エンタングル:ガール 舞浜南高校映画研究部【第10回】
第3話「n番目の祝祭 n-th festival」1
前回のあらすじ
舞浜南高校一年のカミナギ・リョーコは高校映画コンテストにむけて長編映画を制作している。映画研究部の合宿が終わり、いよいよ夏休みも本番。チホの脚本、アマネの撮影機材、ウズハラの音楽。スタッフたちとの映画制作が進んでいく。 ⇒ 第9回へ
海辺の合宿所を出たのは午前十一時だった。
ひとりふたりと分かれていって、いつものコンビニエンスストアの前でカミナギとキョウとトミガイの三人になった。
「二人とも仮部員なのにありがとう。おかげで良いシーンが撮れたよ」
「俺は海で泳げたからな、満足さ」
「僕もどうせ家にいたら店の手伝いだし。楽しかったよ」
まったく、二人ともやさしいんだから。
「トミガイ、全然日焼けしてないのな」
「当然。カミナギ監督の指示でちゃんと日焼け止め塗っておいたから」
コンビニのベンチでアイスを食べることにした。もちろんカミナギのおごりだ。キョウがソーダ味のアイスを大きくかじる。
「映画、間に合いそうか?」
「少しだけきついけど、うん、大丈夫。脚本はまとまってきた。チホ先輩のおかげ。四月から撮影してた分はほとんど使えるし。ただ、クライマックスがまだ決まらなくて」
「ソゴルくんとぼくが世界の秘密を見つけるところ?」
トミガイが目を輝かせて話す。女装するのがかなり楽しいらしい。
「うん。二人が絶望してから、それでも先に進む、みたいなシーン」
キョウがカミナギを見つめる。
「どうしたの、キョウちゃん」
「いや、うん、良い映画だなと思ってさ」
「そうかな?」
キョウが力強くうなずいて、カミナギはうれしくなった。
三人はしばし黙ってアイスを食べる。
わたしたちは夏のまんなかにいる。キョウちゃんとトミガイくんがロケ地を考えて難しい顔をしながら、アイスの最後のひとかけらを口に入れた。街路樹の蝉が鳴いている。この夏を撮れたら、きっと素敵な映画になるんだけどな。
「カミナギさん! 舞浜の一丁目を探すなんてどうかな」
トミガイが突然立ち上がった。
「え? どういうこと?」
「舞浜には二丁目や三丁目はあるんだけど、一丁目がないらしいんだ」
「それ面白いね」
「信じらんねえ。ホントかよ。でも存在しない場所を探すなんて無理じゃないか?」
カミナギは手に持ったアイスの棒を撮影しながら考え始める。この世界にない場所を探す。言葉としてはカッコいいんだけど、舞浜の街を歩いて回るだけで終わってしまいそうだ。
「トミガイくん、キョウちゃん、考えてくれてありがとう。わたしも一人で考えてみる」
カミナギは自室に戻って、パソコンを開いた。撮り溜めた映像データをカメラからパソコンに移していく。
編集をしていると、ウズハラから全員宛てのメールが届いた。映画音楽の試案だ。合宿から帰って、まだ何時間も経っていないのに。
送られてきたのは一曲。メインの曲だ。三分ほどの長さだった。ウズハラがひとりピアノを弾いたのだろう。メールにはあとから楽器を追加すると書いてある。
カミナギは早速パソコンでファイルを再生した。
ウズハラには曲のイメージや使うシーンについてメールや打ち合わせで伝えてある。
ゆっくりと一音、一音、丁寧に弾かれていく。合宿所でウズハラがピアノを弾く姿が思い浮かぶ。朝の光のなか、彼の長い指が鍵盤のうえを魚のように跳ねていた。
ウズハラの曲は映画全体の流れを踏まえて作られたようだった。見知らぬ場所でさまよっていた二人が出会うことで希望を持ち、不安を分け持ちながら世界の秘密に迫っていく。情感たっぷりで、わかりやすい。記憶に残る旋律もあった。でも……。
カミナギは『早速ありがとうございます。聴きました。詳しい話はまた明日』とメールを返した。そろそろ寝ないと。明日はこれからの日程を決める打ち合わせだ。
部室の中央には長方形のテーブルがあり、それを囲むように五人が座っている。監督のカミナギが一番奥、カミナギの左手に三年のチホと二年のウズハラ、右手には一年のキョウとトミガイ、ミズキが並ぶ。まだ来ていない二年のアマネを加えた六人がカミナギ監督を中心としたチーム、いわゆるカミナギ組ということになる。
カミナギ組ではないカノウはいない。確か今日は上舞浜駅に撮影に行くと言っていた。
約束していた十三時になって数秒後、アマネから電話がかかってきた。
「カミナギちゃん。ごめん、寝過ごして遅刻。先に始めてて。三十分で着くから」
大丈夫です、気をつけて来てくださいと言って電話を切ると、チホがすぐさま噛み付いてきた。
「フカヤさん、遅刻? まったく」
二人のあいだに何かあったのか、今度カノウ先輩に訊いておこう。
「まあまあチホ先輩。なんだったらみんなで泳いで待ってましょう」
「ソゴルくん、自分が泳ぎたいだけでしょ」
キョウとトミガイが場をなごませる。キョウちゃん、アマネ先輩のこと、好きになってきたのかな。
しかしチホは鋭い視線を送ってくる。カミナギは慌てて話を再開した。
「えっと、脚本は七月中には完成すると思います。いえ、完成させます。なので、撮影していない場面は八月一日から一週間で一気に撮りたいと思います。キャストの三人、大丈夫?」
編集も同時に進めなければ間に合わない。タイトルやクレジットは、アマネ先輩がAIに作ってもらおうと言っていたけど、すべて任せるわけにもいかない。
「俺はいつでもいいぜ」
キョウに続いてトミガイとミズキもうなずく。
「私の出番は少ないんでしょ、何日かだったらオッケー。付き合うよ」
部室の時計を見るが、アマネはまだ来ない。
「じゃあ音楽についてだね」
カミナギの躊躇に気づいたのかどうか、チホが話を進めてしまった。カミナギは、あとでウズハラとふたりきりで相談しようかなと思っていたのだけれど。
「そうですね、じゃあ音楽のことを話しましょう。ウズハラ先輩から何かありますか?」
「特にないね。自分の曲の説明は苦手なんだ」
「なんだよ、カミナギ。あの曲で決まりだろ。自分で作曲したんでしょ、あれ。すごいっす。作曲できるのもすげえし、曲もカッコいいし」
「うん、キョウちゃんの意見はわかった。……わたしも素敵な曲だと思います。ただ、あの、わたしひとりが映画のイメージを持っていて、ちゃんとみんなに伝えられていなくて……」
ウズハラが涼やかな視線をカミナギに向ける。
「つまり、やりなおし、ということだね」
「え? そうなのか、カミナギ」
キョウの素直な質問に、カミナギは返事ができない。どう言えばイメージしている音楽の雰囲気が伝わるのか。一晩考えたが、まだ言葉がまとまらない。
ウズハラが口を開いた。
「ソゴルくん、いいんだ。一回目で完成するとは思っていないよ。でも直しの方向性を教えてもらいたいかな。〆切まであと一ヶ月だし」
方向を決めるからディレクター、監督なんだ。
「わたし、これまで一人で映画を撮ってきて、キョウちゃんには中学生のときも出演してもらったけど、スタッフお願いしたのは初めてなんです」
ウズハラもみんなも黙って聞いている。
「しかも三人とも先輩で、あんまり話したこともなくて。えっと、なので、わたしにとって映画自体が謎なんです。でもみんながいるから……だからもっと深いところまで行ける気がして。最後には少しだけ何かわかっていればと思うんですけど」
カミナギが考えていると、チホが言葉を挟んできた。
「派手にしろとか暗くしろとか、具体的な音に関する話をしたほうがいいんじゃない?」
チホの指摘はもっともだ。
カミナギは言葉を探していく。
「えっと、ウズハラ先輩の曲はきれいで美しいんですけど、もっと、こう、とらえどころのない感じにしてほしくて。ただ、これをどう音にするのかはわたしにはわからなくて恐縮なんですけど」
カミナギは視線をチホからウズハラへ移していく。
ウズハラは黙って考えてから、ゆっくりと一度うなずいた。
「監督の意向はわかったような気がする。謎がテーマの曲というのは面白い。できるかどうかはわからないけど、やってみる」
「ありがとうございます!」
カミナギはそう言ったものの、自分がどれくらい大変なことを頼んでいるのか、よくわからなくて不安になった。
これまではひとりで撮ってきたのに、今回はウズハラに音楽を、アマネに撮影を、チホに脚本を頼んでいる。それらは映画の一部だから、自分でやったこともある。でも、何かを作るとき、あらかじめどれくらいの大変さなのかを正確に予想することはほとんど不可能だ。簡単そうに思えていたのに、いざ撮影を始めてみると全然撮れないことなんて珍しくもない。
たぶん、ウズハラはこれから多くの時間を費やすことになるだろう。チホやアマネもそうだ。キョウやトミガイ、ミズキだって、随分長い間つきあってもらっている。
カミナギはみんなを見回して、
「あの、頼りない監督だと思いますが、頑張ります!」
カミナギの言葉に、チホが笑いながら答える。
「そういうこと、いちいち言わなくていいよ、恥ずかしいから」
「いいんです、チホ先輩。リョーコはこういう子なんです」
「ちょっとミズキ、こういう子ってなに?」
そして大変さがわからないのは映画も同じことだ。完成の瞬間まで、どんな困難が待ち受けているのかは予測できない。でも、きっと大丈夫。わたしにはみんながいる。
著者:高島雄哉
次回12月8日(木)更新予定
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