エンタングル:ガール 舞浜南高校映画研究部【第11回】
第3話「n番目の祝祭 n-th festival」2
前回のあらすじ
カミナギ・リョーコは高校映画コンテストにむけて長編映画を制作している。去年の映研で未完成に終わった映画があり、それが原因でチホとアマネは仲違いしたようだった。ウズハラが作曲したメインテーマに物足りなさを感じたカミナギは彼にやりなおしを頼む。映画を完成させるため、カミナギたちはそれぞれに夏の日々を過ごしていく。 ⇒ 第10回へ
打ち合わせは三十分もかからずに終わり、ウズハラは完成したら連絡するとだけ言って帰っていった。
カミナギが片付けをしていると、最後に残っていたチホが話しかけてきた。
「さっきのカミナギさんの話、良かったよ。脚本のヒントにもなった。ご要望の、美しいラストシーンも書けると思う。今夜書き上げられるといいんだけど」
「ありがとうございます。最後のまとめかた、わたしももっと考えます」
チホが珍しく笑顔を見せる。彼女を改めて見ると、メガネの奥の瞳は大きく、かなりの美少女であることがわかる。
「おそくなってごめん!」
ドアがいきおいよく開き、Tシャツに制服のスカート姿のアマネが現れた。
「フカヤさん、うるさい。もう終わったから。それに服と目、校則違反」
「はいはい、すいませんね。じゃあ、あたし理科室に行くね。カミナギちゃん、何かあったら連絡よろしく」
さっさと立ち去ろうとするアマネをカミナギが呼び止める。
「これから高校映画コンテストの参加登録会と開会式があるんです。VR空間のなかの会場なんですけど。良かったら三人で行きませんか?」
「私は帰る」
チホはカミナギにだけ挨拶を言って部室から出ていった。
アマネは肩をすくめて、やれやれといった顔を見せた。
「あたしは行くよ。なんか新しい技術が見られるかもしれないし。ここより視聴覚室のほうがスペック高いから移動しよう」
VR空間にはネット経由でログインする。ヘッドマウントディスプレイは映研部室にもあるが、ネット回線がそれほど速くないのだ。
二人は部室を出て、視聴覚室のある校舎に向かった。
「わたし、職員室でカードキー借りてきますね」
「大丈夫。持ってるから」
「まさか」
「去年、暗号理論にハマってさ。練習問題として解いてみた」
アマネは自分の携帯端末に二次元コードを表示させて、カミナギに誇らしげに見せた。
「あ、アマネ先輩、目の色が」
この前まで彼女は左右で違う色のカラーコンタクトレンズを入れていたが、今日はどちらもオレンジ色だ。金髪とよく合っている。
「さすが映画監督。……チホ先輩も気づいたみたいだけど」
「あの、アマネ先輩とチホ先輩って」
「ほら、着いたよ」
アマネが端末を入り口のセンサーカメラにかざすと、ドアは音もなく開いた。開錠するときに確認音が出ないように仕込んであるのだ。
二人とも急いで入ってドアを閉めた。
アマネは手慣れた様子でヘッドマウントディスプレイの準備を始める。
ウズハラの音楽も、アマネとチホの仲も気がかりだったが、コンテストの参加登録でミスをするわけにはいかない。カミナギはパソコンの前に座り、いったん背筋を伸ばしてから応募用の情報を打ち込み始めた。出場団体名は舞浜南高校映画研究部、映画のタイトルは『この海と空の出会う場所(ところ)』――。
それからカミナギとアマネはヘッドマウントディスプレイをかぶり、コントローラーを操作してVR空間に入った。
真っ黒の視界に、ニュース情報が流れる。今回、参加校が初めて五百校を超えたのだという。
顔写真と高校名から、五頭身にデフォルメされたアバターが自動生成される。これがVR内における自分だ。舞浜南高校の制服を着ている。顔や手はかなり簡略化されている。
いきなり視界全体が明るくなった。コンテストの開会式会場に移動したのだ。
「わ」
青空が上にも下にも広がっていて、カミナギはそのなかに浮かんでいた。
はるか下に白い半球が見える。どうやらそこが式場らしく、平らな部分に司会者らしき人物のアバターがいた。
いまヒットしているVRゲーム『ペイン・オブ・ゼーガ』では荒廃した世界がかなりリアルに描写されているが、ここのVR会場はもっとポップだ。青空のなかにイラスト調の雲や星がゆらゆらと揺れている。
そのとき、カミナギの前に幼い少女が現れた。
「アタクシはルーパなんだナ。登録を支援しまス」
高校映画コンテストのキャラクターのようだ。
「あ、はい、よろしくね」
「声紋登録完了。アカウントから個人情報も取得。こんにちは、カミナギ・リョーコさん」
「こんにちは、ルーパ」
「参加手続き完了。それじゃあ、もう少し近くに行くヨ」
「え。ちょっと、きゃっ」
ルーパがカミナギの手を取ると、急旋回して半球に向かっていく。カミナギの実際の体は視聴覚室で座っているのだが、映像だけでもかなりリアルに感じるのだった。
「両手のコントローラーで自由に飛べるんだナ。ちょっとやってみて」
舞台には世界中からの参加者が集まっていた。アバター同士が接触すると、回線が開く。自動翻訳があるから、カミナギもいくつかの国の高校生と会話することができた。
開会の挨拶が始まり、そろそろアマネと合流したいと思うのだけれど、なかなか見つからない。
代わりにルーパが話しかけてきた。
「参加者にアンケート。映画はできてるのかナ?」
「まだだよ。いま作ってるところ」
「ふんふん。参加校の九十九パーセント以上が現在制作中なんだナ。みんなギリギリまで作るんですネ。しめきりには注意して」
「わかってる。八月三十一日の二十四時だよね」
「まったくそのとおり。九月一日になった瞬間、受付サイトが閉じるんだナ」
そのときまでに高校映画コンテストのウェブサイトで映画のデータをアップロードすれば応募完了だ。
「いた、いた! カミナギちゃん!」
アマネのVRキャラが話しかけてきた。髪は七色に輝いている。
「すごい髪ですね」
「設定画面から変更できるよ」
「先輩は色を変えるのが好きなんですね」
「本当はもっと体全体をいじりたいんだけどね。親が許してくれなくて」
サイボーグ技術が進展するにつれ、ここ数年は人体拡張手術がかなり普及していたが、未成年の場合は保護者の許可が必要なのだった。
「身体性が変われば、感じられる世界も変わるかなって。あたしはもっともっといろんなところに行きたい」
VR会場には企業ブースも浮かんでいて、映像機器が展示されていた。三次元モデルがあって、実際の操作感覚もわかるようになっている。
映像機器マニアであるカミナギとアマネは夢中になって次々と試していった。
「ソゴルも来たら良かったのにね。きっとあいつも面白がるよ」
「あの、先輩はキョウちゃんのこと、好き、なんですか?」
アマネのアバターが首をかしげる。
「あたし、人間には興味があるし、ソゴルともっと仲良くなりたいんだけど、エロいことをしたいわけじゃないんだよ」
「な、何の話です?」
「恋愛体質じゃないっていうか。男にも女にも性的に関心がない、エイセクシャルっていうのかな」
「えっと」
「わからないよね。自分でもよくわからないんだ。今もわかってない。そのせいでチホ先輩を傷つけたかもしれない」
「去年の映画のことも関係あるんですか?」
チホは、アマネのせいで映画が完成しなかったと言っていた。
「どうかな、色々からまって、こんがらがっちゃった。そして、あたしもチホ先輩もそれを協働して解きほぐそうとするほど素直じゃないみたい。カミナギちゃんがなんとかしてくれる?」
「わたしにできることがあるなら、なんでもしますけど」
アマネは大きな声で笑いだした。
「冗談だよ」
それからコンテスト開始を祝って、半球の舞台から花火が何発も打ち上げられた。
カミナギたちのほうへも向かってきて、すぐそばで閃光が飛び散る。
「わっ、わっ、当たりそう」
「当たってもダメージ判定はないからナ」
「シューティングゲームみたいだね、カミナギちゃん!」
アマネが心底楽しんでいる様子を見ているうちに、初め必死だったカミナギもだんだん面白く思えてきて、広がっていく花火のあいだを飛び回りだした。
最後の花火が消えると、参加者は次々にログアウトしていった。
ルーパがカミナギとアマネの前に浮かぶ。
「じゃあね、八月三十一日の先で待ってるヨ」
「何のこと?」
アマネの問いに、ルーパは返事をせず、ただくるくると飛び回るだけだ。
「いい映画を撮って、授賞式で会いましょうってことだよね? またね、ルーパ」
ルーパはニッと笑い、とぷんという音と共に空間に溶けて、消えてしまった。
著者:高島雄哉
次回12月15日(木)更新予定
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