【第10回】魔神英雄伝ワタル 七魂の龍神丸
第5話「立ち上がれ、救世主!」Bパート
「龍神丸……!」
目を覚ますと、まぶたの内側に溜まっていた涙が一斉に流れ落ちた。
すると、ヒミコが元気いっぱいにぼくの顔を覗き込んだ。
「ワタル、よう寝たな!」
「ヒミコ!?」
ビックリして起き上がると、ぼくは大きなベッドの上にいた。
いったい、なにがどうなってるんだ?
「目を覚ましましたね、ワタル」
声がした方向へ振り向くと、穏やかに微笑む聖龍妃様が部屋にやって来るのが見えた。
「虎王とヒミコが、あなたを聖龍殿まで運んでくれたのです」
「聖龍妃様……!」
よく見ると、その後ろには虎王の懐かしい笑顔があった。
「えっ、虎王!? どうして!?」
「お前が意識を失っている間に、オレ様にも色々あったんだ!」
まさかの再会に驚いていたぼくの指先に、コツンと何かが触れた。
枕元に視線を落とすと、ひび割れた龍神丸の粘土人形が置かれている。
まるで抜け殻のようになったその姿を見て、龍神丸がバラバラになってしまったという現実がぼくの胸に迫ってきた。
「やっぱり、ぼく……負けたんだね」
元気なく俯いてしまったぼくの背中を、虎王が勇気づけるようにバシッと叩いてきた。
「シャキッとしろ、ワタル! そんなことじゃ、龍神丸も浮かばれないだろ?」
「だけど、ぼくはどうすれば……」
「ワタル! これでも食って、元気出せ!」
ヒミコがぼくの顔の前に、勢いよく何かを差し出してきた。
茶色くてとぐろを巻いたそれは、まさか……!!!
「チョココロネ!?」
ぼくが勢いよくのけ反ったせいで、ヒミコの手からチョココロネがぴょ~んと宙を舞って『逆さま』になった。
「……あれ?」
ぼくは驚いて目を大きく見開いた。
今の形はさっき夢の中で見た……
「いっただっきま~す!」
宙を舞ったチョココロネをヒミコがパクッと口に入れた。
そうか、ヒミコのおかげで思い出したよ……逆さまになった創界山や、いろんな世界に飛んで行った龍神丸の欠片のことを!
「聖龍妃様……龍神丸はまだ生きてるんです! 逆さまになった創界山のどこかに、きっと!」
「逆さまになった創界山……?」
聖龍妃様の表情が、なにかに気が付いたように引き締まった。
ぼくたちは聖龍妃様に連れられて、創界山の麓にある龍神池のほとりにやって来た。
聖龍妃様がその手に持った鏡は、まるで水が張られたように鏡面がゆらゆらと揺れていた。
「この水面の鏡をごらんなさい」
言われた通りにのぞき込んでみると、その中にはぼくが夢の中で見た『逆さまになった創界山』が映し出されていた。
「あ、これです! ぼくが夢の中で見た……逆さまの創界山!」
ぼくのとなりで虎王が実際の創界山と鏡の中をキョロキョロと見比べた。
「創界山って言っても、ぜんぜん違うぞ? 逆さまじゃねぇか」
聖龍妃様は優しくぼくたちに微笑みかけた。
「古よりの言い伝えに、無想界山というものがあります」
「むそうかいざん……?」
「それは『逆さ創界山』、『龍の見る夢』などの様々な呼び名と共に伝えられています……」
ぼくが見ている水面の鏡に映し出された逆さまの創界山は、ゆらゆらと静かに揺れていた。
「蜃気楼のようにたゆたい、幻のごとく浮かび上がる不思議な場所……ここではないどこか、今ではないいつかの世界である、と」
聖龍妃様の話を聞いて、ぼくは思わず息を飲んだ。
まさに、ぼくが夢の中で龍神丸から聞いた場所のことじゃないか!
「聖龍妃様……龍神丸はきっと、そこにいます! ぼくが必ず探してみせます!」
ぼくの嬉しそうな様子を見て、聖龍妃様は少し不安げに視線を落とした。
「それは……わかりません。あなたの話を聞き、こうして水面の鏡に映るまでは、無想界山はただの伝承だと思っていました。そこがどんなところなのか……必ず帰って来られるのかもわからないのですから」
聖龍妃様の話を聞いて、ぼくはもう一度ひび割れた龍神丸の粘土人形を見つめた。
これを見ると、龍神丸と今まで経験したいろんなことを思いだす。
やっぱり、ぼくは……このまま龍神丸とお別れするなんて絶対にイヤだ!
「大丈夫です、聖龍妃様!」
「ワタル……」
ぼくは決意を込めて聖龍妃様を見つめた。
「龍神丸は生きてる。ぼくに言ったんだ、もう一度救世主として立ち上がれって」
ぼくの心の中にはもう、迷いや不安はない。
龍神丸ともう一度会えると思ったら、勇気百倍だ!
「聖龍妃様……ぼく行きます、逆さ創界山へ!」
「……わかりました」
聖龍妃様は、優しく微笑んでぼくの言葉を受け止めてくれた。
「では、ワタルの剣の傍にその龍神丸を置きなさい」
そう言って、聖龍妃様は勇者の剣が置かれている台座を指し示した。
ぼくが粘土で出来た龍神丸をその近くに置くと、まばゆい光が放たれて新たな剣が姿を現した。
「これは、七魂の剣……あなたの旅の助けとなりましょう」
「ありがとう、聖龍妃様!」
それを見ていた虎王が、力強くぼくの肩を掴んだ。
「ワタル、一人旅にはさせねぇ。オレ様も行くぞっ!」
「虎王……ありがとう!」
「あちしも! あちしも!」
ヒミコが虎王の頭の上からひょっこりと顔を出した。
頼もしい仲間たちの様子を見ていたら、急にシバラク先生の姿がないことに気が付いた。
「あれ、先生はどこに行っちゃったの!?」
「おっさんならきっと、動物園にいるのだ!」
「それは本物のカバだよ!」
そんなぼくたちのやり取りを見ていても、虎王は表情を崩さなかった。
「シバラクはドバズダーとの戦いの中で、姿を消してしまったんだ」
「大丈夫かな……先生も無事だといいんだけど」
その時、ぼくの付けていたスマートウォッチにシバラク先生からの着信が入った。
さっすが先生、ナイスタイミングだぜ!
「拙者だ、シバラクだ」
「先生、無事なんだね! 今どこ!?」
「安心せい、ピンピンしておる!」
電波が悪いせいなのか、雑音がして先生の声が聞こえづらくなってきた。
「ここは……なにやら……もののふの……」
「先生! もしもし!? 先生!」
ここまで話して、先生との通話はプツリと切れてしまった。
もののふって、いったいなんのことなんだろう……?
「あれま、切れちった」
「声を聞く限りじゃ、どっかで元気にしてそうだ。心配ないさ」
「うん、虎王の言う通りだ!」
シバラク先生はぼくが尊敬する剣豪なんだ。先生ならきっと、どこに行ったって大丈夫だ。
「クラマや海火子たちも、どこかでこの異変を感じ取っていることでしょう。聖龍殿に訪れたら、よしなに伝えます」
「聖龍妃様、よろしくお願いします!」
「では、この水面の鏡の中に揺れる水を大きな器に移し替えましょう。その中に飛び込めば、逆さ創界山へと行けるはずです」
それを聞いたヒミコが元気いっぱいに手を挙げた。
「そういうことならお任せなのだ!」
ヒミコは胸の前で、いつものように印を結んだ。
「ヒミコミコミコ、ヒミコミコ……忍法、かなだらいの術っ!」
得意の忍術を使ったみたいだけど……なんの変化も起きやしなかった。
「なんだよヒミコ、失敗しちゃったのか?」
その時、大きな鉄製のたらいがぼくの頭の上にドカーン!と落ちてきた。
「いってぇ~!!!」
「いやぁ~、めんごめんご」
「さぁ、ワタル。さっさとそのたらいに水を移し替えようぜ!」
「虎王、少しは心配してくれよ……」
ぼくたちは聖龍妃様に言われた通り、ヒミコが用意した『かなだらい』に水面の鏡から水を移し替えた。
すると、かなだらいの中に逆さ創界山の姿が映し出された。
「よーし、ここに飛び込めばいいんだな!」
「誰が最初に行くの?」
「それはもちろん、オレ様が!」
「あっちしっが、いっちばーん!!!」
ヒミコの明るい声がして、虎王とぼくは思わず空を見上げた。
すると、上空から水着姿のヒミコが飛び込みの選手のようなポーズで落ちて来て、たらいの中に見事に着水した。
「おぉー! 金メダル級の飛び込み!」
「さっすが、オレ様の嫁っ!」
ヒミコに続いて、ぼくと虎王もたらいの中に飛び込んだ!
そこはまるで水がゆらゆらと揺れているような不思議な空間になっていて、ぼくたちはその中を漂いながら下へ下へと落ちて行った。
すると、下の方に見えていた光の穴のようなものがどんどん大きくなっていく。
おそらく、あれが出口で間違いないだろう。
「よーし、あと少しだ!!!」
ぼくたちがそのまま勢いよく出口の外へと飛び出すと――大空のど真ん中に放り出されてしまった。
「ひええええええ~!!! ど、どうなってんのぉ~!?」
このままじゃ、地面に真っ逆さまに落ちちゃうじゃないか!
「キャハハハ! おもろいおもろい!」
「おい、ワタル! なんとかしろ!!!」
「そんなこと言ったって……うわあああああ!!!」
どんなに空中をジタバタしてみた所で、ぼくたちは飛ぶことは出来ない。
こいつはハッキシ言って……いきなり大ピンチだぜ!!!
(つづく)
著者:小山 真
次回6月12日更新予定
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