【第01回】装甲騎兵ボトムズ 鉄騎兵堕ちる

鉄騎兵堕ちる

作品ページ次 →


第一章『漂流されて』その一

「来たっ!」

 奴だ。いや奴らか? だがそれは確実に目標に向かって、つまり、俺に向かって迫ってくる。
 俺はその気配を全身で感じつつ暗闇に目を慣らす。固まった身体をいつでも動かせるように足の指先手の指先の神経を確認する。

「来た…迫ってきた…そこまで来た、のぞき込んでいる」

 俺は気づいているのを知られてはならないと眠りを装った。しかし全身の神経は奴らとの距離を測り続けていた。奴らの気配が、邪悪な吐息を感じられるくらいに迫ってきた。さらにさらに、無限に近づいてくる。

(くそ、この身体はちゃんと動くのか!)

 奴らとの距離が限界域を越えたとき、

「うおおおおおーーっ!!」

 跳ね起きたその身体に極北の寂光が降り注いでいた。

「……いつもの夢か」

 体中に粘っこい汗を感じる。傍らの水筒に手を伸ばし流し込むように飲む。

「まだこんな時間か……」

 未明といえる時間だった。この時期ここでは陽は中空を歩み続けて沈むことはない。消えかかった火を掻き起こして手をかざす。夏とはいえこの時間は氷点に近い。火にかざした掌の指がゆっくりと開く。その指先をじっと見詰めた。

(……もう一日必要か……)

 視線の先で指先が震えていた。

 

 俺はバトリングが行われているゴルテナの街を目前にしながらこの荒野で三日目のキャンプを過ごしていた。バトリングを前にしてのいつもの決まり事だった。
 はっきり言って俺は“アル中”である。アル中とは飲酒のコントロールが利かないもののことを言う。飲みだしたらここで止まるということが分からない。グラスに一杯で止まるか、十杯になるか、飲みつぶれるか、本人にもわからない。普段はなんていうこともない。ただゆらりゆらりとしていればいいのだから。だがバトリングとなればそうはいかない。そんなことは自明の理だ。
 百年戦争は終わった。ボトムズ乗りにやれることは限られている。ましてや多少腕に自信がある者にとっては選択肢は限られてくる。で、俺は各地のバトリング会場を経めぐっているというわけだ。
 視線を感じる。

(どこだ)

 俺はぐるりに目を這わせた。

(いた!)

 ウルグゥンだった。5、6、……8……9頭。この極北の地を支配する一族だ。食物連鎖の頂点に君臨する捕食獣、タフで冷酷で美しい奴らだ。もう三日の付き合いになる。ここで一杯やれば俺は奴らの胃の腑に収まることになる。

 

 翌日の朝は昨日より遅く目が覚めた。悪夢も見なかった。
 たき火の火を掻き起し、火にかざした指に震えがないのを見て出発の時が来たのを知った。コーヒーとパンで簡単な食事をし、ありったけの缶詰を開け、そのほかにもウルグゥンが食えそうなものを残して俺は立ち上がった。四日の付き合いだ、このぐらいのことはしてやっていい。街へ入れば人並みの食事にはありつけるだろう。
 トレーラーの運転席に滑り込みスターターを回した。エンジンはご機嫌な音で応えてくれた。それはそうだろうキャンプの四日間、相手と言えばこのトレーラーとその背中のATだけだったのだから、世話はたっぷりと焼いてやった。

 

 ゴルテナに向けトレーラーを走らせて三時間、街まで小一時間というところで前方に人影を認めた。

(女!?)

 街道でヒッチハイクのポーズを決めている女の傍らにトレーラーを止めた。

「何だ?」
「ゴルテナまで乗せてって」

 返事の代わりに助手席に顎を振った。
 女は年のころ二〇代前半、ジャンプスーツが似合っている。服の上からも出るところは出、凹むところは凹んでいるのが見て取れ、顔立ちもなかなかの美形だ。

「いきなりだよ! いきなり!」

 女はこんな出だしでいきさつを語りだした。

「そりゃあここまで世話になったんだ。あたしだって礼の一つも考えていたさ。なのに有無を言わさずとびかかってきやがって!」

 ありがちな話ではあった。結果双方の要求要望相いれず。

「一切合切取られた上にこんなところにおっぽり出しやがってバイバイと来た。あんにゃろう、今度会ったら承知しないから!」

 女は一通り事情説明を終わるとクルクルとよく動く目で車内から後部のATまでを見回した後で、

「あんたバトリングに出るの?」

 と聞いてきた。

「ああ」

 と答えると、

「あたしをマネージャーにしなよ!」

 と売り込んできた。

「マネージャーはいらない。ずっと一人でやってきた」

 と断るが、

「それがいけないんだって! バトリングの世界が解ちゃいないねえ。バトリングのギャラなんて交渉次第じゃ倍にも三倍にもなるんだからあ! なんでも餅は餅屋なんだから、あんたはプレイヤー、あたしは交渉人。ね、あたしに任せなさいって悪いようにはしないって!」
「一人でやるのが俺の流儀だから」
「またまたぁ、そんなことだからいつも貧乏くじを引くことになるんだよ。あたしを信用しなよ、損はさせないよ。ホントだよ!」
「悪いようにはしないってか……」
「させないさせない!」

 俺はトレーラーのブレーキを踏んだ。

「な、なにっ!」

 女が身構えてドアに張り付く。

「自然が呼んでるんだ」

 俺は古典的なセリフを残してトレーラーを降りた。二十メートルほど離れた灌木の陰に入って用を足しているとトレーラーの急発進音が聞こえた。首を回らすと視線の先を粉塵を上げてトレーラーが遠ざかって行く。
 五分もしないで俺は街道に止まっているトレーラーに追いついた。中をのぞくと女が助手席でふくれていた。運転席に乗り込んでフューエルタンクの仕掛けを解除した。

「食えない男だね」

 女が鼻にしわを作ってぼやいた。

「だから一人でやっていけると言ったろう」
「言っとくけど、出来心だからね。悪気はなかったんだから」
「わかっているさ」

 腕を組んで不機嫌そうに顎を上げているその顔は先ほどの印象と違いずっと幼く見えた。

(二十歳になったかならず、ひょっとするとまだ十代か)

 女はゴルテナの街を熟知していた。おかげでバトリング会場にも迷いなくたどり着けた。

「ホントにマネージャーはいらないんだね」

 未練を見せる女に首を振って別れを告げた。

 

 ゴルテナはかつては地下資源の豊富な鉱山街として栄えたが今は衰退している。百年戦争末期にはヂヂリウムも発見され一時的に蘇りを見せたがそれも掘り尽されたようだ。行き場を失った人間とわずかな備蓄資金がバトリングと結びつき不健康な賭博リゾート地として病人の籠り熱のような異彩を放っていた。
 バトリングのコミッションセンターに顔を出すと、フロントは意外とも思えるてきぱきとしたビジネスライクな応対で選手登録を済ませライセンスを発行してくれた。手続きが終わったとたん腰のあたりを叩かれた。

「ん!?」

 と見るとすばしっこそうな十三、四の小僧が立っている。

「キー」

 と手を出す。フロントが頷くのでキーを渡した。小僧は表に止めたトレーラーを器用に扱い駐車場に止めた。

「ここは初めてかい」

 と聞くので頷くと、勝手に案内を始めた。案内は要領を得て必要にして十分な内容で俺は感心した。

「ありがとよ」

 とチップを渡すと内容を確かめ、駐車場を見渡した。

「ん―――、今はあいつが一番、あいつは汚たねえ手を使うから用心しな。もし手を組むんならあいつ」

 と教えてくれた。

「詳しいな」

 というと、

「まあな」

 と鼻をうごめかした。

「……あいつは?」

 俺はトレーラーに紫の蛇のマークを見つけ指をさした。

「あいつか、分からねえ。あんたと同じで着いたばかりなんだ」

 俺はもう一丁チップを追加し宿の案内も頼んだ。

 

 小僧の案内で通りを一つ渡ると、そこは白夜だというのに無駄に毒々しいネオンが競う繁華街だった。左右から伸びる客引きの手を器用にさばいて小僧は先に進む。2、3ブロック先を曲がったところにそのホテルはあった。バトリング会場にも近い。

「この町で困ったことがあったらオイラに連絡しなよ。役に立つぜ」

 小僧は俺に名刺を握らせ走り去った。見ると手書きで乱暴だが愛嬌のある字で『パル』とあり、大声で呼べと書いてあった。

「大声で呼べか、シンプルだな」

 宿にチェックインする。ロビーの奥を覗くとバーカウンターが見えた。

(あそこが鬼門か)

 と思ったがバーのないホテルなどはない。行かなければいいのだ。幸い部屋は階上にあり階段はフロントのすぐ脇にあった。
 鍵を開け部屋に入って気に入った。さして広くはないが必要なものはすべてそろっていたし、そこそこに清潔だった。まずは風呂に入りさっぱりしたところで街でもぶらついてみることにした。時間はまだ早くそれに今の時期この地では陽は落ちない。俺は腕を伸ばし震えのない指先に満足し、バスタブの蛇口をひねった。

 

 ゴルテナの街は狭く汚く熟れ過ぎて地に落ちた果実のように蒸れて潰れて発酵さえしているように見えた。その中でバトリングの会場付近とコミッションセンターだけが例外的に冷たく計算ずくのような清潔感を保っていた。

(見るべきものは見たが……あとはメシか)

 突然目の前にジャンプスーツの女が立ち塞がった。

「あーら! 縁があるんだねえ。また会っちゃった!」
「お前さんか」
「うーーん、その顔はマネージャーの必要を感じている顔だねえ」
「一人でやれると 言っただろう」
「よっしゃ! どっかで食事などしながら相談に乗ろうじゃないの、うんうんどこがいいかな」

 これ以上の面倒に巻き込まれたくない思いが思わず叫ばせた。

「パル!!」

 間髪入れず返事が返ってきた。

「ハイよ!」

 ホントに現れやがった、まるでマジックみたいに。俺は驚きを飲み込んで頼んでいた。

「この女を何とかしてくれ、うるさくって!」

 パルが女をちらりと見て言った。

「あっちゃー! こいつは手ごわい」
「パル!?」

 女が素っ頓狂な声を上げた。

「あんた知り合いなの?」

 パルが俺を見て肩をすくめた。

 

 ゴルテナには大した料理はないがクルーブという大型の哺乳類の肉料理が名物だった。繊細さには欠けるがこの極北の地においてはエネルギー補給にはうってつけのものだった。

「オイラはステーキ!」
「あたしはシチュー!」

 二人の健康な食欲いっぱいの声にあおられながら、俺はソーセージのグリルを頼んだ。ビールが飲みたくなったが、ここは耐えるしかない。しかし飲まないでいるにはこの二人はいい相手だった。

「姉弟(きょうだい)だったとは驚いたな」
「認めたくないけどね」

 パルがわざとらしく顔をしかめるのに、

「こっちだってさ」

 姉も鼻上にしわを作る。
 にぎやかで脈絡のない二人の話を整理すると両親は大戦のさなかに死に、二人はそれぞれに才覚に合わせて生き延びてきて、最近はバトリング周辺をうろうろすることで食いつないでいるらしい。

「なんて言ったってあそこじゃあお金だって命と同じくらい軽いからね。動きがいいのさ」

 パルの言葉に、

「ふん、お使いさんぐらいしか能がないのにナマ言うんじゃないよ。やっぱバトリングで稼ぐんならボトムズ野郎を動かしてなんぼさ」

 姉が嘯く。

「俺のトレーラーを盗んでどうするつもりだったんだ?」
「車は売っぱらって、ATはなかなかよさそうなもんだったからレンタル込みで選手を探そうとしたんだ。バトリングをやりたいんだけど自前のATがないってのもいるのさ」
「ふーん」

 それから飯を食いながら二人からゴルテナとゴルテナのバトリング事情を色々と聞き出した。次々と料理の追加はあったが情報の価値は充分にそれに見合うものだった。

 

 ホテルに戻るとコミッションセンターから伝言があった。内容は、

『明日試合についてのガイダンスと契約の話しがしたいからバトリングスーツにて昼前に来てくれ』

 とのことだった。

「少し前に行って午前中の試合を覗いてみるか…」


作品ページ次 →


著者:高橋良輔
メカニカルデザイン:大河原邦男
イラスト:しらゆき


『装甲騎兵ボトムズ 戦場の哲学者』好評発売中!


関連コンテンツ

カテゴリ