エンタングル:ガール 舞浜南高校映画研究部【第18回】

第5話「不可視であるはずの風景をわたしは確かに覚えている」1

前回のあらすじ
8月31日夏休み最終日、カミナギ・リョーコは舞浜南高校映画研究部の仲間たちと映画を完成させた。夏が終わり、新しい時が始まる―― ⇒ 第17回へ

 カミナギはゆっくりと目を開ける。だんだんと世界が鮮明に見えてくる。
 机の上にはビデオカメラがある。舞浜南高校に合格したお祝いとして買ってもらったものだ。受験勉強中に駅前商店街のリサイクル店で見つけた。
 まどろみを弟の声が破る。

「姉ちゃん! お母さんが早く起きなさいって」
「わかってる! 着替えて行くから」

 今日は入学式だ。部活は映画研究部と決めている。映研がなくても自分で映画は撮れるとは思うけれど、高校で本格的な映画を撮ってみたい。舞浜南高校はどの部活も盛んなことで有名だ。
 マンションを出て堤防を歩いていると、後ろから呼び止められた。

「カミナギ! いっしょに行こうぜ」
「キョウちゃん、おはよう」
「おう」

 キョウはマンションの同じフロアの幼なじみの男の子だ。

「カメラ持っていくのか?」
「撮影のトレーニングしてるんだから。ほら、キョウちゃん、初登校の感想言って」
「俺は泳ぐぜ! 水泳部に入って、泳いで泳いで泳ぎまくる! なんたって舞南のプールは温水プールだからな」

 幼なじみは心底うれしそうに、クロールをするように手を動かす。
 ファインダーをのぞいていると世界はまるで別のものに見えてくる。カメラと人間の眼はまったく違うからだ。
 そのときキョウがカメラをうかがうように見つめた。
 違う。キョウちゃんはわたしを見ている。

「わたしの顔になにかついてる?」
「いや、なんでもない。大丈夫だ。カミナギは映研だよな。がんばれよ」
「うん」

 一年生の校舎のまえに、クラス分けの名簿が貼り出されていた。キョウとは別々のクラスだ。
 教室に入って、見知った顔を探しながら出席番号で指定された席に座ると、斜め前の女の子が話しかけてきた。

「そのカメラ、カッコいいね。映研?」
「うん、ありがとう。あ、わたし、カミナギ・リョーコ。よろしくね」
「よろしく、リョーコ。私はタチバナ・ミズキ」

 演劇部に入るという彼女の声は凛々しくて、すらりとした手足は舞台に立てばきっと美しく映えるに違いない。もしかするとミズキとは親友になるのかなとカミナギは思った。
 入学式が終わると、カミナギとミズキはさっそくそれぞれの部室に行くことにした。
 舞浜南高校、通称舞南の窓ガラスは、独特の六角形をしている。生徒会制作のホームページを頼りに、初めての校舎を歩いて行く。いまごろキョウは水泳部に、ミズキは演劇部に向かっていることだろう。
 映研と描かれた大きな看板を見つけて、カミナギはカメラを持ち直してからドアをノックした。
 はいどうぞ、と中から返事があった。女の子の声だ。
 ドアを開けると、おかっぱ頭の女の子が部屋の奥の椅子に座っていた。髪色は目が覚めるようなライトブルーだ。

「新入部員ちゃんね。いらっしゃい」
「あれ? どうしてわたしが入部するって」

 カミナギの疑問に、少女は一瞬だけ笑った。黒縁メガネが愛らしい。

「入学式の今日部室に来る一年生が新入部員じゃなかったら、そっちのほうが驚きだよ。しかもそんなレトロなカメラまで持って。AI非搭載でしょ、それ。もちろん数学的には新入部員じゃない可能性だってあるけど。あなたは数学的存在?」

 変わった言葉遣いだ。でもキライじゃない。

「先輩の予想通り、入部希望のカミナギ・リョーコです。よろしくお願いします」
「あたしは二年のフカヤ・アマネ。三年の部長は、えっと誰になったんだっけな。あたし、あんまり映研部室には来ないから」

 どうやら熱心な部員ではないらしい。

「あの、入部届って」
「それはそこの戸棚の箱のなか。で、カミナギちゃんは映画を作りたいんだね?」
「はい! わたし、映画監督になりたくて。フカヤ先輩は?」
「アマネでいいよ。あたしは世界のデータを集めたいんだ」
「映画を撮影して、ですか?」
「撮影っていうより観測かもしれないけどね。どっちにしても、大抵の機材なら作れるから、何かあったら声かけて」

 いつもは理科実験室にいるという。どうして映研部員なのかは謎だったが、初対面の先輩にあれこれと質問するのはためらわれた。
 カミナギが手持ち無沙汰に部室内をきょろきょろ眺めていると、席を勧められた。

「今日は春休みに作ったこれを誰かに試してほしくて部室に来たんだよ。カミナギちゃん、被験者になってよ」

 アマネは机の上にあったメガネケースを開けて、カミナギに差し出した。ケースのなかにはアマネがかけているものと同じ黒縁メガネが入っていた。カミナギはそっと手にとってみる。少し重い気がする。

「これ、あたしが作った拡張現実――ARメガネなんだ。そうそう、普通にかけてね。ARゲームもできるから、両手で攻撃してみて」

 アマネがそう言うと、いきなり部屋が廃墟になってしまった。メガネのレンズに映像を映しているだけだと頭では理解できるのだけれど、高校二年生の手作りとは思えないほどの画像精度で、現実のズレはまったく感じられない。

「攻撃って? わわっ!」

 大きな音と共にドアが開いたかと思ったら、廊下はゾンビでいっぱいだった。みんな舞南の制服を着ている。
 両手を見てという声が聞こえて、慌てて下を向くと、手には大きなピストルが一丁ずつ乗っていた。
 カミナギは一度はゾンビの頭に照準を合わせたものの、引き金は引かずにドアに飛びついて、力いっぱい閉めた。
 すると映像はたちまち消えて、部屋は元の部室に戻った。
 アマネが拍手をする。

「クリア条件、よくわかったね」
「たまたまです! びっくりさせないでください」
「ごめんごめん。見せたかったのはこれ」

 アマネが指を軽く振ると、ファイルがカミナギのかけたメガネに転送される。視界にデータのアイコンが表示され、書類が一面に展開していく。
 それは高校映画コンテストの募集要項だった。
 およそ映画を作ろうと思うのなら――ましてカミナギのように映画監督になりたいのなら――誰でも目指す、学生映画の世界コンテストだ。もちろんカミナギも知っている。学生であれば個人でも応募はできるけれど、舞浜南高校映画研究部として出してみたい。

「〆切は八月三十一日。うちの映研では一年生のときから準備して、二年の夏、三年の夏に応募するパターンが多いかな」
「一年生でも応募できるんですよね?」
「うん。だから機材のことで何かあったら声かけてって言ったんだし。あたしが出演してもいいよ?」
「だったら是非!」
「冗談だよ。あたし見られるの苦手なんだ」
「え、そうなんですか」

 カミナギはアマネの髪を見てしまう。彼女のライトブルーの髪はさらさらと輝いていた。自由な校風の舞浜南高校では髪の色についての校則はないが、ここまで鮮やかな髪は珍しいはずだ。

「あたしはエンハンスメント実験してるからさ」
「エンハンス? 実験?」
「強化とか拡張ってこと。拡張現実メガネは視覚強化、感覚拡張のためのもの。髪はただの趣味」

 アマネは歯を見せて笑った。

 ベッドに入るとキョウからメールが届いた。
 ――元気か? 何か変わったことがあったらすぐ知らせろよ。
 え? 夕方いっしょに帰ったじゃん。なんで高校に入った途端に心配し始めたのか意味がわからないが、気をかけてくれているのはわかる。
 ――元気だよ。また明日ね。おやすみ。
 と返信すると、ならいいんだと返ってきた。何か気になることでもあるのかな。
 まさかわたし太ったり? いやいや、体重は変わってない。スマホのカメラで自分を映してみるが、あいかわらずのわたしの顔だ。高校生なんだから化粧くらい、なんてキョウちゃんが言うはずもない。
 それより今日は入学式で、ミズキやアマネ先輩と知り合って、しかもそうだ! 映研に入部したんだった。明日は身体測定だっけ……。今日はちょっと疲れたかも……。


著者:高島雄哉


次回2月9日(木)更新予定


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