エンタングル:ガール 舞浜南高校映画研究部【第19回】

第5話「不可視であるはずの風景をわたしは確かに覚えている」2

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前回のあらすじ
舞浜南高校一年のカミナギ・リョーコは映画監督志望。念願の映画研究部に入り、先輩の理系少女アマネに出会う。高校映画コンテストに向けて、カミナギは撮影の準備を始める。⇒ 第18回へ

 五月の連休が過ぎて中間試験が終わってもキョウはあいかわらずカミナギのことをそれとなく、というか露骨に気にかけていて、しょっちゅう元気かと訊いてくる。

「キョウちゃん、ヘンだよ。わたしのこと気にしすぎ」
「最近雨の日が続くしさ」
「梅雨なんだから当たり前でしょ!」

 イライラしているのはキョウのせいではなかった。映画コンテストの〆切は八月三十一日なのに、六月を半ばを過ぎても脚本がまったく進んでいないのだ。
 昼ごはんをミズキと食べても映画のことが気になってしまう。

「ミズキ、演劇部は最近どう?」
「今は秋の文化祭に向けて練習中。役がもらえると良いんだけど」

 もちろんクラシゲ先生の話はまるで頭に入ってこない。エントロピー増大の法則?
 カメラを回して映像を撮りためるだけでは映画にはならない。初めの初めに撮りたいイメージがあってもいいのだけれど、それが映画として成立するためには、どんな簡易なものであっても設計図としての脚本は必要不可欠だ。そんなことはわかりきっているのに、脚本用のノートは入学してからずっと真っ白なままだ。
 せっかく念願の映研部員になったのに、他の部員は滅多に来ないし、三年生の部長に至っては一度も顔を見せない。

「でさ、カミナギ。水泳部が潰れそうなんだよ」
「わかってる。それで今から作戦会議するんでしょ」

 舞浜南高校では部員が五人以上いないと、その部は廃部になってしまう。そして水泳部はキョウともう一人だけ。この一ヶ月、キョウはあの手この手で新入部員の勧誘をしていたが、まったく上手くいっていない。

「キョウちゃんはPV、プロモーションビデオが良いって言ってたけど」
「おう。短くてもいいからインパクトのあるやつ頼む」
「いいよ。映画、手伝ってよね」
「わかってるよ、お前の映画にはちゃんと出るからさ」

 だから早く脚本書けよなと、キョウが言ってもいない言葉がふいに頭に浮かんで、カミナギは自己嫌悪におちいってしまう。

「カミナギ?」

 またキョウちゃんが心配そうな顔をしている。
 カミナギは勢いよく立ち上がった。

「よし、じゃあキョウちゃん、さっそくプールに行こう」

 プールサイドから泳ぐキョウを撮影していると、どうしても映像が単調になる。カミナギはいろいろ動き回ってみるものの、水面と彼の体の一部しか映らないことに変わりはない。
 カミナギはふいにアイデアを思いついて、カメラを止めた。

「キョウちゃん、今日はこれで撮影おわりね!」
「おい、カミナギ」
「あとで連絡するから!」

 考えたのは水中撮影だった。水泳部というのは泳ぐところであって、誰かの水着姿を眺めるところではない。だったら水上ではなく水中から撮影して、泳ぐことそのものを見せるべきだ。
 カミナギは屋内プールを出て、理科準備室に向かった。アマネとはあれから部室で会ったときには話したけれど、こちらから訪ねるのは初めてだ。誰もいない理科室を抜けると、実験室でハンダ付けをしているアマネを見つけた。このまえ彼女の髪はグリーンと黒のメッシュだった。今はほとんど純白に近い銀髪だ。
 様子をうかがっていると、
 ――カミナギちゃん、どうぞ。

「あれ? いま声、後ろから聞こえたような」
「そっちの天井に三六〇度カメラとマイクが付いてるから。イタズラ用にね」
「すごいです。相談しやすくなりました」
「なにそれ」

 アマネは水泳部のPVを作るというカミナギの話を聞いて、喜々として水中撮影の準備を始めた。理科準備室や地下の倉庫から色々な道具をかき集めていく。遠隔操作ができるカメラ付き小型潜水艦を使うという。

「あたし泳げないんだよね。運動全般が苦手で」
「わたし、プールに入って撮影してもいいですよ」
「それは良かった。じゃあ防水の手持ちカメラも準備する。ウェアラブルカメラもあったかな。いろいろな撮り方ができたほうがいいよね」

「はい! 明日水着持ってきます」

 アマネが興味があるのは、彼女が以前話していた通り、映画というよりも映像の撮影、あるいはデータの収集なのだった。でもそれだけならサイエンス系の部活もあるのにとカミナギは思ってしまう。ミズキは「どっちも楽しんでいるならいいんじゃない?」と言うのだけれど。

「あ、全天球カメラは映研の部室だ」
「じゃあわたしが行ってきます。どのへんですか?」
「あたしも正確には覚えてないから一緒に行こう」

 ロッカーにはこれまでの映研の歴史が堆積しているみたいだった。記憶媒体は磁気テープにSSD、八ミリフィルムもあって、台本や衣装、大道具に小道具がまったく整理されずに残されていた。

「機材はこっち」
「良かった。さすがにカメラとかは整理しているんですね」
「さて、どうだったかな、と」

 アマネが部室の奥のロッカーを開けると、折りたたまれていたレフ板がぼんっと開いて飛び出てきた。他の機材は色とりどりのケースに入れられて、うず高く積まれていた。手分けしてひとつずつ中を確かめていく。頭や胸に付けられる小さなウェアラブルカメラ、スローモーション動画が撮れるハイスピードカメラ、四つのカメラを搭載したドローンもある。

「カメラ用の防水ケース、ありました」
「こっちも――あった、これだ。全天球カメラ発見!」

 アマネは五センチほどの棒をカミナギに示した。両端にはガラス玉みたいな半球レンズがついている。二つのカメラですべての範囲を一気に撮影するのだ。

「これをあたしのノーチラス号ちゃんに載せると」
「ノーチラス号って『海底二万マイル』に出てきた潜水艦ですよね。好きなんですか」
「まあね。何度も読んで、あたしも作ってみたいと思うようになった。カミナギちゃんだって何か映画を見て、それで映画を作りたいって思ったんじゃない?」

 確かに、何かを見て自分でも作ってみたいと思ったという点では同じかもしれない。映画にしろ潜水艦にしろ、その何かに出会ってしまったのだ。わたしもアマネ先輩も。
 夜のプールは、誰もいない高校のなかでもひときわ静かだった。
 カミナギは水中撮影のために水着に着替え、アマネはプールサイドで自作の潜水艦を調整していた。

「カミナギちゃん、スタイルいい」
「そんなことないですよ」

 舞浜南高校の女子の水着はいわゆるスクール水着で、太ももの上まで露わになってしまう。文句をいう女子は少なくなくて、生徒会は生徒の意見を集めているところらしい。

「さっそく始めよう。警備システムは切ったけど、電気がついているのを誰かに見つかったらめんどうだから」

 アマネは高校のネットワークに侵入していたのだった。時折、彼女がかけている現実拡張メガネのレンズがちらちらと光る。手と視線の動きで高速操作しているのだ。
 カミナギはプールに入り、アマネがプールサイドから支えて、ラジコン潜水艦ノーチラス号をゆっくり水面に浮かべる。
 潜水艦は全長七十センチほど。ラグビーボールを伸ばしたような本体のちょうど中央、左右にカメラが設置されている。そのふたつのカメラで撮影された映像データがアマネのパソコンで合成されて三六〇度全天球映像になり、VRゴーグルを通してリアルタイムで確認できる。
 アマネはゴーグルをかけてラジコンを操縦し始めたが、すぐに外してしまった。

「VR酔いですか?」
「うん。ダメだ。酔っちゃった。制御が甘かった」

 VRゴーグルを使っていると、乗り物酔いに似た症状になることがある。
 アマネはほんの数秒見ていただけなのだが、すっかりVR酔いをしてしまったらしい。

「操縦はできるから、映像はカミナギちゃんが見てみる? 酔わなきゃいいけど」

 カミナギはプールから上がり、髪を拭いて、渡されたゴーグルをかけた。
 二つのカメラで撮影された映像がコンピュータ上で合成されて、VR空間ができあがる。潜水艦のまわりに広がる水の空間をカミナギは見渡すことができた。
 アマネが操縦を始めると、自分が泳いでいるように感じられる。

「きれいです。月の光が差し込んで、水の中で揺らめいて」
「カミナギちゃんは平気か。VRゲーム得意だろうね。あたしも結構どれでもイケるんだけど、なんだろう、水の揺らぎが合わないのかな」

 カミナギはVRゴーグルをかけたまま、映像を確認しながらアマネに尋ねた。

「先輩はどうしてわたしを手伝ってくれるんですか?」
「別にあたしは手伝っているつもりはないよ。データを取りたいって言ったでしょ。あたしはあたしでやりたいことをやってるだけ。カミナギちゃんは気にしなくていいんだってば。でもどうしてあたし映研なんだっけ」
「わたしに聞かれても」
「誰かに勧誘されたのかな。忘れちゃった」

 夜のプールには、二人の笑い声がいつまでも響いていた。


著者:高島雄哉


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