【第09回】魔神英雄伝ワタル 七魂の龍神丸
「ぼくたちは遂に、創界山を覆っていた謎の黒い霧の正体である『ドバズダー』と戦うことになった。しかしその力は想像以上に強大で、ぼくらは絶体絶命のピンチに! その時、龍神丸はぼくを守るために自分の体を爆発させ、いくつもの光の粒となって空に飛んで行った。龍神丸はいったい、どこにいってしまったんだろう。ハッキシ言って、今日もおもしろカッコいいぜ!」
第5話「立ち上がれ、救世主!」Aパート
「前回、ワタルくんは戦いの途中で気絶してしまいましたねぇ~。そこで今回はほんの少しだけ時間を戻して、翔龍子様のいる聖龍殿からお届けします! それでは~、レッツスターーーーート!!!」
創界山の麓では今、ワタルたちと黒い霧の化け物による激しい戦いが繰り広げられている。
その様子は聖龍殿にいる私たちも、しっかりと感じ取っていた。
どうやらあの黒い霧の化け物の力は、さすがのワタルたちでも手に負えないもののようだ。
本当は今すぐにでも、みんなのところへ行ってやりたいのだが……母上のためにも、まだこの場を離れるわけにはいかない。
私の中にどうしようもない歯がゆさがこみ上げてきて、思わず拳を握りしめた。
「翔龍子よ」
「母上……」
「今すぐ、ワタルたちのところへ行くのです」
母上が私に向けた表情は、深い慈愛に満ちたものだった。
「ですが私は、母上のお傍にいなくては……」
「これはなにより、私の願いなのです」
まるで母上は私の胸の内を察したかのように言葉をかけた。
おそらくは危険をすべて承知の上で、私の背中を押してくれたに違いない。
「……わかりました。行ってまいります!」
「どうか、気を付けて……」
私は心配そうに見送る母上を残し、急いで聖龍殿を後にした。
「待っていろ、ワタル。私も力を貸しに行く……それまでどうか、無事でいてくれ!」
私が創界山の麓に到着すると、そこにはすでに驚くべき光景が広がっていた。
龍神丸が黒い霧の化け物の中でまさに今、最後の命を燃やし尽くさんとしていたのだ。
「うおおおおおおおおおおおーっ!!!」
私の遥か前方にいる龍神丸が魂の雄叫びを上げ、自らの命を懸けた光の大爆発を起こした。
「龍神丸――――――――――――――っ!!!」
目の前で消え去った龍神丸を想うワタルの悲痛な叫び声は、離れた私のところまでハッキリと届いた。
まだ爆発の余韻が漂う中で、私の目にはいくつかの光の粒が飛んで行くのが見えた。
あれはおそらく、龍神丸が自らの命と引き換えに最期の攻撃を放ったという証なのだろう。
それにもかかわらず、黒い霧の化け物はまだ完全に消滅してはいなかった。
そして、あろうことか宙を舞う光の粒に手を伸ばしたのだ。
「うああああああああーっ!」
ワタルが背負っていた勇者の剣を引き抜き、黒い霧の化け物に投げつけるのが見えた。
「…ド…バ…ズダー……!」
黒い霧の化け物の真っ赤な目が怪しげな光を放つと、ワタルの投げた剣は力なく弾き飛ばされてしまった。
このままワタルの放った渾身の一撃を、無駄にするわけにはいかない……っ!
「やあああああああーっ!!!」
私は咄嗟に宙を舞う勇者の剣を掴み取り、黒い霧の化け物の額に突き刺した。
「……ドバ……ズダー!」
「滅せよ! 災いもたらす、邪気よ!!!」
すると、私の一撃を受けた黒い霧の化け物の眉間から、圧倒的な量の禍々しい気配が外へと放たれ始めた。
「ウオオオオオオオオオオオオーーーッ!」
黒い霧の化け物は苦しみもがいて、大空に轟くほどの雄叫びを上げた。
「うううう…………っ!」
このままでは私の体もこの猛烈な悪しき気配を受けて滅びてしまうかもしれない……だが、私の命に代えてもこの者を退けなければ!
その時、私の中で『ドクン!』と何かが動き始める音を聞いた。
「……なっ!?」
その音が大きくなっていくにしたがって、ゆっくりと私の目の前の景色が薄れていった。
「………………これはっ!」
オレ様がハッと目を開けると、そこには剣を眉間に突き立てられて苦しむ巨大な化け物がいた。
「……ドバ……ズダー……!!!」
化け物の声なき声を聞いて、オレ様は理解した。
今、目の前にいるこいつが『ドバズダー』という悪しき存在であると。
生意気にもオレ様に汚らわしい黒い霧を浴びせるとは、本当に頭にくるぜ!
こいつとは、ここで決着をつけてやる……!
「これで終わりだ! ドバズダーーーーーっ!!!」
オレ様はドバズダーの眉間に突き刺さった剣にありったけの力を込めて押し込んだ。
「―――――――――――――っ!!!!」
ドバズダーは目の前で大爆発を起こして吹き飛んだが、不思議と手ごたえはなかった。
「チッ……消えやがったか」
ヤツを退けることは出来たようだが、未だに創界山の周りにはイヤな感じの気配が漂っていやがる。
その時、ワタルが力尽きて倒れている姿がオレ様の目に飛び込んできた。
「ワタル ―――――――――――――っ!!!」
必死にワタルを抱き起こしてみても、反応がない。
「ワタル! オレ様が来てやったぞ! しっかりしろ!」
ワタルはオレ様がどれだけ声をかけても目を覚まさなかった。
おそらく、相当なダメージを受けてしまったんだろう。
「早く治療してやった方がよさそうだな……!」
「あれま、虎ちゃん!」
ヒミコがひょっこりとオレ様の背後から現れた。
「ヒミコ……お前も来てたのか! シバラクはどうした!?」
「ん~、おっさんどこにもいないのだ」
「そうか……とにかく今は、ワタルを聖龍殿に運ぶぞ。手伝え、ヒミコ!」
「りょーかいなのだ!」
オレ様とヒミコは、意識を失ったワタルを担いで聖龍殿へと向かった。
「ワタル、必ずお前を助けてやるからな……!」
「さてさて、ここからは意識を失ったワタルくんの様子を見てみましょう。何やら、不思議な夢を見ているみたいですねぇ。その内容は……続きを読んでのお楽しみですっ!!!」
「ワタル……ワタルよ……!」
消えてしまったはずの龍神丸の声がして、ぼくは目を開けた。
すると、そこは一面青くもやもやした不思議な景色が広がる場所だった。
「龍神丸! どこ? どこなの!?」
ぼくは必死に辺りを見回して、龍神丸を探した。
たしかに声は聞こえたのに、どこにも姿が見えない。
「私の体と魂はバラバラとなり、いずこかに飛び散ってしまった……お前が私の姿を見ることは叶わない」
「そんな……っ!」
やっぱり龍神丸は命を燃やし尽くしてしまったんだ。
それじゃあもう、二度とぼくたちは会えないってことじゃないか!
「イヤだ……イヤだよ、龍神丸! これまで、ずっと一緒に戦ってきたじゃないか。どんなに大変なことだって、ふたりだから乗り越えられたんだ! なのに……諦めろって言うの!?」
悲しむぼくを励ますかのように、龍神丸が声をかけてきた。
「聞け、ワタルよ……ドバズダーは蜃気楼のような悪意の塊そのもの。これまで戦ったどんな敵とも、異なる存在だ」
「悪意の塊……?」
「ドバズダーの存在が影響し、創界山の人々から笑顔も、夢も、光も……失われてしまった」
「確かにオジジも、村の……ううん、村以外のみんなも、おかしくなってた」
「だが、それでもまだ、希望はある……」
その時、ぼくの頭の中に龍神丸によく似た6体の魔神の姿が浮かんだ。
青い翼で飛ぶ魔神、赤く二刀を構えた魔神、緑色の忍者みたいな魔神、オレンジの羽を持つ魔神、西洋の騎士みたいな魔神、白くて尻尾がある魔神。
「この魔神たち……どれも龍神丸によく似てる……」
「創界山の龍神たちが力を与えてくれた。そのお陰で散り散りになったはずの私の欠片は、まだ、辛うじて存在しているのだ」
「かけら……? もしかして龍神丸は、まだ生きてるの? どこにいるの、龍神丸!」
今度はぼくの前に、逆さまになった創界山が浮かんで見えた。
それはまるで、蜃気楼みたいにゆらゆら揺れていて……なんだかとても不思議な感じがした。
これは、いったいどこなんだろう?
「ここではない、どこか。今ではない、いつかの世界……」
「ここではない……どういうこと?」
「そうなるかもしれなかった世界、そうであったかもしれない世界。遠い遠い未来なのか、遥か昔の姿なのか……そこへ紛れ込んだ私の欠片たちは、それらの世界に応じた姿となり、呼び出されるのを待っている……」
ここまでの話を聞いて、ぼくの頭の中はパニックになった。
龍神丸が何かを伝えようとしているのに、なにもわからない。
それだけじゃなく、少しずつ龍神丸の声も遠ざかっている気がする。
「わかんないよ! 龍神丸はそのナントカって世界にいるってことなの!? ねぇ、教えてよ龍神丸!! ちゃんと答えて!!」
「ワタルよ……私がいなくとも……」
近くで聞こえていたはずの龍神丸の声が、どんどん遠ざかっていく。
「お前は……救世主としてもう一度……立ち上がるのだ……」
「待って、行かないで……龍神丸っ!!!」
ぼくが姿の見えない龍神丸へ必死に声をかけているうち、まわりの景色がゆっくりと霞んでいく。
そしてぼくの意識もゆらゆらと、溶けて消えていった。
(つづく)
著者:小山 真
次回6月5日更新予定
©サンライズ・R