エンタングル:ガール 舞浜南高校映画研究部【第17回】

第4話「シェルタリング・サマー」4

前回のあらすじ
舞浜南高校映画研究部のカミナギ・リョーコは部員たちと共に長編映画を作っている。映画コンテストの〆切、八月三十一日の深夜二十四時が迫る。カノウの様子が気がかりなまま、カミナギはこの夏みんなと撮影した映像データを編集していく。 ⇒ 第16回へ

 カノウとはあの日以来会っていない。当日の夜にメールを送ったものの、返事はないままだ。
 どうしても心配になって、翌日チホに相談の電話をかけた。八月三十一日まであと一週間もないのに、このままでは編集作業に集中できない。

「カノウくんはねえ、様子がヘンって言っていた私が言うのもなんだけど、彼、何かを思いつめるようなタイプじゃないし、二学期に学校で会えば、元に戻ってるよ」
「だといいんですけど。でもそうですよね、大丈夫ですよね」

 〆切まであと六日、五日と残り時間が減っていくにつれて、映画にかかりっきりになって、カノウのことを心配する余裕もなくなってきた。
 チホの言葉もあって、カミナギは最後の仕上げに取り掛かった。
 タイトルロゴは夏休み前に作っていたものをそのまま使うことにした。といってもタイトルの文字列をパソコンでちょっと加工しただけのもので、本当は作り直したかったのだが、時間がなさすぎる。
 音楽は、試写会から三日というスピードで、ウズハラが新しく十二曲も作ってくれた。しかも使う場所や音量についてもウズハラの繊細な意見が書いてあり、ありがたくそれを使わせてもらうことにした。
 音楽によって映画は本格的なものになった。しかし細部の編集がまるで終わらない。
 恋人同士という設定のキョウとトミガイが見つめ合うシーンでも、長いとカッコ悪いが、短いと余韻が失われる。一秒に満たない瞬間の有無が、まるで違う印象を生み出すのだ。考えてみれば、音楽ではほんの一瞬が重要だ。音楽と同じ時間芸術である映画だって、瞬間こそが大切に決まっている。
 ほんの数分間でも、調整すべき箇所が十も二十もあって、映画全体では数百箇所になる。自信があるところもないわけではないけれど、決めきれないところのほうが多すぎる。
 ためいきをついていると電話が鳴った。

「チホ先輩」
「〆切まであと三日だけど、もう応募した?」
「まさか! まだ作業中です。編集ってこんなに難しかったかな、前にも編集したことはあるのに、という感じです」
「しっかりしてよね。カミナギ監督。そうだ、私のVR書斎で作業したら? 私も手伝えるかもしれないし」
「本当ですか。是非お願いします。アマネ先輩も」
「なんで」
「いえ、別に。同じ映研だし」
「あのね、今は私とアマネのことは置いておいて。今すべきことをしなさい。映研の副部長としての意見」
「わかりました。じゃあ今すぐお邪魔します」

 カミナギはチホのVR書斎に移動し、ネコと化した両手をふりまわして映像ファイルを長いフィルム状にして空間に浮かべた。パソコンのディスプレイよりもずっと広いから、より長い範囲を一目で見ることができるし、チホといっしょにチェックすることもできる。VR空間での編集はもともと商業映画で実験的に始まって、いまでは学生映画でも普通に行われるようになっているのだった。

「ここ削れる」
「でも主人公への秘めた思いがあることをこのタイミングで触れておかないと。それにトミガイくん、良い表情です」
「じゃあその前のやりとりを削ったら?」

 チホと最後の作業は楽しかった。
 カミナギはこれまでいくつかの映画を完成させているが、それはひとりで撮影して、ひとりで編集して完成させたものだ。この夏のように仲間たちと共同作業をしたことはなかった。
 時計を見ると、八月三十一日の二十三時を過ぎていた。

「スタッフロール、書いてくれたんですね。ありがとうございます」
「なに言ってんの。七人しかいないし。それよりウズハラくんのテーマ曲のタイトル、昨日彼に聞いたんだけど、かっこいいね。『エンタングルメント・オブ・サウンズ』――音のもつれ。からまりあう音たち、か」
「はい。そろそろ応募しようと思います」

 ぎりぎりになったらサーバーが混雑するって噂もある。

「じゃあここから応募フォームを開きますね」

 カミナギの白ネコ型アバターの前に、丸いウィンドウが開く。VR空間に設定されたアマネ作成のAIが自動的に接続したのだ。
 ウィンドウのなかから映画コンテストのナビAIであるルーパが現れて、チホとカミナギのまわりを飛び回る。

「やあ、完成したみたいなんだナ」
「一ヶ月ぶりだね。応募はどうやってするの」
「アタクシが受け取ればいいんだヨ。この浮かんでいるファイルで良いのかナ?」
「うん。お願い」

 カミナギは時計を見た。
 ――二十三時五十分。
 大丈夫。まだ余裕だ。

「はい、確かに拝受いたしました。団体名は舞浜南高校映画研究部、カミナギ・リョーコ監督作品。『この海と空の出会う場所(ところ)』。上映時間は七十五分二秒。長編部門に登録完了です」

 カミナギとチホは向かい合って、アバターのネコの手同士でハイタッチを交わした。パーンと小気味いい音が書斎全体に広がる。アマネっぽい遊び心だ。
 ルーパは映画ファイルを脇に抱えて、コンテストのウィンドウのなかに戻った。

「ねえルーパ、わたしたちの映画、どうかな」
「アタクシにはファイル内を見る権限はありませン。映画を作るのは楽しかったかナ?」
「うん。とっても。もういますぐにでも次の映画を撮りたいよ」
「来年もぜひ応募してほしいんだナ。その前に今年の結果だけど、一次発表は十月十五日、最終発表は十二月十日だヨ。それではまたネ」

 ルーパがぺこりとお辞儀をすると、ウィンドウは速やかに閉じた。
 ――二十三時五十三分。
 カミナギは肩の力を抜き、深く息をした。

「チホ先輩、ありがとうございました。先輩がいなかったら、脚本も完成しなかったし、映画もできませんでした」
「私もあなたも入れた七人のおかげでしょ。監督、おつかれさま」

 ――二十三時五十四分。

「そういえばアマネ先輩とは仲直りできたんですか? というか、どうして喧嘩になったのか、わたしまだわからないんですけど」
「遠慮なく聞いてくるね。映画を提出したから、カミナギさん開放的な気分になってるでしょう」

 二人で笑い合ったあとで、チホが静かに語りだした。

「私、アマネのことが好きなんだ」
「それって」

 ――二十三時五十五分。

「恋してるんだと思う。明日、学校でアマネに伝えるよ」

 カミナギは、アマネがエイセクシャルなんだという話を思い出した。

「大丈夫。あの子のことは知ってる。きっと恋のかたちはひとりひとりまったく違うんだよ。私はアマネに抱きついたりしたいと思うけど、すべての女の子にそうしたいわけじゃない。アマネだけなの。だから……喧嘩の原因は単に私のわがまま。私の気持ちを押しつけたくなくて、好きになるのが怖くて、あの子にひどい態度を取るようになっていった。でもカミナギさんのせいで仲直りしちゃったから」
「あの……」
「あ、ごめん。カミナギさんのせい、じゃなくて、カミナギさんのおかげ。ねえ、アマネに謝りたいの。カミナギさん、そのときいっしょにいてくれる?」
「いいですけど、いてもいいんですか? お邪魔では」
「そんなことない。カミナギさんには人と人を繋ぎ合わせる力がある。きっと良い監督になれる」

 カミナギはもう少しで泣き出しそうだった。アバターネコで良かった。アバターの表情はコントローラーで選択できる。
 ――二十三時五十七分。

「カミナギさんは恋してる?」
「え、わたしですか」
「だって私のことばっかり話してる」

 ――二十三時五十八分。
 カミナギはぼんやりとキョウとカノウのことを考える。

「気になる人はいるような、いないような。ただ、いまは完成した映画にキスしたい気分です」
「すればいいよ。せっかくVRなんだから」

 チホが応募データのコピーファイルに触れると、データが長いフィルム状になって空間中に波打ちながら広がっていった。
 ――二十三時五十九分。

「いざするとなると恥ずかしいものですね」
「じゃあ私、ログアウトするから、どうぞ思う存分キスして。また明日学校でね。おやすみ」
「はい、また明日。おやすみなさい」

 チホのアバターが消え去ってから、カミナギはふわふわと浮かぶフィルムに触れる。
 データ同士が重なると、接触を知らせる光がこぼれ落ちた。すべてのシーンの一コマ一コマが愛おしい。
 カミナギは目を閉じて、フィルムにそっと口付ける。
 その瞬間、彼女はまばゆい光に包まれた。
 ――二十四時。


著者:高島雄哉


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