サン娘 ~Girl's Battle Bootlog【第23回】
第二章⑭
まあちは走っていた。どこに向かってるかわからなかった。ただ闇雲に走っていた。
静流は言っていた。自分のせいで楓は傷ついたと。
楓の姿が思い浮かぶ。ベッドに横たわった姿。
嫌われていたと思ったのに。愛想を尽かされたと思ってたのに。
それでも、楓は戦ったんだ。自分のために。たった一人で。勝てないとわかっていながら。
「なんでよ……なんでよ! 楓ちゃん!」
堪えきれず、叫んだ。
そんなことしなくていいのに。静流との件は、もう済んでいる。悪いのは自分。それでいい。だから、自分は耐えなくちゃいけない。それであの子の気がすむなら、自分はそうしなきゃいけない。
「なのに……なのに……」
どうして戦ったりしたの?
目の前の光景が滲む。自分が泣いていることに気付いた。
さらに走る。走る走る。もうそれしかできなかった。
気づけば、見慣れた景色があった。
歩道脇の並木道。
ガムシャラに走っていたようで、結局いつもの通学路をなぞっていたことに、なんだかバカらしい気持ちになる。
疲れたきった足取りで、並木道に入る。時刻は夕方。いつも会うのは朝だった。でも、そこにいる気がした。
人影が見えてくる。すっかり見慣れた銀髪。
「これを、あたしのピーコンにいれたの、レイちゃんだよね」
涙でくしゃくしゃになった顔のまま、ピーコンをレイへと差し出した。
画面には『S』のついたアプリのマーク。
「…………」
「答えて……!」
これまでずっと思いながらも、あえて聞かなかったこと。いつかレイから話してくれればいいと、そう待つことを選んだ疑問。
果たして、レイはコクリと頷いた。
「どうして、こんなものを私に渡したの」
自然と目つきが厳しくなる。やり場のない怒りが噴き出すのがわかる。
レイは、まあちの顔をじっと見つめ、
「それは可能性だから。全てはあなた次第……あなたの想いがあれば、それに応えてくる……」
「わかんないよ、そんな言葉! なんなの私の想いって! わかったようなこといわないで!」
「ここで、あなたは答えてくれた……。みんなが楽しく過ごせるようにって……」
「っ!」
確かに、そう言った。みんなと楽しく過ごしたいと。
その結果、どうなった。ただいたずらに、周りをかき回しただけだ。自分がいなければ、桜花祭が潰れることも、楓が傷つくことも、静流が憎しみに染まることもなかった。
最初から、自分がここへ来なければ……。
「じゃあ取り消す! 何もいらない! 私はもう、一人でいい!」
ピーコンを地面に叩きつける。そのまま走り去った。もうレイの顔も見たくなかった。
何もかもがイヤになる。どこか遠くの場所に行きたかった。
誰も知らない場所。そこに一人でいればいい。そうするのが自分にはお似合いだ。
静流の言った通りだ。始めから何もしなければ……こんな辛い思いをすることもなかった。
「まあちさん!」
誰かが腕を掴む。自分を引きとめようとする。
やめてほしい。もう関わろうとしないでほしい。一人きりにしてほしい。
「離して!」
腕を振り払う。でも離れない。強い力だった。意地でもまあちを離すまいとしていた。
「もうイヤなの! 放っておいて! お願いだから、一人にして!」
叫んだ瞬間、頬に衝撃が走った。
バチン!
頬に手を当てる。痛みでジンジンする。叩かれたとわかった。
茫然と、目の前の人物を見る。
栞だった。
「どうして……どうして、そんな悲しいことを言うんですか?」
栞は泣いていた。泣きながら、怒った顔でまあちを見ていた。
「あなたが言ったんですよ、私の居場所になってくれるって。あれはウソだったんですか!?」
「ち、ちが……」
いやいやと首を振る。
「なら逃げないでください。静流さんから、楓さんから、私から……自分自身から!」
「……っ!」
「私は嬉しかったんです。まあちさんが、声を掛けてくれて。私の好きな物を教えてほしいって言ってくれて。そんなこと誰も言ってくれなかった……」
「…………」
「私は、まあちさんが好きです。誰にでも優しくて、そばにいるだけで元気づけてくれるあなたのことが。でも、それは私の気持ちです。あなたに押し付けようとは思わない。私は、私が選んで、あなたと一緒にいるんです」
「…………」
「以前、聞きましたよね? どうして戦い続けるのかって。あの人は知っていたんです。悲しくても辛くても、立ち向かうことでしか道は開けないって。だから、あなたも逃げないでください。自分から。自分の想いから。何よりあなた自身のために……!」
「……でも……でも……どうしていいかわかんないよ……」
「わからないなら、その想いごとぶつければいいんです。一人で抱え込まずに。そう教えてくれたのは、あなたですよ?」
「…………」
「まず決める、そしてやり通す、それが何かを成す時の唯一の方法……ですわ」
「栞ちゃん……」
栞の手が、まあちを抱きしめた。優しく、力強く。
「できますよ、あなたなら……。だって、私を救ってくれたのはまあちさんじゃないですか」
その言葉が、心の奥の奥に染みわたっていく。
こんな自分を、栞はまだ信じていた。
一人で逃げ出し、全てを放り出そうとした、こんな情けなくて惨めな自分を。
自分を抱きしめる栞の手の強さが、その信頼が、どうしようもなく重くて、辛かった。
これまで人の力になることは、いくらでもあった。
それこそ小学生時代からたくさんだ。
だけど、こんな風に、自分自身のことを、誰かに期待されたことがあっただろうか。
あなたならできると。
それを、やり遂げるべきだと。
そう言われるのは……なんて大変なことだろう。
自分のことだからこそ、ウソをつけたのに。見ないフリだってできたのに。
でも、それをするなと栞は言ったのだ。
自分自身のことだからこそ、逃げられはしないと。
栞は、まあちを決して離さなかった。
その想いを身体で伝えるように、ただ抱きしめ続けた。
二人を、赤い夕陽が照らす。
やがて、ポツリと。
「……私……しずちゃんにヒドイことしちゃったんだ……」
「はい。とってもヒドイことだと思います」
「すごく傷つけちゃった」
「ええ。静流さんが怒るのも、もっともだと思います」
「でも……でも……」
心の奥底で思っていたこと。ずっと目を逸らし続けて来た、自分の想い。
「もう一度……しずちゃんと友達になりたいの……」
やり直したかった。あの頃のようにもう一度、静流と話がしたかった。
つまらない自分の話に相槌を打ってほしかった。
そして、また二人で一緒に――走りたかった。
言葉にした途端、涙が溢れてきた。次から次へと溢れ、止まることがなかった。
栞の肩にすがりつき、人目もはばからずに泣いた。
栞の制服が、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになる。それでも栞はまあちから離れなかった。
いつか自分がしたのと同じように、そっと頭を優しく撫でてくれた。
気づけば日が暮れていた。
あたりは、すっかり暗い。
まあちは、ようやく栞から顔を離すと、照れたように、
「……泣いちゃった」
「大泣きでした」
「ごめんね、制服……」
「一生の宝物にしますわ」
微笑みを浮かべ、愛おしむようにぎゅっと制服を抱きしめた。
そうして、まあちは言った。
「明日……しずちゃんと会ってくる」
「はい。……ですが、一人でなんて言わないでくださいよ?」
「えっ、でも……」
「まあちさんのためではありませんわ。私も、私の友達を作りに行くんです」
栞が笑った。いつもの柔らかい笑みだった。
「……うん」
そうだ。私は、明日、私の友達に会いに行くんだ。
ずっと前に離れてしまった昔の友達。自分で壊してしまった絆。
それをもう一度、繋ぎ合わせにいくんだ。
誰かのためじゃない。私自身が、そうしたいから。
その夜、夢は見なかった。
朝になって起き上ると、まあちは一つのダンボールへ近づき、一着の衣服を取り出した。
鞄に詰め込み、自宅を後にする。
並木道には、いつものようにレイがいた。
どう話しかけていいかわからず、散々迷ったあげくに、
「……昨日はごめん」
素直に謝った。
「色々とヒドイこと言っちゃったよね……全部、レイちゃんのせいにして……ホントに、ホントに自分勝手だった……ごめんなさい!」
頭を下げる。
「だから、お願い……もう一度だけ私に使わせてくれないかな、あの――」
口にする前に、レイが何かを差し出した。まあちのピーコンだった。
「あなたの夢は……何?」
いつか聞いた質問。まあちの答えは決まっていた。
「みんなと……楽しく学園生活を送ることだよ!」
元気に言って、ピーコンを受け取った。
レイは変わらず無表情だったが、ほん少しだけ満足げな様子に見えた。
「私、部活作るんだ。もしできたら、レイちゃんも入ってくれる?」
レイが、こくりと頷いた。
「うん! 約束! 絶対に私も作ってみせるから!」
そう返事して、まあちは駆け出した。
著者:金田一秋良
イラスト:射尾卓弥
次回6月21日(水)更新予定
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