【第04回】装甲騎兵ボトムズ 鉄騎兵堕ちる

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第二章『バトリング』その二

 俺たちはアリーナの最上段に陣取った。
 リアルバトルは実弾が飛び交う、見物するのも命懸けだ。だがリングは平坦だから互いに打ち合う銃器の射角はめったなことには上には向かない。比較的安全だが代わりに迫力には欠ける。
 バイパーが出る前に二試合あったが、互いにハリネズミのように全身に火器を纏わりつかせ相手にぶち込めるだけぶち込むといった戦いだった。音も火線も目いっぱい派手で、客は興奮していたが俺に言わせれば凡戦だ。二戦とも勝った方も負けた方もボロボロで台車に乗っての退場だった。
 場内アナウンスに乗ってバイオレットバイパーと対戦相手が登場した。
 相手はトータス系だがその装備を見るとまるで要塞だった。百年戦争の初期のころならこの一機で歩兵五〇〇〇を相手にできたろう。
 さてバイオレットバイパーだが、

「む……?」

 甘い香りでも漂ってきそうな菫色の機体には火器が見えない。武器らしいものと言えば複雑な関節を露出させた右手の先の凶悪そうな二刃の鋏だけだった。その鋏は内にも外にも鋭い突起をつけ、確かに食いついたら最後絶対に対象を離さないだけの凄味を放ってはいたが。
 戦いが開始された…。

(どうなる!?)

 トータスはバイパーに銃器がないのを見越して要塞のようにどっしりと構えている。バイパーと言えば全身を緩やかに、くねらすように、そうそれは鋼鉄の全身なのにしなやかにまるで古武道の演技のように動かしている。よく見ると鋼鉄の可動部分に静止しているところが無い、全くない、そう、それは驚くほどしなやかだった。
 二機はそのまま距離を縮めるでもなく対峙すること十数秒……トータスの全火器の照準が整うのに充分の時間がたった。と、トータスの全身からバイパーに向かって轟然と包絡線が放たれた。これは、

(避けられない!)

 と俺も思った。あらゆる火線がバイパーの行動可能域に交錯し、少なくとも数弾は命中する、と思われた。ところが、

「抜けた!!」

 バイパーの機体はまるで蛇かイタチのように全身を伸縮させ不可能と思える狭い領域を抜け両機体がぶっちがう瞬間にあの凶悪な鋏をトータスの三角の顔面に食い込ませたのだった。と、

「同じじゃん!」

 パルが叫んだ。そう、バイパーの鋏は俺の〝痛い聴診器〟と同じに手首から離れてケーブルで繋がれていた。トータスの上半身が一瞬グワッと膨張したように見えた。内部に何が起こったのか? 機体が硬直したように静止している。

「や、やられちゃったの、あいつ!?」

 パルの言葉を裏付けるようにトータスの巨体がゆっくりと傾き地響きを発てた。

「……たぶん、中のパイロットは雷の直撃を受けたように焼け焦げているんじゃないかな」
「雷?」

 通常ATの全身は絶縁体にコーティングされている。だがその薄い内膜を食い破られて高電圧を流し込まれたら、たまったものではない。
 必殺の一咬み、バイオレットバイパーはまさに凶悪の毒蛇だった。

「パル。姉ちゃんのバイオレットバイパーは強かったな」

 俺は毒蛇の実力を認めた。だがパルは、

「けっ、あんなのフィローにかかればイチコロさ!」

 と足元を蹴った。
 パルと俺はホテルに戻った。

「たぶん次の相手は黒いギロチンだ。作戦を立てようぜ。飲みもの買ってくらあ!」

 パルは部屋を飛び出していき、すぐ戻った。自分にはジュース俺にはビールだったが、俺はビールをさりげなく冷蔵庫に入れ、コーヒーを沸かした。

(アルコールはもう少し、封印だ)

「あいつの必殺技は、まさにギロチンと言えるあの二枚の強大な盾だ。問題はその他に隠し技があるかどうかだが……」
「結構強いぜこいつ」

 パルは戦績表を見ながらしたり顔で言う、

「引き分けはあるけど、負けがないもんな。負けがないってことは強いってことだもんな」
「見せてくれ」

 俺は戦績表をパルから受け取って仔細に検分した。確かに負けはなかった。戦績は単純と言えば単純、完全なる勝ちかその他はイーブンの引き分けだけだった。

「うーん……」
「強敵だなあ、馬力もありそうだし、たいがいは相手を真っ二つだもんな」
「まてよ!?」

 俺の頭に何かが閃いた。

「うまい手でも浮かんだの?」
「おう、見えたぜ」

 俺はパルにウインクで答えた。

「なになになに?」
「案外こいつは俺と同類だってことさ」

 

 次のマッチがやってきた。
 俺たちの試合はレギュラーゲームのファイナルだった。リング裏のパドックで待っているとセミファイナルを終えたノースギガントが帰ってきた。どうやらまた勝ったらしい。すれ違いざまにコクピットを開けて髭面が声を掛けてきた。

「ファイナルはあんたか。じゃあ近いうちまたお手合わせできるな」
「楽しみにしてるぜ」

 その言葉をきっかけに俺は機体を会場中央に滑らせた。
 場内に雰囲気をあおるアナウンスが響き渡り、試合開始のブザーが鳴った。
 黒いギロチンは両腕の盾をハの字に開いて胸の11ミリ機銃をのぞかせている。むろん込められているのは模擬弾だが当たれば加点されるうえに場所によっては高得点になる。実は俺も両腰にガトリングガンを仕込んできた、これも今回ギロチン向けに考えた作戦のうちだ。やはりギロチンはどっしりと構えたまま自分から仕掛ける気配はない。俺は奴の機銃の射角をわずかに外してギロチンの周りをゆっくりと時計回りに回り始めた。
 にらみ合ったままだと5分はけっこう長い。データの分析によるとギロチンはこの5分の使い方がうまい。というより…ある傾向が顕著だった。4分までは自分から仕掛けることはない。相手に対応するだけだ。例えば、

「どうだ?」

 俺は旋回を止め右腰をひねって左ガトリングを一掃射してみた。一瞬にして閉じられた盾によって模擬弾が爆竹のように弾かれた。そのまま反対周りに奴の周りを回り閉じられた盾に向かって右ガトリングの連射を浴びせる。模擬弾が瓦屋根に当たった霰のようにリングに飛び散った。びくともしない。こちらの射撃が止まった瞬間盾が開き機銃弾が襲い掛かってきたが俺もやすやすと背後に流した。俺は旋回を早め機を見てガトリング弾を叩きこむが分厚い盾にことごとく跳ね返される。

(30秒を切った!)

 俺の左右のガトリンガンはあと一掃射で弾切れだ。

(派手にやろうぜ!)

 俺は足を止め一気に両腰のガトリングガンを絞り切った。ギロチンは耐えに耐えそしてこちらの弾切れを待っておのれの機銃弾も放ち切った。一瞬訪れる静寂。客向けサービスはここまでだ。

「10を切った!」

 予想通りだった。お互いの弾薬が尽きたのを機に奴の左右の盾が呼び込むように開かれた。俺は迷わず開かれた本体に向け突進した。そして右ストレート一発! 聴診器をギロチンの心臓にぶち込んだ。間髪を入れず巨大なギロチンの刃が左右から襲い掛かった。まるで自分の右腕が両断されたかのようなショックと共に肩口から先がギロチンの中に消えた。

「食らえ!」

 俺は聴診器の全カートリッジを弾けさせた。
 巨大な黒い盾の内側で棒立ちのトータスが震えている。やがて、意志を失った金属の塊が音を立てて頽れて行った。俺のATの右足がちょっと引きずられる。それは足元のガードロールに掛けられたワイヤーが引いているのだ。ワイヤーは巨大な盾をくぐり黒いギロチンの心臓に食らいついている聴診器に繋がっている。俺はいつもは右腕に繋がっている電磁ケーブルとコントロールケーブルを分離させ足元のロールバーを通して直接コントローラーにコンタクトさせていた。腕の一本はくれてやるが切り札の聴診器を死なせるわけにはいかなかったのだ。
 ぴったり制限時間以内の勝負だった。

 

「計算通り、腕一本で片付けたね!」
「ああ、うまくいった」

 パルと一緒に機体の修理を頼みフロントに回ってギャラを受け取っていると、

「あんたがフィローか?」

 と声が掛かった。振り向くと四角い顎の張ったどっしりとした体躯の男が立っていた。

「俺がギロチンのデドルアン・デロールだ。今回はうまくやられたな。俺のパターンを読み切っていたか?」
「最後の一瞬に勝負をかけ、それまでは徹頭徹尾防御に徹する。だから戦績は勝ちか引き分けのみ」
「その一瞬を見事に衝かれた」
「運が良かっただけさ。俺だって負けても腕一本と思っていた。あんたと同じさ」
「同じ?」
「ああ、バトリングごときにせっかく拾った命は懸けられない」
「それでレギュラーしかやらねえのか」
「ああ、命のやり取りは戦場だけでたくさんだ」
「話が合いそうだ。一杯おごってもらいたいところだが…」
「すまない、酒はやらないんだ」
「そいつは残念だ」

 ギロチンのデドルアンはそのまま行きかけたが、ちょっと戻って耳元で囁いた。

「きな臭い噂が立っているぜ。全員がリアルに巻き込まれるって話だ」
「ん!?」
「用心した方がいい…」

 デドルアンはさりげなく離れていった。

 

 

 理由もわからず始まって
 理由もわからず終わった戦
 百年続いた愚かな戦
 何の因果か拾った命
 土くれ程に価値もなく
 虫けらほどの意地もない
 低きに流れてバトリング
 明日の美酒とつるむまでバカを承知のこの稼業
 ……命までもは懸けられぬ


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著者:高橋良輔
メカニカルデザイン:大河原邦男
イラスト:しらゆき


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