エンタングル:ガール 舞浜南高校映画研究部【第4回】

第1話「なぜカミナギは映画監督になれないのか」4

前回のあらすじ
どうすれば夏を撮ることができるのか。舞浜南高校一年のカミナギ・リョーコは映画監督志望。かつて高校の地下で生徒が行方不明になったという噂を聞いた彼女は、スタッフと撮影を開始する。 ⇒ 第3回へ

 理科室の地下のドアを開けると、コンクリートの通路が伸びていて、カミナギの目でもカメラのズームを使っても、果ては見えなかった。通路の天井には照明がある。LEDランタンは念のためひとつだけ持っていくことになった。持つのはもちろん映画の主人公役を演じるキョウだ。
 通路は今まで誰も入ったことがないみたいに清潔だった。キョウの背中にくっつくようにトミガイが、その後をカミナギとウズハラが続いて、最後にドローンを引き連れたアマネが歩く。
 地下倉庫の地図はアマネが高校のネットワークに侵入を試みたものの、高度なセキュリティ機能AIに守られていて入手できなかった。
 初めカミナギは職員室に行って地下の撮影許可をもらおうと思っていたのだが、アマネの話を聞いてイヤな予感がしたため、無断で撮影することにした。
 そしてカミナギの予感は当たっていたようだ。来る前はせいぜい倉庫やポンプ室が数部屋あるだけだろうと思っていたのだが、地下の通路は複雑に分岐しながら縦横無尽に走っていて、アマネのドローンが空間座標を覚えていなければ、とっくに全員道がわからなくなっていただろう。
 行方不明になった生徒がいるって噂は、本当なのかもしれない。地図があっても迷子になりそうだし、正式に申請しても、撮影どころか立ち入りも許可されなかったに違いない。無断撮影がバレたら怒られるだろうけど、良い映画のためなら仕方ない、監督のわたしが怒られればいい。この場所が持つ何とも言えない雰囲気は、ちょっと他のところでは撮れそうもない。

「迷宮、かな」

 ウズハラが囁くように言った。
 カミナギはカメラを主演のキョウに向けたまま、ウズハラに小さくうなずく。まさか毎日通う高校の地下にこんな迷路みたいな空間があるなんて。

「ソゴルくん。ここ、さっき通らなかった?」
「トミガイ、迷ったときの定番のセリフ言うんじゃねえ。ここは絶対に通ってない! だろ? アマネ先輩」
「うーん。そうだといいんだけど。なんか、あたしたち地下二階にいる?」
「初めに降りたハシゴだけで、下り坂なんてなかったし、ここは地下一階だろ。先輩のドローン、壊れたんじゃ」
「ソゴル! あたしの子たちはそんなヤワじゃないよ! ……みんな先に行ってて。ちょっと整備する」
「ダメですよ。はぐれたら大変」

 カミナギはもう一度人数を確認する。自分も含めて五人、全員ちゃんといる。

「監督、大丈夫。点検するのは一機だけで、ほかの四機はあたしがみんなから離れすぎないように、ついていかせるから」
「じゃあゆっくり行きます。すぐに合流してくださいね」

 わかったわかったというアマネを残し、カミナギたち四人はさらに奥へと進んだ。

 ドローン四機はカミナギたちとアマネを中継するように間隔を広げながらも確かに四人のあとをついてくる。

「キョウちゃん、どっちに進んでるの」

 カミナギが先頭のキョウに歩み寄る。

「オレにもわかんねえよ。勘だ、勘」
「勘なの? ソゴルくん」

 すぐ後ろのトミガイが騒ぎ出す。そこでウズハラが指揮者のように手を挙げて、

「大丈夫。ドローンの音は五つ聴こえる」
「ウズハラ先輩、本当すか?」
「ああ。音について僕は嘘をつかない。そう決めている」

 ではいざとなればアマネのところには戻れるということだ。そしてアマネの端末には地図情報がある。

「じゃあキョウちゃん、そこのドア開けてみよう」

 通路の右側に青色のドアが見える。その先には通路が続くだけだ。キョウはすぐさま金属製のドアノブを回し始めた。

「固いな、こいつ。……よし、開けるぞ」

 キョウがドアを押さえているあいだに、カミナギがビデオカメラと電気ランタンを持って、中に入っていく。ドローンが一機、二人の頭上を抜けて、先に室内を撮影し始めた。

「え? あれ? 急に重く。おい、トミガイ! 手伝ってくれ!」

 キョウが声をあげる。

「キョウちゃん?」

 カミナギがドアを押さえるのを手伝いに走り寄るが、もう間に合わない。

「ソゴルくん! カミナギさん!」

 ウズハラも何かを言ったようだが、ドアが閉まりきって、向こうの声は聞こえなくなってしまった。キョウがドアを何度も叩いても、鈍く低い音が跳ね返ってくるだけだ。向こう側には音は届いていないだろう。向こうからの音も聴こえない。
 どうしてもドアは開かず、カミナギとキョウは部屋の奥に進むことにした。
 天井の照明は壊れているものが多く、先ほどまでとは比べものにならないほど暗い。キョウはLEDランタンを点灯し、カミナギはカメラを赤外線モードに切り替えた。

「ここって何なんだろうね。わたし、水道のポンプや電気ケーブルがあるんだと思ってた」
「オレだってわかんねえ。高校の地下で素粒子実験でもしてるのか?」

 ドアの向こうに人影が見える。女の子みたいだ。長い黒髪が光って見える。違う、髪自体が輝いているのだ。

「誰だ?」
「行方不明になった子?」
「まさか。カミナギはここにいろ、動くなよ」

 キョウはカミナギにLEDランタンを手渡すと、険しい顔のまま駆け出していった。

「ちょっと! キョウちゃん、待って!」

 カミナギは幼なじみをすぐに見失ってしまった。
 ドローンも気づけばどこにもいない。通路の十字路で立ち止まり四方にカメラを向けたが、誰の気配もなく、どちらに進めばいいのかもわからなかった。
 ひとしきりみんなの名前を呼んでみるが返事はない。カミナギは諦めて、奥に進むことにした。自分にカメラを向ける。

「えっと、わたしはいま舞浜南高校の地下にいます。いつか誰かがこのカメラを見つけてくれることを信じてメッセージを残します」

 なんてね。
 まさか高校の地下で行方不明になるはずがない。フェイクドキュメンタリーっぽいナレーションをして一人で遊んでみただけだ。他の五人のうち誰か一人はもう地上に出ているだろうし、朝まで出てこなかったら、助けを呼びに行ってくれるだろう。
 とはいえ。とはいえ、こんな迷路か迷宮みたいな場所があるなんて。
 そのとき、さっきの女の子が音もなく通路の曲がり角から歩み出てきた。ほんの十メートル先だ。彼女はカミナギを一瞥して、そのまま別の角を曲がっていく。

「待って!」

 カミナギは急いで彼女の後を追いかけて、同じ角を曲がる。
 遠くで彼女の髪がなびいて、光の粒子がこぼれる。駆け寄りながらズームで見るが、光量が足りないためにピントが合わない。
 ――ついてきて。
 その子の声が聞こえたように思えたけれど、カメラのマイクは何も拾っていなかった。
 カミナギはカメラを構えたまま歩いて行く。
 なに。ここ。
 床も壁も柱も天井も同じ、正方形の白いパネルで出来ている。金属のようだが、種類はわからない。キョウちゃんかアマネ先輩がここにいたら良かったのに。
 すべてのパネルにはスリットがあって、床と天井の向こう側は真っ暗だ。換気しているのか、ファンのような音がカミナギを包み込む。高校のコンピュータ室の音に似ていなくもない。
 壁や柱に見えていたのは天井まで伸びたケースで、内部はほとんど透明な液体で満たされている。大小の泡が浮かんでは消え、時々グリーンやブルーの色彩を強めながら輝く。
 見分けのつかないケースが無数に配置されていて、この部屋の中だけでも迷ってしまいそうだった。カミナギは入ってきたドアを確認しながら奥に進んだ。
 ここにキョウたちがいるとも思えなかったけれど、何があるのか見てみたい、カメラで撮影したいという気持ちを抑えられない。撮影するべき何か大切なものがある気がする。ただの勘だけど。
 五分は歩いただろうか、ひときわ大きく明るいケースを見つけた。それはこの部屋の端らしく、広々とした一面の凹んだ場所にあった。
 周りと同じく、正方形のパネルが規則正しく敷き詰められていて、パネルのスリットからは向こうの液体が見える。液体はこれまでと違い、まるで巨大な宝石のように、深い青緑色を湛えながら、それでいてどこまでも透き通って、ずっとずっと先まで見える。
 一か所だけ大きなスリットを見つけた。十センチは開いている。そこでは液体表面が何にも覆われずに、むき出しになっている。液体が揺らめいて、表面の凹凸が見える。
 カミナギは右手のカメラを持ち直し、そろそろと左手をその凹凸へ伸ばしていく。
 これはきっと、絶対に触ってはいけないものだ。なぜだかはわからないけど、カミナギは確信する。圧倒的な存在感だ。左手はもう、一ミリだって近づけられない。
 さっきの女の子も、本物の幽霊みたいだった。幽霊に本物というのもなんだか妙な言い方だけど、奇妙な存在感があった。数秒は見えたからカメラには記録できたはずだ。後から確認しよう。でも、きっとあの存在感は捉えられなかった。
 壁面パネルの向こうの液体はゆったりと循環しているようだった。あるいはずっとずっと遥か遠くから流れて来たのか。カミナギはじっと、その揺らめきを見つめていた。

「触るな!」

 カミナギは突然の大声に驚いて振り返る。

「え?」

 いつものようにカメラを向けると、カミナギはますます混乱してしまった。映っていたのは、そこにいるはずのない人の姿だったのだ


著者:高島雄哉


次回10月27日(木)更新予定


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