エンタングル:ガール 舞浜南高校映画研究部【第20回】

第5話「不可視であるはずの風景をわたしは確かに覚えている」3

エンタングル:ガール 第20回

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前回のあらすじ
舞浜南高校一年のカミナギ・リョーコは高校映画コンテストにむけて長編映画を制作している。断片的なシーンは撮りながらも脚本を書き進めることができないカミナギは、映研の先輩アマネと共に水泳部の部員勧誘のためのPVを撮影することに。 ⇒ 第19回へ

 夜のプール撮影の翌日、カミナギとアマネはVRカメラを片付けるために部室に集まった。機材が入っているほうのロッカーで、二本の映画を見つけた。ひとつは『世界の終わりの夏の一日』。そしてもう一本の『この海と空の出会う場所(ところ)』を見て、カミナギは驚いた。

「これ、わたしがいま脚本を書いている映画のタイトル!」
「ん? つまりこれカミナギちゃんの?」
「いいえ、だってまだほとんど撮ってないし」
「わかった! ソゴルのいたずらじゃない?」
「キョウちゃんはこんな手の込んだことしません」
「そう? まあとりあえず見てみよう」

 テーブルにノートパソコンを開いて、さっそく再生してみる。
 冒頭から、カミナギが撮った覚えのない、しかし撮るかもしれないような映像が続く。

「あ、この女装した子、トミガイくんだっけ、いつもソゴルといる」
「そうですね。このシーンは四月に撮影したんですけど、でもわたし編集してない……」
「じゃあ誰かがカミナギちゃんのパソコンに侵入したんじゃない? って、あたしじゃあるまいし、さすがにそれはないか」
「そもそも撮影してないシーンがほとんどなんです。ここも。どこの海岸だろ」

 画面には夜の砂浜のシーンが映し出されていた。卵から孵ったばかりの小さなウミガメたちが月明かりで照らされた黒い海に向かっていく。それをキョウとトミガイが――
 アマネが急に顔を寄せてくる。

「これ、あたしのドローンで撮影してる」
「え、そうなんですか?」
「うん。飛び方とカメラの動かし方でわかる。あたしがプログラミングした機能AIだよ」

 キョウとトミガイが演じる二人が謎の都市をさまよいながら徐々に秘密を解き明かして行く。よくできた脚本だ。無駄なく整理されている。わたしにもこれくらい書けたらいいのに。これはわたしの脚本じゃない。
 最後にスタッフロールが流れていく。キョウにトミガイ、ミズキの三人が出演者。撮影がフカヤ・アマネ。

「ほらね。あたしだ。って、これどういうこと?」
「わかりません。音楽はウズハラ・シンスケ。この人も映研ですか?」
「うん。二年のウズハラっちね。あたし以上の幽霊部員だけど。そうか、このエンディングテーマはウズハラっち作曲なんだ」

 そして脚本としてヒヤマ・チホという名前が映る。
 カミナギもアマネもまったく知らない名前だ。

「ちょっと待って、名簿を調べてみる」

 アマネは音声入力でメガネ搭載のAIに検索を命じる。

「うちの三年生だね。高校二年生のときに小説の新人賞を獲ってる。一年のときに映研に入部。三年C組だって」

 そしてスタッフロールの最後には監督カミナギ・リョーコと映し出された。予想していたものの、カミナギの心臓は強く脈打つ。

「わたし、こんな映画撮ってません」
「あたしだってドローンとか貸してないよ」

 二人は不可解さに包まれたまま、ヒントを求めて、もう一本の映画『世界の終わりの夏の一日』も見ることにした。
 撮影者はカノウ・トオル。
 アマネが早速調べ始める。どうやら舞浜南高校の生徒名簿を勝手に見ているようだ。

「え、このカノウって人、映研の部長だ」
「どれくらい前ですか?」
「いやいや、今の。カノウ・トオルはいま三年生で、映研の部長」
「アマネ先輩、部長の名前を知らなかったんですか?」

 いやはやとアマネは銀髪のおかっぱ頭をかく仕草をする。

「あたし、幽霊部員だからさ。生徒用の名簿とかないし、誰が在籍してるかとかも知らないから」

 そんなものかなと思いつつ、カミナギは映画を再生した。
 初めは無声映画かと思った。スピーカーの音量をあげると、かすかに風の音が聞こえてきた。
 ひたすら舞浜の街が撮影されている。カメラはほとんど動かず、動いてもゆっくりと横に振れるだけだった。
 これは記録映像だとカミナギは思った。
 技巧があるとすれば、街に誰もいないことだけだ。人がいない瞬間を撮影するのは大変だっただろう。

「これ、加工してるよね」
「映像処理ソフトで? わかるんですか?」
「数学的な推理をしてるの。だって、ここ駅前の大通りだよ」

 アマネがメガネを介して映画を停止する。

「ほら、電柱の影が短い。人も車もいないなんてありえない。たぶん夏の早朝に撮影したものを加工して昼間っぽくしたんだと思う」

 しかし映像に不自然な箇所は見られなかった。部室にあるような画像処理ソフトではこんなにきれいに加工できるはずがない。
 次第に二人は映像そのものに引き込まれて、途中からは一言も発することなく最後まで見てしまった。

「なにこれ、ただの風景映像なのに。見入っちゃった」
「音楽はなくて、環境音が少しだけ入ってましたけど、映像だけですごい迫力でした」
「あたしたちが舞浜に住んでるから? 知ってる風景なのに雰囲気が違う感じだったからインパクトあったのかな」
「それもあるかもしれませんけど、でも絶対それだけじゃないですよ。空間そのものの存在感みたいな」
「零点エネルギーみたいな?」

 アマネによると空間には何もなくても零点エネルギーと呼ばれる量子力学的な揺らぎのエネルギーがあるという。

「そこまで来ると、ちょっとわたしにはわからないです。キョウちゃんだったら喜んで話すんですけど」
「そういや、あたしソゴルのためにPVの準備してるのに、まだ会ったことないや」
「あ、そうでした。撮影前に挨拶させます」
「させますって」アマネが笑う。「仲良いんだ」
「幼なじみなんです」

 ちょっとだけ自慢の幼なじみだ。
 ミズキはここ数ヶ月わたしたちのやりとりを見ていて、素直になって付き合えばと言う。でもそういうのはよくわからない。

「あの、アマネ先輩は付き合ってる人いますか?」
「恋バナって部活っぽいね」
「あれ? いま話ボカしました?」
「ううん全然。あたしは恋人なんていない。恋愛にも性的なことにも興味ないから。エイセクシャルってわかるかな。あたし、たぶんそういう感じなんだ。だからあたしからは恋愛の話は特にないんだけど、カミナギちゃんの恋の話ならいつでも大歓迎」

 あれ? いつかこの話を訊いたことがあるような。
 カミナギは思い出そうと、眉間をぐにぐにと押さえた。するとアマネが沈黙を気にしたのか、大きな声で話を元に戻した。

「それにしても二本とも不思議な映画だったね」
「ですね。カノウという人が何か知ってるのかも?」
「部長なんだしね。でもあたしの機材はあたしの声じゃないと動かないはずなんだけどな」

 カミナギはアマネに頼んでデータのコピーを送ってもらう。もう一度しっかりと見てみたい。
 どうやって撮ったのかわからない風景の記録映画と、わたしが撮ったはずのないわたしの映画。

「わたしたち、二人で夢でも見てるんでしょうか」
「そういうときはこうすればいいの」

 アマネがカミナギの手を取り、自分の頬に触れさせた。

「先輩?」
「ほら、こうして」
「いたた」

 頬をつねられて、カミナギはアマネの意図を理解した。互いの頬をつねり合おうというのだ。アマネの頬は白くてやわらかい。

「うん、あたしも痛い」
「つねって確かめるって、先輩らしくないですね」
「カミナギちゃん、あたしだってこれですべてが証明できるなんて思ってないよ。だけど痛みのような強い感覚で目が醒めるのは確かだし、もし夢だったら痛みというキーワードで現実に覚醒するんじゃない?  それとも、もっと調べてみる?」

 アマネがもっと強くつねりそうな予感がして、カミナギは後ろに飛びのいた。

「逃げられたか。カミナギちゃん、良い勘してる」
「もう。わかりますよ」

 ふたりして笑いながら自分の頰をさする。頬には熱を帯びた痛みがわずかに残っている。これはここが現実であるという不確かな証拠だ。
 しかしカミナギ監督作品が目の前にあるのも事実だ。
 映研部員の誰かがイタズラで作ったと考えるのが合理的だろう。カミナギにそんなことをしそうな部員といえばアマネなのだけれど、アマネがとぼけているようには見えない。それに映画にはキョウやトミガイ、それにミズキが出ていた。三人とも渾身の演技だった。イタズラ映画であるはずがない。
 カミナギは二つの映画のディスクをじっと見つめた。


著者:高島雄哉


次回2月23日(木)更新予定


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