エンタングル:ガール 舞浜南高校映画研究部【第5回】

第1話「なぜカミナギは映画監督になれないのか」5

前回のあらすじ
どうすれば夏を撮ることができるのか。舞浜南高校一年のカミナギ・リョーコは映画監督志望。高校の地下で撮影中スタッフとはぐれた彼女は、黒髪の少女に導かれて最奥の部屋に。壁に触れようと手を伸ばすと、背後から声が響いた。 ⇒ 第4回へ

 振り返ったカミナギが見たのは確かにカノウだった。しかしひどくよそよそしい彼の態度は、いつもとはまるで異質だ。

「先輩?」

 カミナギはおそるおそる、いつものように話しかけてみる。

「無許可で撮影を始めたのは確かに悪かったですけど、昨日も今日も先輩、部室にいなかったから」
「ああ、いたら絶対に許可しなかった。さあ早くここを出るんだ。みんな外で待ってる」

 カノウの言葉が少しだけ柔らかくなって、カミナギはホッとする。

「何なんですか。この部屋は」

 壁の向こうの液体は、カノウの存在に呼応するかのように光を強めていた。

「どこにも触らずに、オレについて来てくれ」

 カミナギは壁のほうを何度か振り返りながらも、カノウの後を歩く。
 黒いドアを二回抜けると、ずっと感じていたあの液体の威圧感のようなものが消え去った。

「……舞浜は夢を見ている。あの部屋は夢の揺りかごなんだよ」
「それ、先輩の詩ですか?」
「メタファーだったらどんなに良いか」

 カノウは少し考えて言葉を継いでいく。

「そう、メタファー、比喩だと思ってくれていい。あれは下水道処理施設だ。減菌処理はされているけれど、触らないほうがいい」

 カノウが嘘をついていることは容易にわかった。これまで何度も口論しているのだ。カノウの語調くらい理解している。

「カノウ先輩、どうして地下にわたしたちがいるってわかったんですか?」

 カノウが立ち止まり、振り返った。

「話しても構わないか。それで覚醒するとは限らないし。……ここを管理するメタAIから知らせが来てね。さっきカミナギくんが見ていたのは量子液体だ。あの部屋全体が量子コンピュータなんだよ。正確にはそのメンテナンスのための演算領域だけどね」
「先輩、ちょっと……」
「そしてこの地下空間は演算領域を調整するための回路だ。本来はメタAIしか通行できない。侵入者は自動構築される迷宮によって排除される。きみがあの部屋まで行き着いたのはメタAIのきまぐれみたいなものかな」
「ちょっと待って!」

 カミナギは絶叫する。

「先輩の話、なんだか、怖いです」

 どうして怖いのか、わからないけれど。

「怖いのは真実だからさ。そして世界もきみの夢も、もちろんオレも幻なんだ」

 カノウは優しく、悲しそうな笑顔を見せた。
 そんな彼の表情を見たことのないカミナギは少し驚く。
 再び歩き出してしばらくすると、通路の先に見覚えのあるドアが見えてきた。銅のサビ、緑青(ろくしょう)で覆われたドアだ。地下に入ってから、もう三時間も経っている。

「あ、そうだ。さっき女の子がいたんですよ。長い髪の、すごくきれいな子」
「彼女はイェル。メタAIとしてこの舞浜の環境維持を手伝ってもらっている」
「電気や水道を管理している機能AIのことですか? それにしては存在感があったような」

 カノウは何も言わない。
 機能AI、fAIが人間の姿をしていることは二〇二二年の段階では当たり前のことだ。AIに何かを頼むとき、人間のかたちをしていたほうが話しやすい。でもそれは無機質なマイクに話しかけるよりはイイ、というくらいのちょっとした工夫に過ぎない。人間と見紛うほどの精巧な立体ホログラムは必要ないはずだ。
 でも今夜はいろいろありすぎて、もう頭が回らない。
 カミナギはカノウの後をついて歩く。カノウは背が高い。大きな背中だ。キョウちゃんの背中だったら触れるのに。
 地下室に入った二人は、ハシゴを挟んで向かい合う。

「先輩からお先にどうぞ」
「カミナギくんからどうぞ。落ちたら受け止めるから」
「あのですね、カノウ先輩! わたしはスカートなんです」
「これは失礼。オレが先に行くよ。オレの下半身はいくらでも見ていいからね」

 カミナギはわざとらしい笑顔で返す。
 ひさしぶりにカノウ先輩の軽口を聞いた気がする。そう、入学した頃はこんな感じだった。
 ハシゴをのぼって顔を出すと、キョウにミズキ、トミガイ、アマネとウズハラが一斉に集まってくる。
 カノウが出した手につかまって、カミナギは地上に出た。

「みんな無事で良かった。でもどうやって外に出たの?」
「わっかんねえんだよ。オレはあの女の子を追いかけていったら、途中でウズハラ先輩といっしょになって、いつの間にか実験室に戻って、トミガイが寝てたんだ」
「寝てたんじゃないよ、ソゴルくん。気を失っていたんだよ。こんなの初めて」
「あたしはいきなり整備中のドローンが逆走してさ、追いかけたらここまで戻ってた」

 もう午後八時を回っていて、さすがにみんな疲れている。カミナギは監督として締めの挨拶をした。

「今日は撮影終わりです。明日また連絡するので、今日はこっそり裏門から帰りましょう」

 キョウがうーいと返事をして、門の外で解散となった。
 カミナギはカノウを呼び止める。

「先輩、これ。書き直した企画書です」
「じゃあ読んでおくよ。今日はおつかれ」

 翌日、カミナギが映研の部室に行くと、カノウが一人座っていた。

「わざわざ呼び出して悪かったね」
「いえ、カノウ部長がわたしのメールアドレス知っていたほうが驚きです」
「入部のときに書いてもらったじゃないか。部員名簿、渡しただろ」

 そっか。アマネ先輩やウズハラ先輩にはメールすれば良かったんだ。

「あの、それで今日はどういう御用ですか」
「きみが書き直した企画書、読んだよ」

 彼は机のうえに置かれた企画書を手にとって見直す。
 カミナギは議論が始まるかもしれないと身構えた。昨日のカノウを思い出す。捉えどころのない話をするのはいつもと同じだったが、あのときの異様な雰囲気は何だったんだろう。今は普段のカノウ先輩だ。

「さて、以前カミナギくんに言ったことだけど、一部撤回するよ」
「なんです、改まって」
「きみがこれから撮る作品、タイトルはまだなのか、まあいい。その作品だけど、高校映画コンテストへの出品を認めることにする」
「舞浜南高校映画研究部として? 出品していいんですか?」
「ああ。別にオレが反対しても、勝手に参加できるんだけどね」

 カミナギもそれは知っていたが、部長のカノウに認めてほしかったのだ。

「脚本にまとめるのは大変そうだけど、純粋に企画として面白いと思ったからね」
「ありがとうございます!」

 カミナギはうれしくて、ついつい深めに頭を下げってしまった。見上げたカノウの顔に接近しすぎて、慌てて顔を戻す。

「礼を言われるようなことじゃないさ。カミナギくんの仕事を客観的に評価しただけだ」
「客観的に、ですか」
「ん?」

 カノウの大人びた笑みからはほとんど何も読み取れない。

「いえ、なんでもないです」

 カミナギはうれしい反面、なんだか物足りない気分だった。ずっと心に刺さっている言葉について、カノウが何も言わないからだ。
 聞かなくていいんじゃないかと自分でも思う。でも先輩がどう思っているのか知りたい。これって、怖いもの見たさなのかな。

「あの、わたしが監督になれないって」
「え? きみはもう映画監督じゃないか」
「そうじゃなくて!」

 カノウ先輩はあのとき、わたしの将来について話していた。
 カミナギは食い下がる。
 カノウは観念して、しかし言葉を選ぶように、ゆっくりと話した。

「……そうだね。カミナギくん、きみが考えるような意味では、きみは映画監督になれない、とオレは言ったんだった。繰り返す夏を見てきたからね。でも、きみにとっては最初で最後の高校一年生の夏なんだな」
「私が成長しないって言いたいんですか?」
「この夏を超えないかぎりね。そしてオレは、それができないと思っている」

 カノウは前髪をかきあげながら、カミナギに笑顔を見せる。不意をつかれたカミナギは不覚にも赤面してしまう。

「失礼します! 撮影があるので」

 カミナギは勢いよく部室を出たけれど、不思議とほとんど怒りを感じていなかった。
 キョウ以外のスタッフも増えて、自分が監督として未熟であることを痛感したばかりだ。今のわたしが、今のままで監督になれるはずがない。この先輩は信頼していい。そんな気がする。
 もうすぐ夏休みだ。コンテストの締め切りは八月三十一日。今日は七月十一日だから、七週間とちょっとしかない。いい映画を撮って、カノウ先輩を驚かせたい。
 カミナギは校舎から出て、夏の空にカメラを向けた。この夏を撮れたら、きっといい映画になる。夏は始まったばかりだ


著者:高島雄哉


次回11月3日(木)更新予定


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