エンタングル:ガール 舞浜南高校映画研究部【第16回】
第4話「シェルタリング・サマー」3
前回のあらすじ
映画監督になりたいカミナギ・リョーコは舞浜南高校映画研究部の一年生。先輩や同級生たちと共に長編映画を作っている。映画コンテストの〆切は八月三十一日の深夜二十四時。夏休みも半ばを過ぎて、ついにすべての撮影が終わった。あとは編集をして映画を完成させるだけだ。 ⇒ 第15回へ
最後の撮影が思いのほか早く終わって、みんなでファミレスに行くことになった。昼前の店内はすいていた。
席について早々、チホが発言する。
「カミナギさん、編集は大丈夫?」
「いまは考えたくありません。って、そんなわけにはいきませんよね」
〆切の八月三十一日まで、今日も入れてあと二週間。編集したあとは音楽や文字を入れなければならない。
「アマネのAI使ったら」
「いえ、編集は自分でします!」
「それならいいけど」
しかし時間はあればあるほどうれしい。これまで市販の製品やアマネが作った機材に頼ってきたのに、AIだけ使わないというのも、なんだか意味のないこだわりにも思える。
「チホ先輩、いまアマネ先輩のこと、名前で呼びましたよね?」
キョウのツッコミに、チホは素早く反応して、
「ソゴルくん。それいま気にしなくていいから。カミナギさん、AIと言っても映像データの整理ソフトみたいなものだよ。でしょ、フカヤさん?」
「うん。カミナギちゃんの意向をくみとって、編集パターンをいくつか出すだけ。その中から一番イメージに近いものを選んで、あとはカミナギちゃんが調整していけば、かなりの時間短縮になると思うよ」
「……わかりました。ドローンやカメラスタビライザーを使ったのも初めてだし、今回は色々挑戦してみます」
アマネのAIは非常に使いやすいものだった。AIといっても機能に特化したアプリケーションで、音声入力で操作するものの、人のかたちをしたキャラクターが出てくるわけではない。対話形式でカミナギのしたいことを分析していって、シナリオデータの解析結果と合わせて、瞬時に編集をしていくのだ。
二時間ほどアマネによるレクチャーを受けたあとは細かいところまで自分で操作することができるようになった。
カミナギが心配していたような勝手に映像をいじられるということはなく、AIはひたすらカミナギのやりたいことを的確に感知して実行するのだった。
試しに十パターンの編集案をAIに頼んでみると、そのどれもがそのまま応募してもいいくらいの完成度で、しかも十パターンそれぞれの特色づけがされていた。編集の仕方次第で作品のイメージが大きく変わることは当然だが、カミナギが気づかないような意味までもがAIの編集によって明らかになっていた。
そうか、ここはこういうシーンなんだ。これじゃあわたし要らないかも?
だが、もう残りは一週間しかない。音楽担当のウズハラにも、あと数曲つくってもらいたいのだ。これを一旦みんなに見てもらおう。
一週間ずっと自室にこもっていたから、みんなに会いたかった。
試写会は映研の部室でするつもりだったが、カノウがカミナギ組以外にも声をかけて、部員のほとんど全員が集まったため、視聴覚室に移動することになった。中にはカミナギが初めて会う幽霊部員もいる。
「え? 生徒会長? 副会長に、生徒会役員の人も。カノウ先輩が呼んだんですか」
「意見は多いほうがいいだろうと思ってね」
カノウはいつものように爽やかに微笑んだが、カミナギは気が重かった。人に見せるのは初めてだ。自信はまったくなかった。
「やあカミナギさん。カノウくんに聞いたよ、力作なんだってね。楽しみだなあ」
シマ生徒会長は無邪気に言った。
カミナギはますますテンションを落としつつ、スクリーンの前に移動する。
「……それではラッシュ試写を始めます」
「カミナギ、ラッシュってなんだ?」
キョウが質問する。
「ラッシュアワーのラッシュで、確認用に急いで見てもらおうっていうこと。AIで簡単な編集はしているから厳密にはラッシュとは言わないかも。ともかく、足音や風の音みたいな効果音はまだ入ってないけど、同録したセリフとラストのテーマ曲は入ってるから、大体の映画の雰囲気はわかると思います。みなさん上映後は感想よろしくお願いします」
あらかじめチホが作ったアンケート用紙が配られているのだった。
挨拶のような説明が終わると、ぱらぱらと拍手が起きた。カミナギは一礼して、パソコンの再生ボタンを押した。
上映時間は七十分弱。
高校映画コンテストの長編部門への応募作としては標準的と言える。
映画が始まっても、カミナギはスクリーンよりも部員たちが気になって仕方なかった。映画のほうは、この一週間で五十回は見ている。部分的にはもっとだ。
キョウやトミガイは自分が出ているというだけで楽しそうだが、チホやカノウはずっと厳しい顔をしているようだ。少なくともカミナギにはそのように見えてしまう。
上映が終わり、照明をつけると、大きな拍手が巻き起こった。といっても中心はキョウとトミガイで、
「すごい傑作だな、カミナギ! いや、もうカミナギ大監督と呼ばざるを得ないな」
「ホント感動したよ。カミナギさん」
「はいはい、二人とも興奮しないで。でも、うん、ありがとう。ミズキはどうだった?」
「うん。絶対いい映画になるよ。私が美人すぎてちょっと照れるけど」
生徒会の面々はいつのまにかいなくなっていた。座っていた椅子にはアンケート用紙が置かれていた。
全員のアンケート結果を映研部員で読み回していく。感想はおおむね好評だった。うれしさよりも安堵のほうが大きい。
音楽がもっと欲しいという意見は多く、カミナギはさっそく相談を持ちかけた。
「確かにもう何曲かは欲しい。あと一週間、いや、カミナギさんの作業も必要だから、ぎりぎりあと三日か」
ウズハラはリズムを取るように指を動かす。作曲しているようにも見える。
「三日間で十曲かな。それくらいは作れると思う」
「え、そんなにですか」
「ずっと考えていた曲もあるし、短い曲も多いから」
「ありがとうございます!」
「御礼を言いたいのはこっちだよ。これならちゃんと完成しそうだ。去年は撮影も途中で終わっちゃったから」
ウズハラはさっそく作曲を始めるといって帰っていった。
彼を廊下まで見送って振り返ると、チホとアマネがまた言い争っていた。チホはもっと削るべきだと主張し、アマネはもっとゆったりでいいという意見だった。よく見ると二人とも楽しそうだ。きっとああしてコミュニケーションをとっているのだろう。
カミナギがひとりで部室に戻ると、カノウが窓から外を見ていた。
「映画、どうでした?」
「ああ、映画か。うん。……良かったよ。うん、本当に良かった」
カミナギは二ヶ月前のことを思い出していた。きみは監督になれないとカノウは言ったのだった。今は何と言うだろう。たぶん、きっとカノウ先輩は意見を変えないよね。でも、
「カノウ先輩。わたし、まだ監督になれそうもないですか?」
「まだ? 監督になれないって、なんのことだい?」
「いやいや、先輩が言ったんじゃないですか。カミナギくん、きみは映画監督になれない、って」
「そんなこと言ったかな」
カノウはどうも本気で言っているようだった。ひどく疲れているみたいで、顔色が悪い。
カミナギの怪訝な顔を見て、カノウは自分で納得したように何度も深く頷いた。
「そうか。オレもいよいよ消えるときが来たみたいだな」
「消えるって何のことですか」
カノウはカミナギには答えず、黙ってシャツのボタンを上から順に外し始めた。
「先輩、何を?」
「いいから……見てくれ」
カミナギはカノウの真剣な口調に押されて、おそるおそる視線をカノウの胸元に向けた。夕暮れで逆光になっているカノウの体の中央に、何か緑色の光が散っている。暗くてよく見えない。思い切って顔を近づけた。
「なんですか? まさか、ホタルがとまってるんですか」
「オレの身体データが破損しているんだ。記憶障害も起きている。おそらく会えるのは今日が最後だな。今までありがとう」
「先輩、最近のそういう冗談は面白くないです」
「冗談か。冗談みたいなものだな。どうせ滅びる世界を、夏で覆って……守ろうとするなんて」
世界を夏で覆う? なにかの比喩なのだろうか。
カミナギの混乱をよそに、カノウはよろめきながらドアへ向かった。
「あぶない!」
カミナギは思わずカノウの肩を抱きとめた。
カノウの体は驚くほど軽かった。それでも背の高いカノウがもたれかかってくると、腕だけでは支えきれない。正面から抱き合うことになってしまった。
「先輩、あの……」
誰かとこんなに密着したのは初めてだ。
自分の鼓動が聞こえるみたいだ。
カミナギはすっかり狼狽してしまった。
「すまない。せめてきみだけでも守りたかったんだけれど、あとはソゴルたちに任せるしかないな」
カミナギは耳元で囁かれて、息もできないほど緊張してしまう。
おもむろにカノウはカミナギから離れて、おぼつかない足取りで部室の外に出ていった。足音が遠ざかった
閉まりきらなかった扉の隙間から、祭の日に見たあの緑色の光が見えた。
カミナギが廊下に駆け出ると、いくつかの光の粒子がホタルのようにただよい、たちまち消えてしまった。
著者:高島雄哉
次回1月26日(木)更新予定
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