」

 首を傾け、室内を見渡す。いくつかのベッドと、薬品が入った戸棚が目に入った。

「どこか痛いところはある?」

 首を振り、ないと答える。
 伊東教諭は満足したように頷き、後ろへ振り返った。

「もう大丈夫みたいよ」

 誰かが椅子から立ち上がる音がした。こちらへ近寄ってくる。栞と楓だった。

「まあちさん、良かった……気が付いてくださって……」
「ったく、あんまり手間かけさせないでよね」

 楓らしいぶっきらぼうな物言い。でも、心配してくれたのは、その顔を見ればわかった。
 栞にいたっては、今にも泣きそうな顔をしている。
 たぶん、気を失ったまあちを、二人がここまで運んできてくれたんだろう。

「……ゴメンね。二人とも」

 何に対しての謝罪なのか、自分でもよくわからなかった。気を失ってしまったことに対してか、二人を守れなかったことに対してか、静流を攻撃できなかったことに対してか。
 いや、たぶんその全部だ。

「まっ。あんな状況じゃ仕方ないんじゃない?」
「そうですよ! まあちさんは頑張りました!」

 二人の気遣いが、いまは辛かった。気まずさに顔を背けると、窓から指す夕陽に気付いた。

「もうこんな時間……。ねぇ、桜花祭ってどうなったの?」

 楓と栞が暗い顔で押し黙った。その表情で、どうなったかはわかった。
 たぶん、中止になっちゃったんだ。
 私がしずちゃんを止められなかったせいで。

「あ、あの、まあちさんのせいでは決して――」
「いいんだ」

 栞の言葉を遮るように答えた。
 続けて栞が何か言おうとしたが、楓がその肩に手を置いた。ゆっくりと左右に首を振る。
 ありがとう……楓ちゃん。いまだけはそっとしておいてほしい。

「……明日も学校あるんだから、休んじゃダメよ」

 それだけ言って、楓が保健室を出て行った。栞は、留まるかどうか少し迷ってから、しずしずと楓の後をついていった。
 保健室に静寂が戻る。

「……いいお友達ね」

 伊東教諭が言った。

「うん」

 窓を見る。陽がだんだんと陰り始め、あたりが暗くなっていく。
 ああ……私たちの『桜花祭』は終わったんだな……。
 再び襲ってきた眠気にまどろみながら、そう実感した。

 

 翌日。楓は当惑していた。
 昼休みの学食だった。目の前のテーブルには、栞とまあちが座っている。
 まあちは満面の笑みを浮かべながら、

「ねっ! これっていいアイデアじゃない!?」

 そう話しかけてきた。

「そ、そうかもね……」

 返事をしたものの、正直なんの話か覚えちゃいなかった。確か新入部員を勧誘する方法うんぬんの話題だったような気がする。でも、ゼンゼン頭に入ってこない。
 だって仕方ないじゃない。
 昨日は死んだコビトカバみたいな絶望的な顔をしてた奴が、まるで天国で幸せ満喫したように、ハイテンションで蘇ってきたんだもの。喜ぶより、『こいつ本物?』と疑いたくなる気持ちの方が大きい。
 栞に至ってはぎこちなく微笑みっぱなしだし。たぶん今朝から、こんな状態のまあちとずっと一緒にいたせいだろう。

「動画を作って、それを配信するんだよ! それなら歌の練習だってムダにはならないし、直接私たちの活動を伝えられると思うの!」

 まあちは元気だ。どこからどう見ても。いつもみたいな『なんだってできる!』って無根拠な自信に満ち溢れてた。
 いや……本当はわかってる。こいつはあたしたちに心配をかけまいとしているんだ。アホなクセに責任感だけは強いから、昨日のことは全部自分のせいだとでも思ってるんだろう。それはいい。まあちのそういった部分は――正直、嫌いじゃない。
 だからこそ、言わなきゃいけなかった。

「で、動画作ったところでどうすんの。どうせまた邪魔されるわよ、誰かさんに」
「っ!」
「楓さん!」

 栞が怒った顔を向けてくる。まぁ当然だと思う。こっちはそのつもりで言ったんだし。

「わかってるんでしょ? 桜花祭が潰れたのだって、結局あんた一人への嫌がらせだって。何をしようと一緒よ。あんたが立てば、向こうが邪魔する。それの繰り返し」
「…………」

 まあちは俯き、黙り込んだ。どうしようもないことだと、諦めるみたいに。
 その姿を見てると、何かが胸からフツフツと湧き上がってくる。妙にザラつく不快な感触。
 ああ。そうか。あたしはムカついてるんだ。こいつに。どうしようもなく。
 一度自覚してしまえば、もう止められなかった。

「部の設立の目通しが立たない以上、一から考え直す必要があるわね。まぁそっちの問題だし、あたしには関係ないけど。少なくともあたしの家にはもう来ないでよ。邪魔だから」

 キッパリと告げてから、席から立ち上がる。
 まあちは顔を上げ、何かを言おうとして……また俯いた。

「……そっか。そうだよね。邪魔してゴメンね、楓ちゃん……」

 とっさに、その頭を殴ろうかと思った。しばき倒して、罵倒してやろうかと。
 あたしは謝ってほしいんじゃない。
 そんな言葉が聞きたかったんじゃない。

「……じゃあね」

 簡潔に別れを告げて、歩き去る。背中にまあちたちの視線を感じたが、意地でも振り返ってやるもんかと思った。

 

 放課後。まあちと栞は、楓の自宅の玄関前にいた。
 ノブをひねると、ガチャッと止まった。鍵がかけられていた。

「……きっと愛想尽かされちゃったんだね。私が不甲斐ないからさ」
「ま、まだ帰られていないだけですよ……」

 その言葉を、室内から漏れ聞こえる物音が否定する。楓は、確かに中にいた。

「もう一度話したかったけど……行こっ、栞ちゃん」

 踵を返すと、栞は何も言わずに黙ってついてきた。
 二人で放課後の道を歩く。夕陽が悲しいほどにキレイだった。

「…………」
「…………」

 どちらも喋ろうとはしなかった。時折、遠くから部活に励む生徒たちの声が聞こえる。
 そのまま分かれ道に差しかかった。

「私の寮こっちだから。それじゃ、また明日ね」
「はい……」

 栞に背を向け、歩き出そうとしたところで――

「あ、あの……まあちさん!」
「……?」
「良ければ、その……い、いまから私の部屋に来ませんか!?」
「部屋って……栞ちゃんの?」
「はいっ! そうですっ!」

 思わぬ提案に、まあちは目を丸くした


著者:金田一秋良
イラスト:射尾卓弥


次回5月31日(水)更新予定


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