【第05回】装甲騎兵ボトムズ 鉄騎兵堕ちる

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第三章『疑惑』その一

 ホテルに戻ってパルとノースギガントの分析にかかったが、

「聞いてるの!」
「あ、ああ」
「一度やってるからって判ったつもりでいるとまたやられるよ。条件は相手だって同じなんだからね」
「分かっているさ」
「じゃあ身を入れてよ!」
「分かっているよ、分かっているって」

 と言いながら俺の頭の中ではギロチン…デドルアンの言葉がリフレインしていた。

『きな臭い噂が立ってるぜ。全員がリアルに巻き込まれるって話だ』

 巻き込まれるって、どういう意味だ。俺はレギュラーゲームにしかエントリーしていない。

「フィローたらっ!」
「待ってくれパル。ちょっと気になることがあるんだ」

 俺はコミッションセンターと取り交わした契約書を取り出した。
 頭から仔細に検討してみる。別に問題になることはなかった。レギュラーゲーム、リアルバトル、ともにどこのバトリング場にでもある標準要項が並んでいるだけだ。末尾に若干のローカルルールが付帯事項として付いているが、それだってこの地方の祭りごととぶつかったときとか地方風習に対する気遣いとか、まあそんなところのことが細々とあり、あとはお定まりの、この興業は主催者の都合により予告なく中止あるいは変更されることがありますと締められているだけだ。

「どうってことはない」
「何がどうってことないのさ」
「いや……」

 だが気になった。

「パル。ちょっと聞き込みに行ってくれないか」
「作戦はどうすんの!?」
「そのあとだ」

 俺はパルに二、三のことを聞きこんでくるように頼んで自身も街に出た。

 

「何を嗅ぎまわっているの?」

 ダウンタウンの一角でパルの姉に捕まった。その後ろにパルが顔をしかめて控えていた。

「何を…って、特には」
「パルなんかに調べさせたって大した情報は取れないよ。あたしに聞きなよ、たいがいなことは教えてあげるよ」
「高くつくといけない」
「こう見えたって景気がいいんだ、ケチなことは言わないよ。ついておいで」

 しゃくられたあごの先にケバい看板を掲げた、この街にしては景気のよさそうなレストランが見えた。

「酒さえ飲まなけりゃ飯なんかいくら食べたってたかが知れてるんだから」

 大した鼻息だ。
 うさん臭いウエイターが恭しく差し出したメニューに目を通すと、今時に!? というものが並んでいた。いつだってそうだ。ある所には何だってあるものなんだ。それが人間様の社会ってやつなんだ。

「メルキアのクメンダックだって、ギャオワのロイヤルキャビアだって、なんだってあるよ。遠慮はいらないジャンジャン頼んで」
「ホント!」

 パルが目を輝かせると余裕でうなずいたものだ。

「さあて、話してもらおうかね」

 姉さんが探るような視線を向けた。
 俺はしばらく当たり障りのない話で焦点をぼかした。

「この町の景気なんか知ってどうすんの? 景気悪いに決まってるじゃない! 第一あんたに関係ないじゃない。奥歯にものの挟まった言い方してないでズバリ言ったらどうなの! 何を知りたいの?」
「そうポンポン言うなって、……バトリングの景気のことなんだが、俺は知っての通りレギュラーしかやらない。ここのところレギュラーゲームの売り上げが落ちてるんだってな」
「当り前じゃないか! そうでなくたって乏しいお宝を、賭け率は薄いは刺激には乏しいわのレギュラーなんかやる奴はいないよ。だから最初からリアルをやりなって言ってるじゃないか! 命が惜しいってかい? 何言ってんの、今時のボトムズ野郎の命なんかカエルの唐揚げより安いんだからね!」
「言ってくれるねえ」
「マッチのことなら任しておきなってあたしがマネージメントしてやるから!」
「姉ちゃん!」

 パルが口をとんがらすが、

「稼ぐんならリアルだよ! リアルしかないって!」

 と頓着なくまくしたてる。

「気になる噂を聞いたんだ」
「気になる噂? どんな?」
「レギュラーの乗り手もリアルに巻き込まれるって」
「?……」

 姉さんはちょっと考え込んだがすぐに結論を出した。

「全部がリアルになっても不思議ないんじゃない。売り上げ落ちてるんだし、あたいは賛成だね、みんな意気地なしでリアルに来たがらずマッチが組みにくいんだ。結構毛だらけ猫なんとかだね。ふーん、いいこと聞いちゃった。これで飯代を出したかいがあったってもんだ」

 結局パルの姉さんからはこれと言った情報は得られなかった。パルが作戦会議を再開しようぜと言うのでホテルに戻ったがその気にはなれず、ロビーの奥のバーの灯りがざわめく俺の心を見透かしたように手招きしていた。

「パル。作戦会議は明日にしよう。明日までさっき頼んだ情報をもう少し当たってくれ」

 渋るパルをホテルの外に送り出し、俺はバーに向かった。
 時間が早いせいか客はテーブル席に数人、俺はまっすぐ誰もいないカウンターに向かった。その数歩の間に荒野でのキャンプやウルグゥンのシルエットなどが脳裏をかすめたが、

「ガラッチ、ダブルで」

 の一言があっけなくそれらを押しのけた。
 無言で置かれるグラスを取り上げ何の躊躇もなく口に運ぶ。一口含むと何とも親しみのある挨拶が舌をキックする。そろりと喉をくぐらせると出迎えの知人にハイタッチでもするかのようにタッタと食道を下っていく。グラスの残りを二送りで胃の腑に送り込む、

「ダブル」

 二杯目は唇をグラスから離さず飲み干す。体の中心で何かが点火した。と、

「酒はやらないんじゃなかったのか」

 声と同時に隣のイスに圧力のある身体が座った。見ると髭面が笑っていた。ノースギガントだった。

「同じの二つ」

 俺はバーテンに追加を頼み、

「人間本当のことばかり言っては生きて行かれない」

 グラスを掲げると、

「俺も三日に一度はうそを言うハハハハハ」

 笑いながらグラスを合わせた。
 俺もそこそこ酒には強いと思っていたがガント…本名を聞いたがいつの間にかガントと呼び馴らしていた、こいつも強い。

「フィロー、じゃあ何かい、お前さんの方ではことさらに酒は好きじゃあないと、酒の方がお前さんにホレ込んでいると」
「ああ、好きだ嫌いだなんてもんじゃなくて愛されすぎてもう鬱陶しいんだが、別れてくれないんだ」
「じゃあこの間はつかの間のトンズラの最中だったのか」
「10日ばかりで見つかっちまってこのザマだ」

 俺はまた二ツ追加を頼んだ。

「ところで、聞いていいか……なんでまたしつこい彼女に見つかるようなドジを?」

 それなりの訳があるんだろうとガントの目が笑っていなかった。

「……どうも気になることが」

 俺は声を落とした。

「今日ギロチンとやったんだが、試合の後で気になることをいったんだ」
「気になること?」
「……レギュラーの選手もリアルに巻き込まれる、って」
「リアルに?」

 ガントの声も低くなった。

「戦争も終わったのにATに乗ることしか能のない俺たちだが、たかが見せ物に命なんか懸けられないからレギュラーをやってる。なのに巻き込まれるってのはどう言うことだ? 俺は気になることがあると…つい」

 俺はグラスを揺らした。

「…こいつに頼っちまう」
「……」

 ガントも頭の隅々をひっかき回しているようだったが、

「さて、俺は引き上げるぞ」

 と席を立った。顔に似合わずほどってものを知ってるやつだ。
 俺もしばらくしてボトルを一本もらって部屋に戻った。

 

 翌日パルに起こされた。

「うわっ!」

 部屋に入るなりパルは窓を開けはなった。

「臭っさあ! しゃあないなあ!」

 部屋に転がる空のボトルを透かし見てぼやいた」

「人には宿題出しておいて自分は飲んだくれているんだから、まったくぅ!」

 俺は冷蔵庫を開けて中からビールを取り出した。残っているところを見るとボトルを空けたところで沈没したと見える。ビールは全身に沁み通るほどに美味い。
 パルの集めてきた情報を整理するとゴルテナの経済はとうに破綻していてまともな人間はすでにして街を捨てて出てしまっていた。かろうじて回っているのはバトリングとその会場の周辺に点在する怪しげな飲食店だけだった。そのバトリングも賭け札の売り上げは激減し、バトリングそのものの開催すら危ぶまれるほどだった。しかし、

「これはどういう意味かな?」

 当たり前に考えればバトリングの売り上げ激減は街の人間の脱出とリンクするはずである。

「売り上げはここへきて急速に落ちているな。街から人が居なくなったのはだいぶ前なのに……?」

 賭けをやる連中が掛け金を控えるのは普通に考えるなら、もっと大きな勝負にドカンとつぎ込むためである。

「うーん」

 ますますいやな予感が身体を占めてくる。

「パル。どっかへ行ってガラッチを買えるだけ買ってきてくれ」
「ええーっ!?」

 渋るパルに金を握らせ部屋から追い出し俺はベッドに横たわった。

(なんだか分からないがロクデモナイことが進行している)

 パルが数本のガラッチを抱えて戻ってくると作戦会議もそこそこに、

「もういい、俺は疲れた、寝かせてくれ」

 といいながらボトルの封を切った。
 それからの二日間俺は目が覚めている間は飲み、身体と意識がとろけ切るとベッドに倒れ込み、寝付けば寝付いたでいつもの悪夢に苛まれて過ごした。そんなドロドロの俺にコミッションセンターの呼び出しを持ってパルがやってきた。

「ノースギガントが待っているよ」

 パルが睨みつけて言う。

「よっしゃ……」

 力の入らぬ声で答えて俺は身支度を整える。部屋を出るとき半分ほど残しておいたガラッチのボトルをバトルスーツのカーゴポケットにねじ込んだ。

「パル。今日の勝負はありったけギガントに賭けろ。お前さんが賭けるぶんにゃあイカサマにはならない筈だ。お前さんは俺のマネージャーでも何でもない。赤の他人だ」
「……」

 パルは無言で俺を睨みつけたままだった。


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著者:高橋良輔
メカニカルデザイン:大河原邦男
イラスト:しらゆき


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