装甲騎兵ボトムズ 絢爛たる葬列 【第5回】

第三章 『ガラッチ』

 会議の結論というものは内から出るより外から出される方が多い。アボルガ王国の方針を決めたのはバララントからの提案であった。王国とバララントとのこれからを話し合うため使節団を送るというのである。そして使節団の構成を伝えてきた。それはすでに軍団規模の機甲兵団であり、ギルガメスの後ろ盾を失った王国の兵力の十数倍というものであった。

「さすがに一人か?」

 カウンターの俺にディックが笑いかけた。

「ああ」
「しかしギルガメスもつれないな。終戦協定が結ばれたとたん、知らんぷりとはな」
「そんなものだろうとは思っていたさ」
「フィロー、あんただってそれでお払い箱だ。もともとここはギルガメスにとって砂と礫だけの価値のない土地だったんだ。ただ軍事上引かれた線をメンツの上でも守らねばならんのと、まあドミノ倒しを恐れたんだろう。それも今となってはどうでもいいことさ」
「この国はどうなる?」
「バララントの体制と王政は相性が悪い。アボルガは名前も残らず消滅だろう」
「あんたはどうするんだ?」
「俺か……バララントとは俺も相性はよくない。さてどうするか」

 ディックは考えるそぶりをした。だが俺には心の底は読めていた。

「ディック、あんたは男が男でいられる場所をまたどこかで作るんだろう。ついては頼みがあるんだが聞いちゃあくれないか」
「?……」
「正直に言おう。あんたが占ったように俺は見事にハマっちまったあの娘に、クレメンタインに。ホワイティーもそうだ。だから決着をつけたい。そのお膳立てを頼みたいんだ」
「……よかろう。引き受けた。で……」

 俺の提案をディックは引き受けてくれた。
 それからの数日、アボルガ王国の首都トラネホールは玩具箱をひっくり返すなどという生易しいものでなく巨大な蟻塚を崩したようなありさまとなった。王国の存立を信ずる者はすでになく多くのものは持てるだけのものを持ち街を捨てた。それは王侯貴族官僚でさえ例外でなくアボルガはすでに国の実態を失っていた。


 明日に大潮を控えた、バララントの使節団という名の占領軍到着の前日、俺たちはディックの店に集まった。いついかなる場合にもはぐれ者やへそ曲がりはいるもので店はいつもの活況というわけではないが紫煙と脂粉は十分に店をそれらしく装っていた。

「ディックいつも通りだな」

 俺が声をかけるとディックはにやりと笑い。

「男の半分は近衛の儀杖隊だ。あと半分はやがて来るバララントに身を売ろうというはぐれ者。店の者はとりあえず俺をアテにしている」

 俺はいつものカウンターに陣取った。
 やがてクレメンタインのショータイムが始まった。いつものようにきっちり三曲、恋を歌い、故郷を歌い、運命を歌った。歌い終わったと同時に紫煙の中に白いシルエットが立ち上がった。一直線にクレメンタインに向かう。むろんホワイティーだった。俺も弾かれたように席を立った。あの最初の晩のように俺たちはクレメンタインの前でにらみ合っていた。

「さーて、決着をつけてもらおうか!」

 ディックが合図を送った。あの晩のように大テーブルがしつらえられガラッチを湛えたグラスがその円周を彩った。

「ホワイティー、あんたたち儀杖隊は逃げないのか」
「あんたが言ったんじゃなかったっけ、国にも個人にも体裁というものは必要だと」
「俺は体裁と言ったんだ。意地を張れって意味じゃない」
「同じことさ、張る時は張る!」
「張る時は張るか」
「俺たちの最初で最後の晴れ舞台ってわけだ」
「ようし決着をつけよう」

 ディックがテーブルの上のグラスを一つ取りクレメンタインに渡した。

「彼女がガラッチを飲むのが合図だ。いいな」

 ……クレメンタインがグラスを唇に当てくいっと傾ける。
 俺たちはガラッチのグラスに飛びついた。どっと歓声が上がる。
 ガラッチが喉を焼く、胃の腑が燃える。
 二人がテーブルを半周したあたりだろうか、勝負を見守っていたクレメンタインの体がぐらりと傾いた。傍らのディックがそれを支える。その様子を目の端でとらえたホワイティーの手が思わず止まる。

「クレメンタイン!」

 その視線の先でクレメンタインの首ががくりと落ちる。

「クレメンタイン!?」

 そのホワイティーの膝もがくりと落ちる。

「あっ……!?」

 テーブルのグラスを巻き込みながらホワイティーが床に沈んでいった。

「……勝負あったな」

 俺は手の中のガラッチを喉の奥に放り込んだ。


 部屋のソファーに寄り添うように眠り込んでいる二人を見ながらディックが言った。

「こいつらが目を覚ましたころはもう決着はついているんだな」
「ああ、たぶん」

 俺は頷きながらホワイティーから剥ぎ取った上着を身に着けた」

「万一のために上だけでも白鳥にならないとな」

 近衛儀杖隊の格納庫へ忍び込むための支度だった。

「この混乱だ、計画はうまくいくだろう。だがなんでこんなことを?」
「大した意味なんてない。ただの気紛れだ」

 ディックが小首をかしげてしばし考え込んだ後で、

「気まぐれに付き合った仲だ。話しておこう」

 と言った。
 話はありふれたものだった。ディックがその昔ここではない他のどこかで女に惚れたということだった。その女には乳飲み子がいた。

「俺はその女とその子を幸せにしてやることができると思ったんだ。だが女は首を横に振ったんだ」
「なぜ」
「俺は穏やかに巣を作るようにはできていないというんだ。言われてみればその通りだ」
「簡単なクイズだな。その女の子がクレメンタインか」
「当たり」
「俺が彼女にハマるといったのは」
「お前は俺に似ているからさ」
「で、気まぐれに付き合う気になった」
「巣を作るには不向きなタイプだ」
「その通り」

 俺はホワイティーの帽子をつかんで踵を返した。

「これがいるだろう」

 声に振り向くとディックの手から何かが投げられた。受けるとそれは確かな重さを身に着けた銀製のスキットルだった。


 基地は文字通り墓場の静けさの中に沈んでいた。
 アボルガは国の形を失い、軍は近衛の儀杖隊を残し全てが消滅していた。夜明けまでにはまだ時間があった。俺は林立する装える鋼鉄の騎士たちの間を抜け、ひときわ艶やかなホワイティーの乗機の足下に立った。降着ボタンを押すと4000クラグレンを越える鉄の塊が音もなくひざまずいた。なんという滑らかさだろう、さすがはクエントの特別製だ。コクピットを開け中に滑り込んだ。兵器特有のにおいの中に微かにホワイティーのオーデコロンが香った。

「ふっ、シャレ者めが」

 夜明けまでにはまだ間があった、俺は一眠りすることにし座席に身を沈めた。
 耳元で掠れた金属音が何かいっている。はっとして傍らのヘッドホンを装着すると、

「中尉! 中尉! ウオーター中尉!」

 がなる声が聞こえた。

(俺のことか!?)

 スコープを通して外を窺うと佐官クラスとおぼしき軍人がマイクを握って俺の方を見上ていた。目測30ヤールドはある見破られはしまい。俺はバイザーを上げた。制服制帽が役目を果たしてくれるはずだ。俺は、

「イヤー!」

 と声を返した。

「バララントに儀礼は無用だ! 礼を尽くそうが返ってくるのは機銃弾に決まっている。 意地を張るな!」
「……」

 ホワイティーならどう答えたものかと迷っているとバラバラと格納庫内に人影が駆け込んできた。人影はそれぞれ鋼鉄の騎士に取り付き機乗を始めた。儀杖隊員たちだった。その様子を見て、

「貴様たちは…」

 とマイクの中の声が呻いた。

「もう止めんぞ! 俺は知らん」

 人影がきびすを返した。
 時計を見ると時間だった。おおよその行動はホワイティーから聞き出していた。今から基地を出て市街を横切り西門を経て30キロ行けばバララントの先鋒隊と遭遇するだろう。この期に及んで言葉などいらない。俺はホワイティーならそうしたであろう一歩を踏み出した。
 粛々と巨人の群が行く。
 市街は静まり返り朝市もあかず物売りの姿さえない。
 西門が見えてきた。
 アボルガに流れ着き傭兵部隊に身を置いてから何度この門をくぐったことだろう。いつもの作戦であればなじみの傭兵たちを見送り、そして迎える女たちが姦しくもたむろしているこの門、今はただ一人の人影さえない。

「止まれ!」

 俺は西門を前に足を止めた。

「この門をくぐると引き返すことはできない。たぶん俺たちがやろうとしていることは無意味なことだ。先刻参謀が言ったように儀礼に対し返ってくるのは銃弾だろう。ここから先は行くもとどまるも各自の判断に任せる。以上」

 ホワイティーならこう言ったであろうことを俺は言い、そして一拍おいて巨人の足を再び進めさせた。昨日ディックと計らいあの勝負のガラッチのグラスに仕掛けを施した。むろんホワイティーだけにではなくクレメンタインのグラスにもだ。やり方はフェアーとは言えなかったがディックも賛成してくれた。こういうことで生き延びるのはホワイティーにとっては死ぬより辛いだろうがクレメンタインの為に我慢をしてもらう。

「意地っ張りどもが……」

 あとに続く者たちの気配を感じながら後方の西門に目をやったが、居残る巨人の姿は一機たりとしてなかった。と、

「んっ!?」

 視界の彼方をよろよろと俺たちを追うホワイティーの姿が目に入った。その後ろにクレメンタイン。さらに後ろにディックの姿が。

(勝負に油断は禁物だ。覚えておくんだなホワイティー)

 追いついたディックが二人の肩を抱いた。

(ディック、二人の甘ちゃんを頼んだぜ)

 三人の姿が一塊のシルエットになり、やがて巨大な西門も横一列の城壁の中に溶け込んで見えなくなった。


【予 告】

条理不条理所詮は夢だ
東西南北天と地の
サイコロしだいの転がりに
この身託して
流砂を渡る
生きてあればの空と風
うしろめたさを背負って生きろ
それが命の重さだと
鉄の背中が捨て台詞(ぜりふ)

次回『マランガ』


著者:高橋良輔
メカニカルデザイン:大河原邦男
イラスト:しらゆき


次回10月14日(金)更新予定


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