エンタングル:ガール 舞浜南高校映画研究部【第14回】
第4話「シェルタリング・サマー」1
前回のあらすじ
舞浜南高校映画研究部のカミナギ・リョーコは部員たちと共に長編映画を撮影している。夏祭りのさなか、音楽担当の映研2年ウズハラが作曲したメインテーマが届く。祭りの雑踏のなかに地下室で出会った黒髪の少女が。カミナギは彼女を追いかけるのだが―― ⇒ 第13回へ
地下室の少女が降りていった神社入口の階段にカミナギはようやくたどりついて、そのまま息もつかずに駆け下りた。階段の半ばで追いついて、すばやく彼女のまえに回り込む。
相手の表情も確認しないうちに、とにかく声をかける。
「あの!」息継ぎ。「地下で、会ったよね?」
彼女はやわらかい視線でカミナギを見返すが、何も言わない。
初めて明かりのあるところで彼女の顔を見ることができた。すごい美人だ。わたしより少し年上か。
「カミナギくん!」
カノウが階段の上から走り寄ってくる。
祭りの喧騒はとぎれることなく続いていた。
「先輩?」
「行こう」
そう言うと同時にカノウはカミナギの手首を掴み、階段を上がろうとする。
どうしてこんなにも強引なのか、カミナギにはまったく理解できない。黒髪の彼女は無表情のまま二人の様子をうかがっている。
「ちょっと、ちょっと待ってください。カノウ先輩、どうしたんですか」
「言っただろう。彼女はAIだ。本来きみとは出会うはずのない存在なんだよ」
「わかんないです」
動こうとしないカミナギを見て、カノウは掴んだ手を放した。
「キョウ」
聞きなれない声で、よく知った名前が呼ばれた。黒髪の彼女がつぶやいたのだ。
カミナギが振り返ると、キョウが階段の下から現れた。下で待ち合わせをしていたのだろうか。
キョウはカミナギをちらっと見てから、黒髪の彼女に話しかける。
「どうしてここに」
「見てみたかったの。祭というものを。でもごめんなさい。もう帰るわ」
キョウは彼女にうなずいてから、カミナギとカノウのほうを向いて、
「オレは彼女と帰りますから、先輩はカミナギをお願いします」
「キョウちゃん? 帰るってどこに」
カミナギは混乱して、声が裏返ってしまった。
「こいつを送ってから家に帰るんだよ。部屋から電話するから心配するなって」
「心配とかしてないし。勝手にすればいいじゃん。カノウ先輩、行きましょう」
カミナギはカノウの手をとって、階段を上がった。
たぶんあの子は二人の共通の知り合いなんだろう。キョウちゃんが撮影現場にも連れてきたのかな? 言ってくれればいいのに。そういえば最近キョウちゃんとあんまり話してない。カミナギが振り返ると、キョウたちが住宅街の路地へと入っていくのが見えた。姿が見えなくなってすぐに暗い路地が一瞬明るく輝いた。
後ろからカノウのためいきが聞こえてきた。
「まったく。これじゃあオレがいくらごまかしてもごまかしきれないな」
「何のことです?」
「さっきの光、何だと思う?」
「え、車のライトか、防犯用のライトでしょう。人が来たらセンサーでピカっと光る、あれですよ。もしかして、最近舞浜で見れるっていうホタルですか?」
「あれは量子転送時のエネルギー輻射(ふくしゃ)だよ。そしてその光が見られたときのために、あらかじめ舞浜にホタルがいるという噂を流しているというわけさ。今のきみに話しても仕方ないか」
「仕方ないって言われても、信じられないですよ」
カミナギはホタルの話をどこで聞いたのか考えてみるが思い出せない。テレビだったか、学校だったかもしれない。
「人は物語によって世界を認識する。あるいは認識は物語でしかないんだよ。だからこそ人間は物語を作り出して、世界をなんとか理解しようとする。きみやオレが映画を撮っているのもそういう理由なのかな。この世界が幻だとしても、幻の真相が知りたいと願うのか」
「わたしは……」
映画を撮る理由なんて考えたこともなかった。いつかもわからない幼いころに初めて映画を見て、知らないうちにどんどん映画を好きになって、自分でも撮りたくなったのだった。
階段を上がりきると、鳥居の近くにアマネ、ミズキ、トミガイが待っていた。チホも少し離れたところにいる。
「リョーコ、どこにいたの。もう花火始まるよ」
「うん」
良かった。いつものミズキの笑顔だ。ハヤセくんに見せていた表情も悪くなかったけど。あんなミズキを見たのは初めてだった。
初めの大きな花火が夜空に明るく輝いた。神社近くの河原で打ち上げられているものだ。光とほとんど同時に届いた音がカミナギの体に響いた。花火が開くたび、みんなの顔が色とりどりに照らされていく。
カミナギはチホに話しかけた。
「ラストシーン、思いついたかもしれません。いえ、思いつきました」
「聞かせて」
「もう一度ミズキに出てもらおうと思います」
キョウが演じる主人公は、トミガイ演じる恋人との旅行中、謎の都市に迷い込む。その途中、ミズキは都市の住民として登場するのだ。
「ミズキはその都市最後の一人なんです。見捨てられた都市に一人で残って、都市を守っている」
「良いんじゃない? 失われた都市は古代から存在する。普遍的なテーマだね。都市は人の想いの結晶とも言える」
「チホ先輩にほめられるとうれしいです」
「何よ、私が滅多にほめないみたいじゃない。で、主人公たちと最後の一人は何か話すの? それとも映像で語る?」
チホと話していると、どんどん話がまとまっていく。
「どっちもです」
「そうだね。映像はひたすらカッコよく、でも美しいセリフは欲しいよね。短いセリフが。そしてウズハラくんの音楽を合わせてラストはたっぷりと歌う映像にすると」
「歌うって素敵な表現ですね。さすがチホ先輩」
チホは銀縁メガネを手で押さえた。照れ隠しをしているようだ。
カミナギはためらいつつ、切り出した。
「あの、アマネ先輩も呼んで、三人で打ち合わせをしたいんですが」
「はあ? なんでフカヤさん?」
「撮影方法については、わたしよりもアマネ先輩のほうがくわしいので。きっとアイデアを出してくれると思います」
「……いいよ。じゃあ明日の、そうだな、午後二時に私のVR書斎で。アドレスはあとで送る」
祭のあとでキョウからメールが来たが、案の定あの子は知り合いなんだといったことしか書いておらず、カミナギはキョウちゃんのバカと返信してベッドに潜り込んだ。
祭の翌日、自分の部屋でヘッドマウントディスプレイをかぶり、チホに指定されたVRサイトの入り口でログイン手続きを始めた。アバターは三頭身の白ネコキャラが自動的に選択された。ネコと言っても二足歩行で、舞浜南高校の制服を着ている。なんでネコ?
入った先は巨大な図書館のような空間だった。明るく広大なフロアには何百もの木製の長机が並び、三階まで吹き抜けになっている壁は一面が本棚になっている。あちこちに樹木が植えられていて、鳥たちが飛び交う。
「カミナギさん、いらっしゃい」
チホの声がした方を見ると、メガネをかけたライトグレーの毛並みのネコが近づいてきた。ちゃんとチホの銀縁メガネをかけている。
「おじゃまします。先輩、いつもここで執筆してるんですか?」
「家にいるときは大抵ここだね。パソコンのキーボードも使うけど、こういう風に、音声入力とVR内コンソールを使ったほうが早いし」
チホの言葉がそのまま空間に浮かんでいく。空中に固定された文章のまわりには、他の単語がいくつか候補として薄く表示されている。チホが手を振るとすべての文字が消えてしまった。
「ねえ、カミナギさん。昨日カノウくん、ヘンじゃなかった? なんだか――覇気がないというか」
チホのアバターネコが首を傾けて腕を組んで考える仕草をする。
「そうですか? いつもと変わらなかったと思いますけど」
むしろ地下の少女に話しかけたときなんて、ものすごい勢いだった。
「まあカノウくんは放っておいても大丈夫だよね。で、またフカヤさんは遅刻と。あの子のために打ち合わせを昼過ぎからにしたのに」
そのときニャッハッハと、あからさまにネコ的な笑い声がVR空間中に響き渡った。
「あたしはここです」
カミナギとチホが見上げると、三階の手すりの上に水色のネコが立っていた。そのネコはひとしきり笑い終えると、手すりを蹴って跳んだ。カミナギのネコがあっと叫んだが、水色のネコはくるくると回転してきれいに着地した。
「何やってんの」
チホの怒声に、アマネが悪びれることなく答える。
「あたしが作ったデータが一部乱れてたから修復してたんです」
「バカ。先に集合しなさいよ」
「あれ? チホ先輩のVR書斎をアマネ先輩が作った?」
アマネは頷くが、チホは何も言わない。
カミナギはずっと気がかりだったことを訊くことにした。
「あの――去年、映研で何があったのか教えてください」
チホとアマネは互いに互いを牽制し合うかのように、ちらちらと視線を交わす。
カミナギは二人をじっと見つめる。といっても見た目は二匹のネコなのだけれど。
重たい沈黙が十秒、二十秒と続いて、やっとチホが口を開いた。
著者:高島雄哉
次回1月12日(木)更新予定
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