エンタングル:ガール 舞浜南高校映画研究部【第21回】

第5話「不可視であるはずの風景をわたしは確かに覚えている」4

zega21

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前回のあらすじ
舞浜南高校映画研究部のカミナギ・リョーコは先輩のアマネと共に長編映画を撮影している。部室のロッカーで発見した映画には、カミナギやアマネの他にも複数の生徒の名前があった。⇒ 第20回へ

 カミナギが監督としてクレジットされていた映画の謎は解いてみたかったが、真相よりも重要なことがカミナギにはあった。映画コンテストの〆切の八月末まであと二ヶ月しかない。それなのに脚本はまったく進んでいないのだ。
 カミナギと同じくあの映画で脚本を書いたとされる三年のヒヤマ・チホと、音楽担当だったらしい二年のウズハラ・シンスケに会ってみたいと思ったのは自然な流れだった。何らかの事情がわかるかもしれないし、何より新しい映画に協力してくれる可能性だってある。
 夜アマネに電話をかけた。

「ウズハラくんとは去年の映画でいっしょに音楽を作ったんだよ」
「去年の」
「監督は三年生だったんだけど、途中でやめちゃって。あたしたちはちゃんと音楽つくったのにさ」

 アマネによると、画像に含まれる繰り返し成分を――たとえば明暗を――空間周波数として取り出して、それを音に置き換えていくプログラムを作ったのだという。それによって一枚の画像からは音色とでもいうべき複雑な空間周波数が得られる。何枚もの画像が連なる映像からは、ひとつの音楽らしきものが構成されるのだ。
 カミナギは説明の半分も理解できなかったが、面白そうなことは直感的にわかる。

「すごいですね。去年ってふたりとも一年生なのに」
「たいしたことないよ。その程度だったら五分でプログラミングできる。問題は音の作り方でさ。空間周波数をそのまま音にしても、音として高すぎたり低すぎたり、音色として成立しなかったりして、画像から音に、映像から音楽に翻訳するための繊細な調整が必要だった」
「それはウズハラ先輩がしたんですね」
「そういうこと。彼、音楽はもちろん映像にも詳しいから」
「えっと、つまりふたりで映像から音楽を生成するソフトを作ったんですね」
「まったくそのとおり。映像データを入力すれば、それに合わせた音楽をリアルタイムで出力する。去年は結局ウズハラくんが出力結果に納得しなくて、アレンジしまくってたけどね。このソフトをたとえばARメガネに組み込めば風景に合わせたBGMが自動生成できる」

 電話を終えて、カミナギはベランダに出た。夜風が心地いい。
 スマホのカメラで舞浜を撮りながら、アマネにもらったソフトを使ってみる。街の明かりが映り込むたびにきらきらとした音が小さく鳴り響く。星はほとんど映らないが、かすかな明暗のコントラストが優しい音に変換される。カメラの動きに合わせて、音楽が紡がれていく。――これが舞浜の夜の音。
 カミナギは舞浜の光と音を記録しながら、風景全体が手のなかにあるように感じるのだった。

  翌日の昼休み、カミナギはまず三年のチホの教室を訪ねた。廊下にいた男子生徒に話しかける。

「ヒヤマは最近ずっと休んでるよ。四月には何回か来てたと思うけど」

 体調を崩しているのだろうか。カウンセラーのミズサワ先生に聞けば、同じ部活だし少しくらいなら事情を教えてくれるかもしれない。
 教えてくれた三年の男子に礼を言って、今度はウズハラに会いに行くことにした。ミズサワのいる保健室は放課後も開いている。

「映研の子か」

 カミナギの自己紹介を聞くと、ウズハラはひどくそっけない態度を見せた。

「実は先輩の曲を聴いて、もし良かったら音楽を作ってほしくて」
「ああ、去年の作った曲だね。映画は完成しなかったから楽曲データは消してくれって言っておいたのに」
「えっと」

 どうもウズハラは別の作品とかんちがいしているようだった。カミナギが事情を説明しようとして、口ごもってしまった。自分が撮った記憶がない自分の映画に先輩の曲が入っているんですなんて言って通じるはずもない。勝手に音楽生成ソフトを使用したと誤解される危険性もある。

「えっとですね――」

 彼はすらりとした手を挙げて、カミナギの言葉を遮った。

「悪いけど作曲する気分じゃないんだ。高校映画コンテストの〆切は八月三十一日だろ。僕は九月に大事なコンクールの予選がある」
「じゃあどうして映研に」

 カミナギはつい思ったことを口にしてしまって、すぐに後悔した。理由なんて何でもいいのに。
 ウズハラは鋭い視線を向けつつ、

「僕はプロのピアニストになりたいんだ。オーケストラと一緒にピアノを弾くのは当然のことだし、映像や演劇とコラボするのも興味がある」
「そうだったんですね。ごめんなさい」
「別に謝る必要はないよ。ただ去年も映画は未完成に終わったし、今回のきみの企画も危なそうだ」

 反論の言葉が出てこない。もうすぐ夏休みなのに、脚本どころかテーマも方向性も決まっていない。こんな状況で、ひとに作業を頼めるはずがなかった。
 いたたまれなくなって、カミナギは足早に教室を出た。
 恥ずかしくて、顔が紅潮しているのが自分でもわかる。
 わたしは何をしているんだろう。ちゃんとしなきゃダメだ。

 放課後、休んでいるというヒヤマ・チホの話を訊くために保健室に向かっていると、急にめまいが起きた。

「あれ?」

 カミナギはこんなに強いめまいは経験したことがない。立っていられない。よろめいて、窓枠を掴んだ。
 何これ。

 無数のイメージが頭に浮かぶ。
 自分で思い浮かべるのとはまったく違う。どこかから強制的に情報が脳に流し込まれているみたいだ。身体的な痛みがあるわけじゃないけれど、めまいと相まって、体の感覚がどこかへ押し流されているようで、叫びそうになるほど怖い。
 見えてくるのは舞浜の光景だった。なぜか舞浜だとわかる、見渡すかぎり廃墟が続く。
 視点が高くなる。鳥のように高く。
 黒い半球が世界中を埋め尽くしている。
 気づくと、おでこの前で何かが光っている。
 この感覚、どこかで――。

  地下室であの液体が満ちた壁に、わたしは触れなかった。怖かったからだ。

「違う!」

 わたしは地下室なんて知らない。知らないはずだ。だってあれは高校一年の七月のことで、今はまだ高校一年の六月なんだから。

「え?」

 もしかして……わたしは高校一年生を繰り返している?

 カミナギ・リョーコはカノウ・トオルの映画を思い出す。
 あるいは勝手に映像が脳裏に浮かぶ。
 あの存在感。あの映像がわたしやアマネ先輩にとって真に迫っていたのは、あれが本当の現実だったからだ。今あの風景は映像のなかにしか存在しない。情報としてしか存在しない。物理的には、外には、荒涼たる世界が広がっている。
 舞浜にもう人間はいないんだ。
 多くの人が死に、ほんの一握りの人々がデータとなって量子サーバーのなかに転送された。
 わたしもキョウちゃんも舞浜も量子サーバーで演算され続ける情報体なんだ。

 まぼろしのからだ。幻体という言葉がどこかから聞こえたような気がする。誰かがわたしに囁いたみたいに。告げるみたいに。

 こんな話、信じられるはずがないのに、地下室のあの液体のように、カノウ・トオルの映画のように、圧倒的な重さの現実感をもっている。
 これは怖いもの見たさとはまったく違う。決して知りたくないのに、否応なしに知りたくない情報が流れ込んでくる。

 今わたしは夢を見ている、そう気づくことがある。
 でもその感覚すら夢なのだ。
 本当にそう感じていたか――本当にそう感じているか――なんて、確かめることはできない。
 わたしはわたしに触れられない。
 わたしはわたしを、すべてを確かめられない。
 手を伸ばして、触れて、それでもなにも確かめられない。

 わたしは夏という確かめられなさに覆われている。

 ――カミナギくん、きみは映画監督にはなれない。
 そんなこと、そんなこと、

「わかってる!」

 映画監督になんて、なれるはずがない。もう映画を見る人はこの世界にいない。もう、世界ごとなくなってしまったのだから。


著者:高島雄哉


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