エンタングル:ガール 舞浜南高校映画研究部【第24回】

第6話「エントロピック・アシンメトリ」3

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前回のあらすじ
「夢から抜け出たって、もう世界は滅んでいるんだよ!」キョウと言い争ったカミナギは、覚醒していない映研二年のアマネにつきあって校内でドローン撮影をする。この感情もこの感覚もわたしのものであることには変わりがないことを確かめながら。しかし部室に戻るとアマネに異変が―― ⇒ 第23回へ

「覚醒、っていうんだ、これ」
「はい……そうみたいです」
「これ、この感覚。そうだね。何もかもが理解できたような気分」

 アマネは寂しそうに笑った。事態を把握した表情だ。カミナギにはわかる。覚醒した者同士だからか。

「チホ、もういないんだね。データも失われたのかな」
「キョウちゃんは量子コンピュータのどこかにデータが残っている可能性はあるって」
「あたしが見つけたいけど、あたし自身も消えちゃうかもしれないんだよね」

 アマネは誤魔化すように笑うが、カミナギ同様、受け入れるまでに時間はかかるだろう。

「そうか、チホ先輩だ。ずっと引っかかってはいたんですけど、今ちゃんと思い出しました。ヒヤマ・チホ先輩。一緒に映画の企画を考えて、脚本を書いてもらったんでした」
「うん。あたしたち、去年あの映画を作ったんだね。それで、やっとチホ先輩と仲直りできたのに」

 二人で話してみて、カミナギはようやく自分の覚醒の状況がわかってきた。
 この世界が量子サーバーで繰り返し計算されているのは認識している。でも記憶があるのは前の夏だけだ。チホとウズハラのことは二人とも覚えていた。きっと同じ映画を作ったからだろう。

「ダークディスクはまだあるのかもしれないね」
「なんですか、それ」
「本当はダークマターで出来た銀河サイズの円盤構造のことなんだけど。ダークっていうのは不可視、っていう意味ね。映研部員は他にもいるし、毎回のループで色々な映画が撮られているんじゃないかな。カミナギちゃんやカノウって人も。毎回違う夏みたいだし。前回分だけじゃなくて、これまでの映画もどこかにあるんじゃないかな」

 前回みたいな映画はもう撮れないとカミナギは思う。今回はウズハラと話していないし、なによりチホが存在しないから。
 チホの量子情報が失われていることは誰かに教えられたわけでもないのに、カミナギもアマネも確信していた。
 それに仮にチホ先輩がいたところで、どうしてこんな世界で何かを作ることができる?

 帰り道、堤防のうえに黒髪の少女が立っていた。

「カミナギさん。話したいことがあって」
「キョウちゃんのこと?」
「そうね。それもあるわ。あなたには伝えないと。キョウはいま作戦行動中。あと数日はここに戻れない」
「わかった。ありがとう。キョウちゃん、無事なんだね。よかった。――それも、って、他にまだあるの?」
「その作戦とも関係あるのだけれど、量子エンタングルメントの乱れによって、あなたの記憶エントロピーが増大している。危険な兆候よ」
「エントロピー?」
「乱雑さのこと。人間の記憶には元来、ある程度の乱雑さが必要なの。忘却や思い違いがあることによって、人間は記憶に囚われ過ぎることなく、自我を保ちながら生きることができる。でもその乱雑さが過剰に増えてしまうと、自我を保つことが難しくなる。カノウ・トオルがそうだったように」
「カノウ・トオル……。あの映画を撮った人」
「カノウのことは思い出していないのね。量子サーバーの構造解析は進んでいない。覚醒の個人差も大きい。あなたの場合、未来の記憶との混同が起きているようね。量子エンタングルメントは離れた二点を結びつける。隔たりは時間的なものでも空間的なものでも関係ない」

 もしすべてのループのすべての記憶が自分のものになったとしたら、過去も未来もなくなって、すべてが今になって、それともすべてが過去や未来になるのか、時の区別がなくなって、映画でいえばすべてのシーンが同時に起こって――それってつまり時間がなくなってしまうということなのか。
 時間がなくなれば、映画は消える? わたしという存在も消えるのだろうか。

「わたしはカノウという人と話したことがある?」
「……ええ。カノウはこの世界とあなたの量子情報に含まれるエンタングルメントエントロピーが急激に増大するのを防ごうとしていたから」

 そう聞かされてもカミナギはカノウのことをまったく思い出せないでいた。知っているはずの人だということはわかるのに。

「カミナギさん」
「リョーコでいいよ。シズノ……先輩」

 彼女の名前も知っている。前の夏、キョウが何度も彼女を呼んでいた。

「先輩? 私は舞浜南高校の生徒じゃない」
「うん、そのへんはなんとなく」

 カミナギはシズノと微笑み合った。
 互いに事情のすべてをわかり合っているわけではない。
 同じ状況に置かれていても、どこに反応するかは人それぞれだ。映画監督になれないことを悲しむ人はそんなには多くないだろう。でも別の理由で、この世界にいる人々は誰しもが悲しんでいる。
 そして他者の悲しみを知る方法はない。自分の悲しみのかたちだって不確かなのだけれど。

 

 カミナギは同じ状況のアマネと深く話す仲になった。学校以外でもほとんど毎夜のようにネット通話で話し続けた。

「寝てないと眠くなるし、ムリをすれば体調を崩す。情報体のくせに、人間っぽいめんどくさいところはそのまま残っているんだね。わざと残しているのかな。人間性を保つために。人間だと見せかけるためかな」
「アマネ先輩、わたしよりもずっと色々なことがわかっているみたい」
「勝手に想像してるだけ。的外れかもしれないよ」

 それでも自分と同じ状況のアマネと話せるのはありがたかった。
 キョウはカミナギが半覚醒のままでいてほしいのか、あまり細かいことは教えてくれない。夏休みに入ってからは会うことも減っていた。
 そういえばチホ先輩のことなんだけど、とアマネが彼女らしくもなく、ためらいがちに話を切り出してきた。

「何か思い出しました?」
「去年、といっても前の夏という意味じゃなくて、カミナギちゃんが入学する前の年のことね」

 その年、アマネが一年生、チホが二年生のとき、映研の三年生の男子が監督をやるはずだった。あるときアマネのAIが作ったチホのVR書斎を見て、オレのも作ってくれとその男子が頼んできたのだ。ところが男子高校生らしいというべきか、その彼は肌の露出多めの女性の写真データを集めていて、それをアマネのAIが見つけてしまったのだった。

「それで、その男子がさ、あたしを映研はもちろん、高校から追い出そうとしたの。ハッキングしてるとか何とか言って。実際してたんだけど」

 アマネもカミナギも苦笑してしまう。

「アマネ先輩、今もしちゃってますもんね。で、どうなったんですか?」
「しばらくしてその男子が黙って映研をやめて、あたしの退学話はどこかに消えちゃった」
「良かったです。でもどうして」
「チホが色々動いたの。マジメなチホ先輩の話なら教師も聞くからね」
「あの、わかんないんですけど、アマネ先輩とチホ先輩は互いに仲良くなろうとしていたみたいなのに、どうしてこの前の夏、あんなに仲悪そうにしてたんですか?」
「あたしがバカだったから。退学話が出たときチホがあたしを庇おうとしたから、余計なことをしないで、って言っちゃったの。それでもチホは最後まであたしを守ってくれたけど」
「でもそれは、アマネ先輩がチホ先輩に迷惑をかけたくなかったから」
「そうなんだけどさ。それを冷静に分析できるほど、あたしもチホも賢くなかったってこと。カミナギちゃんがいなければ、ずっとケンカしてたよ。こじれたまま何度も同じ時間を繰り返していたに決まってる」
「チホ先輩、アマネ先輩と話せるようになってうれしいって。また二学期に会えたら謝りたいって」

 チホがアマネに告白しようとしていたことは言わなかった。カミナギが伝えなければ、もう永遠に伝わらない可能性が高いけれど、チホはきっと自分以外からは言ってほしくないだろう。

「そっか、うん。それなら良かった。本当は会いたいけどね……。じゃあ今日のところはこれくらいにしようか。おやすみね、カミナギちゃん」
「はい。おやすみなさい」

 もしチホ先輩がいたら、わたしは脚本を頼むだろうか。チホ先輩だったら覚醒した後でもなお、わたしやアマネ先輩を叱りつけて、ちゃんと映画を撮るように言うかもしれない。
 キョウによると――彼は時間のループに関することをあまり言いたくないみたいだったけれど――チホの助けがない夏もあったという。
 そのときのわたしはちゃんと映画を完成させていたのだろうか。


著者:高島雄哉


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