エンタングル:ガール 舞浜南高校映画研究部【第1回】

第1話「なぜカミナギは映画監督になれないのか」1

 水の揺らめきを撮影しようと、カミナギ・リョーコは愛用のビデオカメラを構えながらプールサイドを歩く。もっと遠くから撮るべきなのか、あるいは水中撮影も面白いかもしれない。親友のミズキが時に見せる輝くような笑顔は、いつも撮ろうと狙っているのだけれど、カメラを向けた途端に消えてしまう。演劇部の彼女はカメラが苦手なのだ。撮れるものと撮れないものの境界が、どこかにあるのかもしれない。だったら夏は? 夏そのものを撮影することはできるのだろうか。
 カミナギは不意の思いつきを話したくなって口を開くのだけれど、肝心の話し相手はさっきからずっと泳いでいる。彼は一人だけの水泳部で、一年なのに部長をしている。

「ねえ! キョウちゃん!」

 彼はプールの端にたどり着くと、一旦こちらに手を突き上げて、再び泳ぎ始めた。
 って、声援じゃないんだけど。
 仕方なく彼女は一人で考える。カメラを回しながら、夏を撮影する方法を考え続ける。
 ビデオカメラは舞浜南高校入学のお祝いとして買ってもらった。
 二〇〇六年製。いま高校一年のカミナギ・リョーコが生まれた年に作られたものだ。駅前商店街のリサイクル店で見つけた。最新のカメラにはどれも撮影支援AIが搭載されていて、光量や画角が勝手に調整されてしまう。撮影中に話しかけてくるAIもある。これ重いしAI非搭載だから使いにくいよと店員は言ったが、彼女は自分のカメラと手で世界の光を捉えたいのだ。
 幼なじみのソゴル・キョウによると、光には重さがないという。なのに運動量は持っているんだと、驚くべき世界の不思議に触れているかのように彼は語った。よくわからなかったけれど、わたしのカメラにはしっかりとした重みがあって、だからこそ光の運動を受け止めることができる。そんな気がする。
 カミナギはカメラを回し続けた。
 わたしは映画を作りたい。映画監督になりたい。なれるかどうかなんてわからないけど、でもカメラを回さなければ映画監督なんて永遠になれるはずがない。

「カミナギくん。きみは映画監督になれない」

 さっき言われたばかりの言葉を思い出して、カミナギはためいきをついた。
 きみ、って。
 そんな風に彼女を呼ぶのは、シマ生徒会長以外には、たった一人しかいない。彼女の天敵、舞浜南高校映画研究部の先輩、カノウ・トオルだ。
 彼は幽霊部員だが映画にくわしい。映画の議論になると、いつもカミナギは言い負かされてしまう。
 昨日、カミナギは映研の部室で彼に出会った。どちらも夏休み中の撮影のために、機材を準備しに来たのだ。自然と、いま撮っている映画の話になったのだが、これが良くなかった。
 カミナギは入学してからずっと『海と空の出会う場所』という映画を撮り進めていた。キョウが主演で、共通の友人のトミガイ・ケイには女装で恋人役として登場してもらって、いくつか撮影済みのシーンもある。
 彼女はこれを高校映研コンテストに出品しようと考えていた。このコンテストで受賞して映画監督になった人は多い。

「どうしてわたしが映画監督になれないんですか?」
「それはちょっと説明しにくいんだけど、きみの映画がダメなことならいくらでも説明できるよ」
「じゃあ説明してください!」
「きみの映画はどこかで見たようなシーンを繋げてるだけだ。古い記憶を並べ替えても、本当に新しいものは作れない」

 水しぶきが足にかかってカミナギは現実に戻る。

「ちょっとキョウちゃん、制服濡れちゃう」
「カノウ先輩が言ったこと、まだ気にしてるのか? その、監督になれるとかなれないとか」

 キョウは水に浸かったまま、プールサイドに腕を載せている。

「ううん。それより、いま撮影してる映画、つまんないかな?」

 カミナギはカメラを下ろした。幼なじみはプールから出て、目の前に立った。キョウちゃん、最近なんだか体つきが男の子っぽくなってきた?

「俺は泳ぐとき、これが最後の一本だと思って泳ぐんだ」
「水泳の一本と映画の一本は違う」
「いいから聞けよ。五十メートル一本を、ミスなく完璧に泳ぐのってなかなかできないんだ。だから練習でも、これが一生で最後の一本だと思って泳ぐ」

 幼なじみの言いたいことがなんとなくわかってくる。

「カミナギ、お前が死ぬ前にどうしてもこれだけは撮っておきたいって思うような映画なら、きっと良い映画になる。俺が保証する」
「死ぬって」

 カミナギはなぜか涙が出そうになって、キョウに背を向ける。

「何それ。それってつまり今の映画がつまらないってことじゃん!」
「待った待った、そんなこと言ってないだろ」

 慌てるキョウちゃんはかわいい。
 カミナギは振り返って、再びカメラを回し始める。

 キョウが言ったことをカミナギはずっと考えていた。
 撮りたい映画ならたくさんある。でも、死ぬ前に一本だけと言われたら、どんな映画を撮ればいい?

「お姉ちゃん、朝だよ」

 弟のコウジがノックなしにドアを開ける。

「わたし朝ごはんいいから先に行くね」

 舞浜南高校は全学年の期末テストが終わり、みんな夏休み気分になっている。早く休みにすればいいのにとカミナギは思うのだけれど、県立高校ではそうもいかないらしく、今日もきっちり一時間目から物理の授業が始まった。理科教師のクラシゲが教壇に立つ。ヒゲをはやした、すらりとしたおじさんだ。

「量子力学はミクロの世界を記述する理論だが、我々に関係がないということじゃない。量子性と呼ばれる一見不可思議な性質は、マクロの世界で見えることもある」

 黒板には意味不明の数式やグラフが書かれていく。キョウちゃんがいれば教えてもらうんだけど。
 カミナギやミズキは1年B組、キョウは1年D組だ。近くの席のミズキがカミナギに向かって、なにあれ、と口だけを動かした。二人でくすくす笑う。

「超伝導は聞いたことがあるな? ある種の物質を冷やしていくと抵抗がゼロになって、いつまでも電気を流し続けるという現象で、これを説明するためにBCS理論が作られた。1957年のことだ。新しい現象が見つかるたび、理論は拡張されていくというわけだな」

 クラシゲの熱弁は続いていたが、カミナギにとってはミクロの世界の拡張よりも映画のほうが重要だった。
 彼女は映画用のノートを出して、新しい企画書を書き始めた。
 タイトルは後で考えればいい。問題はジャンルだ。時代劇やSFを撮ってみたい気もするが、部費も小遣いも微々たるもので、精巧なCGや大掛かりなセットは作れない。どこかの山奥でサバイバルものを撮ろうにも、もうロケハンしている時間の余裕はないし、交通費や宿泊費は必要だ。どうしても舞台は舞浜になる。
 舞浜。カミナギは生まれてからずっと舞浜で暮らしている。舞浜のことなら大抵知っている。ここでどんなドラマが作れるんだろう。
 考えているうちに午前中の授業は終わってしまった。
 昼休み、カミナギは歴史マニアのトミガイに助けを求めることにした。キョウの姿は見当たらない。水泳部の勧誘をしているのだろう。このままだと廃部だとシマ生徒会長に通告されているのだ。

「トミガイくん。舞浜の面白い話、なにか知らない?」
「なに? 映画のネタ?」
「うん。あの映画、今のままだとダメって映研の先輩が」
「そういうことなら私に聞きなさいよ」

 カミナギにくっついてきたミズキが話に割りこむ。様々な部活の助っ人をしている彼女には学校中に知り合いがいて、古株の教師も知らないような情報が集まってくるのだった。

「うちの高校にはどうもかなり広い地下倉庫があるらしくて、そこで行方不明になった生徒がいるんだって。かなり昔のことみたいなんだけどさ」
「地下ね。ありがとう、ちょっと考えてみる」

 カミナギは教室を出て、カメラを回しながら一人あてどなく歩き出した。撮影するべきシーンを想像しながら。
 闇の中をキョウとトミガイが寄り添いながら進む。どこまでも続く通路、冷たく濡れた壁と床、遠くから届く反響音。ふたりはいったい何を求めて、さまよっているのか。
 カミナギの思索は止まらない。映画のなかに深く深く入り込んでいく。


著者:高島雄哉


次回10月6日(木)更新予定


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