装甲騎兵ボトムズ 絢爛たる葬列 【第2回】

第一章 『クレメンタイン』その二

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 俺とホワイティーが頭を振りながら目を覚ましたときには陽はすでに高かった。

「ここは?」

 二人とも自分たちがいる場所も状況も瞬時には掴めなかった。あたりを見回すが見当もつかない。互いに探るような視線を送るがむろん答えなど見つかりはしなかった。そんな二人の鼻孔にコーヒーの香りが忍び込んできた。部屋の一角、テーブルに置かれたコーヒーメーカーからのものだった。俺は横になっていたソファーから立ち上がる。ホワイティーも肘掛けのついた椅子から立ち上がった。二人は吸い寄せられるようにコーヒーメーカーの置かれたテーブルの脇に立った。メーカーの下に紙片が一枚。俺は取り上げ一瞥してホワイティーに渡した。

「……くそっ」

 ホワイティーは紙を手の中で丸めた。

「コーヒーを飲んでシャッキリして帰れってことか」

 俺たちが目覚めた部屋はクレメンタインの部屋だった。二人の脳味噌がやっと出来事をたどり始める。つまりはガラッチの飲み比べで二人とも沈没しこの部屋に転がり込んだらしい。まあ押し掛けたのか放り込まれたのかは判然としないが、

「俺としたことが…」

 と呻かざるを得ない。

「何てことだ!」

 とホワイティーが天を仰ぐ。
 コーヒーはトビキリ苦かった。俺たちは小一時間もそのままに話もせずクレメンタインの帰りを待ったが、いつかな彼女の戻る気配はなかった。どちらからともなく立ち上がり部屋を出ると、そこはディックの店の一角であった。

「ふーん、ここにいるのか」

 ホワイティーが呟く。人気のないフロアーを抜け店を出るとさらに高くなった陽が二人を焼いた。

「どうするんだ?」

 俺が聞くと、

「基地に戻って、熱いシャワーですよ」

 とホワイティーは答えた。

「同じだな」

 俺たちは並んで歩き始めた。


 一週間が過ぎた。
 P・ATH―Q01―DTクエント製ヘビー級アーマード・トルーパー。巨体に施された華美とも思える装飾と長大なパイルバンカーを備えた左腕が目を引く。その数およそ三十機、アボルガ王国近衛大隊第三儀仗中隊「蒼穹の盾」のルーティン訓練である。お決まりの整列行進、隊列交差及び波打ち、扇開行進等々、見せ場はさまざまなパイルバンカー捌き、とどめは左腕からのパイルバンカーの打出しと右足を軸に巨体を回転させての右手のライフルへの装着、そして決めポーズ。
 俺たち“ガラガラ蛇”と呼ばれている傭兵AT隊が通り掛ってそれを見ていたが、

「んっ!?」

 何を思ったかそのうちの一機が儀杖隊の前に立ちはだかった。コクピットを開け身を乗り出してパチパチと手を叩いた。

「いやあー見事見事! 一糸乱れぬとはこの事だ。おまけに塗装に傷一つなしのピカピカの二枚目ぶり、惚れ惚れするねえ!」

 言ったガラガラ蛇の機体はと言えば、何時洗機したのかわからぬ汚れと擦過傷と斑痕、体中に巻き付けた防弾板やら鎖などが禍々しい。元はATH―14―SPAスタンディングトータスだが砂漠戦用に足下をトランプルリガーで固めている。特筆すべきは左手の目立ち過ぎともいえる長大な鋼鉄のクローか。たぶん終戦をにらんで除隊後バトリングでひと稼ぎの準備だろう。
 儀杖隊からひときわ装飾の目立つ隊長機と思しきやつが進み出てコクピットを跳ね上げた。

「お褒めにあずかって恐縮! で、何か?」

 ホワイティーだった。

「なに、美しい花には棘があるというが、ほんとかな~なんて思ってな!」
「試してみますか?」
「何だと!」
「ハハハ、御懸念あればお相手を」

 ホワイティーの挑発にガラガラ蛇が乗った。

「ほざけっ!」

 互いのコクピットが圧縮音を響かせて閉じられた。トータスのトランプルリガーが唸りを上げた。4000は超える鉄の塊が一直線に突進する。ガラガラ蛇にしてみればバトリングのレギュラーゲームの予行演習のつもりだったか、

「食らえ!」

 右肩の装甲を剥ぎ取るだけで良しの一撃は髪の毛一筋の甘さとなって空を切った。ガキンという虚空をつかむクローの金属音とダブるように白鳥のパイルバンカー付き機銃の銃床がトータスの左わき腹を痛打した。たたらを踏むトータスの眼前で超信地旋回を遂げた白鳥が心もち身を沈めた形で機体を止めた時には、パイルバンカーの切っ先はピタリとトータスの三連スコープのやや下、ATの喉元といえる位置に突き付けられていた。
 潮時と思った俺は割って入ってバイザーを開けた。

「見事なもんだな」

 白鳥もトランプルリガーを作動させ数歩下がってバイザーを開けた。

「いえー、訓練の儀杖ルーティンのうちです。実戦には何の役にも立たないという者もいますが」
「国にも個人にも体裁というものは必要だ」
「ふん、で?」
「今晩ディックでどうだ?」
「決着をつけますか」
「陽が落ちたら」

 俺の機体を見てホワイティーが聞いた。

「それは?」
「ATM―09―DTC。センサー系を少しイジッてある」
「少し? そうは見えませんが」
「なに好みの範囲内だ」

 俺はさりげなく答えた。


「早いですね」

 ホワイティーがいって隣の椅子に腰をかけた。そこはフロアーのボックス席でなく俺の定席のカウンターだった。

「傭兵には訓練がない。作戦がなければいつでもここだ」
「ふーん。同じものを」

 ホワイティーは酒を注文すると、

「自分は近衛第三儀仗中隊のビルジェ・ヤング・ウオーター中尉」

 と改めて名乗った。

「通称ホワイティー。白服組の顔ということか」
「どうですか、ま、いつもはそんな風に呼ばれています」
「俺はボジル・ドン・ハリバートン曹長。ガラガラ蛇の末席にいる」
「ご謙遜を。フィローすなわちフィロソフィー、戦場の哲学者ともっぱらの評判です。ところで戦場の哲学者とはどういう謂れですか?」
「さあな。それと敬語はよしてくれ、そっちは将校、俺は兵だ」
「ただの兵? とてもそうは見えませんが」
「なにはともあれ階級章通りだ」

 ややあって二人同時に、

「ガラッチの勝負…」

 と言いかけて顔を見合わせた。

「……ガラッチがどうした、先に言え」
「いや呼び出したそちらからどうぞ」
「そうか、そうだな……休戦の提案だ。あんな事をやってちゃあいくら俺でも身が持たん」
「ハッ、ハハハハハハ、そうですね、そうしましょう」

 バーテンが新たなグラスを二つ置いた。
 グラスがカチリと合わされたのを見計らったようにディックが近づいてきた。

「どうやら手打ちらしいな。しかし危ない危ない。ヤバイ奴らの手打ちとなんとかは回を重ねて熱くなるって言うからな」

 と意味ありげに笑った。

「まあそれはともかく今晩もあの子は歌うから聴いてやってくれ」

 ディックが言ったようにその晩もクレメンタインは歌った、恋と故郷と運命の三曲を。歌い終わって拍手はあったが誰も踊りの相手を名乗り出るものはいなかった。
 ──二人の勝負はまだ決着がついていない――
 どうやらみんな俺とホワイティーに気を使っているようだった。

「両エースのおかげでクレメンタインは不人気だ」

 ディックがニヤニヤと言い、彼女を手招いた。クレメンタインが近づくと、

「お二方がこの間の詫びと礼が言いたいとさ」

 と言った。ホワイティーが弾かれたように立ち上がりクレメンタインの席を作った。

「うちの大事な歌姫だ。ガラッチなんて品のない酒じゃなくトビッキリを頼むぜ」

 再び意味ありげな笑顔を作りディックが紫煙の渦の中に溶けていった。

「何をお飲みに?」

 ホワイティーが尋ねるのを遮り俺は言った。

「ルモーイだ。君にはオアシス・ルモーイが似合いだ」

 クレメンタインがにっこり頷いた。

「バーテン。オアシス・ルモーイだ」
「なるほどルモーイですか! オアシス・ルモーイはいい、物のわかった女性が好むところだ」

 ホワイティーが肩をすくめながら、ちょっぴり悔しそうに同意した。
 カウンターに向かい真ん中にクレメンタイン、右に俺、左にホワイティーという配置だった。

「ここのカクテルは絶品だ」

 俺が保証した。にこりともせずバーテンがシェーカーを振り、砂漠の蒼穹を映しこんだような液体をカクテルグラスに注いで細い茎付きの真っ白な小花を縁に添えた。

「ルモーイ、この花が好きなの」

 クレメンタインはグラスをつまんで左右の俺たちに笑顔を向けた。俺たちも互いのグラスを軽く掲げた。

「ルモーイの花言葉は丘の上の佳人と言うそうです」

 バーテンダーが言った。

「ルモーイにはもう一つ花言葉がある」
「へー、さすが哲学者! でもう一つは?」
「離れ雲……漂泊を意味する」

 クレメンタインはオアシス・ルモーイをさらりと二杯飲んでカウンターを離れた。

「彼女けっこうイケる口ですね」
「ああ、オアシス・ルモーイはクルンがベースだからそう軽くない」
「ルモーイの花言葉は丘の上の佳人か、彼女にはぴったりだな」
「俺はもう一つの方が似合ってると思うが」

 俺たちはそれからの時間をクレメンタインの歌う恋と故郷と運命の三つの歌を肴にグラスを重ね、夜が更けてから共に基地に帰った。


 それから俺たちは毎日待ち合わせるかのようにカウンターに並び、そこには必ずといっていいほどクレメンタインの姿もあった。
 口さがない連中は噂した。

「どうなってるんだあいつら?」
「二人とも手がでないらしいぜ。ケッ、ガキじゃあるまいしだらしがねえ! グズグズしてるなら俺が」
「よせよせ、ブチのめされるのがおちだ」
「それにしても、なんだか知らねえけど妙に楽しそうだぜあいつら、なんなんだよ一体?」
「まあ、いずれは決着つけねえわけにゃいくめえよ」
「問題はクレメンタインの気がどっちにあるかだ」
「それがさっぱり分からねえ」
「実は他に本命がいたりして」
「いや、それはねえ。クレメンタインはそんな女じゃねえ!」
「は、おめえもクレメンタインにイカレてるってか」
「そういうてめえの方こそ!」

 そんなこんなで一月もたった頃、いつものカウンターでクレメンタインが俺たち二人に言った。

「ピクニックに行かない?」
「ピクニック!?」

 俺もホワイティーも思わず聞き直した。

「ドライブと言い直してもいいわ」
「ドライブ!?」

 城壁に囲まれたトラネホールはオアシス都市とはいえ市内にはピックニックにふさわしい場所などはなくドライブにはいかにも狭かった。城壁の外はただ礫混じりの砂の原と累々たる赤錆びた鉄の墓場が果てしなく広がっているだけだ。

「行ってみたい場所があるの」

 さり気なくはあるがその言葉には深い思いがこもっているように聞こえた。

 

 

【予 告】

ひたひたと押し寄せる
抗いようもない時の圧力の中に
吹けば飛ぶような物語が、一つ
そっと咲いてそっと散る
ルモーイ……白き小さな花言葉
譬えればそれは丘の上の佳人……
さらに忍べば離れ雲……
手折ってみるか揺れる花
掴んでみるか白い雲

次回『カースニー』


著者:高橋良輔
メカニカルデザイン:大河原邦男
イラスト:しらゆき


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