【第18回】魔神英雄伝ワタル 七魂の龍神丸
第9話「シバラク、愛の番傘物語」Bパート
拙者はあらためて耳をすませてみた。
「……誰か……近くにおられませぬか……」
間違いない、これは誰かが助けを求めておる声だ。
「愛殿、こっちでござる!」
拙者が愛殿を連れて声のした方向へ駆けて行くと、森の奥にある大きな木に男が括りつけられているのが見えた。
小柄な体に無精ひげが目立つその男は、なんとか縄から逃げ出そうと必死に身をよじらせている。
「あれは……!?」
「父、ゲンナイでございマス」
ということは先ほど、愛殿はあれだけ離れた場所でゲンナイ殿の声を聞きとったということか……
なんと優れた耳をお持ちなのだ。
「これはお父上の一大事でござるな!」
拙者たちは急いでゲンナイ殿の所へ駆けつけた。
「ゲンナイ殿、今すぐお助けしますぞ!」
「あの、あなたは!?」
「あいやしばらく。そのまま動かぬようにしてくだされ」
拙者は腰に下げた刀に手をかけた。
――シャキーンッ!
拙者は一太刀で、ゲンナイ殿を捕えていた縄を斬り落とした。
「お侍様、ありがとうございます……!」
「拙者、剣部シバラクと申す。愛殿と一緒にそなたを探しておったのだ」
「愛と……!?」
ゲンナイ殿は拙者の後ろにいた愛殿の姿に気が付き、目を丸くされた。
「お前も一緒に来たのか!?」
「ハイ、お侍様に山の案内を頼まれたので」
愛殿も大切な父上と再会することが出来て、安心されたであろう。
「ゲンナイ殿、いったいなにがあったのです?」
「実は最近、村の水路が枯れてしまいまして……その原因を調べるためにドナイ山の水源を調べに来たのですが――」
ゲンナイ殿が表情を険しくしたその時、背後から甲高い男の声が響き渡った。
「アタシたちに捕まっちゃったのよね~ん!」
「なにヤツ!?」
拙者が振り返ると、虎の毛皮を乱暴にかぶった大男が大勢の部下を従えて現れた。
「そいつがアタシたちのものに手を出したのがイケないのよ~んっ☆」
「こいつらです! この山賊たちが私たちの大事な水源を塞いでしまったのです!」
事情を聞いた拙者は、毛皮の大男を鋭く見据えた。
「おぬしら……なぜ、そのようなことを!」
「アンタしらないの~? この山の水は、最高の化粧水になるのよっ?」
「化粧水~!?」
よく見ると、山賊たちの顔はみな一様にツルッツルに輝いていた。
「ごめんなさ~い。アタシたち、美肌だけには目がない山賊なの~! あの水はもう、誰にも渡さないわよっ☆」
「私利私欲ため、人々の生活に欠かせぬ水を独占するとは……断じて許せん!」
「あら~? 文句があるなら、アンタもお仕置きしちゃおうかしらっ!」
――ピピーッ!!!
虎皮を着た大男が指笛を高らかに吹き鳴らした。
「これは……!!!」
山賊の仲間たちが次々と姿を現し、大男の軍勢は数倍になってしまった。
やはり、みな一様にお肌がツルッツルしておるわい……
「つまらぬ者は斬りたくはないが……これでは致し方あるまい」
拙者は刀の柄に手をかけ、姿勢を低く身がまえた。
するとその時、横にいたゲンナイ殿が愛殿に声をかけた。
「愛、あの人たちをやっつけてしまいなさい!」
「承知シマシタ、父上」
――キュイーーーーーーン……
愛殿の目が黄色く輝き、なにやら変な音が周囲に響き渡った。
「愛殿、どうされたのです……?」
「バトルモード、オン。該当者を一掃します」
――チュドーーーーーーーーーーーーン!!!!!
愛殿の両目から山賊たちに向けて強烈なビームのようなものが発射された。
「うわあああああああああああー!!!」
大爆発と共に、山賊たちはドナイ山のはるか向こう側へと吹き飛んで行った。
「ど、ドナイなってんのぉ……?」
なにが起きたのかわからず立ち尽くしていると、拙者のもとにゲンナイ殿がやって来た。
「いやぁ~。お侍様が愛を連れて来てくださり、助かりました」
「これはいったい……?」
愛殿は先ほどのことがなかったかのように、優しい笑みを浮かべている。
「驚かせてしまいましたかな。実は愛は、私が作った強力な『からくり人形』なのですよ」
「え………………?」
数秒遅れて、拙者に容赦なく現実が迫って来た。
「ええええええええええええ~!!!!!!!」
拙者のあまりの大声に、ドナイ山のカラスたちも一斉に飛び立った。
拙者は現実を受け止めきれぬまま、愛殿たちと共にドナイ山を下った。
山の麓にある平坦な道に戻ってしばらくすると、拙者たちの前に左右二つに分かれた道が現れた。
愛殿……拙者たちの行く末もここで分かれてしまうのか。
――ポツッ。ポツッ。
拙者の気持ちに応えたかのように、再び雨が降り始めた。
相変わらずお天道様も憎い演出をするものよ……
「お侍様」
なんとも情けない顔で立ち尽くした拙者に、愛殿が声をかけてきた。
「風邪をひいてしまいマスよ」
愛殿は慈愛に満ちた微笑みと共に、番傘を差し出してくれた。
「愛殿……かたじけのうござるっ!」
拙者が抱いた淡い恋心は、儚い夢のようなものだったのか。
ちょうど降りしきる雨のおかげで、頬を伝う涙も悟られはしまい。
「それでは拙者、先を急ぎますゆえ……これにて」
拙者は愛殿たちに別れを告げ、村とは逆の方向へ歩き出した。
「お侍様……楽しいひと時でございマシタ……」
番傘を打つ雨音が奏でた幻か、拙者には愛殿の優しい声が聞こえた気がした。
愛殿たちと別れた拙者は、あてもなく竹林の中を歩き続けていた。
――ぐぅぅぅぅ~
現実に戻ったら、なんだか急に腹が減って来てしまったぞ。
「さて、ここからどうしたものか……」
――うえ~~~ん!!!
どこからか、子供の泣き声が聞こえる。
拙者が辺りを見回すと、竹林の奥で少年がブリキントンのような輩に取り囲まれているのが見えた。
「なんと……!」
あのような子供を大人数で襲うとは許せぬ!
「あいやしばらく!」
――シャキーン!
拙者は素早く二本の刀を振り抜き、幼い少年を取り囲んだ者たちを成敗した。
「大丈夫か……?」
少年は腰が抜けてしまったのか、後ろにある墓にもたれて動けないでいた。
その手には、不似合いなほど立派な赤い刀が握られている。
「あ、ありがとうございます……救世主殿!」
少年はまっすぐな眼差しをこちらに向け続けている。
「あ? 拙者がぁ!?」
(つづく)
著者:小山 真
次回8月28日更新予定
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