エンタングル:ガール 舞浜南高校映画研究部【第13回】

第3話「n番目の祝祭 n-th festival」4

前回のあらすじ
カミナギ・リョーコは高校映画コンテストに向けて長編映画を制作している。八月に入り、映画作りはいよいよ佳境に。ウズハラには作曲のやりなおしを依頼しつつ、カミナギは市役所でのクライマックスを撮影する。ラストシーンを残して、映研みんなで夏祭りへ。 ⇒ 第12回へ

 市役所での撮影の翌日、カミナギはぎりぎりまで編集を続けていたが、母親の声がいよいよ大きくなって、慌てて浴衣に着替え始めた。カメラを持っていこうとしたが、母親に止められてしまった。
 神社の入り口でカノウの姿を見つけ、遠くから呼びかけた。

「合宿以来だから一週間ぶりかな。先輩は撮影ですか」
「ああ。これもまた世界の一側面だからね」
「だからって制服で来なくても」
「確かに無粋だったかな。その赤い浴衣、きみに似合っているよ。かわいい金魚だね」
「ちょ、なに言ってんです」

 自分でもわかるほど顔が熱い。
 久しぶりに話しているから、緊張しているみたいだ。もう暗いしバレないよねと自分に言い聞かせる。

「カミナギくん、市役所の撮影はどうだった?」

 撮影前の報告メールは映研の決まりだ。カミナギは結構くわしく書いて送るのだけれど、いつもカノウの返事はそっけない。

「本当に舞浜って一丁目がないんですね。わたしたちの映画はドキュメンタリーじゃないから、事実かどうかは関係ないですけど」
「街のデータは重いからね。サーバー内の量子揺らぎが大きくなると、一丁目の表示を停止するんだ。今回の夏は特にイレギュラーが多かった」
「先輩のそういう話、慣れてきました。哲学、っていうんですか」
「哲学というには実際的すぎる。……ここは時間情報も一定じゃないんだ。この夏祭りも、前回は六月だった。その前は七月かな」
「あの、その話はさておき、みんなのところに行きません?」
「いや、俺はいいよ。それより少し歩かないか」

 それって二人で、ってことだよね。
 カミナギは黙ってうなずいた。

 って、いきなり急展開するわけないよね。しても困るし!
 カノウは祭りの撮影をしながら普段通り映画論を話し続けて、カミナギがそれに答えるという、いつもの部室でのやりとりだ。

「なんだ」
「なんだ、ってなんのこと? カミナギくん」
「カノウ先輩はカノウ先輩なんだなって思って」
「俺は俺か。どうかな、明日の俺は別人になっているかもしれないよ」
「そういうのも含めて、きっと先輩は先輩です」

 カノウはカメラを下ろし、カミナギに微笑む。

「良かった。さっきまで顔が赤かったから、具合が悪いんじゃないかと思ったよ」
「だからそういうことを言うから赤くなるんです! 先輩のこと、嫌いになりますよ?」

 わわわ、わたし何を言ってんだ。心臓の鼓動は生まれて以来、最高に早くなっている。

「きみに嫌われたくはないけど、俺そんなに悪いことしてるかな」
「知りません! みんなのところに戻ります! じゃあまた!」

 なんか最近、カノウ先輩に捨て台詞みたいなことを言い続けている。ああ、もう。映画ができたら、ちゃんと謝ってから、見てもらおう。気に入ってくれれば良いんだけど。
 カミナギがキョウたちと合流してすぐ、スマホに一斉メールが届いた。

「ウズハラ先輩だ」
「曲ができたんだね」

 キョウは青地に白い四角、トミガイは紺地にひよこ柄の浴衣を着ている。ミズキは藍色の浴衣に紅色の帯がカッコいい。

「祭りの音で聞こえにくいから、みんなのスマホを同期して聴こうよ」

 アマネが自分の端末を操作し始める。白地に明るい緑色で模様が描かれた、美しい浴衣だ。よく見ると、模様はすべて数式だった。
 カミナギはウズハラのメールを読むが、前回同様、ピアノで弾いたことしか書いていない。
 そっとチホが近づいてきた。

「チホ先輩、白い浴衣かわいいです」
「あの子がうるさいから」

 チホはアマネをちらりと見てから、声をひそめて、

「実はさ、私も前の曲あんまり好きじゃなかったんだよね。でも、小説もそうだけど、作り直して良くなるとは限らない」
「きっと良くなっていると思います」

 カミナギはやり直しを頼んだ打ち合わせを思い出した。ウズハラは遠慮がちにやってみると言ったが、あのときのカミナギへの視線は涼やかな自信に満ちていた。

「アマネ先輩、お願いします」

 アマネが頷いて画面に触れると、六人全員のスマホからウズハラのピアノが流れ出す。音量は最大にされているらしく、周りの人たちにも聞こえているようだ。何人かは立ち止まって耳をすませている。
 曲の冒頭はほとんど変わっていない。せつなく静かに、悲しみを撫でるように響く。ところが中盤以降は大きく変わり、力強いテンポで明と暗が交互に弾かれている。覚えやすい旋律はなくなって、茫漠とした不安定な世界が広がっていく。次第に音はもつれ合って、結び目となる。世界の謎が、音によって輪郭を見せ始める。

「あれ? え?」

 つぶやいたチホを見ると、彼女の頰には涙が流れていた。

「はは、なんだろうね。歌詞もない音楽で泣くなんて初めて」

 チホは何かを思い出したのかもしれない、とカミナギは思った。
 この曲は、心の奥底に届く。
 アマネはチホの涙をじっと見つめていた。
 カミナギは目を閉じて、音の海にその身を沈めた。考えるべきことは色々あって、すべてがからまりあっている。
 そう、世界に謎があるんじゃなくて、世界はそれ自体が謎なんだ。謎がからまって、世界を形づくっている。そして優れた映画は、世界から少しだけ離れて、世界の謎を映し出す。

「できた」

 カミナギはゆっくりと目を開く。ラストシーンのイメージが、正確にはイメージの核のようなものを捕まえることができた気がする。あとでチホ先輩と話し合おう。
 神社の境内は多くの人でにぎわっていた。提灯が宙に並んで揺れている。
 ウズハラの曲が終わって、アマネが近寄ってきた。チホは泣いていたのを隠すようにすっと離れた。

「もう一回流す?」
「いえ、大丈夫です。みんなどうでした? わたしはすごく良いと思ったんですけど」
「なに言ってんだ、カミナギ。お前がダメ出ししたんだろ。オレは前のも良いと思ったけど、もっと良くなったな」
「私もソゴルと同じ意見」

 キョウとミズキに、トミガイやアマネも賛同する。チホには聞くまでもない。

「音楽も完成したことだし、カミナギ監督、何か食べようよ」

 アマネの言葉に、キョウが真っ先に反応する。

「おっしゃ、オレは焼きそばにするから、カミナギはタコ焼きな」
「どっちも粉ものじゃん。――って、なんでキョウちゃんと分けることになってるの」

 キョウの浴衣は去年と同じものだが、中学のころより背が高くなったからか、鯔背(いなせ)というのか、凛々しくて見栄えがする。
 何を食べようかなと、参道に並ぶ屋台のあいだを歩いて行く。
 キョウと同じ中学の水泳部だったカワグチやウシオ、ハヤセも浴衣姿で祭りに来ていた。ミズキとトミガイは彼らと話している。

「タチバナさん、あのトンボ柄の浴衣を着てる子が好きなのね」

 とうもろこしを持ったチホが耳打ちをした。

「え? ミズキが? ハヤセくんを?」
「ほら、彼に話しかけるときだけ緊張してる」

 言われてみると、ミズキのいつもの笑顔とは少し違うみたいだ。

「さすがチホ先輩。よくわかりますね」
「あんなの。誰でもわかる」

 アマネは自分がエイセクシャルかもしれないと言っていた。恋愛や性的なことに興味がないということだったが、カミナギはどうも深く理解できなかった。自分自身、恋をわかっていないからだ。

「先輩は恋愛のこと、くわしいんですね」
「……恋を知らなくても、恋に落ちれば、これが恋だとわかる」
「それって、イデア論ですか? わたしたちは、元々は天上界にいて、世界の本質であるイデアそのものを見ていたんだけど、地上界に降りる時に忘れてしまって、それでも何かをみると思い出すって。ぜんぶキョウちゃんの受け売りですけど」
「恋のイデアを忘れるか。面白いね」

 そのとき、チホの背後を見覚えのある人影が通り過ぎた。
 カミナギは映像を覚えるのは得意だ。理科室の地下で出会った、あの子に間違いない。あのときは暗くて彼女の服は見えなかったが、今はノースリーブの白いワンピースを着ているのがわかる。長い黒髪とのコントラストが鮮やかだ。

「チホ先輩、ちょっと失礼します!」

 地下室の彼女は髪をたなびかせながら、誰ともぶつからずに参道を進んでいく。彼女の歩いた後には、さらさらと光の粒子が舞って、それから消えていく。
 彼女は屋台の前で立ち止まりながら、鳥居のほうへ歩いていた。
 帰っちゃう! カミナギは歩を早めるが、まるで邪魔をするかのように人がぶつかってくる。見失わないように背伸びしながら歩いていると、下駄に慣れていない足が痛みだした。それでもカミナギは彼女から目線を外さずに、じりじりと距離を縮める。

「待って!」

 カミナギの声に近くの数人が振り返ったが、肝心の彼女は鳥居の下をくぐって、階段を降りていく。待って、待って。
 でも、彼女に追いついてどうするというのだろう。地下で助けてくれてありがとうって? よくわからないけど、彼女と会わなければならない、そんな確信だけがあった。


著者:高島雄哉


次回2017年1月5日(木)更新予定


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