装甲騎兵ボトムズ 絢爛たる葬列 【第3回】
第二章 『カースニー』その一
クレメンタインの望みに適う車が用意された。
「こいつでどうだ」
フィローの鼻が得意そうにうごめく。
「色気はないが、ピッタリだ」
どこでどう話をつけたのか軍のパトロール用8輪バギーがフューエルタンクを満杯にして微かな貧乏揺すりを続けていた。後部座席を覗くと機甲猟兵の使う対ATライフルとグレネード・ハンディーカスタムが転がされていた。
「物騒なものも用意したな」
と言うと、
「備えあっても憂いもあるっていうのがご当地ですから」
と肩をすくめた。
バギーがディックの店の前に着くと店の中からクレメンタインがバスケットとクーラーボックスを下げて飛び出してきた。恰好はと言うとつば広の帽子にサングラス、ボディーはTシャツの上に緑のパーカーをはおりボトムはベージュのバギーパンツであった。
「さすがに言いだしっぺだけに万全だな」
俺が感心すると、
「私がナビゲータをやるわ」
クレメンタインはバスケットとクーラーボックスを俺に押し付けさっさと助手席に乗り込んだ。
「じゃあ俺はこいつを後生大事にと……」
後部座席に乗り込んだ。
「出発ーっ!」
クレメンタインの弾んだ声を合図にバギーは西門から砂漠へと走り出した。
砂漠地帯とは言え舗装はされていないがそれらしい道はある。昔からの交易路の名残だ。だがその左右に残された荒んだ痕跡が百年戦争の継続を雄弁に物語っていた。
「いつもの哨戒任務で通りなれている。地雷の恐れはない」
「お言葉を信じて、突っ走りまっせぇ!」
ここひと月の付き合いがやり取りをこなれたものにしていた。
ものの十キロも走ったろうかホワイティーが、
「気になるんだがクーラーボックスには何が入っているんだい?」
と聞いた。
「なんでも」
クレメンタインの得意そうな答えに、
「フィロー、なんか出してくれますか、喉が渇いた」
とホワイティーがねだった。
ボックスを空けると思わず口笛が飛び出した。
「こいつはスゲー! ホントに何でもある」
「何でもってか! じゃあサンベーンはありますか、サンベーン!」
「あるある! こいつは上物だ」
「昼前のサンベーンは男の飲み物、昼過ぎたら女子供のものってね! よろしく!」
「了解!」
サンベーンはパルミス北半球のサンベーニュ地方の発泡酒だ。バギーの走行音を小馬鹿にしたように小気味いい音がコルクと共に青空に突き抜けた。
サンベーンを満たしたグラスが俺の手からクレメンタインの手に、クレメンタインの手からホワイティーの手に、グラスの中の黄金色の液体が踊った。
「おっととーーい、ウグウグウグ」
ホワイティーの喉が鳴った。
「クーーーッ! たまらん。もう一杯!」
「はいよ」
俺はクレメンタインが仲介するグラスにもう一杯を注いだ。そして、
「あんたは?」
とクレメンタインにも聞いた。
「私はいいわ。フィローも飲んで」
いってグラスをホワイティーに渡す。
そんなこんなでバギーは快走を続けた。
「前から気になってたんだが……何で三曲だけなんだ?」
ホワイティーが聞いた聞いた。クレメンタインがディックの店で歌う曲は決まって三曲だけだった。
「人生って……結局、それだけじゃないか、って気がするの」
「恋は解るよ。女なんだから」
「男だってそうでしょ」
「んーん、まあいい。故郷は?」
「逃れられないもの、かな」
「逃れられないもの」
「そう、運命も。恋だって同じよ。あたしは逃れられないものを歌ってるの」
「…………」
クレメンタインの物言いに議論を受け付けないものを感じホワイティーが黙った。
俺は話題を変えた。
「ところで俺たちは何処へ向かっているんだ。もうかれこれ一時間は走った。これから先は奴らの勢力圏だ」
奴らとはバララントのことだ。
アボルガ王国はこの百年戦争の大半を中立で過ごしたが、二十年ほど前からギルガメス陣営に加わった。
「もうじきよ。あそこを右へ!」
クレメンタインが地図と距離計を見比べてそう言った。バギーは二岐に分かれる道を右に高地を緩やかに上っていた。
「あれは!?」
ホワイティーが行く手ににょきにょきとした突起物を認めた。バギーが道を登りきるとそこは丘陵といってよい場所の頂上だったが、辺り一帯にかつては多くの建造物が存在したことが見てとれた。
「ここよ。止めて」
バギーが止まるか止まらないうちにクレメンタインのバギーパンツが翻った。
「ここよ……」
バギーを降りたクレメンタインが帽子を取りサングラスを外した。
「……ここに来たかったの」
「カースニー!?」
運転席のままにホワイティーが辺りを見回して呟いた。
「カースニー? 聞いたことがあるが、俺はこの国の歴史に疎い」
「歴史ってほどのことはない。二十年くらい前までここにカースニーという小さな公国があったんだ。アボルガ王国とは縁戚にあった。バララントにやられた」
言われてみれば、砂漠の風に晒されてはいたが点在する建造物には随所に戦闘の痕跡が見てとれた。
「彼女は?」
ふと気が付くとクレメンタインの姿がなかった。ホワイティーがバギーのエンジンを切った。あたりを静寂が襲った。
「クレメンタイン!」
バギーを降りた俺たちはクレメンタインを探した。歩いてみると遺跡群は意外な広がりを持っていた。
「クレメンタイン!」
クレメンタインの姿を求めて奥へと進んだ。
「どこへ行っちまったんだ!?」
俺たちはかつて国であり、それらの機能を支えたであろう建造物の痕跡をめぐりさらに奥へと進んだ。
「いた!」
行く先に数十本の石柱に囲まれた広場の様なのものがあった。クレメンタインはその中央にいた。
「クレ…」
と駆け寄ろうとするホワイティーを俺は抑えた。クレメンタインは広場の中央で佇立し、天を仰ぐかのようにおとがいを上げていた。やがて、その身体が前後左右にと揺れ始めた。揺れが明らかなるリズムを取り始めると左右の足が躍った。手が翻り身体が撓る。
「踊ってる!? 彼女踊ってるぜ?」
「ああ」
宙天には焼けつく太陽、雲ひとつない蒼空の下、風の音ひとつない静寂の中、かげろう蜉蝣の翔ぶかのようにクレメンタインは踊っていた。
「あいつ、俺たちとは踊らないくせに一人で踊ってる」
「いや、一人じゃない」
「一人じゃないって、一人じゃないすか!」
「……いや、精霊と言うか、神々と言うか、そう言うものと一体になっているんだ。たんなるダンスというより舞踏と言うのが似つかわしい」
「何いってんだか!?」
俺たちの視線の先でクレメンタインは踊り続けた。俺は近づかず、ホワイティーもそれに倣った。俺たちはそっとその場を離れバギーに戻ってサンベーンをもう一本空けた。
この先の酒をどうするか迷っている時にクレメンタインは戻ってきた。ホワイティーはどこで何していたんだと聞く代わりに、
「何を食わせてくれるんだ? 腹ペコだぜ」
と言った。バスケットが開けられるとフルコースとは言えないが、前菜のような酒のつまみからポットに入った熱いスープ、幾種類かの揚げ物焼き物、さらにはハムと野菜が豊富に挟まれたサンドイッチが用意されていた。
乾いた空気の青空の下三人は大いに飲み大いに食べた。
「クレメンタインがこんなに気が利くとはね!」
ホワイティーが手放しに褒めちぎる。
「意外でもあるし、らしくもある」
俺の持ってまわった言い方に、
「なに廻りっくどい言い方をしてるんすか。褒めるときゃあホメろ!」
とホワイティーが肩をぶつける。
「んっ!?」
俺は胸前に片手を挙げて動きを止めた。
「何だ?」
「しっ」
仕草で姿勢を低くしろと告げた。ホワイティーもクレメンタインも瞬時に頭を下げた。俺は傍らに置いていたビノキュラーを目に当てた。
「バララントか?」
「たぶん」
ビノキュラーの視界は丘陵を下り舐めるように地平を這い、そして対岸に上がる。
「いた! ……二、三……四、五、六、七……斥候小隊だ」
「拝借!」
ホワイティーがビノキュラーをもぎ取る。
「……降りた!」
対岸の丘陵を二筋の砂煙が下り始めたのが肉眼でも分かる。ということは他のものは待機ということか。
「二機マランガに乗り入れた!」
マランガとは土地の言葉で“大河”とでも言う意味だ。つまりこちらの丘陵地帯と対岸の丘陵との間にはおよそ幅二キロほどの大流砂地帯が存在している。
「どうする?」
「さあて…」
目の前に迫ってくるのは砂上ボードに乗ったチャビーが二機だが後ろには五、六機まだ控えている。対ATライフルやグレネードだけじゃ分が悪い。
「ルーティンなら河の真ん中で引き返す。様子を見よう」
俺たち傭兵部隊もここ数か月作戦に出ても引鉄に手を掛けたことがない。終戦の噂が流れるこの時期敵もあえて事を構えることは考えられなかった。
「あんたの言う通りだ。型通りの哨戒任務らしい」
二機のチャビーは流砂の流れを確認するように河の中ほどを数回旋回すると、対岸に引き返して行った。敵が見えなくなるのを潮に俺たちもカースニーを後にした。
著者:高橋良輔
メカニカルデザイン:大河原邦男
イラスト:しらゆき