【第02回】装甲騎兵ボトムズ 鉄騎兵堕ちる

ボトムズ

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第一章『漂流されて』その二

 剥き出しの欲望と獣性が濁り切った歓声としてドーム内を揺るがしていた。その歓声を切り裂くようにローラーダッシュの音が交錯する。会場に入ったとたん金属と油脂類樹脂類の焼け焦げた匂いが鼻を衝いた。
 午前の部のファイナルがクライマックスらしい。
 バトリング用に改造を施したトータス系とドッグ系が戦っている。
 トータス系は両腕に巨大な盾を装着している。リングネームに『黒いギロチン』とあるのはきっとその盾がらしい働きをするのだろう。
 ドッグ系は肩に大げさな角がついているところを見るとスピードを生かしたタックルを得意技にしているらしい。手にはパイルバンカーを装着したライフルを持つ。
 バトリング会場は200×100ほどの長方形のリングがあり、それを取り囲むように観客席が迫っている。どうやらその昔は氷球場と見て取れた。かつては健全な労働者たちのスポーツの殿堂が今や欲と暴力の巨大な坩堝だ。
 両者は会場を狭しと走り回りながら銃弾を発射する。トータスは手持ちの銃はなく胸の固定機銃の11ミリだ。

(リアルバトル!? ……いやこの音は)

 音から察するに装薬を制限した模擬弾らしい。たぶん着弾のマークがポイントとなるのだろう。しかし模擬弾とはいえ観客席に飛び込めば人間など藁人形と同じだ。

(さてこれからが見せ場か)

 銃弾を打ち尽くした両者は急接近した。ドッグ系のパイルバンカーが蜂の一刺しとばかりトータス系の急所を狙うが巨大な両腕の盾がそれを許さない。パイルバンカーはむなしく強固な金属の板面をすべるのみだ。

(どうする?)

 ドッグ系が弾切れのパイルバンカーを打ち捨てた。スピードで勝るドッグ系がいったん距離を取ったのちフルスピードで突進する。

(ここでショルダーアタックか)

 ドッグ系が左右にフェイントをかませながら突進する。

「んっ!?」

 本来なら角に対し防御を固めるべき両盾が呼び込むように開いた。吸い込まれるようにドッグが突進する。
 ギーン!!
 何とも言えない音とともに信じられない光景が眼底に焼き付いた。一瞬のストップモーションが解けて、金属の塊がくずおれていく。巨大な盾はまさにギロチン! ドッグの頭部と肩がスパンと断ち切られている。

(パイロットは……たぶん大丈夫なんだろう)

 観客はと見れば払い戻しに走るもの、クズになった賭け札を散らすもの、五秒前の勝負はすでに過去のものとなっていた。

「さて……」

 俺はガイダンスと契約のためにバトリング会場を後にした。

 

 コミッションセンター内のミーティングルームにはすでに“らしい”連中がちらほら集まっていた。ルーム内は殺風景と言えるほどにあっさりとしておりポスター一つ張ってなかった。説明に使うのであろうスクリーンとその脇にMC用の小さなテーブルがあるのみである。むろん俺たち用のパイプ椅子は適当にバラけてあった。
 手ごろな位置の席に着くと時間になった。おっつけの連中とセンターの係員が同時に入ってきた。

「ルールと組み合わせを説明する」

 係員はそっけなく言ってガイダンスに入った。

「ここの会場では競技は二つ、レギュラーバトルとリアルバトル。レギュラーの試合時間は5分、リアルバトルは無制限。シングルマッチが主体だがタッグマッチも時によりある。レギュラーゲームのルールだが……」

 説明によるとレギュラーバトルでは銃器は模擬弾使用で弾数の制限はない。着弾マークによりポイントが加算されるが点数の効率は高くない、やはり相手の戦闘力を奪い行動不能にするのが手っ取り早い、それに客もそれを喜ぶ。つまりは生身の格闘技と同じで判定より相手をぶっ倒すのがイケてるというわけだ。制限時間の5分というのは短いようだが試合がだらけないようにするのが狙いと見た。契約書にざっと目を通したが引き分けのギャラは折半ということになる。
 スクリーンによるバトル会場の説明があり、組み合わせの発表があった。俺の相手のリングネームは『ノースギガント』と言った。ガイダンスの後あいさつに来た。

「お前が『痛い聴診器』なんてふざけたリングネームを持つ俺の相手かよ。いい加減なところでギブアップした方が身のためだぜ。レギュラーゲームだからってAT共々ペシャンコにならねえとは限らねえからな」

 型どおり凄むとその割には愛嬌のある笑顔で去って行った。手元の対戦表にあるノースギガントのデータを見るとビートル系の改良型だった。大戦時はこのあたりに多く配属された寒冷地用のH級だ。武器はモール、つまりは大鎚か。

「さてと」

 この後はリアルバトルのガイダンスがあるらしい。レギュラーゲーム専門の俺には用なしだ。俺がミーティングルームを出ようとすると出合い頭に柔らかい体がぶつかった。

「お前!?」
「よく会うね!」

 パルの姉だった。選手の代理でガイダンスに出るらしい。

「ってゆう訳だから、今度はあたしがおごってやるよ」

 生意気な言葉を残して室内に走り込んでいった。

 

 選手同士のなれ合いを避けるためバトリングは組み合わせが決まれば時を置かず行われる。俺の試合はおよそ三十分ほど後だ。念のために機体をチェックするが何の問題もない。
 試合開始のサイレンの音が流れてくる。自分が戦ってなければ五分などあっという間だ。何やら罵り声と共に台車に乗せられたATとそのパイロットが格納庫に入ってきた。ATにはさしたるダメージが見当たらないが、言葉の内容からいって負けたらしい。

(命があるんだ、バトリング様々だろう)

 俺は心の中でつぶやいた。
 俺はリアルバトルはやらない、レギュラーゲーム専門だ。戦争でもないのにこんなことに命はかけられない。それに2、3戦戦えばしばらくは食える。まあそれも大きなダメージを受けなければだ。身体に受けてもしんどいし機体の損傷には金がかかる。
 とりとめもないことを考えているうちに2戦目のサイレンが鳴った。あと十数分で俺の番だ。そろそろパドックに入っておくか。
 2番機は自力で格納庫に入ってきた。ということは判定か、場内のどよめきも薄い。俺は会場へとゆっくり踏み出した。
 会場に入ったのは対戦相手より俺の方が先だった。

「奴はまだか……来た」

 会場のどよめきと拍手の多さでノースギガントのここでの人気が知れた。戦い方も派手なのであろう。

「やはり」

 であった。ノースギガントは手に長柄の鎚を持っていた。あれの一撃をまともに食らえばATの装甲などボール紙のようなものだろう。互いに銃器はない。つまりは白兵戦だ。
 サイレンが鳴った。
 俺たちは時計と反対周りの周回をしながら相手の出方を窺った。いきなり突っ込んでこないところを見ると派手な装いと反対に案外慎重な手練れなのかもしれなかった。
 じりじりと間合いが詰まってきた。

「来る!」

 長柄の大鎚が大きく振りかぶられた。ブウンと音がコクピットまで届くかと思えるほどの迫力で真円の金属の塊が頭上を襲った。一瞬飛びのいた足先のコンクリートが粉塵とともに陥没した。次いで相手の巨体が大鎚を支点に180度回り込み背後を衝いた。長柄に足を払われそうになり体勢を崩したところを巨体を利した体当たりが来た。脳髄を揺らすほどの衝撃と共に機体が十メートルも吹っ飛んだ。

「くそっ!」

 かろうじて機体を立て直す。視界の隅に大鎚を構え直すギガントがあった。

(パワーでは負ける)

 大鎚はむろん機体の接触も避けなければならない。最初のお手合わせで組みしやすしと見たのかギガントの動きに余裕が見て取れる。客の手拍子が耳に入った。

(アウェーということか)

 長柄の大鎚は全長3メートル、手の長さを入れて5メートルは相手の距離だ。懐へ入らなければ勝負にならない。

(何ってたってこの聴診器を奴の胸に当てなければ)

 俺は相手の大鎚の長さと振り下ろされる速度を測り、タイミングを外す計算をした。客の手拍子に合わせギガントが誘いをかけるように必殺の大構えを見せた。

「乗った!」

 俺はATを30メートルは下げてから突進を掛けた。初速中速終速に微妙に変化を持たせ大構えの鎚の落下を躱し懐に飛び込むつもりだった。ところが、

「なっ!!」

 大上段から一気に落下すると思われた大鎚が胸の高さで止まりヘッドがくるりと返った。ギガントのダッシュ機構が足下を削った。

「超信地回転!!」

 かろうじて左の盾で横薙ぎの大鎚を受けた。20メートルは飛ばされたろうか、かろうじて踏ん張り転倒は避けた。
 客は大喜びで拍手のほかに足踏みも加わり、

「潰せ! 潰せ!」

 の大合唱だ。

(やっぱり、なかなかだ!)

 俺は計算をやり直した。縦の攻撃横の攻撃、斜めもあるかもしれないがいくら人型の陸戦兵器だとて所詮は機械だ。生物の柔軟性はない。構えで縦横斜め、攻撃の見当はつく。

(次で決める!)

 俺は勝負をかけてローラーを回した。ギガントは今度は最初から大鎚を真横に構えている。

(超信地回転か信地回転、プラス腕の振りだ!)

 それぞれに大鎚の届く範囲が違う。どれにも対応できる自信はあった。右手の“痛い聴診器”の重さをはかった。
 ガキーン!!
 二機のATが激突し、そして数メートル離れて止まった。
 試合終了のサイレンが鳴り渡る。
 俺の痛い聴診器は空を泳ぎ、さらには俺のATの腹はザックリと口を開けていた。

(確かに大鎚は躱した……なのに!?)

 俺は相手の機体そして武器の大鎚を観察した。

「あ!?」

 見落としていた。大鎚の石鎚の部分は単なる石鎚ではなく肉の厚い鋼鉄をも切り裂く刃が突出していた。つまりは第一の攻撃をかわされたときそのまま回転を緩めず反対の石鎚に秘められた隠し武器が俺のATの腹を切り裂いていたのだ。

(あれが奴の奥の手だったか……)

 俺のゴルテナでの初戦は敗北に終わった。

 

 

 百年戦争は終わった
 残されたものは二つ
 アルコールに棲みつかれた心と体
 流されゆく日々…
 死ぬまでは生きねばならぬ
 それがこの世の決まり事
 生きるためには堕ちねばならぬ
 堕ちるとならばやはりここ、ボトムズ乗りはやはりここ
 鉄の棺のこの中でとぎれとぎれの夢を見る


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著者:高橋良輔
メカニカルデザイン:大河原邦男
イラスト:しらゆき


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