エンタングル:ガール 舞浜南高校映画研究部【第3回】
第1話「なぜカミナギは映画監督になれないのか」3
前回のあらすじ
どうすれば夏を撮ることができるのか。舞浜南高校一年のカミナギ・リョーコは映画監督志望。高校映画コンテストに応募するため、カミナギはピアニストのウズハラに続き、理系少女のアマネに撮影機材の協力を求める。 ⇒ 第2回へ
理科準備室にはハンダごてで電子工作をしている女の子がいた。まとっている白衣は小柄な彼女の体に合っておらず、マントのように見える。このまえカミナギが会ったとき、彼女の髪はショッキングピンクだった。今はほとんど純白に近い金髪だ。
「アマネ先輩、こんにちは」
「お、カミナギちゃん。どうした?」
舞浜南高校には様々な分野の全国レベル、世界レベルの生徒がいる。フカヤ・アマネはそのなかでもベストの一人だ。カミナギの映研入部の手続きをしてくれたのが彼女で、それ以来仲良くしている。ミズキはどうしてアマネ先輩が映研部員なのか疑問だったみたいだけど、アマネ先輩が科学好きになったきっかけはSF映画で、むしろ科学よりも先に映画が大好きなのだった。
「今年も科学オリンピックに出るんですか?」
「もう飽きちゃった。誰かが作った問題を解いても面白くないんだよね。どうせ答えは出ているってわかってるから、ますます退屈になる。問題も解答も自分で見つけないと」
カミナギはアマネに撮影機材を作ってもらうつもりだった。しかしアマネの言い方だと、これはカミナギの問題であって、興味を持ってもらえないかもしれない。
「あたしが主演の映画を撮るの? 天才物理学者の役で」
アマネはようやく作業を止めてカミナギを見た。右目は青、左目は緑のオッドアイ。どちらもカラーコンタクトレンズを入れているのだ。
「いえ、あの、主役は決まっていて」
カミナギは書いている途中のシナリオについて説明を始めた。アマネは聞いているから続けてと言って、ハンダづけの作業を再開する。時々ふんふんと相槌を打ちながら。
「それで、アマネ先輩には空撮用のカメラを作ってほしいんです」
「空撮ねえ」
「面白くない、ですか?」
アマネはハンダごてを台に置き、まゆ毛を触りながら考え始めた。まゆ毛もまつ毛も銀色だ。まつ毛はメイクだろう。
「面白い空撮もあれば、つまらない空撮もある。人間次第だよ。そしてカミナギちゃんはラッキーだ。あたしは今まさに空撮、というか3D情報収集に興味があって、新しいカメラシステムを作ってるところなんだ。これを使うといい。もちろんカミナギ監督ちゃんのオーダーにはできるだけ沿うように改造してあげる。オーケー?」
自信に満ち溢れた笑みをアマネは見せた。
「ありがとうございます! もちろんオーケーです」
「ただし、条件が一つある。ソゴル・キョウのこと」
「キョウちゃんには主演を頼んでますけど?」
「それはさっき聞いた。実はあたしソゴルのこと、前からちょっと気になってて。一人で水泳部してたり、ああいう面白い子、好きなんだよね。紹介してほしいかなって」
「ちょっと待ってください、それが条件?」
「うん。ダメかな? もうカミナギちゃんとソゴル、付き合ってる?」
「いえ! 幼なじみというだけで別にそういうのはないんですけど。けどじゃなくて、そういうのはないです、はい」
「じゃあ紹介してくれる?」
カミナギは幼なじみを恋愛対象として見たことはないし、幼なじみが誰かの恋愛対象になるなんて想像したこともなかった。
「どうかした?」
「油断、というんでしょうか、全然考えたことなくて」
「気づかないうちに取られちゃったみたいな?」
「そんな! わたしはキョウちゃんのこと別に」
「まあ、あたしも今すぐどうこうなりたいわけじゃないからさ」
「紹介はすぐします。今すぐします」
アマネは大きな声で笑い出した。
「今度でいいよ、カミナギちゃん。撮影のときには絶対会うし。じゃあ契約成立ということで、撮影のシチュエーションを教えて。さっそくシステムを組むから。高校映画コンテストの〆切は来月末でしょ」
協力を得られたのはうれしかったけれど、キョウを紹介するというのが何とも言えない違和感だった。
しかし作品提出までは、あと一ヶ月と少し。一日も早く撮影に入りたい。スタッフ集めの段階でモタモタしているわけにはいかない。
カノウ先輩はわたしに、きみは映画監督になれないと言った。ちゃんと映画を完成させて、カノウ先輩に見せてやるんだ。
「ねえ、もしかして地下って、そこ?」
カミナギの企画書を見ていたアマネが、ハンダごてで戸棚のまえを指した。床には四角い金属製の枠があって、埋込み式の取っ手も見える。
「わたし、よく知らないんです。これから調べるつもりだったから」
「いやいや、カミナギ監督。そこだよ。間違いない。あたし、ここの主だからね。他のところからも出入りできるんだろうけど、とにかくそこの蓋を開けると地下室があって、開かずの扉がある。いかにもどこかに通じていそうな扉だよ」
「でも開かずの扉なんですよね。ここまで結構トントン拍子だったけど、そうは上手くいかないか」
カミナギの言葉に、アマネは不敵な笑みを浮かべた。
「いつまでに開ければいい?」
翌日も学校は平常授業だったが、カミナギはそれどころではなかった。
アマネが地下通路への扉を開けたと、昼休みに連絡があったのだ。アマネには放課後また実験室に行くと返信して、授業があるうちに撮影プランを考えていく。
とりあえず今日の放課後は試し撮りだ。わたしだけでいい、かな? 撮影環境を知っておいてもらうためにはアマネ先輩もいたほうがいいかもしれない。それなら主演がキョウちゃんなのは決まっているのだし、地下でキョウちゃんがカメラにどう映るのか、撮影しておく必要がある。だとすればトミガイくんにも来てもらいたいし、音楽担当のウズハラ先輩にも雰囲気を感じてもらったほうがいい。
カミナギはスタッフとキャスト全員にメールで招集をかけることにした。キョウをアマネに紹介することになると思って、一瞬ためらったが、思い切ってメールの送信ボタンを押した。
実験準備室の床の蓋を開けると、固定式のハシゴが伸びていた。アマネが準備室の奥のスイッチを押すと、地下の電気が点いた。
カミナギが最初に降りて、キョウからカメラを受け取った。次に白衣をまとったアマネが降りてくる。白衣が長いのか、アマネの背が低いのか、彼女の足はかかとまですっかり隠れていた。
全面コンクリートの部屋で、あまり湿気はないが、ひんやりとしている。地上の準備室と同じくらいの広さで、三十人は楽に入れそうだが、天井は低い。一番背の高いウズハラはちょっと窮屈そうだ。
アマネは人数分のLEDランタンを実験室のどこかから用意していた。どうやらかなり面倒見の良い先輩みたいだ。心配していたキョウとの顔合わせも、カミナギが紹介するまでもなくアマネからどんどん話しかけていって、今やすっかりキョウともトミガイとも打ち解けて話している。
「先生たちはここ使っているんですか」
「ううん。存在すら知らないと思うよ。あたしが去年探検して見つけたの。で、あれが開かずの扉」
倉庫の奥には、青い錆の浮かんだ銅製のドアがあった。
「緑青(ろくしょう)ね。それはささっと溶かしたんだけど、大変だったのは古い鍵」
「どうやって開けたんすか?」
キョウがアマネの話に興味を持ったようだ。
「電子キーじゃないから物理的に開けたんだよ。鍵穴を洗浄して、そこに型取りのパテを入れて、おおまかなマスターキーを作って、それを鍵穴に挿した状態で思いっきり叩くとシリンダーがズレて開錠できる」
「すげえ」
「こんなの大したことないよ」
と言っているアマネは素直にうれしそうで、いつもよりかわいく見える。
カミナギはぺちぺちと自分の両頬を叩いて気持ちを切り替えた。
「皆さん、今日はよろしくお願いします」
アマネとトミガイが一際元気に返事をし、ウズハラは黙って頷いたが、キョウは一人むずかしい顔をしている。
「なあカミナギ、ホントに俺、主役なのか」
「まだ言ってる」
「オレはこの夏ずっと泳ぎたいんだ! ……でも、そのためには水泳部が存続しないとな」
「そうそう。もっとみんなが水泳部に入りたくなるPV作ってあげるから」
キョウは考えながらカミナギを見つめてくる。アマネがキョウのことをどう思っているのかはわからないけれど、最近男の子っぽくなったのは確かで、もしかするとちょっとカッコよくなったかもしれないとカミナギは思った。
「よし、覚悟は決めた! さあカミナギ監督、オレはどうすればいいんだ?」
「キョウちゃんが演じる主人公は世界の秘密を探っているの。少し緊張はしているけど、別に恐れてはいない。使命に燃えている」
それはカミナギが幼い頃から持っている、キョウのイメージでもある。深く考えながらも、落ち込むということがない。自分がそうなりたいと思わなくもない。でもそれよりもわたしはキョウちゃんを撮影する側になりたい。わたしは映画に出たいんじゃなく、映画を撮りたいんだ。
「監督、ドローンは? とりあえず試してみる?」
アマネが手を腰にポーズを取って、挑発するようにカミナギを見る。自分の自慢の作品を使って欲しいのだ。カメラ搭載のドローンはもう地下に運び込まれている。
「扉の向こうは狭いかも。大丈夫ですか?」
「そんなの。自動回避する」
「わかりました。ぜひお願いします」
アマネはひっひっひと笑って、ドローンを起動させた。五機がほぼ同時に飛び立つ。キョウやトミガイが、アマネが持っている装置を珍しがる。
「すげえ、それゲームのコントローラーでしょ。それで動かすんですか?」
「んな古いやりかたしない。これはワイヤレス給電用のアンテナ兼バッテリー。あたしのドローンたちはみんな自分で動き回る。互いに互いの位置を確かめ合って、確実に撮るべきものを撮る」
「そっか。五つの孤立したAIがあるんじゃなくて、五機で一つの群知能を構成してるのか」
「お、なかなかやるね。ソゴル・キョウ」
アマネがコントローラーをカチャカチャと動かすと五機がキョウとトミガイを中心に回り出した。全方位映像がアマネの腕のディスプレイに映る。
「すごいや。ぼくは、ソゴルくんみたいに理屈はわからないけど。わっ」
トミガイの頭にドローンの一機がとまって、三人で笑っている。
その様子を見つつ、カミナギはウズハラを自分のカメラで撮影する。
「先輩、そろそろ出発しますけど」
「うん。一応自分の録音機を持ってきたけど、フカヤさんに任せたほうがいいのかな。あのドローンも録音しているだろうし」
「ありがとうございます。音はわたしのカメラでも録っているので大丈夫です。今日は先輩の耳で、ここの雰囲気を感じておいてください。きっと作曲のときに役立つと思うので」
寡黙なウズハラは静かにうなずく。
カミナギはうれしくなった。程度の差こそあれ、みんな映画撮影に協力してくれている。初めに参加しようと思ったきっかけは一人一人違うのだろうけれど、それはどんな映画の現場でも同じはずだ。最終的に全員が同じ目的、つまり良い映画を作りたいと思ってくれるように大きな方向を決めていくのがディレクター、監督というものだ。
「では行きましょう。撮影開始です」
カミナギがカメラの録画ボタンを押したのを確認して、キョウが青緑色のドアを開けた。
著者:高島雄哉
次回10月20日(木)更新予定
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