【第17回】魔神英雄伝ワタル 七魂の龍神丸
「アップダウンシティという街の意地悪な市長、ワーイ=ファーイを相手に戦っていたぼくたちは大ピンチに陥っていた。その時、バラバラになっていた龍神丸の欠片のひとつが反応し、青龍の力を宿した魔神『龍蒼丸』を呼び出すことが出来たんだ。龍蒼丸の大活躍でぼくたちは無事にワーイ=ファーイを倒し、街のみんなは再び安心して暮らせるようになった。こうしてぼくたちはなんとか旅を続けてるけど……シバラク先生はいったい、どうしてるんだろう? ハッキシ言って、今日もおもしろカッコいいぜ!」
第9話「シバラク、愛の番傘物語」Aパート
「どーも、おなじみEXマンです! 今回はワタルくんたちと離れ離れになってしまったシバラク先生のお話。みなさんと一緒に、少しだけ時間をさかのぼってみましょ~!」
――ポツッ、ポツッ。
なにやら冷たいものが頬を叩き、拙者は静かに目を覚ました。
すぐに身体を起こして辺りを確認すると、そこは趣深い竹林のど真ん中であった。
「これはどうしたことか……? 拙者はワタルたちと共に、ドバズダーと戦っていたはず……」
しかし不思議なことに、どこにもワタルたちの姿がない。
「おーい、ワタル~! どこへ行ったのだ~?」
拙者は雨の中をうっそうと生い茂る竹藪の奥へと進んで行くと、景色が少し開けた所へたどり着いた。
「……なんと!」
拙者の目の前に広がった光景はにわかには信じがたいものであった。
刀を腰に下げた何人もの武士たちが、古びた町の中を往来しているではないか。
このような場所は拙者も初めて参った。
「とにかく、ワタルたちに知らせねば!」
拙者は胸元からスマホを取り出し、ワタルに電話をかけた。
「よし、ピ、ポ、パッと」
――プルルルル! プルルルル!
ほどなくして、電話は無事に繋がった。
「ワタルか? 拙者だ、シバラクだ!」
『カバだ!』
『先生、無事なの? 今どこ!?』
おぉ、ワタルとヒミコの明るい声だ。
どうやら、みんな無事だったようだな。
「安心せい、ピンピンしておる。それよりここは、なにやら武士の暮らす町のようでな」
『…………』
なんじゃ? ワタルのヤツ、リアクションが薄いのう。
スマホを確認すると、画面が真っ暗になっていた。
「これは、もしや……バッテリー切れ!?」
必死にスマホの画面を押してみたが、再び電源が入る気配はない。
「あぁ~もう! 充電器は持ってきておらんのにぃ~!」
シバちゃん、一生の不覚でござる。
見知らぬ土地でひとり……
「なんだか、急に寒くなって来たのう」
「お侍様、風邪をひいてしまいマスよ」
背後から優しい女子の声がしたと思ったら、ずぶ濡れになった拙者の頭上に番傘が差し出された。
「これは、かたじけない……」
振り返るとそこには、見目麗しい着物姿の女子が立っていた。
――ドキューーーーーン!!!
それはまるで、胸に剣豪の鋭い突きを受けたかのような衝撃だった。
そう……拙者は一瞬で恋に落ちてしまったのだ。
先ほど出会った女子は愛殿といい、ありがたいことに拙者を屋敷まで招待してくださった。
「ご親切にして下さり、感謝いたします」
「困っている人がいたら助けるようにと、父のゲンナイから常々言われておりマス」
「なんと、それは素晴らしいお父上ですなぁ」
しかし、その教えを守る愛殿がまた素晴らしい。
「そのゲンナイ殿のお姿は見えぬようだが……?」
「父は三日ほど前から、村のはずれにある『ドナイ山』に出かけておりマス」
「ほう、山でなにをしておられるのかな?」
「山の上の方で用事があると言っておりマシタ」
「なるほど……」
剣術を通して鍛え上げた拙者の勘が、ここでピーンと働いた。
このように可憐な娘をひとり残して、三日も家を留守にするであろうか。
「愛殿、お父上の様子が気にはなりませぬか?」
「私はただ、家で待つようにと言われておりマス」
愛殿はきっと本心では不安であろうに、ただ優しく微笑んでおられた。
なんと健気な女子なのだ……!
「あい、わかった。であれば、このシバラクが今すぐお父上の様子を……!!!」
と、気合を入れて立ち上がったのはいいのだが――
「愛殿……ドナイ山ってどっち?」
拙者を見る愛殿の瞳がキラリと僅かに煌めいた。
「承知シマシタ。私がご案内いたしマス」
「いやいや、これまたかたじけない」
……あれ? よく考えたらこれって、デートってやつじゃな~い!?
だからなんだか、愛殿も嬉しそうにしておられたのかぁ~!
ちょうどそのタイミングで屋敷の外から聞こえていた雨の音がピタリと止み、太陽の光が部屋の中へと差し込んできた。
どうやら、お天道様も拙者と愛殿の門出を祝福してくださっておられるらしい!
愛殿の村からしばらく歩いて行くと、我々はすぐにドナイ山の登山道へ入っった。
長く緩やかな傾斜が続く、子供でも登れる山のようだ。
この様子であれば、ゲンナイ殿を心配する必要はなかったかもしれん。
「愛殿、他に近道などはありませぬか?」
「でしたら、こちらはいかがデスか?」
愛殿は立ち止まり、右手に聳え立つ巨大な岩壁を指し示した。
「またまた愛殿、冗談がキツイでござるよ」
「こちらが最短ルートデス」
愛殿の眼差しは真剣そのものであった。
無理もない。愛殿は一刻も早く山を登り、ゲンナイ殿を見つけたいのだ。
「愛殿の言う通り、先を急ぐとしましょう。しかし、この岩壁はなにか特殊な道具でも使わねばとても登れないのではないかな?」
拙者が横を見ると、愛が岩壁に向けて一歩進み出た。
「承知シマシタ。私が手本をお見せしマス」
「愛殿が……!?」
愛殿が岩壁に、そのしなやかな手をかけた次の瞬間……
――ガシ! ガシ! ガシ! ガシ!
なんと愛殿は素手で岩の突起を掴みながら、垂直に立つ岩壁を猛スピードで登って行くではないか。
拙者は力強く凛々しい後ろ姿に、すっかり胸を打たれてしまった。
「素晴らしい。愛殿はボルダリングを嗜まれておられたのか!」
これに続かねば、武士の恥。
なにより愛殿に情けないところを見せるわけにはいかぬ!
「よーし! では、拙者も参ろうぞ!」
――ガシ! ガシ! ガシ! ガシ!
「ぬおおおおおーっ! 愛殿、お待ちくだされえええええ~!!!」
拙者が先を行く愛殿の後姿を必死に追いかけ、なんとか岩壁を登り切った。
――ドサッ。
拙者はたまらずその場に仰向けで倒れこんだ。
「はぁ……はぁ……死ぬかと思った……」
おかげで喉もカラカラでござる。
「み、水が飲みたい……」
「お侍様、こちらをどうぞ」
愛殿は心配そうに拙者の顔を覗き込み、竹筒に入った水を差し出してくれた。
嗚呼、なんと優しい女子なのだ。
水を飲みながら登って来た崖の下を見下ろすと、そこには緩やかな山道が気の遠くなるほど長く続いているのが見えた。
愛殿の言う通り、この道は本当に最短ルートだったようだ。
「お侍様、準備はよろしいデスか?」
「かたじけない……ゲンナイ殿のためにも、先を急がねばなりませんな」
拙者は渾身のキメ顔で山道の先を見据えたのだが――
「な、なんとぉ!!!」
今度は山道の上に大木が倒れ、見事に塞いでしまっていたのだ。
これはさすがの拙者でも動かせそうにない。
「なんとかして、この木をどかす方法はないものか……?」
拙者が倒木の前で思案していると、後ろから愛殿がやって来た。
「承知シマシタ。私がこの木を動かしマス」
「愛殿が? それは無茶というものでござるよ」
――ググググ……!!!
「な、なにぃ!?」
愛殿が大木を両手で持ち上げてしまった。
あの華奢な体から、なぜこのような力が……!?
「お侍様、今のうちにお通りくださいマセ」
「あい、わかった……っ!」
拙者は愛殿が木を持ち上げている間に、急いで先へ進んだ。
なんと頼もしい女子なのだ……!
――ドスーン!!!
愛殿は涼しい顔で大木を地面に降ろし、何事もなかったかのように拙者の後をついて来た。
それからしばらく山道を進んでいくと、辺りを大きな木々に囲まれた森へと入って行った。
「お~い、ゲンナイ殿~っ」
拙者は山道を歩きながら、森の奥へ声をかけ続けた。
しかし、いっこうにゲンナイ殿からの反応はない。
「愛殿、ゲンナイ殿の行き先に心当たりはありませぬか……?」
「承知シマシタ。私が調べてみマス」
愛殿は両方の耳元に手を置き、探るように辺りを確認した。
「愛殿……?」
「あちらから、父上の声が聞こえマシタ」
「え? 声?」
拙者にはなにも聞こえなかったのだが……
とにかく愛殿に導かれながら山道を進んでみた。
しばらくの間、木々の間をすり抜けていくと――
「……誰か……助けてくれ~……」
「まさか、この声は……!?」
(つづく)
著者:小山 真
次回8月21日更新予定
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