サン娘 ~Girl's Battle Bootlog【第22回】
第二章⑬
校舎棟の間に挟まれた、ひときわ小さな中庭。
建物で陽射しが遮られるため、年中薄暗く、生徒たちの姿も見えない。
そこに楓たちは立っていた。
「あんたさ。そんな顔して、人生楽しいワケ?」
もう一人の生徒に話しかけた。ショートカットの髪に、人を寄せ付けない空気を纏った少女。
静流だった。
「そんなことを聞くために、私を呼んだの?」
冷たい瞳が、静かに応えた。
「だって、おかしいじゃない。桜花祭を潰すって、あんたの目的は見事に成功した。結果、あの子はボロボロよ? 空元気振りまいて痛々しいったらありゃしない。全てがあんたの目論見通り。だからほら、笑いなさいよ。嬉しそうにニヤニヤとさ」
「…………」
「笑いなさいってば」
静流は、付き合う価値がないとばかりに踵を返した。その背中へ、
「へぇ……都合が悪くなると、そうやって逃げるのね。誰かさんみたいに」
「っ! 私は逃げたりしない!」
振り返りざまに、静流が叫んだ。瞳が怒りに染まっていた。
「あの子とは違うの……!」
「同じよ。どっちもガキくさいったらありゃしない。変に意地張ったり、自分に嘘ついたり。なんで素直にやりたいことをやれないの。そういうの……見ててすっごくイラつく」
「貴方に、私たちの何がわかるっていうの」
「わかんないわよ。正直、興味もないしね。ガキのケンカなんて、どっちかが折れて謝れば、そこではい終了ー、ってなもんよ」
そこで静流は、唇を吊り上げた。
「何? 結局、あの子との仲を取り持ちに来たの?」
「…………」
「無駄よ。私は、あの子を一生許さない」
凍えるような表情で言い放った。楓はニヤリと笑い、
「なーんであたしがそんな面倒なことしなきゃなんないのよ。勘違いにも程があるっての。あたしがあんたを呼んだのはね、一発ぶん殴ってやろうと思っただけよ。よくもあたしの練習、ムダにしてくれたわね」
パキパキと細い指を鳴らす。
「当てられると思ってるの? 見たところ、運動が得意なように見えないけど」
「あたしの指はね、あんたみたいな体力ゴリラに使うほどお安くないの。鉄拳制裁なら……こっちの方が威力バツグンでしょ?」
ピーコンを取り出し、静流に見せつける。静流は、しばしその様子を眺めて、
「……いいわ。付き合ってあげる」
同じくピーコンを取り出した。画面内の『S』のアプリをタップ。途端にマークが発光した。
「手加減はしないわよ。私、貴方のこと嫌いみたいだし」
「気が合うわね。あたしもあんたのこと、ハリネズミ並みに嫌いよ!」
楓のピーコンが同期するように輝き、激しい光が二人を包んだ。
まあちは廊下を走っていた。
「はぁはぁ……!」
「こちらですわ、まあちさん!」
前を走る栞が、廊下の曲がり角を指さす。その先に、一つの扉があった。
扉を潜ると、伊東彩夏が驚いたような顔で、二人を見た。
「あなたたち……」
「あ、あの! 楓ちゃんが! 楓ちゃんが倒れたって聞いたんですけど!」
二人の意図を察したのか、彩夏は一度頷くと、とあるベッドへ近づいた。
カーテンを開き、中を見せる。ベッドの上では、まぶたを閉じた楓が横たわっていた。
「楓さん……」
「中庭でね、気を失って倒れてたみたいなの。そこを、この子が運んできてくれたわ」
彩夏の視線の先。そこには静流がいた。ベッド脇の椅子に腰かけている。
「し、しずちゃん……」
静流は、茫然とするまあちを一瞥し、立ちあがった。
「では、私はこれで」
「ええ。ありがとうね」
まあちたちの脇を通り、保健室から出て行く。すぐさまそのあとを、栞が追いかけた。
「待ってください! あなたが、やったんですか!?」
廊下を歩いていた静流が、振り返った。
「仕掛けてきたのは、あちらからよ? ずいぶんと優しいお友達を持ったわね……七星さん」
栞の背後へ話しかけた。そこに、まあちの姿があった。
「貴方と違って、なかなか手強い相手だったわ」
「もしかして……楓ちゃんは私のために……?」
「これでわかったでしょ? 貴方は周りに迷惑をかけ続けるの。誰かと一緒にいる限り」
「……っ」
静流の言葉が、突き刺さる。
「ここであの子の敵討ちでもしてみる? ……まぁムリでしょうね。だって、貴方は誰も傷つけられない優しい子だもの」
ことさら優しげな声音。それが、余計胸に堪えた。
気づけば、まあちは駆け出していた。静流から逃げるように。
「まあちさん!」
背後から聞こえる栞の声。その声を振り払うように、一心不乱に走った。
まあちが去った廊下。一人残った栞に向かって、
「貴方もわかったでしょ? 結局あの子は自分のことしか考えていないのよ。いくら他人を思いやるフリをしてもね」
「…………」
「貴方だって、いつかきっとあの子に裏切られるわ」
栞が、静流を見た。その目は怒りではなく、憐みに満ちていた。
「どうして、そんな風にしか向き合えないんですか?」
「…………」
「本当にやりたいことは別にあるはずです。今のままじゃ……あなたの気持ちが晴れることはないと思います」
「知った風な口を利かないで……!」
「わかりますよ。だって……私もあなたと同じだったから」
栞は「失礼します」とお辞儀をし、去っていた。静流は動かなかった。
「貴方に……何がわかるのよ……」
その顔は、苛立ちとも哀しみともつかない表情で歪んでいた。
著者:金田一秋良
イラスト:射尾卓弥
次回6月14日(水)更新予定
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