エンタングル:ガール 舞浜南高校映画研究部【第29回】

最終話「からまる夏のカミナギ・リョーコ」3

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前回のあらすじ
夏って象形文字なんだよ」そう語っていたチホはもういない。量子コンピュータのなかで、多くのものが失われながら、同じ時が繰り返す。それが舞浜南高校映画研究部一年カミナギ・リョーコのいる世界だ。撮影が終わり、カミナギは編集を始める。夏のかたちを探して。 ⇒ 第28回へ 

 映画が完成したのは八月三十一日の朝だった。
 全身がどろりとした眠気のなかにいるみたいだ。
 正午からの試写会にはミズキとトミガイ、ウズハラとアマネが来てくれた。映画冒頭、学校の幽霊であるトミガイにからかわれる役としてキョウも出演する。カミナギを含めて合計六人が今回のカミナギ組だ。ひとりひとりが愛おしい。

「急な連絡だったのにありがとうございます。上映後にみんなの意見を聞いて半日かけて編集し直して、〆切ぎりぎりの今日二十四時、数分前に提出します。じゃあ早速始めますね」

 キョウの言葉から類推すると、この試写会の出席者数などもループごとにまちまちということになる。
 世界初の映画『工場の出口』が公開されたのは一八九四年。カミナギが生まれる百二十年以上前のことだ。
 そしてこれまでに多くの人々によって膨大な数の映画が作られて、この世のすべての映画を見るためには十回二十回のループでは全然足りない。
 完成していても未完成であっても、見ることのできない映画――ダークディスクはたくさんあるのだ。
 ――なぜ情報体が何かを作るのか。
 カノウはそうカミナギに問いかけた。
 答えは永遠に出そうにないけど、カノウ先輩とまた会いたい。会って色々な話がしたいです、カノウ先輩。

 

 映画が終わると、四人が拍手をし始めて、カミナギもいっしょになって手を叩く。だってこれはみんなで作ったものだから。

「いいよ、リョーコ、これ。シンプルなのに泣きそうだった」
「タチバナさん、ぼく泣いちゃったから。ウズハラ先輩、音楽カッコよかったです!」
「トミガイくんありがとう。でも映画が良かったんだと思うよ。きみの演技もね」

 ウズハラの言葉にミズキもトミガイもうなずき合う。

「リョーコ、タイトルいいね。『すべての夏をこの一瞬に』」
「キョウちゃんが好きなSF小説が元ネタ。『すべての夏をこの一日に』って」

 わたしたちそのものみたいなタイトルだ。
 キョウちゃんによると、わたしが撮る映画のタイトルは毎回違うらしい。タイトルはわたしがいつも決めているのかな。

「さてと、私は演劇部に行くね」
「ぼくは家の手伝いしないと。次の映画も誘ってね、カミナギさん」
「うん、ありがとう。二人とも」

 ミズキとトミガイが出て行くと、ウズハラも席を立った。

「じゃあカミナギさん。また新学期に。僕も、次のきみの映画に参加できればうれしいよ」
「ウズハラ先輩、ありがとうございます。絶対また会いましょう」

 ウズハラが去って、アマネとカミナギの二人になった。

「今回の映画の主人公二人って、あたしとチホ? カミナギちゃんとソゴルか」
「どうでしょう。先輩が教えてくれたダークディスクがヒントになったかも」
「不可視のディスクがあって、それが見えている銀河の動きにも影響を与えているっていう。カミナギちゃんに話した?」
「そうそう、それです。このまえ話してくれたじゃないですか。それでわたし考えたんです。見たことのない映画ってたくさんあって、会ったことのない人ってたくさんいて」
「会ったことがない人も含めて、社会や歴史、つまりは世界が作られている」
「映画だって同じことで、見ていない映画や作られていない映画――ダークディスクはたくさんあって、それを含めて映画なんじゃないかって」
「誰にも見られないかもしれないけど、あたしたちは今回も映画を作ったんだね」
「本当は作られるはずだったたくさんの映画の代わりに、代表として作っているのかも」
「じゃあ今回のラストで抱き合う二人は、あたしとチホ、カミナギちゃんとソゴル、あるいは出会えない人たちの代表ってことか。nですべての自然数を表す、みたいな」

 カミナギはアマネに笑顔でうなずいた。

 

「さてこの夏もあと七時間か。カミナギちゃんはどうする」

 アマネが椅子から立ち上がる。
 先に帰った三人はいまごろ家に帰って、明日から始まる新学期の準備をしているのだろう。
 カミナギは部室の時計を見る。

 ――十六時五十八分十一秒

 家に帰っている時間ももったいない。

「ここで編集して、視聴覚室に行ってルーパにデータを渡そうと思います」
「ルーパって、ああ、映画コンテストの支援AIね。じゃああたしはリセットまで理科室で過ごそうかな――じゃあね、あとはサイコロ次第だね。確率に身を委ねるか」

 そういうとアマネはすたすたと部室を出た。
 カミナギは慌てて彼女を追いかける。

「アマネ先輩!」

 呼ばれたアマネは驚いて振り返る。

「なになに、どうした?」
「いえ――そうだ、アマネ先輩、どうして髪の色を変えるんですか?」
「髪? 別に深い理由もないんだけど。趣味、かな。あたしあんまり趣味ないんだよね。深い理由があって忘れているのかもしれないけど」

 カミナギはアマネを見つめる。
 今日アマネの髪は明るい水色だった。黒縁メガネとよく似合っている。

「あたしもさびしいよ、カミナギちゃん。でもカミナギちゃんはあたしたちの映画を完成させて。あたしは最後までリセットの瞬間を記録に残す方法を考えてみる」
「先輩。わたし、またアマネ先輩に会いたいです」
「うん、きっと会えるよ。カミナギちゃん」

 そういうと今度こそアマネは振り返りもせず廊下を歩いていった。彼女のあとをドローンが一機ついていく。静かな駆動音だ。彼女の最新作に違いない。

 

 すべての夏をこの一本の映画のなかに。そんなことを考えながら作ってきたのだけれど、どこまでできたのかはわからない。

「カミナギ・リョーコ、さん」

 黒髪の少女が部室のなかに立っていた。カミナギはもう驚かない。

「シズノ先輩」

 シズノは舞浜南高校の制服を着ていた。

「あなたにそう呼ばれて、着てみたの」
「似合ってます。次の夏にはきっと転校してきてくださいね。わたしが覚醒したままかどうかはわからないけれど」
「ええ。そうね。半覚醒状態の継続確率はそれほど高くない。それはフカヤ・アマネも同じ」
「それどころか、わたしやアマネ先輩のデータが消失することだってあるんでしょう?」

 シズノは目を伏せた。仕方ない。それがこの世界の、舞浜が置かれた量子サーバーの限界なのだ。

「カノウが目指したエンタングルメントエントロピーの制御はいまだ実装できていない」
「前から気になっていたんですけど、それって」
「エンタングルメントエントロピー。二つの量子情報がどれだけからまり合っているかを示す物理量。すべてのからまりがほどけてしまえば量子情報は消失してしまうけれど」
「からまり過ぎると自分自身がなくなってしまう?」
「ええ。そのとおり」

 カミナギは思いつきを話し始める。

「それって映画みたいですね。映画から離れすぎると楽しめないし、かといって没入しすぎると映画全体を見ることができなくなる。いつかチホ先輩が言っていました。虚と実のあいだに芸術が成立するって」

 シズノは何かに気づいたようにカミナギを見る。恐ろしいほどの美人だとカミナギは思った。きっとこれは単なる外見的な美ではない。彼女が人工人格であることをカミナギは知っている。存在としての覚悟のようなものがシズノにはある。
 彼女の美しさを見ていると、自分がきちんと生きているかを問われているような気分になる。

「あの……」
「あなたの映画がこの量子世界の均衡を保っているのかもしれない。世界の結び目として。あなたこそがこの世界を守り、祝福している――」

 カミナギはシズノの雰囲気に飲まれてしまって返事ができない。

「私のただの想像だから気にしないで。素敵な映画を撮り続けてね」

 彼女は微笑み、カミナギに封筒を差し出した。

「これは?」
「キョウからのメッセージ。もし帰れなかったら渡してくれって」
「帰れなかったらって、キョウちゃんは無事なんですか?」
「無事とは言えない。だけど消失したわけでもない。精神データも肉体データもダメージが大きくて、いま修復しているの。きっと帰ってくると思うけれど、時間がかかるかもしれないから、このメッセージは渡しておく」
「……キョウちゃんのこと、よろしくお願いします」
「全力を尽くす。約束するわ」 

 カミナギにはキョウとの再会が見えるようだった。
 願望なのか、あるいは量子エンタングルメントによる記憶の順序交換が起きているのか。それはカミナギにはわからなかった。


著者:高島雄哉


次回4月27日(木)更新予定


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