装甲騎兵ボトムズ 絢爛たる葬列 【第4回】
第二章 『カースニー』その二
その夜いつものように三曲の舞台を務めたクレメンタインがカウンターに並ぶ俺たちに、
「あとで部屋に来て」
と言った。
二人で部屋に行くとクレメンタインはコーヒーを淹れて待っていた。
「コーヒーかい」
とホワイティーが笑うと、
「話しておきたいことがあるの」
と真顔で言った。
「どうやら重要なことらしいな」
俺はカップを取り上げた。
「明日、私はここを発つわ」
「!!」
俺たちは思わず顔を見合わせた。
「私がここへ来た目的は、あのカースニーに行くことだったの……今日その目的を達したわ。だから明日トラネホールを出るわ」
クレメンタインの顔には決意というほどのものが表れていた。
「待ってくれよ! 意味がわからない! なんでそんなに急なんだ?」
ホワイティーが吠えたが、
「……」
彼女の答えはなかった。
「ルモーイ。花言葉通りに行っちまうのか」
俺もそういうしかなかった。
「あなたたちにはお世話になったわ、ありがとう。心からお礼を言うわ」
その夜彼女からそれ以上のことは聞き出せなかった。基地に帰る道すがらホワイティーは、
「本当に、本当に何も聞いていないんだな?」
と何度も俺に聞き質したが、むろん俺は何も知らなかった。
眠れぬ夜を明かした俺をさらに驚かすニュースが飛び込んできた。それは突然の“終戦”だった。百年にも及んだ銀河の大戦に終止符が打たれたのだ。
「予てより予想はされたことだ。貴様らにも動揺はあるまい」
俺たちを束ねていた傭兵部隊の司令官は平静を装ってはいたが明らかに度を失っていた。
「今日只今この時点より貴様たちのアボルガにおける義務と責任は解かれる。首輪は外された。何処へなりと失せるがいい。解散!」
青天のへきれき霹靂とはこのことである。街中は天地がひっくり返ったような大騒ぎになった。
(さてどうする?)
思いつくことは一つしかなかった。ディックの店に走った。彼女は街を出たのか?
「ディック!!」
俺は店のドアーを叩いた。こんな時間でもドアーは開いた。店の中には人影が見えず森閑としていた。
「ディック!」
俺の呼びかけに、奥からディックが現れた。開店前のくつろいだ装いに俺は柄にもなくたじろいだ。
「ディック…」
「フィロー、あんたか」
「ディック、彼女は?」
「クレメンタインか」
「そうだ、彼女は?」
俺はこの混乱の中を彼女は旅だったのかを質そうとした。
「クレメンタインなら今夜も歌うよ」
「……今日た発つんじゃあなかったのか」
「気が変わったらしい。会いたけりゃあ夜来るんだな」
(ディック、あんたの言う通り俺はハマったらしい)
俺は奇妙な安堵感を胸に基地に戻った。
その夜俺はいつものカウンターにいたがホワイティーは来なかった。この変事に政府軍のエリートとして現場を離れるわけにはいかないのだろう。
いつもに変わりなく三曲歌ってクレメンタインがやってきた。
「彼は? 来られるわけはないわね」
「ああ、終戦によってギルガメスはこのアボルガから撤退する。俺もお払い箱だ。百年戦争は終わった。だが……」
「ギルガメスのつっかい棒が外れてバララントが来るわね」
「だろうな…この国はどうするか?」
百年戦争があったればこその境界線だった。終戦の今となってはギルガメスにとってアボルガがどうなろうと関心は薄い。国の運命は風前の灯火のように揺れていた。
「なんで発たなかったんだ? 時を逸すると脱出しにくくなるぞ」
「この国の行く末を見届けたくなったの」
「話を聞くには、オアシス・ルモーイがいるな。バーテン!」
クレメンタインはカクテルの酒を半分飲んで、話し始めた。
「昨日カースニーに連れて行ってもらったわね。カースニーは私の故郷なの…もっとも行ったのは初めて…でも感じることができたわ、ここが私の故郷なんだって」
クレメンタインの語るところによれば、二十年前はカースニーもその縁戚にあるアボルガ王国も百年戦争のさなかギルガメスともバララントともその旗幟を鮮明にしていなかった。やがて時代はそれを許さずアボルガはギルガメスを選んだ。カースニーもそれに倣ったが、バララントの攻撃の前に公国は壊滅の悲劇に見舞われた。
「あの大流砂地帯は役に立たなかったのか」
「マランガね。役に立ったわカースニー共々ね。おかげでアボルガはバララントの攻撃を耐え抜いた。その戦いでカースニーの住人のほとんどが死んだの、父もそう。生き残った母は私を宿していた。母にとってアボルガは生き易い場所ではなかったらしいの、さまざまの土地を流れ流れたわ」
クレメンタインはそうは言わなかったがカースニーはアボルガの捨て石にされたと推測される。
「母は私のために生きたけど、ついに力尽きた。生前語ったことのほとんどがカースニーのこと…カースニーの空、カースニーの風、マランガの流れ……」
俺はカースニーの廃墟で踊るクレメンタインの姿を思い出した。クレメンタインはあの場所で母によって植えつけられた失われた故郷と一体になっていたのだ。
「フィロー今度はあんたのことも聞かせて」
クレメンタインはグラスの残りを飲み乾した。
「バーテン!」
俺は酒の追加を促した。
「俺の何を?」
「何でもいいわ。そうね、なんでそんなにお酒を飲むのかとか。……あなたのお酒はホワイティーのお酒とは違うわ」
「酒に変わりなんかない」
「……んじゃあ、なんで傭兵になったの?」
「うーん」
「難しい問題?」
「いやそうでもない。簡単に言えばある作戦で上官に意見具申し、い容れられず命令違反をした。軍を追放され、他に取り柄のない俺は戦いから離れられず傭兵としてその日その日をうっちゃっている」
背後から声がかかった。
「その話もう少し詳しく聞きたいな」
ホワイティーだった。
「いいのかこんなところをうろうろしていて」
「エライさんの会議は続いてますが、俺たちには何もやることがない」
「そうか」
ホワイティーがクレメンタインを間に挟んで席に着いた。
「告白すれば、自分には実戦経験がない。戦いというものが解らない。軍隊というところでは上官の命令は絶対だ。俺たちは上が右向けと言えば右を向き左と言えば左を向く、それでやってきたしそれで問題はなかった。だから命令違反をし挙句に軍を追われるなんてことは想像もつかない」
酒が置かれるとホワイティーはそれを一気に飲み干し追加を頼んだ。
「ある時、ある戦域で軍団規模のぶつかり合いがあった。両軍の配置はざっとこうだった……」
俺はカウンターにチェイサーの水で略図を描いた。
「俺は中隊を指揮しここにいた。命令は現在地を死守し敵の通過を待って背後を衝けというものだった。だが俺にはその命令がまったく無意味なものに見えてしまったのだ」
「無意味……?」
「まず間違いなく俺たちの隊は全滅する。あげく戦局に何の寄与もしない」
「それはあんたの考えで上の考えは違った。それで命令に逆らってなんかいたら軍という組織は成り立たない! そうでしょう!」
「その通りさ。ホワイティー、お前さんの言う通りだ。命令は絶対。それが軍という組織だ。だが俺には見えてしまったんだ」
「何が!?」
「人と鉄とがひしめく空間のありようとその変化……かな。その変化の中を貫く……筋のようなもの。物体と時間と、それらが絡まり弾ける実相とでもいえるような……そんな中の一筋が。俺は動いてしまった。結果俺たちの隊は生き残った。終わってみれば大局にはさしたる影響もなかったが、命令違反の事実だけが残った」
「それは結果論じゃないんですか。仮に動かなかった場合でも」
「かもしれん。たまたまだったかもしれん。だが以来俺は俺だけに見える一筋だけにATを走らせている。結果、そう惜しくもない命だが長らえている」
「しかしそれじゃあ!」
「ああ、軍人とは言えない。だから流れに身を任せてガラガラ蛇に身を置いている」
「………」
「戦争とは何だ? という問いがある。ある者は政治の実行形態の一つだと言う。だがそれだけじゃあない。何だと言われても即答はできないが、世界の有り様のひな形とも思える。そのひな形の中の砂粒のような一要素が俺だと仮定すると、その砂粒の運命に身を任せるのも人生かなと……」
「わかったようなわからないような、まああんたが哲学者と言われるのだけは納得しよう」
「納得か?」
「ああ、俺の頭じゃこれ以上考えても仕方がない。納得だ」
「そうか納得か…」
俺の話は実は真実の半分だった。それどころか作り変えてさえある。本当のところを話しても話がとっ散らかるだけだと俺はそう思っていた。
「お前さんはなんで軍にいる」
「簡単です。俺の親父もそのまた親父もここアボルガの軍人だった」
「貴族だな」
「今時はやらないが、そういう言われ方もある」
「迷いはなかったのか」
「ない。運命だと受け入れた」
ホワイティーらしいきっぱりとも単純とも言える答えだった。
「ところで俺のホワイトオナーは実戦ではどうなんだ?」
「どうなん、だって?」
「歴戦のあんたはスコープドッグに乗っている」
「ああ、完成度が高く生産数が多い。したがって安価だ。部品も豊富で整備も楽だ。実に傭兵向きの機体だよ」
「俺はあいつに愛着がある。だが実戦ではどうなんだ?」
まったくカワイイ奴だ。自分を飾るということがない。率直すぎる。だから裏切れない。
「P・ATH―Q01―DTクエント製ヘビー級カスタムAT。重いが優秀な機体だ。そもそもこいつが作られたクエント星だが、産業と言えるものがクエント素子と傭兵の派遣しかない。クエント人は傭兵としてはすこぶる優秀だ。その優秀さはクエント星のATと同義語だ。信じられないことだがこのATたちの多くが工業製品とは言えず、むしろ手作りの工芸品だ。だから飼いならすのが難しい。誰でも乗りこなせるというものではない」
「その点は大丈夫だ。あいつは俺の手足になっている」
「だったら十分に機能する」
俺は請け負った。何のために?
「マランガの大潮が近い。明日明後日にはエライさんの結論も出るだろう」
この星は極端に大きな衛星を持っている。その衛星が直線に並ぶとき、大流砂さえ止まる。つまり軍団の移動が容易になる。王国の運命が決するのはその時だろう。
【予 告】
台本もなければ、譜面もなし
百年続いたバカ騒ぎ
鉄と炎と混沌の
舞台客席境なく、役者観客ごちゃまぜの
銀河オペラの幕おりる
拍手もまばらなその中を
カーテンコールの幕が開く
主役も去った板の上
頭を下げてるやつがいる
次回『ガラッチ』
著者:高橋良輔
メカニカルデザイン:大河原邦男
イラスト:しらゆき
次回10月7日(金)更新予定