【第06回】装甲騎兵ボトムズ 鉄騎兵堕ちる
第三章『疑惑』その二
いつもの段取りを踏んで俺はATに乗り込んで出番を待った。胸前で開いた両手を朦朧とした目で確認する。焦点の怪しい視線の先でも十本の指の震えが判る。
予測通り俺とギガントとの戦いがレギュラーのファイナルだった。
バトリング開始までの時間が3分を切った。
(よし!)
俺はカーゴポケットからボトルを抜き出し一気に呷った。口蓋から喉、食道から胃袋へ一直線に火のついた導火線が走る。
(これで5分は持つだろう)
再度十本の指を確認する。震えは止まっているように見える。だがそれもほんの一時のことだ。
セミファイナルのATが引き揚げてきた。入れ替わりにATをリングへ乗り入れる。反対の入り口からノースギガントがゆっくりと歩を進ませてくる。会場のアナウンスが場内の興奮を煽りに煽る。試合開始のブザーが鳴った。
一応計画通りに5分間は戦い切った。
俺の機体はギガントの大槌に完膚なきまでに打ちのめされ切り刻まれ、人体に例えれば上から頭蓋陥没骨折、両肩脱臼、胸骨粉砕骨折、右腕上腕部より切断、左大腿二頭筋切断、両膝蓋骨粉砕、左足根骨粉砕、等々……自力では退場もままならなかった。
ポリマーリンゲル液の発火を防ぐための冷却液の泡にまみれながら重機によってコクピットのハッチが引きはがされ係員から引きずり出されて、心底思った。
(早くビールが飲みたい!)
駆け寄るパルに笑いかけたが、笑い顔に見えたかどうか。
フロントで参加賞程度のギャラを受けとりながらパルの耳元で囁いた。
「いくら儲かった」
パルは無言だった。
ホテルに帰るあいだもパルは無言だった。
部屋に戻りシャワーを浴びた。一分でも一秒でも早くビールを飲みたかったが、シャワーを浴びればその味は倍加するはずだ。バーは逃げやしない。
着替えながらパルに声を掛けた。
「パル、今日はおごってくれよ、たんまり儲けたんだから」
パルはまだ睨みつけながら、ぼそりと言った。
「金なんかないや、スッカラカンだい」
「ん!? お前ノースギガントに賭けなかったのか」
「……」
「俺に賭けたのか!!」
俺はパルが怖い顔で黙っているのは大儲けと多少のウシロメタさからだと思っていたのだが、そうではなかったのだ。
「……バカだなあ」
俺はパルの子供っぽさに呆れた。
「この2、3日の俺を見てれば勝ち負けはわかるだろうが、シロウトじゃないんだから」
俺は正直もう少しスレていると思っていた、この街のガキなのだから。
「酒なんか飲まなきゃ負けないのに!」
悔しそうに俺をにらみつけるパル。
(まいったな、こいつは俺のことを……)
俺は俺の心のどこかを突き抜ける熱いものを見透かされないようにパルの頭を小突いた。
「行くぞ。ジュースぐらいおごってやるよスッカラカン」
バーに降りパルにジュース、自分にはむろんビールを頼んだ。席はいつものカウンターでなく入り口近くのテーブル席を取った。
運ばれてきたグラスを掴んで、
「完敗に乾杯するか」
とシャレてみたがパルはそっぽを向いている。
「お先に」
と構わずビールを喉に流し込む。一杯目はグラスが唇から離れずに空いた。同時に運ばれてきたピッチャーから二杯目をグラスに注ぐ、こいつもグラスを傾けること二回で空ける。さらにピッチャーからグラスにビールを注ぎながらパルを見ると、まだジュースに手も付けずふてくされている。
「飲めよ」
とうながすと、
「わざと負けたよね」
とにらみつけてきた。
「わざとじゃないよ。あれが精いっぱいさ」
「ウソだい! ぜんぜん攻撃しなかったじゃないか!」
「したよ。相手の防御がうまくて聴診器が届かなかったんだ」
「ウソだ! どうしてわざと負けたのさ!」
「ウソじゃないって」
「ウソだ! 絶対わざとだ!」
「わざとじゃないって」
「わざとだよ!」
と、頭上から、
「あれは、わざとだよなあ」
野太い声が降ってきた。見上げるとガントの髭面が見下ろしていた。
「ガント、いいところへ来た。今日はおごってくれ。こいつ、負けた俺の懐を心配してジュースも飲んでくれやしない」
「心配なんかしてやしないや!」
パルは言ってジュースを一気飲みした。
「坊主、飲みっぷりがいいな」
ガントは言って、
「ここに同じものをジャンジャン持ってきてくれ!」
とバーテンに頼んだ。
「俺はビールはもういい、ガラッチにしてくれ」
「ガラッチ! ボトルで!」
ガントは大声で追加を頼んだ。
「よーし、乾杯だ!」
ガントの音頭でガラッチとビールとジュースで三人は乾杯した。
適当な時間をおいてガントが聞いた。
「……で、なんでわざと負けたんだ。自分で逆張りでもしていたか?」
「いや、そんなことはやらない」
「でもオイラにはノースギガントに張れって言ったよ。ってことはやっぱり!」
パルが口をとんがらせた。
「なんだか負けそうな気がしたからさ、それだけさ」
俺にとってはパルが賭けで少々儲けることくらいはインチキのうちではなかった。
「このあいだの、気になることってのと関係あるのか……ギロチンが言ってたとかいうあのリアルに巻き込まれるっていう?」
「うーん」
俺は思うところを言うべきか言わざるべきか迷った。人それぞれに考えることもこだわるところも違う。俺の心のうちを見透かしたようにガントは、
「おーい! ガラッチボトルでもう一本!」
怒鳴った後で、
「今日は俺のおごりだ。だから言っちまえ」
と髭面を寄せた。
「……リアルに巻き込まれそうな予感は、している」
「うん、それで」
「戦争でもないのにバトリングなんかに命は懸けたくない」
「同感だな。で」
「ATを乗れないほどに壊してしまえば、バトリングはやれない。つまりリアルに巻き込まれなくて済む」
「そこまでいう根拠は」
「うーん、根拠と言えるほどの根拠はないんだが、街全体から大ばくちを仕掛けている臭いが漂ってくる」
「臭いねえ……」
ガラッチの酔いが全身を解きほぐしてくる。全てがどうでもよくなる……そのあとはいつパルが帰ったのかも、ガントといつ別れたのかも、どうやって部屋に戻ったのかも覚えがない。
とろけ切った頭と体をパルの情報が一撃した。
「黙ってるなんてヒドイじゃん!!」
「…何が?」
「何がって、あんなスゲーATを仕入れてるなんて先に言ってくれよーっ!」
「AT……? ATがどうした?」
「センターにあんたあてに届いてるんだよ! バッチリだぜえ!」
「何っ!?」
俺の体から一瞬にアルコールが蒸発した感じだった。
とるものもとりあえずセンターに急いだ。
その機体を見た瞬間に俺はこれから何が起こるか解った気がした。
それはまさに俺が今まで乗ってきたブラッドセッターを様々にブラッシュアップした“ブラッドセッター改”とでもいえる代物だった。色はほとばしる鮮血のような赤。
「前の奴みたいに痛い聴診器なんてチンプなものはついてないし実戦フル装備だし! フィローやっぱリアルに乗り出すんだね!」
パルの声が興奮に上ずっている。
(リアルに乗り出すってか……)
その考えはある意味間違っちゃいない。間違っちゃいないが、パルお前は何にもわかっちゃいない、これから起ころうとしていることが全くわかっちゃいないんだ。
「ふーん、なるほど」
声に振り向くとパルの姉さんが立っていた。
「リアルをやるとなるとうちのバイオレットともいずれ当たるね」
無邪気に言い放つ姉の後方10メートルぐらいにぴっちりした紫のコンバットスーツに身を包んだ女が立っていた。ヘルメットを小脇に抱えているので顔が見える。ちょっときついが美人だ。目はあったがそれ以上のアクションは起こさず踵を返した。
「じゃあね」
そのあとを姉が追う。
「けっ、そのうちメタメタにしてやるぜ」
パルが小鼻をふくらませてつぶやいた。
バカな戦は終わりだと
放り出されて安堵した
酒にまみれて安堵した己の甘さを噛みしめる
血潮に濡れたその機体
己の血なのか? 返り血か?
いずれ分かるさその時に
踊る舞台を選べぬならば
生き死にだけは自分で決める
それまで、酒よ待ってくれ
著者:高橋良輔
メカニカルデザイン:大河原邦男
イラスト:しらゆき
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- http://masterfileblog.jp/news/2016/11/01/6823.html
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