【第08回】装甲騎兵ボトムズ 鉄騎兵堕ちる[最終回]

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第四章『カルメラの屋根』その二

 三日が経った。
 街からは人の営みの気配が消えた。これから来る嵐に備え、掛札を握りしめてどこやらに息を潜めているのだろう。
 すでに選手たちのATはあらかた実戦用の武器に換装されていた。
 俺は惑いの中にあった。他の選手には言えないがたぶん…いや、間違いなく襲い来る相手は俺の雇い主なのであろう。だとするとまだミッションは届いていないが、ブラディーセッターの機能からいってその部隊の指揮を取るということになるか。

(別に誰に義理があるという訳ではない。戦争に謀略はつきものだ)

 今までの経緯から行けば雇い主のミッションを受け入れるのがすべての利得を考えて順当ではある。だが…、

「パルーーっ!」

 俺はパルを大声で呼んだ。

「何だい?」

 例によってパルはひょいと現れた。

「頼みがある。この街に飛び切り詳しい人を連れてきてくれないか」
「作戦を立てるんだね! よっしゃあ!」

 目を輝かして飛び出していった。

「こっちだよ」

 パルが連れてきたのは六十をとうに越しそろそろ七十という坑道焼けをした腰の曲がった小柄な男だった。人間より干からびたサルという塩梅だ。

「オラになんか用かい? オラは穴の中のことしか知らねえが」

 それは俺の願いにうってつけの人物に見えた。

 

 そしてさらに二日、コミッショナーからバトリングの概要が公表された。
 バトリングの日時は明日正午開始、敵の部隊は空挺により街に降下。数三十機。
 どういう訳か敵ATのデータが発表されていた。

 クラスH級
 全高 4380
 全長 2524
 全幅 2888
 乾燥重量 7639
 最大装甲厚 15
 GH限界走行速度 82
 GH最大出力 395
 GH最大トルク 130
 固定武装 アームパンチ、スモークデスチャージャー×2

 ATのデータに覚えがあった。
 このアストラギウス銀河に巣食う巨大な秘密組織、その全容は誰も知らない。たぶんそこに所属しているメンバーにしてからが己にかかわる部分しか認識できない巨大にして漠たる組織。その謎の組織が惑星メルキアのデライダ高原の秘密基地で開発していたという次代のATのうわさが流れたが、データが酷似している。俺の雇い主の正体がおぼろげながら見えてきた。

「ふん…開発も最終段階という訳か」

 結果はどうしたって徹底したものになる。
 俺はパルの姉さんを通してバイオレットバイパーを呼び出した。

「間近で見ると一段と美人だねえ」

 俺のお世辞に眉一つ動かさずバイパーは言った。

「要件は?」

 年のころは二十五から六、見た目もきついが性格もきつそうだ。

「俺の聞いたところではあんた武器の換装は行わず、あのバカでかい鋏を付けたままだって?」
「それがどうした?」
「同じ命が掛かっていてもバトリングと実戦じゃあ違う。正直に言おう、あんた軍隊でのAT経験はないだろう」

 バイパーは一瞬間を取ったが、

「……だとしたら」

 俺の見立てではバイパーはかつてメカニックかなんかでATに馴染んだのだろう。乗ってみたら案外と乗る方に才があった。で、生きていくためにバトリングに手を出した。

「やめるんだな。実戦では弾は前からしか来ないとは限らない」
「そんなのはわかっている。話はそれだけか」
「いやこれからが本音のところだ」
「早く言え」
「いや見れば見るほどきれいだなあんた」
「……」

 その昔、通い詰めて馴染みになったバーのママに教わったことがある。女はとにかく褒めろ、徹底して褒めろ、それが一番ということだった。

「きれいだなんて言われ慣れてるか。でもきれいだ」
「ホントに言いたいことを先に言え」
「そうだな。このバトリングの勝敗は判らないが、街は壊滅する。あんたにはバトリングには参加せずあんたのマネージャーのあの小娘と、パルって言うんだがその弟を守ってやってほしいんだ」
「そんな義理があたしにあると思うか」
「損得でいい。こいつでどうだ」

 俺は俺の取り分の金貨の入った袋を取り出した。

「……」

 バイパーは何かを考える様子だった。こういう娘には単刀直入がいい。

「あんたしか頼める奴がいない。頼む」
「……いいだろう」

 理由も聞かずにバイパーは袋を取った。

「ありがたい」

 経験のない実戦を前に引くに引けない彼女のモチベーションの方向を付けたつもりだが、付き合いもないバトリング暮らしの荒んだ女が本当にパルと姉さんを守ってくれるかどうか…まあこれも賭けと言えば賭けだ。人生なんてこんな程度の賭けの繰り返しだというのが俺の考えだ。ひょいと踵を返しながら、

「しかし、ホントあんたきれいだね」

 とママを信じてダメ押しをしておいた。

 

 かつてこの鉱山街の正午に昼を告げていたサイレンが久しぶりに鳴り響いた、それがバトリングの開始の合図だ。
 サイレンが鳴り終わると代わりにヘリの轟音が街に迫った。
 低空から侵入したヘリはその特徴的な縦二連のスコープでにらみを利かせるATを各所に解き放った。迎え撃つバトリング選手組、俺は街全体を見渡せる場所に陣取りしばらく乱戦を眺めやった。
 バトリング開始寸前に組織からミッションは入っていた。案の定それは、待ち受けるバトリング選手側のAT達の配置を把握し組織側のATに伝えかつ戦闘を指揮せよということだった。今作戦での俺のコードネームは『ジョーカー』と言うことだった。バトリング選手集団の中にあって、その実、組織の切り札となる、という意味合いか。
 組織のATは諸元からも知れるが性能はかなりのものだ。この世界になぜ戦争がなくならないかの本当の意味は分からぬが、戦争で一番儲かるのは軍事産業だ。組織は次の戦争をにらんでの新型ATの開発の一環にこの集団バトリングでのデータが必要なのだろう。俺のブラディーセッターにも組織のATとほぼ同等の優秀な通信機器が装備されている、というより今まで俺が組織に送り込んでいた数々のデータがここにも生かされているのだろう。それを使えば三十機の組織のATは己の手足と言って差し支えなかった。

(最新型相手になかなかやるじゃあないか)

 バトリング組は勝手知ったる地の利を生かしてかなり善戦している。
 やがて組織AT各機からしきりに通信が入る。それぞれに戦闘状況の把握と行動指示を求めていた。
 バイオレットバイパーに二人を託して俺の心はすっきりと決まっていた。

「行くか!」

 二十機はバトリング仲間に任せ残りの十機を料理しようと決めていた。選手たちにとって手強そうな要路に陣取る組織の十機を選び、我に後続せよと指令を送った。

「さあ附いてこい!」

 俺は十機を引き連れあの坑道焼けジイさんの言うカルメラの屋根に向かった。カルメラの屋根とはその下は複雑多岐にわたる坑道を腹に抱えたこの街で一番脆弱な地盤の場所だった。その脆弱さゆえに円形に開けたその地点には建物はない。

(頼むぞガント!)

 俺は十機を十分に引き付けカルメラの中央で急速反転した。

「裏切りごめん!」

 腰だめの右手のガトリングガンが火を噴き、左に抱えるドラム缶のような弾倉から弾帯が無限のように火箭を吐き出した。たちまち先頭を追随するAT三機が噴き飛ばされる様に四散した。

「凄い!!」

 さすがの俺もこの手ごたえは初めてのものだった。驚いた敵が散開する。
 ジョーカーとはよくも名付けてくれた。組織にとっても俺はジョーカーだ。
 一瞬の戸惑いの後組織ATのマシンガンが俺に向かって火を噴いた。俺も弾倉の有りっ丈をぶちまける。ガトリングはさらに四機を鉄屑にしてエンプティーとなった。俺は背中の二丁のヘビィマシンガンを抜き取る。威力はともかくさすがにこの方が腕には馴染む。第一身軽だ。俺は敵の銃撃を躱しながら通信機のチャンネルを変えて叫んだ。

「ガント今だ! やってくれ!」

 作戦はあの荒野でのクルーブに倣ったものだ。

『俺が敵を引付けてカルメラの屋根に行く、周囲に埋め込んだ爆薬を撃ち抜いてくれ』

 ガントは、

『お前が噂に聞いたあの〝戦場の哲学者〟とやらでなかったらこんな作戦は引き受けないところだが…』

 さすがに髭面を歪ませながらも奴は引き受けてくれた。俺のつまらない渾名も役に立つことがある。ガントは最後に聞いた、

『哲学者、あんたの戦場での信じるところを聞かせてくれないか』
『一人はみんなの為に、みんなは一人の為に』

 この信条に殉じて俺は軍を追われた。

「ガントー!!」

 返事がない。装甲のあちこちに衝撃が走る。敵の銃撃に正確さが増してきた。おまけに応援が数機駆けつけてきた。

「くそったれ!」

 左右共にマシンガンの弾が切れた。二丁では装弾ができない。左のマシンガンを打ち捨てその手で予備マガジンを探る。

「ガントー!!」

 返事がない。やられたか、それとも見捨てられたか。
 敵にはさらに応援が駆けつける。

「ガントーーっ!!」

 多勢に無勢、カルメラの中央に包囲され孤立した俺は、

(ここまでか!)

 と覚悟した。もともとがクルーブに倣った作戦だ。なるようになっただけだ。と!

「すまねえ、今まで押し込まれちまってて!」

 ガントの声が飛び込んできた。

「やれ、やってくれ!」
「よっしゃあ!」

 ガントの語尾を奪うように後方から衝撃波が襲った。そして右前方にも閃光と爆炎! さらに左、そしてまた後方! また前方! ぐらりと足元が揺れる。

(カルメラの屋根が崩れる)

 ガントの銃弾は俺が見込んだ通りに正確に仕込んだ爆薬を撃ち抜いたのだ。あの坑道焼けのオヤジが言った通り内部に無数の坑道を抱えた円形の地盤がドーナツ状に陥没していく。予期できなかった出来事に対処のできない敵ATが噴煙と粉塵の中を悶えながら沈んでいく。それをスコープの片隅に捉えながら俺は戦場に戻ったのを確認していた。
 砕け散る瓦礫、噴きあがる煙、突き抜ける閃光、一瞬止まった時間の中で俺はチラリとパルやその姉そしてあのバイオレットバイパー、さらにガントを、……を想った。

 

 なにも分からぬままに
 為すこともなく
 この世に起こることの全てに何の意味もないと
 ただ、早いか遅いかだと
 分かったような顔をしながら
 そうほざきながら
 諦めながら、それでも酔いの向うに救いを求め
 いくつもの分かれ道に骰子を振るい
 結果に一喜一憂し
 そしてまた酔いに救いを求める

  


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著者:高橋良輔
メカニカルデザイン:大河原邦男
イラスト:しらゆき


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