エンタングル:ガール 舞浜南高校映画研究部【第28回】

最終話「からまる夏のカミナギ・リョーコ」2

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前回のあらすじ
世界がすべて量子コンピュータの演算結果に過ぎないとしても――再始動する舞浜南高校映画研究部。カミナギ・リョーコは前回のループの映画で音楽担当だった二年のウズハラ・シンスケに作曲を依頼した。高校映画コンテストの〆切まであと少し。この夏最後の撮影が始まる。 ⇒ 第27回へ

 あれは前回のループだった。

「夏って象形文字なんだよ」

 確かチホのVR書斎だ。断片的にかつての夏の記憶がカミナギの脳裏に浮かぶ。

「象形文字って、つまり夏には形があるということですか?」
「夏そのものの形じゃないけど、夏という漢字は、頭に冠か仮面をつけて踊っている人の姿を表しているの。夏祭りの巫女なのかもね」

 最後の撮影のために、ひさしぶりに外に出た。暑い。夏に覆われているみたいだ。
 毎日の気温もループしているのだろうか。でもチホが消えてしまったように、ループは完璧ではない。思いもよらない変化が起こりうるとキョウは言っていた。

「ミズキ、トミガイくん、いきなり呼んでごめん。思いついちゃって」
「まかせてよ、カミナギさん。ソゴルくんはいないの?」
「キョウちゃんは親戚の結婚式だって。それに今回はトミガイくんにぴったりの役なんだ」

 トミガイくん結婚式だなんてウソついてごめんね、とカミナギは心のなかで謝る。とはいえ、キョウちゃんはわたしたちの量子サーバー世界を守るために世界の外で戦っているから来れないんだ、と言うわけにもいかない。

「プールまでは適当に走るのね」

 ミズキが準備体操をしながら尋ねる。制服のスカートからのびる彼女の引き締まった足はとてもきれいだ。

「うん。三十分間。途中、立ち止まったり歩いたりしてもいいから。でも最後の五分間だけは全速力で。わたしも同じように走る」

 今回の映画はミズキとカミナギのダブルヒロインだ。
 仲の良かった二人の少女はすれ違いからケンカをしてしまう。休みの日、誰もいない学校で二人は出会ってしまう。
 どちらからともなくその場から逃げ出して、それでも再び出会おうとする。
 二人を呼び出したのはトミガイ演じる男子生徒。三人は幼なじみなのだ。
 全編ほぼセリフなし。演技指導はしない。撮影はアマネと彼女が作ったカメラAIにまかせることにした。カミナギとミズキはひたすら走り回って、アマネのドローンで追いかける。遠方からの撮影もアマネのAIに任せることにした。

「音楽はどこで使いたいの」

 ウズハラは早めに部室に来ていた。

「映画の中盤にトミガイくん演じる学校の幽霊がわたしとミズキに真相を語るシーンがあって、その直後です。それからはセリフなしで二人が走ってプールに飛び込んでエンディングになります」
「そうか。じゃあ二曲だね」ウズハラはドローンカメラの映像を見つめる。「プールのシーンがどういう感じになるのかも教えてもらいたいな」
「二曲もいいんですか?」
「ああ。面白そうだし、作りたいから」
「ありがとうございます! でも深夜になると思うので、ラッシュ――簡単に編集だけしたものをお送りしますけど」
「僕はもうカミナギ組の一人なんだから、お客様扱いしなくていいよ。見学しながら頭のなかで作曲していく」

 カミナギは泣きたくなるのを我慢しつつ、ウズハラに笑顔を見せて一礼する。
 念のため二回分、学校中を走って、カミナギとミズキは汗だくになってしまった。校舎内は文化系の部活もあって全館空調されているが、画としてのリズムを出すためにグラウンドや中庭も駆け回ったし、二人とも全力疾走が楽しくなってしまったのだ。

「このままプールに入りたい」
「制服、二着しかないからね。プールに飛び込むシーンは一回で決めちゃいたい」
「どうやって飛び込むの? 泳ぐときみたいに手から?」
「早く会いたいわけだけど、焦ってもいるし、というか焦ってるからプールに飛び込むわけだから……プールサイドを走って足から水面に入る、だね」

 PVのときに水中撮影は一度経験しているから、アマネもカミナギも手際よく準備できる。
 今回の映画は、今回のループでしてきたことを活用することにした。そうしないと間に合わないということが大きいが、このループを大切にしたかったのだ。前の夏に苦労したのは前の夏のカミナギ組だ。今は今のわたしたちがいる。

「ミズキ! 用意はいい? はい!」

 カミナギの声で、プールのいたるところに浮かんでいるドローンや水中の潜水艦が撮影を始める。
 二人はためらうことなく、思いっきりプールに向かって跳んだ。

 

 カミナギは帰ってすぐに編集を始めた。
 編集支援AIのことをアマネに言ってみたが、作っていないという。ループごとにアマネの物作りも微妙に違うのだ。
 一週間後の深夜、アマネと話しているときに、ウズハラから音楽データが送られてきた。三人でビデオ会議をする。

「できたよ。このまえ聞かせてもらった曲を超えるのは大変だったけど」
「おつかれさまです! 早速みんなで聴きましょう」

 曲が流れて数秒後、アマネから彼女のネコアバターを送られてきた。ネコは賞賛の拍手をしながら、くるくると踊った。
 カミナギもひとり大きくうなずく。
 激しくうなるパートと、丁寧に旋律をつむぐ落ち着いたパートが交互に繰り返す。二人が様子をうかがったり走ったりするシーンと重ね合わせれば、音楽と映像が絶妙に追いかけ合う場面になるはずだ。カミナギは編集前からうれしくなった。

「ウズハラ先輩。わたし、もっと音楽のこと、勉強します」
「ん? どういう意味かな」
「先輩の曲がすごいことはわかるんですけど、うまく言葉にできなくて」

 ウズハラは細長い指で髪をかきあげた。

「カミナギさん。その言葉で十分だ。すべてが言葉にできるなら、音楽も映画も要らない」
「ウズハラくん、あたしもきみの曲、素敵だと思うよ。あたしの自作の電子楽器で返礼したいくらい」
「それはぜひ聴いてみたいな」

 端正な顔のウズハラが底抜けに可愛らしい笑顔を見せて、カミナギはアマネと顔を見合わせた。

「今回はあの曲を聞かせてもらったし、良い勉強になったよ。まるで自分を外側から見るような体験だった」

 あの曲を作ったのは実際にウズハラ先輩だったんですよ、とカミナギは言いたかった。彼を覚醒させるかもしれず、結局黙っていたけれど。
 前回の曲を作ったのも、そして今回の新曲二つを作ったのも、すべての時間がウズハラのものだ。
 量子サーバーによって計算されたものだとしても、この世界も、すべての人々の時間も、存在しないはずはない。一瞬に触れることはできないけれど――だから映画があるのだろう――記録し、思い出すことはできる。


著者:高島雄哉


次回4月20日(木)更新予定


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