【第03回】装甲騎兵ボトムズ 鉄騎兵堕ちる

ボトムズ

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第二章『バトリング』その一

 コミッションセンターのフロントでギャラを貰った。詳細が付いてきた。かつての鉱山労働者の給料明細の様だった。たぶん当時の経理システムをそのまま応用しているのだろう。勝者と敗者の配分はおよそ8対2だった。

「おう、痛い聴診器、一杯おごるぜ」

 センターを出たところで声が掛かった。ノースギガントの髭面が笑っていた。

「ありがたいが、俺は飲まないんだ」
「そうか、それは残念だ」

 髭面はあっさりと踵を返した。やはり案外いい奴らしい。

「負けちゃったね」

 パルが待っていた。

「メンテの相談だが」
「腕のいいのを知ってるよ」

 ギャラはメンテ代で消えた。やはり勝たないとだめだ。次のバトリングは三日後に組まれていた。
 飲まずに過ごす一日は長い。さしてやることもないのでパルを相手に対戦相手のデータを収集する。ノースギガントの裏技でも分かるように、敵を知っているのと知らないのとでは結果が違ってくる。

「俺ってマネージャーみたいだね」
「そうだな、マネージャーじゃあないけど、作戦参謀ってところだな。今度のバトリングで勝ったら特別ボーナスを払うよ」
「よっしゃあ!」

 パルの目の色が変わった。
 そんなこんなで俺は次の試合まで酒を飲まずに過ごせた。

 

 ゴルテナでの第二戦。
 対戦相手の名は『鋼鉄の密猟者』とかいう奴だった。

(こいつは珍しい!?)

 機体はドッグタイプだがターボカスタムという特殊なものだった。この機体はグライディングホイールにターボ機構を付け走行性能を目覚ましく向上させたものだったが、そのため操作性のバランスを欠き扱いが難しく生産が早期に打ち切られたと聞いている。
 右肩にミサイルポッドを背負っているが、レギュラーゲームではむろん火薬の量は抑えられている。ポイント狙いとはいえ距離の近い白兵戦でミサイルなど使い勝手がいいとは言えない。単なるコケ脅かしか? 他の武装はすべて外されバトリング用の得物はこれ見よがしの長大な三叉の槍だった。

「パルのボーナスのためにも今日は負けられない」

 試合が開始されると鋼鉄の密猟者は足を生かして俺の周りを旋回し始めた。
 俺はその長大な槍の長さを測り、アームパンチの伸縮をも含めた腕の長さをプラスした、つまりはその槍が届かない範囲に居るか、その長さが邪魔になるくらいに接近するかの作戦を立てた。
 俺の武器はリングネームの由来となった右手に握られた“痛い聴診器”だ。アームパンチと同じ機構を持つ打撃器だが外装マガジンによる連続性を持たせているのと、ほかにちょっとした工夫をしてある。
 密猟者の周回スピードが徐々に上がる。しかしいくら相手の足が速かろうと円の中心軸にいる俺の対応が遅れることはない。いつの間にか円周が狭まり探りの突きが2、3発来た。定石通り左腕の盾で受ける。ジャブ程度の攻撃だが圧力は相当のものだ、全開の直撃を受ければ胸前の装甲などブリキと同じだろう。

「む!」

 密猟者が足を止めた。間合いを測っている。本格的攻撃が来る。

「来た!」

 距離を測り切った三叉の長槍が高低差を付けて連続で襲ってきた。

「そのくらいは!」

 俺の機体のセンサーが読み切っている。擦過音も立てずに躱し切った、と、大きく後方に槍を引き切った体勢から密猟者のグライディングホイールが吠えたてた。繰り出される槍にプラスされたターボの威力! ジャギーン! 全身の骨が浮き立つような音を立てて脇腹が抉られた。かろうじて躱した左脇を密猟者の機体が擦り抜ける。開かれたふくらはぎから噴射炎が見えた。

「速い!」

 後ろを取っても敵の逃げ足が勝っている。追うのをあきらめた彼方で密猟者が急反転を掛けた。

「うっ!?」

 振り向いた密猟者の槍の構えが変わっている。左手を槍の穂先のすぐ後ろに添え、右手は槍軸後方を深々と逆掴みに掴んでいる。ターボが唸った! まっしぐらに突進しながら密猟者が槍を放った。

「おわっ!!」

 まるでミサイルだ! 大きく半身をひねって三叉の穂先を躱したが、今度もあの全身の骨を浮き立たせるような擦過音が起こった。バランスを崩した俺の傍らを擦り抜けながら密猟者のショルダーポッドからミサイルが打ち出された。

「来た」

 打ち出されたミサイルと見えたものが眼前で拡散した。全身にジャラララランと絡みつく鋼鉄の網。ミサイルポッドと見えたものは実は密猟者の秘密武器〝鋼鉄の投網〟なのだった。全身を鎖が絞り上げた。ローラーを逆転させ逃れようとするが密猟者の両腕が鎖を手繰り寄せる。足元でローラーに削られたスタジアムの床が粉塵を巻き上げる。あがけばあがくほど鎖が全身に絡みつき自由が奪われる。

「なるほど鋼鉄の密猟者か……」

 鎖越しに覗かれる密猟者のトライアイに勝利の光が浮かんだような気がした。指呼の距離に手繰り寄せられたときスコープの端に密猟者が腰のナイフ――断鋼器――を抜くのが見えた。AT用の鎧通しと言えばいいだろうか。密猟者が腰だめから一気に刃先を繰り入れてきた。
 ――俺が待っていたのはこの一瞬だった――
 密猟者のナイフが鋼鉄の投網を切り裂き、こちらの機体を貫き通すその一瞬に身をひねり俺はアームパンチ機構を使って痛い聴診器を撃ち出した。聴診器は鎖の破れ目を縫うようにして密猟者の機体に命中した。俺は一気に機体を後退させながらトリガーを引いた。俺の機体から一直線に伸びたケーブルの先で密猟者の機体に吸着した聴診器が鈍い連続音を轟かしてカートリッジをまき散らした。

「やった……」

 密猟者の機体は一瞬のけいれんの後動きを止めた。痛い聴診器がATのコントロール系を完全破砕したのだ。
 俺は“痛い聴診器”の電源を切りケーブルを手繰り寄せた。

「診察終了」

 

 俺はパルと選手控室でジュースで乾杯した。

「完勝だね」
「敵を知り己を知らば百戦危うからず。パルのデータのおかげだよ」

 機体の擦過傷はメンテナンスをするほどもなく出費はゼロ、ギャラは一〇〇パーだ。

「次の対戦相手は黒いギロチンだよきっと」
「あいつか…手ごわいな」

 一度試合を見ているので手の内はおおよそ分かっているが、奴が今の試合を見ているとすればそれは相手も同じだ。

「作戦を練らなくちゃね」

 パルの提案に俺は頷いて同意した。命の懸からないレギュラーゲームとはいえ戦った後は無性に飲みたくなる。パルといればそれが無理なく抑えられる。
 コミッションセンターのフロントでギャラと明細を受け取っていると、

「あらあ~」

 後ろから聞いた声が掛かった。パルの姉だった。

「お前さんか」
「お前さんかって、ご愛想だね」

 今日もルンルンだ。

「姉ちゃん、俺たち今日は完勝だぜ」

 得意げなパルの鼻の頭をペチンと指で弾き、

「マネージャーみたいな口をきくんじゃないよ。それにレギュラーゲームじゃあギャラもたかが知れてるって、やるんならなんてったってリアルバトルさ」

 姉は俺の方を振り返って、

「あんたもチマチマレギュラーなんてやってないでリアルをやらなきゃあ。何ならうちのバイオレットバイパーとどう? お望みならあたしがマッチを組んでやるよ」

 とのたまう。

「いや、リアルは信条に合わない。遠慮しとくよ」

 その声を半分も聞かないうちに姉は背中を向け、

「じゃあねえ~」

 肩越しに手のひらをヒラヒラさせながら選手控室の方に去って行った。

「けっ!」

 忌々しそうに床を蹴るパルに、

「姉ちゃん自慢のバイオレットバイパーの戦いぶりを覗いてみるか」

 と提案した。


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著者:高橋良輔
メカニカルデザイン:大河原邦男
イラスト:しらゆき


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