エンタングル:ガール 舞浜南高校映画研究部【第27回】
最終話「からまる夏のカミナギ・リョーコ」1
前回のあらすじ
量子コンピュータのなかで同じ時を繰り返す世界――半覚醒したカミナギ・リョーコはカノウ・トオルのことを思い出す。「世界を夏で覆う」カノウの思いを知ったカミナギは再びカメラを手に取るのだった。映画を撮る理由なんてわからないけれど、映研のみんなと夏を撮りたい―― ⇒ 第26回へ
カノウのことを思い出した夜、カミナギは深く深く眠ることができた。それは覚醒してから一ヶ月と少し経って、初めてのことだった。
カミナギは薄くまぶたを開けた。目が朝の光に慣れて、世界が見えてくる。
机のうえのカメラをそっと持ち上げた。愛機に最後に触ったのはいつだったか。覚醒までは毎日持ち歩いて、ファインダーを覗いて、いつも何かを撮っていたのに。
高校映画コンテストの支援AIであるルーパと参加登録をして、眠りに落ちる直前になって、カミナギは映画のアイデアを思いついた。だから安心して眠ることができたのかもしれない。
チホが書いたような整然とした脚本ではない。筋もほとんどない。でも、それでも映画は撮れるはずだ。ううん、絶対に撮らなければならない。
午後十時になってミズキに電話をかけた。できれば今日中に撮影したい。もう八月も二週間終わっている。今回の映画はきっと繊細な編集が必要になる。
「いいよ。でも今日一日だけでいいの?」
「うん。そのぶん大変だけど」
そしてもう一人。ウズハラにはどうしても音楽を作ってほしかった。
今のカミナギは前回のループで自分がウズハラに作曲を頼んだことを知っている。
アマネにウズハラの電話番号を訊いて、かけてみた。出てくれないかもと思ったけれど、ウズハラはすぐに応じてくれた。
「先日ご挨拶したカミナギです。朝早くからすみません。ちょっと聴いてほしい曲があって」
「ふうん。構わないけど」
二人の電話で音声データを再生する。それはこの前の夏、ウズハラが作曲したものだ。あのときカミナギは作り直してくれと頼んだ。彼は限られた時間のなかで、きっと苦労して、生み出したに違いなかった。
「どう思います?」
ウズハラは長いあいだ沈黙して、
「これは……何? 誰が作った曲?」
「以前わたしが映画を撮ったときに作ってもらった曲です。ウズハラ先輩と同じように、音楽と映画が大好きな人に頼みました」
「……それで、それを僕に聴かせて、きみはどうしたいんだい」
「映画のコンセプトができて、撮影は今日中に終わります。そのテーマ曲を先輩にこれを超える曲を作ってほしくて。〆切は二週間後でどうでしょうか」
「二週間後って、もう八月二十八日じゃないか」
「ウズハラ先輩にはできるかぎりじっくり作ってほしいんです。ピアノのコンクールは大切だと思います。無理にとは言いません」
「……わかった。一曲だけなら作れると思う。今日の撮影、僕も見ていいかな?」
「もちろんです!」
撮影は夕方からだ。
アマネといっしょに準備を進める。
覚醒して以来、何度かカミナギがカノウの話をしたけれど、アマネはカノウと過ごしたことを自らの体験としては思い出さなかった。まるで、卒業アルバムを見ても思い出せないけど同じクラスだったなら一度くらいは話したことがあると思う、みたいな感じだ。
「思い出す内容にはランダム性があるみたいだね。量子サーバーがそういう仕組みなのか、それとも誰かの意図なのか」
「記憶ってそういうものかもしれません。同じ時を過ごした幼なじみでも、同じことを覚えているとは限らないし」
キョウがいなくなって、もう一週間だ。幼なじみのことを考えない日はない。
同じことを覚えていなくても、同じ時を過ごしたことは覚えている。
でも、本当に同じ時を過ごしたのだろうか。
幼なじみだから同じ時を過ごしたように思っているだけで、きちんとした記憶があるわけではない。一日一日、一刻一刻の精密な記憶なんて持ちようがない。AIじゃないんだから。
アマネとカミナギはロッカーを丹念に調べたが、カノウが撮っていた映画は『世界の終わりの夏の一日』以外には見つけられなかった。
前回の夏の合宿や祭りのときも、カノウはカメラを回していたはずなのに、その映像データはアマネのAIによる全校データ検索にも引っかからない。
「メタレベルの、量子サーバー内のデータとしてあるんだったら、あたしがアクセスするは無理だろうね。ソゴルにはできるのかな」
アマネも、カミナギが言うまでもなく、キョウたちが覚醒していることは認識しているのだった。
「キョウちゃんたちも量子サーバーを完全に理解しているわけじゃないって言ってました」
「そうなんだ。データの生成も消滅も、確率的なものなのかもね。ダークディスクは不可視のままか」
カノウは世界を記録したいと言っていた。それが比喩的な言葉だったのか、あるいはもっと深い意味があったのかは今となっては確かめようもない。
とはいえ、カノウはドキュメンタリーとして舞浜南高校をよく撮影していたから、そのデータにはチホやその他の人々もそこには写り込んでいるはずだ。
そこから人間のデータが丸ごと回収できると思うほどカミナギやアマネは楽観的ではなかったけれど、傷ついた情報を修復するための補填データとしては使えるのではないかと思って、過去の作品を探していたのだった。カノウ以外の部員が撮ったものはアマネがAIにチェックさせたが、チホもカノウも写っていなかった。
「もしもチホを復活できるとして、意見を訊いてから復活させたいよね。情報体だからできると思うんだけど。身体性は形成せずに、精神構造の一部だけを復活させて……。いやいや、それはそれで気が進まないな」
「ですね」
「あたしはもう一度チホを見るだけでも十分うれしいんだけど、カノウ先輩は写ってない可能性が高いね」
「はい。自撮りするタイプでもなかったと思います」
「そうだ、これ。あげる」
「あ! カチンコですね」
小さな黒板にこれから撮影するシーンの情報を書いて、そのうえに付属した拍子木を鳴らして撮影が始まる。
アマネから受け取って、カチカチと鳴らしてみる。
「もしかして先輩の手作りですか」
「もしかしなくてもそうだよ」
「すごい。一点ものですね」
「この世界に一つしかないものしか、あたしは作らないよ。もう存在するものなんて、作る必要ないじゃん。誰かが作ったものをもう一回なぞるみたいに作るなんて無意味でしょ。完全な繰り返しのループには意味がない」
カミナギはうなずく。
自分がデータであること、ループしている情報的存在であることを納得できたわけじゃない。アマネだってきっとそうに違いない。そしてキョウはこの状況を打破しようと戦っている。
わたしは映画を撮る。この限られた世界で。
それにどんな意味があるのかは、まだわからない。でももうわたしは映画から目を背けたりしない。
「カミナギちゃん監督、カメラの設定これでいい?」
「あ、はい、確認します」
この夏最後の撮影がもうすぐ始まる。
著者:高島雄哉
次回4月13日(木)更新予定
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