【第07回】装甲騎兵ボトムズ 鉄騎兵堕ちる
第四章『カルメラの屋根』その一
体からアルコールを抜くため荒野に居る。
ゴルテナから百キロほど行ったところだ。幹線道路からは5、6キロは入ったか。人工的なものは何もない。樹木と言えるものもない。あるのは点在する30センチ程の灌木と大地にへばりつく地衣類だけだ。
ここまではバイクで来た。雨が降らないのでただマットを敷き寒かったら毛布をかぶる。相変わらず夜になっても日は完全には落ちない。眠たくなれば眠るが、眠ればいつもの悪夢を見るし、手足もかすかに震える。酒毒は抜け切れていない。
退屈だった。せめてウルグゥンでも現れてくれれば適当な緊張が気を紛らせてくれるのだがと思いつつ心のどこかで、
(ガラッチがあれば)
なんてことも思っている。
俺は組織から送られてきた新しいATのことを考えてみた。コードネームは『ブラディーセッター』という。名といい機体の色といい実に禍々しい。今まで俺が送り込んだデータによりあらゆる点に改良が施されている。背のミッションパックには左右にヘビィマシンガンがホールドされている。特筆すべきは別梱包のガトリングガンだ。弾倉は特別製でまるでドラム缶の様だ。奴らは俺に…、
(いったい何をやらせるつもりだ)
指令はまだ届いていないが、わざとブラッドセッターを破壊した俺の心を見透かしたように新型を送り込んでくるからにはそれなりの狙いがあるはずだ。それが単なるバトリングなどであるはずはなかった。
「ん!?」
数十頭のクルーブの群れだった。この辺では珍しくもない子牛ほどの大きさの偶蹄類だったが、その走り方から見て何かに追われているようだった。視線をその後方にずらす。
「ウルグゥンだ!」
俺はビノキュラーを取り出した。
それは見事な狩りだった。ウルグゥンは一頭のリーダーの意志通り一糸乱れず動き、狙った獲物を群れから分離し、追い回して疲労を誘い最後に一気に仕留めおおせた。
「自然には無駄がないな」
ウルグゥンの狩りは見事であったが、仕留められたあの一頭のクルーブもウルグゥンを自らに引き寄せ、己を犠牲にして仲間を守ったように思えたのだった。
それから三日後、俺の手から震えがとれた。
キャンプを引き払いバイクを幹線道路に乗り入れようとした時だった。ゴルテナの街とは反対方向から一台のトレーラーが狂ったように走ってきて目の前を通過した。
「あれはさっきの!?」
その様子にただならぬものを感じた俺は後を追った。
トレーラーはバトリング会場裏の駐車場に入った。降りてきたのは黒いギロチンのデドルアンだった。
「どうしたんだ、血相を変えて?」
俺の問いに一瞬躊躇を見せたが、正直な答えが返ってきた。
「道が封鎖されている! この街からは出られねえ!」
「なに!?」
デドルアンはリアルに巻き込まれるという噂を信じ、それを避けるため街を出ようとしたというのだ。だが幹線道路を百キロも行ったあたりで武装集団に行く手を阻まれ、街へ引き返すならよし、そうでなければ実力で阻止すると脅されたというのだ。
「相手の戦力を見るに到底勝ち目はないので引き返してきた」
というのである。
デドルアンのもたらした情報はバトリングの選手――AT乗りの間を駆け巡った。
幹線道路のほかにも幾つか街からの出口はあったが、それは細い未舗装地であったり程なく行き止まりであったりでトレーラーでの走行には不向きであった。
謎の武装集団の狙いは何か?
「主催者に聞こう!」
バトリングの選手たちはコミッションセンターに押し掛けた。
「道路封鎖の奴らはなんだ!」
「全員がリアルに巻き込まれるって噂はどうなんだ?」
「コミッショナーを呼べ!」
「そうだコミッショナーに説明させろっ!」
一触即発の空気に気圧されてフロントがコミッショナーを呼んだ。
やがて現れたコミッショナーは油太りした小男で、
「これは皆様お揃いで」
揉み手せんばかりに卑屈な愛想笑いで一同を見回した。そして、
「何か……?」
と、とぼけた顔で質問を促した。
「剣呑なうわさが流れている」
「はて?」
「とぼけるな! 俺たち全員がリアルに巻き込まれるってやつだ!」
「そのことでございますか…」
コミッショナーはチマチマと肉のついた掌でおでこを叩いた。
「いやいやいや、そのことそのこと。まあお聞きください」
コミッショナーは肉厚の頬を歪めて見せた。
「ここのところ、バトリングの売り上げが落ち、興行そのものの存在が危ぶまれているのは皆さんも薄々ご承知のことと思いますが…この街も好景気に沸き立っていた時もありましたが…百年戦争と命脈を一にするように景気が後退し、終戦によって、ま、見てのごとくであります。私も一山所有し差配していたこともあったのですが、ま、何にしても私どもは物心ついて以来この街で生きてきておりますんですが……」
「話が長い!」
「単刀直入に言え! 単刀直入に!」
「はいはいはい。ま、そんなこんなで死んだも同然の街が生き残るために始めたのがバトリングですが、このところ売り上げが落ちております」
「それは聞いた!」
「だからどうした!」
「売り上げの減少は原因がはっきりしております。街の人口の減少です。薄情にも多くの人が街に見切りをつけ、街を捨てました。賭ける人が減れば売り上げが落ちるは必然、売り上げが落ちれば皆様への賞金も捻出できなくなります」
「そんなのはそっちの問題だろう!」
「その通りです。どうしたものかと頭を悩ませていたところ、思わぬ提案が舞い込みましてな」
「それがリアルだってえのか!」
「まあ…言ってみれば、はい」
「今までだってリアルもあったろう!」
「今まで通りのバトリングではもう限界なのです。それはもうはっきり数字に出ておりますです、はい」
「……」
「いずれにしてもこの街はおしまい。最後の打ち上げ花火として企画されたのが今回の集団バトルなのです」
「最後だと!?」
「街のみんなも最後の大ばくちと承知しております」
「街のみんなもだと!?」
場に当惑のざわめきが走った。
(やはりな…)
と俺は納得がいった。ここのところの賭け札の急速な落ち込みは一発大賭けのための買い控えだったのだ。
「集団バトルってのは?」
「まさか共食いじゃああるまいな」
「共食い!?」
共食いというのは百年戦争の歴史の中にあって最強かつ最悪の軍団として名をはせた、かの“レッドショルダー”隊員の選抜育成システムのことである。
「仲間同士食い合うなんてまっぴらだ!」
「そんなのはバトリングじゃねえ!」
選手たちは口々に異を唱えた。
「ブルルルル、仲間同士食い合うなんてそんな恐ろしい、企画されているのはそんなおぞましいことではございません」
「じゃあどんなだ?」
「いずれにしてもこの街での最後のバトリングになりましょう。提案と申しますのは…」
コミッショナーが語ったところによれば、それは敵味方に分かれての市街戦リアルバトルとでもいうようなものだった。
「俺たちが二手に分かれるのか?」
「いや、ですからそれはそうでなく…」
集団の一方はバトリングの選手たちが組み、一方は街を封鎖している謎の組織が編成するというのだ。
「その組織ってのは何者なんだ?」
「実のところ私どもにも分かりません」
「何だと!」
「そんな奴らが信用できるか!」
コミッショナーは背後のスタッフを振り向いて首の肉に顎を埋めるように頷いた。
スタッフがさらに部屋の奥に合図した。
部屋の奥から台車のついた大きなテーブル様のものが数人のスタッフによって押されてきた。その上には小分けにされた子供の頭ほどの布袋が山積みされていた。
コミッショナーはその一袋を取り上げ、口紐をほどき中身をテーブルにぶちまけた。
「おお!」
言葉にならないざわめきが部屋を満たした。
「一袋、金貨にして五〇〇〇万があります。今回のファイトマネーです。勝ち負けに関係ありません。提案者から提供されたものです」
「拒否すれば!?」
「道路封鎖までしてるんだぞ、拒否できるか!」
「相手の手の内もわからないのにリアルなんかできるか! 俺は降りる!」
「俺も降りる!」
「俺もだ!」
数人が異を唱えたが、
「それがそのぉ……降りることは叶いませんのです。ギャラはすでにこうして頂戴してしまっていますので」
コミッショナーは金の袋に丸い顎をしゃくった。
「貴様あ、俺たちを売り渡したっていうのか!」
吠えた一人が拳銃を鼻先に突き付けたが、
「売り渡すですと、これは人聞きの悪いことを……」
コミッショナーは銃口を舐めんがばかリに亥首を伸ばして言い切った。
「ま、いうなれば一蓮托生」
コミッショナーの顔から笑みも媚も追従も消えていた。
「このマッチには私らも街のみんなも全てを懸けております」
どうやらすべては止まらぬところまで来ているようだった。
「いつなんだ。バトリングの日は?」
「皆さんのATにリアル用の武器が換装され次第ということで」
「街のみんなもこのバトルに思いっきり賭けてるって訳だな」
「全財産を」
「もうこいつはバトリングなんてもんじゃないぞ!」
「俺たちだって全員では三十機はあるぞ。相手も三十機として本気でドンパチやればこんなクソみたいな街は壊滅するぞ!」
誰かが叫んだ。
「こいつはもう戦争だ!」
確かにそれはすでにしてバトリングとは言えまい。戦争というのはそれがどんな理由であれ誰か一人の想念で起こせるものではない。人間というものの持ち病のようなものだ。全員がその気になっちまったのだ。この街の住人は全員が戦争を望んだのだった。
「私も街も戦争と共に歩んでまいりました。戦争が終わったらこのざまです。だったらもうひと戦争起こすしかないじゃあないですか」
「きっさまーそんな理屈でっ!」
拳銃が一閃してコミッショナーの鼻面を砕いた。鈍い音と共に鮮血が散った。
「……この百年みんな戦争で生きてきたのです」
血を滴らせたコミッショナーの顔には一欠けらの恐怖も浮かんではいなかった。
「それは、いまだ鉄の棺桶から抜け出せないあなた方も同じでしょう」
コミッショナーはもう一袋の口を開けこれ見よがしにテーブルに金貨をぶちまけた。
「私どもとしてはファイトマネーで報いるしかないじゃありませんか」
「くっ、足元を見やがって!」
選手の一人が手を伸ばして金貨の袋を掴んだ。元々がボトムズ野郎上がりの荒くれ達、ほかに生産手段も持たず終戦からこっちAT一つを頼りに漂ってきた輩である。ギャラさえ納得できれば細かいことは吹っ飛んでしまう。次々と袋に手が伸びる。なにがあっても自分だけは何とかなるという思考回路の持ち主たちの集まりだ、集会は終わった。
著者:高橋良輔
メカニカルデザイン:大河原邦男
イラスト:しらゆき
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