サン娘 ~Girl's Battle Bootlog【第21回】
第二章⑫
歩いて五分ほど。栞が暮らす寮は、まあちの寮とは比べ物にならないほど立派だった。
見上げると首が痛くなるほどの高層タワー。六本木にあるような超高級マンションだった。
「す、すっごい……こんなところに住んでるの、栞ちゃん?」
「ふふ。どこにでもある普通のマンションですわ」
本気で言っているようだった。
ホントにお金持ちの家なんだな……と、改めて実感した。
「さっ。どうぞ、中へ」
「う、うん」
戸惑いつつ、エントランスの自動ドアを潜る。白い大理石のホールを歩き、エレベーターで上に昇った。最上階近くの部屋の一つに、『九鳳胤栞』と書かれた表札が出ていた。
「ふぅ……緊張してきましたわ」
「なんで?」
「その、両親以外の人を招くのは初めてでして。それに……あ、あまり女の子らしくない部屋ですから、きっと笑われてしまいますわ……」
指をモジモジさせながら、頬を赤くさせる。
「笑ったりなんかしないって。すっごく楽しみだよ、栞ちゃんの部屋」
ほほ笑むまあちに、栞が意を決したように玄関の扉を開いた。
内装もまた立派だった。純白の壁に、奥まで伸びたピカピカの廊下。オシャレな間接照明が灯っており、いかにも『ザ・セレブマンション』という感じだった。
ただ、かたわらの靴箱に飾られた『置物』だけが、妙だった。
(これは……プラモデル?)
いくつものロボットらしきプラモデルが、整然と並べられていた。そのどれもが武器を携え、派手なキメポーズを取っている。
「ただいま帰りましたわ。ドラグナー1様、ザブングル様、エルガイム様……」
ごく自然な調子で、栞が挨拶をしていく。まるで家族に帰宅を告げるように。
どう反応していいかわからず、思わずポカンと見つめてしまった。
「どうかなさったんですか?」
「え? あ、いや……な、なんでもないなんでもない!」
ブンブンと首を振る。栞は「?」と首を傾げたが、そのまま靴を脱ぎ、玄関へ上がった。まあちも仕方なく後に続く。
……うんうん。私だって昔、猫飼ってたときは「ただいま」って言ったもんね。それと一緒だよ。だから、ちっともおかしなことじゃないよね。
自分に言い聞かせながら、栞と一緒にリビングへ入った。
「…………」
さっきの倍以上、ポカンとしてしまった。
二十畳ほどもある広いリビング。革張りのソファやダイニングテーブル、超大型テレビなど、いかにもな高級家具が揃えられている。だがそれ以外は、ありとあらゆるアニメグッズで埋め尽くされていた。いくつものガラスケースが壁際に置かれ、中にはこれでもかというぐらい並べられたプラモデルやフィギュア(当然、種類はわからない)。壁には、大量のポスターやタベストリーが飾られており、天井までも覆い尽くしていた。
「し、栞ちゃん、これって……」
「す、すいません。まあちさんを招くなんて考えていなかったもので……少々部屋が散らかっておりますでしょ?」
恥ずかしそうに、チラっと室内を見る。リビング中央に置かれたガラス製のテーブル。
見ると、たしかにいくつものDVDケースが、その上に無造作に置かれていた。
「い、いつもは見終わったら、ちゃんと片付けているんですよ? ですが昨日はたまたま……」
子供が、母親にイタズラが見つかったときのように、背中でテーブルを隠す。
「わ……私なんていつも放り出しっぱなしだからさ、き、気にしないでよ……あはは……」
「だらしのない子だと思いませんでしたか?」
「ぜ、ゼンゼン思わないよ」
思ったのは、もっと別のことだった。栞は上目使いでまあちを見て、
「それで、その……わ、私の部屋はいかがですか?」
「えっと……い、いいんじゃないかな。栞ちゃんらしくて……」
それは本心だった。
「本当ですか!? ああ……良かった……私の部屋、皆さんと少し変わっているでしょ? だから、心配で心配で……」
少し? とも思ったが、あえて口には出さなかった。
栞は安心したように胸をなで下ろし、ガラスケースへ近づいていった。中のコレクションに向かい、さきほどの挨拶を再開する。
「ただいま戻りましたわ。ダンバイン様、竜神丸様……」
栞の顔は、とてもイキイキとしていた。きっと、帰ったら毎日行ってる日課なんだろう。
(栞ちゃん、ホントに好きなんだな……)
改めて部屋を見回した。アニメグッズに満ちた部屋。栞の好きなもので埋め尽くされた場所。
立っているだけで、栞の愛情が伝わってくる。なんだか微笑ましい気持ちになると同時に、ちょっとだけ羨ましくもなった。
「私……ホントに好きだよ、栞ちゃんの部屋。こんなにたくさん大好きなものがあって、それに囲まれてるなんて……夢みたいだね」
「まあちさん……」
その言葉がウソじゃないとわかったのか、栞は柔らかく微笑み、
「いつでも、好きなときにいらしてくださって構いませんからね?」
「うん!」
そのあと、栞はまあちに手料理をご馳走してくれた。プロ顔負けの本格フレンチだった。
テーブルいっぱいに並べられたゴージャス料理の数々に、
「これ、ホントに全部食べていいの!?」
「はい。まあちさんのために腕を振いました」
濃厚なソースのかかったステーキを一口食べると、もう止まらなかった。芳醇な味わいに、次から次へと手が伸びる。
「ど、どれもお、おいひ~よ! しほりは~ん!」
「ふふふっ」
「んぐんぐ……ぷはっ。こんな料理作れるなんて、栞ちゃんと結婚できる人は幸せだね」
「そ、そんな結婚だなんて……まだ気が早いですわ……」
なぜか頬を真っ赤に染めながら、テーブルに指で『のの字』を書いていた。
「そういえば、テーブルの上にDVDがあったけど、何見てたの?」
「前からまあちさんに観ていただきたいと思っていた作品でして……良ければ食事が終わったら、一緒に観賞しませんか?」
「うん! いいよ!」
食器を二人で片付けたあと、まあちたちは大型テレビの前に座った。栞が、デッキにディスクをセットする。すぐに再生が始まった。何かのアニメだった。ノリのいい音楽が流れ始め、黒い背景に作品名が表示される。
「これって……」
タイトルに現れた文字。それはつい最近、まあちにとって身近になり始めたものだった。
「はい。これは『蒼き流星SPTレイズナー』ですわ」
「…………」
OPが終わり、本編が流れ始めた。そこで初めて、まあちは本物のレイズナーを目にした。
蒼く輝く装甲に、緑のバイザー。宇宙空間を、勇ましい姿で華麗に飛び回る。
とてもカッコイイと思った。気づけば、食い入るように画面を観ていた。
主人公の名前は、『エイジ』というらしい。青緑色の髪が特徴的な、異星人と地球人の混血の少年だった。自分たちの惑星が、地球の人類に攻撃を仕掛けようとするのを、必死に止めようとしていた。
レイズナーを操り、たった一人で。
地球の少年少女のエイジへの対応は、ひどく冷たいものだった。友人を殺された怒りをエイジにぶつけ、激しく責めた。それでも、エイジは地球のために、同族と戦い続けた。たとえ、兄と慕う人物を討つことになっても。
エイジが『V-MAX発動』と叫ぶと、レイズナーの機体が蒼く輝き、一つの流星となって飛翔する。機体の性能を極限まで高める、レイズナーの真骨頂ともいえる機能だった。だが、同朋を打ち倒していくその蒼いほうき星は、まるで夜空に流れる涙のようにも見えた。
誰に理解されず、孤独に戦う少年。それがまあちの印象だった。
だからこそ、疑問に思った。
「どうしてこの人は……こんな酷い目に遭っても、戦い続けられるんだろうね……」
「…………」
栞は応えなかった。ただ黙って、まあちの隣で作品を観続けていた。
ふと、この作品を見せるために、栞は自分を部屋に誘ったんだじゃないかと思った。
それは、きっと当たっている気がした。だけど、その意図がわからなかった。
映像が流れ続ける。戦いたくないために、戦う少年。その姿はどこか矛盾してる。
でも、どうしてだろう……こんなに胸が強く締め付けられるのは……。
何か大切なことに気付きそうな気がした。
だが同時に、それを知ることをためらう気持ちもあった。
自分の本当の想いに気付いてしまえば、もう戻れない。そんな予感があったからだ。
知りたいけど、知りたくない。
相反する感情の中で、まあちはじっとレイズナーを観続けた。
翌日も、楓はまあちたちと会おうとはしなかった。
こちらから教室を訪ねても、見向きもしない。完全にまあちを無視していた。
「私が……話をしてきましょうか?」
教室の入り口で待っていた栞が、心配そうに声をかけてきた。
「ううん。もうちょっと時間置いてみるよ。きっと楓ちゃんだって、いつかは許してくれると思うから……」
「…………」
「やっぱり私、楓ちゃんと一緒に部活やりたいの」
栞は何か言いたげな顔をしたが、口には出さなかった。
楓を見る。窓を眺める楓の表情は、ここからではわからなかった。
昼休みのチャイムが鳴ると共に、楓は席から立ちあがった。
教室を出て、廊下を歩く。目的の教室が見えてきた。入口付近にいた生徒に、
「ちょっと呼んできてほしい奴がいるんだけど、頼める?」
話かけられた生徒は、戸惑いつつも、とある生徒のもとへ駆け寄っていった。
目当ての人物が立ち上がり、楓のもとへやってくる。楓は開口一番、
「いい加減限界。話あるから、ちょっと付き合いなさいよ」
「…………」
生徒はしばらく考えてから、小さく頷いた。
著者:金田一秋良
イラスト:射尾卓弥
次回6月7日(水)更新予定
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