装甲騎兵ボトムズ 絢爛たる葬列 【第6回(最終回)】

第四章 『マランガ』(最終話)

 首都トラネホールを出て二時間、抜けるような青空の下、儀典のために装われた鉄の巨人は陽光に照り映えまさに絢爛、しかし粛々としたその行進の真に意味するところは葬列と言えた。

「止まれ!」

 俺は予定の地点で隊列を止めた。

「使節を迎える。左右に隊列を整えフォーメーションの3を取れ」

 やがて……ヘッドホンに期せずして言葉にならないどよめきが起こった。

(見えた。バララントの先鋒隊だ)

 バララントも俺たちの存在を認め足を止めた。俺は一般アストラーダ語で使節団の出迎えの意を伝えた。バララントは意表を衝かれたのか返事が返ってこない。

「迎賓の意を体現する。アクション!」
「ヤアーッ!」

 左右に分かれた巨人たちが一斉に儀杖用パイルバンカー装着の銃を天空に掲げた。一糸乱れぬとはこの事だ。巨人たちは左右隊列から対面交錯行進、儀仗回転、儀典隊形展開、捧げ銃、そして……俺はそれらを目の端にとらえながらスキットルの口を開けた。ごくりとやると体のそこら中に爆発が起こった。

(ディックめ、目いっぱいのを用意してくれたな)

 儀杖隊が栄誉の礼を尽くしたことを確認した俺は、バララント先鋒隊に使節団代表の通過を促した。
 しばしバララントは動かなかった。やがて来た答えは、

『その場で武装を解除し、恭順せよ』

 だった。俺は直ちに返信した。

「当方武装解除の必要を認めず。我々は使節団を歓迎す!」

 返ってきた返信は、

『武装解除に応ぜずば十秒後に実力を行使する』

 であった。俺は隊員に告げた。

「戦闘準備! 一弾でも攻撃を受けたら直ちに応戦せよ」

 ……10秒を待たずにバララントからの雨霰の攻撃が始まった。

「スモーク・スクリーンを張り、吶喊(とっかん)! 一兵でも多く道連れにしろ!」

 蒼穹を突き抜くように煙幕弾が放射され放散した煙がいちめんの視界を奪った。

「行くぞ!」

 俺はトランプルリガーのトラクションを全開にして砂地をけった。

(白兵戦こそが幕切れの華だ!)

 そうさ、このクエント製ヘビー級ATホワイトオナー・カスタムのパイルバンカーは伊達じゃないバララントの陸戦ファティーの厚さ16ミリの装甲を段ボールのように貫き通す。さらに、

「凄い! 丸見えだ!」

 かねてからベルゼルガの搭載レーダーは超優秀だと聞いていたがこれほどとは! 張り巡らされたスモークのため視界はゼロに近いのにメタボ気味の敵のシルエットが、チャビーとファッティーの区別さえつくように分かる。

(とは言うものの、もって数分……)

 儀杖用ライフルの装弾数と予備弾倉から計算して、得意のパイルバンカーを使っての白兵戦にもちこんでも敵にとっては物の数ではあるまい。

「くそったれ!」

 敵シルエット群に銃弾をぶち撒け最後の予備弾倉を装着したとき、右死角からの気配を感じ思わず半回転、左腕のパイルバンカーを突き出すと充実の貫通感!

「やったぞ!」

 たたらを踏み後倒するファッティーを確認する間もあらばこそ、その敵の左右からチャビーと思しきシルエットが銃撃しつつ突進する。

「くっ!」

 機体のどこかに着弾の衝撃を感じながら腰だめのライフルで二機を着実に倒す。

「どうする?」

 空打ちするライフルの先に敵の接近を認め、とっさに左軸半回転続けて右軸半回転、回転の最中に空中に射出されたパイルバンカーを垂直に立てたライフルが受け止めた。

「うまくできてるぜ!!」

 これは機械任せでなければ人間業ではできまい。接近する左の敵をライフルに装着したパイルバンカーで串刺しに、そのまま右に振って二機を激突させた。直後機体各所に弾着を感じ、思わず機体を全速で走らせた。と、衝撃!

「うおっ!」

 四メートルの巨体が空中に浮かびもんどりうって前方に二、三回転もしただろうか、やっと立ち上がった時には右手は折れ離れてライフルもどこへやら、刀折れ矢は尽きるとはこの事か……俺はブルブルと震え動かぬ右足を支点にして回転を続けるベルゼルガのコクピットを開けた。周囲は濃密な噴煙に満たされ視界が利かない。さらに目を凝らすが、時折閃光が走るのみ。

「これまでだ」

 身を躍らせた。そして走った。走りながら純白の上着を脱ぎ捨てあたりの褐色の大地と同化した。走りながら目印を追った。

「あった!」

 旧街道から逸れた砂礫の上に俺のみが認識できる目印、かねて用意のその目印を追いながら俺は走り、砂丘を登った。必死に登った。登り登って後ろを振り向くと眼下に戦場が見渡せた。黒煙の中を緩慢に動き回る敵のシルエットが見えた。時折銃声……そして閃光。
 気が付くと右手にはしっかりとスキットルが握られていた。

(ふっ…まったく)

 目印を追って俺は再び歩き始めた。やがて、

「ここだ!」

 砂丘の陰の窪地を滑り降りその底の褐色の砂地を捲るようにしてその下に体を滑り込ませた。砂礫に模したカモフラージュクロス、その下に俺のATはあった。機体をよじ登りコクピットに転がり込んだとたん安堵感が全身を駆け巡った。

(やはりこいつの中が落ち着ける)

 息を整えつつ俺は己の行為を呪った。そしてそれを口にした。

「地獄に落ちても仕方がない……」

 俺は俺の都合でホワイティーの名誉を奪い儀杖隊の奴らを死に追いやった。しかし……と俺は身勝手にも思っている。何が、しかしか……人が生きるということのどうしようもなさをである。人間とは常にあみだくじを引き続ける存在ではなかろうか。辿る線の先に何があるかは知り様もない。ホワイティーは生き延びた自分を呪い続けるだろう。クレメンタインはどうする? 俺に判るはずもない。だが俺は願っている。二人がそれぞれに自分の目の前にそれぞれが存在していることを、認め、そして受け入れることを。

(ディックがうまくやってくれるだろう)

 彼くらい人間って奴を知っている男もいない。

(さてひと眠りするか)

 と俺はヘッドレストに疲れた頭蓋を預けた。

 目を覚まして時間を確認するとそろそろだった。
 陽が落ちればマランガの流れが復活する。

「それまでには向う岸についていなければ」

 俺はATを立たせた。カモフラージュクロスをかなぐり捨てる。
 俺は予定のルートをたどり、程なくしてカースニーの遺跡に着いた。
 遺跡の影に身をひそめマランガを見下す。バララントの渡河作戦は終盤に向かっていた。残すところ大隊規模の後衛部隊のみだった。

「奴らからの依頼を試すには頃合いってところだな」

 このアストラギウス銀河には戦争の終結を信じない、いや再開を望む奴らが存在している。明日の戦場のためのAT、その開発に俺は手を貸している。つまりテストパイロットという訳だ。
 俺はATの通信回路を開いた。

「こちらブラッドセッター、こちらブラッドセッター、スカイ・アイ応答せよ」

 ブラッドセッターとは俺のATのコードネーム、そしてスカイ・アイとは頭上にあるであろう軍事衛星のことである。

「こちらスカイ・アイ、態勢は万全だ。ブラッドセッター行動せよ」

 空はすでに深い葡萄色に塗りこめられ対岸の稜線の下は黒一色の壁のように沈んでいる。その壁にポッ、ポッ、と青白い火が点り始める。

(実験開始か……)

 俺についた〝戦場の哲学者〟という異名は俺の固有の能力にもよるが、この実験機の性能に負うところも大であったのだ。

(賽は振られた)

 俺は通信回路を閉じブラッドセッターのセンサー感度を上げた。

「……どうだ?」

 俺はシステムに問いかけつつ脱出回路を探った。見立てを誤れば鉄の棺桶と共にマランガに沈む。

「奴らだ」

 青い炎が無数に散らばる黒い壁の中をマランガに乗り入れる幾筋かの赤いイルミネーションの流れが見える。

「チャビーが……50、ファッティーが150」

 およそ二〇〇機のATを蹴散らし擦り抜ける一筋の道を探した。

(どこだ? その道はどこだ!)

 俺は俺自身の〝戦場の哲学者〟の名に懸けてマランガを渡り切り、さらなる自由の荒野にこのブラッドセッターを解き放たなければならない。

「……見えた! あの筋、あの一点!」

 俺とブラッドセッターが探り出したタイトロープの先の千余の一点、

(こいつのご利益があるうちにマランガを抜ける!)

 俺はスキットルに唇を当て一りの後、マランガの流れに向けてカースニーの丘を駆け下った。

『絢爛たる葬列』 終わり

 とっ散らかった思いは
 いくら考えてもまとまらない
 いまは……過ぎたことの正否は問うまい
 いえることは一つ
 死ぬまでは
 生き続けなければならないということだ
 死には意味がない
 それがどんなたる葬列に彩られようとも

─完─


著者:高橋良輔
メカニカルデザイン:大河原邦男
イラスト:しらゆき


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