エンタングル:ガール 舞浜南高校映画研究部【第15回】

第4話「シェルタリング・サマー」2

前回のあらすじ
舞浜南高校映画研究部のカミナギ・リョーコは部員たちと共に長編映画を撮影中。映研の先輩である三年生のチホと二年生のアマネはいつも険悪にしている。最後のシーンのための打ち合わせでVR空間内のチホの書斎にて、カミナギは二人に仲違いの原因を尋ねる。 ⇒ 第14回へ

 未完成の映画は多い。完成しなかった理由も様々だ。
 予算が足りなくなれば、仕事としての映画製作は中止にならざるをえない。映画会社が倒産することもあれば、予定していた俳優の都合がつかなくなることもある。ロケ予定地が紛争状態になって立ち入り禁止になったなんてこともある。学生映画の場合、ちょっとしたケンカやなにか、ほんのちょっとしたきっかけで撮影は止まって、映画は未完成になってしまうはずだ。
 
去年、カノウやチホが二年生のとき――カミナギやキョウが入学する前の年――三年生の部員が企画した映画が未完成に終わったという。
 そのときアマネやウズハラは一年生だった。チホはアマネのせいだと言っていたけれど、映画が完成しなかったから二人の仲も悪くなったのだろうか。いったい何があったのか。
 問いかけたカミナギにチホが怒鳴り出した。いつにもまして攻撃的だ。

「それって、いま話すべきこと? どうでもいい」
「だって! いま一緒に映画を作っているんですよ?」

 カミナギはアバターのネコの手を動かして訴えるが、チホは露骨に肩をすくめて鼻で笑った。

「良い作品を完成させることが第一であって、スタッフ同士の仲なんて二の次でしょう?」
「でも!」
「ちょっと待って、カミナギちゃん」

 アマネがカミナギを制した。

「まずこのVR空間はあたしのプログラミングしたAIが生成したのね。チホ先輩の趣味データをもらって」
「アマネ! 余計なこと言わなくていいから!」

 そう言われた彼女は、しかし無視して話し続ける。

「そしたら監督の三年生が自分も作ってほしいって言い出して、あたしのAIをそいつのパソコンに送ったら、そいつが隠してたファイルのデータまで使っちゃって――」

 チホがアマネの話に割り込む。

「――彼にとっては非常に不本意なVR書斎ができあがったというわけ」

 アマネのアバターネコは何か言いたげに体を揺さぶるが、結局黙ってしまった。
 カミナギがチホに尋ねる。

「えっと、それで彼は」
「いたたまれなくなったみたいで、映研を辞めた。私が思うに、彼はアマネのことが好きだったのね。確かめようもないことだけど」

 アマネはあいかわらず黙っている。この件については反論しないと決めているかのようだ。
 カミナギは慎重に言葉を選びながら、二人に語りかけるように話し始めた。

「チホ先輩の書斎はとっても素敵だと思います。これを見たら誰だってアマネ先輩にお願いしたくなります。その三年生のファイルを――」
「不適切なファイルね」チホがすかさず口を挟む。
「はい、その不適切なファイルをAIが見つけちゃったのは事故みたいなもので。チホ先輩だって、ここを使っているということは、アマネ先輩のことキライじゃないんですよね?」
「はあ? カミナギさん、あのね、スキとかキライとか子供じゃないんだから」チホは笑いだした。「わかったわかった。アマネとは一時休戦にするから」
「あたしは別に戦争してないんだけど」

 アマネはにやりと笑った。
 結局VR空間での打ち合わせは深夜まで続いた。アマネは最新の撮影技術をいくつも提案したが、チホがすかさず却下していく。
 アマネはおどけながらチホに反論する。

「チホ先輩。私情を挟まないで」
「挟んでません。最後に最後でこれまで使ってない撮影方法を使ったら違和感が出るでしょ。やるなら空撮かな」
「空撮はむしろやりすぎじゃないですか? 地下でも海岸でもやって」
「地下室の映像は見せてもらったけど、屋内だから空撮っぽくはなかった。合宿のとき撮ったのは夜の海。今回はソゴルくんたちを上から撮ったらどうかな、カミナギさん」

 カミナギはいきなり自分に話を振られたが、特にここ数週間で鍛えられたのか、監督として映画の方向を決めていくことに慣れてきていた。別に自信があるわけじゃない。でも、わたしが決断して、わたしの考えていることを形にしなければ、みんなも迷ってしまう。
 カミナギは慌てることなく考えて、

「チホ先輩の意見を採用させてもらいます。アマネ先輩、ドローンの空撮で何か面白いことをしてもらうのはどうでしょう」
「いいよ、監督がそう言うなら。カミナギちゃんが撮影したいものをきっちり撮れるように、ドローンの制御プログラムを書き直してみる。本体の空中移動と姿勢制御、それに連動してカメラも動かすと。カメラドローンの周囲に複数のドローンを飛ばして、風を測定して、カメラドローンにデータを送るかな」
「あんまり複雑な撮影システムにしたら間に合わないんじゃない? 撮影は明日だよ」

 チホの挑発に、アマネはふふんと笑う。

「ご心配なく。実験は一年のころからしています。それこそあいつが監督を辞める前、空撮したいって言っていたから」
「なにそれ。彼そんなことまであなたに頼んでたの?」
「たまたまきっかけになっただけ。あたしは基本的にあたしがしたいことしかしませんよ。それにこうしてカミナギちゃんの役に立ちそうだし、もういいじゃないですか。――あ、ほら、チホ先輩が余計な話するから、こんな言葉が並んじゃった」

 VR書斎にはいくつもの機能AIが備え付けられていて、三人の話したことが自動的に文字となって配列されていた。

「うるさい。もっと精度の高いAIを開発すればいいでしょ」

 仲直りしたのかしていないのか、結局あんまり二人の態度は変わらずに、それでも打ち合わせは着実に進んだ。
 撮影するのは早朝、薄暗い光のなかで行うことは早々に決まった。キョウとトミガイは迷い込んだ都市を旅立つ。逃げ出すのではない。出発は夜明けがふさわしいだろう。
 チホが午前四時に舞浜大橋に集合と言うと、出演者三人にメールが送られた。

「リョーコ、眠い」
「ごめんミズキ。夏だからこの時間じゃないと夜明けの光が撮影できなくて」
「うん、わかってる。やるよ。よし! 目、覚めてきた!」

 遠景はアマネのドローンで撮影し、登場人物はカミナギの手持ちカメラで撮影する。今回スタビライザーは使わない。最後は普段通りに撮りたかったからだ。
 川岸から堤防のうえまで、すっかり夏草に覆われている。
 夏の朝のさわやかな空気がカミナギたちを包んでいる。夏のにおいだ。

「じゃあキョウちゃん、トミガイくん、ミズキ、リハーサルしよう」
「おう。最後はセリフ少なくて助かったぜ」
「ホントだね」

 キョウもトミガイも、もう終わったつもりでいるらしく、すっかり気が抜けている。

「ラスト気合入れてよね、二人とも!」

 その点、ミズキは演劇部で場馴れしているのだろう。堤防のうえでひとり、きちんと役作りをしてくれていた。川岸から肉眼で見ても、すっと凛々しい立ち姿だ。
 舞浜南高校の制服姿の二人と違って、ミズキは真っ白なロングワンピースを着ている。祭のときに見たあの子のイメージや、カノウの話をヒントにした。世界の秘密を、世界そのものを守っている少女だ。

「じゃあリハーサル始めます。アマネ先輩もドローンでの撮影、同時でお願いします。――はい!」

 キョウとトミガイが夏草のなかを川の上流へと歩いていく。
 二人はこの迷い込んだ都市が滅んでいることを知って、脱出しようとしているのだ。
 ――あそこに。
 トミガイが立ち止まって、ゆっくりと堤防のうえにいるミズキを指差す。
 キョウも足を止めて、静かにうなずく。それからミズキに向かって呼びかける。もう事情はわかっているから、落ち着いた表情で声を。
 ――俺たちは行く。一緒に来るか。
 これは別れの挨拶なのだ。ミズキが演じる少女は、都市とともに生きていくことを決めている。
 カメラはミズキの足元から顔へと動く。
 ミズキの表情は初め険しく、次第にやわらかくなっていく。
 リハーサルと言ったが、カミナギはカメラを回していた。
 そう、わたしはずっと、この笑顔が撮りたかったんだ。
 夏を撮れたかはわからないけれど、このカットは間違いなく美しいものになる。

「じゃあみんな、今の感じで本番お願いします!」

 これで映画が完成するわけじゃないことはわかっている。それでも今日の撮影の終わりはひとつの大きな区切りにちがいない。
 あとはわたしがひとり頑張って映画を完成させなければならない。映像を切り貼りして、音楽を重ねて、一本の映画にする。これまでの、この夏の、みんなの時間をひとつの作品にまとめあげていくのだ。

「カミナギちゃん、空撮はこれでいいかな。あと風の音の確認もお願い」
「リョーコ、私の演技さっきので良かった?」
「カミナギさん、トミガイくんのセリフなんだけど」
「俺たちは準備できてるぜ、カミナギ」
「カミナギさん、ぼく歩くの早かったかな」

 この愛おしい時間もあと少しだ。わたしは夏を撮ることができたのだろうか。
 カミナギは今の自分のさびしさとうれしさを、すべてを、自分のカメラで撮影したいと思った。


著者:高島雄哉


次回1月19日(木)更新予定


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