装甲騎兵ボトムズ 絢爛たる葬列 【第1回】

第一章 『クレメンタイン』その一

作品ページ次 →

 夕闇迫る茜空に信号弾が一発、乾いた空気を震わせた。
 ここは惑星パルミスの南半球にあるリブリー亜大陸の北西部にある砂漠。あと二キロも進めばアボルガ王国の首都トラネホールの西門に着く。
 やがて続けて二発の信号弾が鳴った。それが合図だ。かなたの城塞都市の重い扉が開く。門のあたりにはもう女たちが待ち受けているだろう。
 俺たちは二週間に及ぶ哨戒任務を終えて帰投するところだ。作戦といっても機銃の一つも撃たない気楽な任務だ。隊列といってもそう見ようと思えば見えないこともないという緩い作りだ。
 門にさしかかると、わらわらと飛び出して来た女たちが黄色い歓声を上げてお目当てのATの足下に纏わりつく。それぞれのATのバイザーが上がり荒くれた顔がのぞくと一段と嬌声が高まった。
 しんがりを務める俺はいつものように後方の様子を探る。
 葡萄色に落ちた空の下、黒いシルエットになった砂漠の地平にいつものようにポッポッ……ポッ……と青白い炎が目覚める。

「そう簡単にゃあ成仏できねえってか……」

 青い炎は最低野郎の人魂と言われている。
 一昔も前にここら一帯で行われた大戦闘の名残なのだ。何のことはないあの恨みがましい青い炎は、破壊されたATのマッスルシリンダーから流れ出た残存ポリマーリンゲル液がここらの土壌に含まれる物質と混ざり合って起こす化学反応なのだ。

「静かにせい! まさかのことに終戦の噂に浮ついているのではあるまいな」

 ATを降り整列した兵を前に基地司令が凄みを利かした。

「言うまでもないことだが、終戦というのは貴様らにとっては失業ということだ! 酒も女も博打も、戦いが無くなれば全てを失う! それが傭兵というものだ!」

 隊列から再びざわめきが起こる。

「だが安心せい! 戦争は終わらぬ。百年も続いたこの戦がそう簡単に終わるはずがない。よって貴様らのパーティーはまだまだ続く! せいぜい楽しめ。解散!」
「うお―――っ!!」

 隊列が弾けるように解け散った。


 首都とはいえ陽の落ちた街中は人通りもまばらだ。
 ディックの店はダウンタウンのど真ん中にあった。店の正面にネオン管で『DICKS BAR』とあるだけで厚い扉の前にはドアーボーイもおらず、中の様子はうかがい知ることは出来ない。だがそれと知れる人間が立つと何処で見ているのか扉が内側から開く。なかへ入ればそこは別世界だ。
 兵の生活の半分が鉄と炎に彩られた命のやり取りなら、後の半分は酒と女と博打だ。この店にはその全てがあった。薄暗い店内には煙草の煙が立ちこめ脂粉と酒の香りで噎せ返るようであった。もつれ合う男女のシルエットが幾重にも重なりあい、ねっとりとした音楽の合間に嬌声と馬鹿笑い、たまさかに怒声と物の壊れる音。だがそれらはすぐに止む。この店にはこの店のルールがある。守れぬ奴は裏路地で石畳を舐(な)めることになる。広いフロアーの奥にはカジノがあり、そこでは昼間の戦場に負けず劣らずの火を噴く戦いが繰り広げられているはずだ。
 それら一切に背を向けて俺はまっすぐに一人カウンターに向かった。
 バーテンは俺の顔を見ると体のどこで発するかわからぬ程度の歓迎の意を示し無言で酒の用意を始めた。出されたグラスには無色といっていい酒が満たされグラスを煙らせていた露が指の腹をかすかに濡らした。
 清澄なそれでいてある種の滑らかさを持った液体が喉をくぐり食道を下って胃を湿らせた。二口目のそれが再び胃にたどり着くと胃の中にポっと灯りのようなものが点った。

「ふ――……」

 二週間の渇きが一気に引いていく。

「相変わらずだなフィロー」

 店のオーナーのディックが隣の椅子に腰をかける。

「女も博打も用なしか」

 俺は返事の代わりにグラスを呷った。

「酒さえあればそれでいいってか」

 グラスを揺らしカウンターの向こうのバーテンに酒の代わりを促した。

「だがな、そのすました面もここまでだ。俺もダテにこの商売を長年やってきたわけじゃねえ。お前はきっとハマるぜ、賭けてもいい」
「なんのことだか」

 気のない返事を返した俺だがこのうさん臭い匂いをぷんぷんさせた親父のことは何故か嫌いではなかった。
 フロアーの一角に照明が当たった。女が一人立っていた。若い、二十歳をでたかでないか。

「さあ、物語の始まりってところだ」

 何のアナウンスもなしで曲が始まり、女が歌いだした。数秒もしないうちにその歌声はフロアーを支配した。嬌声が止み馬鹿笑いが止まり、咳払いさえなくなった。女は三曲、恋を歌い故郷を歌い運命を歌った。いつもは店のアトラクションには無関心の荒くれたちから不似合いの拍手が起こった。

「ブラボー! ブラボー!」

 称賛の声とともに男たちは踊りの相手を熱望し群がった。女はその数に戸惑い相手を決めかねていたが、そのうちに男たちはいつの間にか二手に分かれていた。

「ひよっこの白鳥さんは引っ込んでな!」
「汗臭い砂ネズミはお呼びじゃないぜ!」

 白鳥と言われた白い制服姿の男たちは近衛の儀杖隊、褐色の戦闘服は傭兵たちだ。この二グループは犬猿の仲だった。いつでもどこでもそれがなんであれ角突き合わせていた。
 砂ネズミにはエリートへのやっかみと侮りがあり白鳥には実戦に出ぬというコンプレックスと裏腹のプライドが突っ張っていた。
 一触即発のにらみ合いのなか群れを割って進み出た男がいる。整えられた髪、ピタリと身に付いた白い制服、しなやかでいてメリハリのきいた身のこなし、一頭抜きんでた華やかさは他を圧倒していた。
 男は女の前に立ち淑女に対する礼をとり踊りの相手を懇望した。
 女がそれを受け入れ男の手を取ろうとしたその時、

「待った!」

 俺としたことが、思わず出てしまった声に引きずられるようにカウンターを離れた。

「彼女は俺と踊る」

 フロアーがどっと沸いた。

「フィロー! フィロー!」
「ホワイティー! ホワイティー!」

 声援は二つに割れた。すなわち近衛儀仗兵たちと傭兵たち。グループの人数は拮抗していた。

「フィロー、そんな青二才に負けるなよ!」
「中尉、砂ネズミをぶちのめせ!」

 こうなれば事はたかがダンスの相手をどちらかがやると言うことでは収まらない。両陣営の興奮が沸点に達したところで、

「待ってくれ! 俺の店で手荒いことはごめんだ」

 とディックが二人の間に割って入った。

「俺のルールで決着をつけてもらおう。その代わり今晩の店の支払いは全て俺持ちだ」
「いいぞディック! お前に任せた!」

 再びフロアーが沸いた。
 ディックの合図でフロアー中央にどでかい丸テーブルが運ばれた。テーブルの縁いっぱいにぐるりとショットグラスが並べられ酒が並々と注がれた。

「ルールは単純だ。ホワイティーは時計回り、フィローは逆回りでグラスを空ける。一個でも多くを飲んだ者が勝ちだ。どうだわかりやすいだろう。ただしこの酒はア・コバのガラッチだ。ヤワじゃあないぜ」

 ディックの説明にフロアーはさらに沸いた。ガラッチと言えばほとんどアルコールそのものといっていい。二人がスタートラインにたった。女は微かに困惑の混じった微笑みのまま一言も発しなかった。ホワイティーが最初のグラスを掲げて言った。

「君の歌声に乾杯」
「いいね!」

 俺もグラスを掲げた。

「GOー!」

 ディックの合図で二人が同時に喉の奥にガラッチを放り込んだ。
 ホワイティーことビルジェ・ヤング・ウオーター王国軍儀杖AT隊中尉二十一歳、フィローことこの俺はボジル・ドン・ハリバートン王国守護傭兵隊曹長二十五歳、ディックことDICKS BARのオーナー、五十がらみだが年齢も実名も不詳だ。そしてその傍らで困惑の微笑みを浮かべる歌姫はクレメンタイン・クリスティー、歳の頃は二十歳を越えたか越えないか。
 物語はア・コバの火酒[ガラッチ]の飲み比べとともに始まった。


著者:高橋良輔
メカニカルデザイン:大河原邦男
イラスト:しらゆき


作品ページ次 →


装甲騎兵ボトムズ 戦場の哲学者

戦場の哲学者

カテゴリ