エンタングル:ガール 舞浜南高校映画研究部【第6回】
第2話「ホログラフィック・ノイズ」1
前回のあらすじ
舞浜南高校一年のカミナギ・リョーコは映画監督志望の映研部員。高校映画コンテストにむけて長編映画を撮影している。夏休み直前、なかなか脚本がまとまらない彼女は、カノウ・トオル映研部長に相談する。 ⇒ 第5回へ
カミナギは映研の部室で機材の準備を進めていた。
「トミガイくん、これ、部員の作品集じゃない?」
「面白そうだね」
手伝いを頼んだミズキとトミガイがロッカーのなかを覗きこんでいる。
「ちょっと二人ともさぼりすぎ。〆切まで時間ないんだから」
そのとき入り口のスライドドアが開いた。誰かなんて見るまでもない。部室に顔を出すのはカミナギ以外には部長のカノウだけだ。
「みんな忙しそうだね。カミナギくん、撮影は順調かな」
「問題ありません」
無愛想にそう言ってから、カミナギは後悔した。カノウの言葉に対しては、どうしてもあれこれと考えてしまう。たぶん純粋に気遣ってくれているだけなんだろうけど。
カミナギは警戒のレベルを下げることにした。
「シナリオがうまくいかなくて。主人公と恋人が住んでいる街を調べていくのは良いとして、どういう順番で巡って、結果としてどういうところに行き着くのか、まとまらないんです」
「なるほどね。一人で考え込むんじゃなくて、誰かと話し合ったほうが良いかもしれないな」
「え、そんな、カノウ先輩も自分の作品があるじゃないですか」
「いや、誰かっていうのはオレじゃないよ」
カミナギはカッと自分の頬が赤くなるのを感じた。カノウの顔を見ることができない。
「カミナギくんだってオレとふたりきりで長々と話すのはイヤだろう?」
「そんなことないですけど。いや、長々と話したいというわけでも。あれ? あれ?」
「わかってるから慌てなくても大丈夫。で、話を戻すと、夏合宿はどうだろうって思ってね。オレが入学する少し前までは行ってたらしくて記録も残っている。映画に集中して向き合えるし、海も撮影できる」
カノウが書棚から手作りの冊子を取り出してカミナギに渡した。
舞浜海浜公園のそばに市立の宿泊施設があり、高校生は一泊三食付きで学割価格の千二百円で利用できる。個室は少ないが、何人かずつに別れて泊まればいい。集会室にはプロジェクターとスクリーンがあって、互いのオススメ映画を見せ合うのが映研の伝統と書いてある。
「楽しそう」
カミナギはつい声を出してしまう。
「そう? どれだけ映画見るのよ」
演劇部のミズキは冷静だ。
カノウが席に座って話し始める。
「そこに副部長も呼びたいんだ」
「えっと、ヒヤマ・チホさんでしたっけ」
ミズキが二人の話に入ってくる。
「演劇部の脚本はいつもチホ先輩に頼んでるよ」
カミナギは少し考えて、
「つまりカノウ先輩は、わたしにヒヤマ副部長に脚本をお願いしたらいいと?」
「まあね。ただ、映画の脚本は断るかもしれない」
「どうしてですか?」
「去年の夏、彼女のシナリオで映画を撮ろうとしたんだけど、三年の監督が途中で放り出したんだ」
「ウズハラ先輩が音楽を作っていたっていう?」
「そのとおり。あれ以来、彼女は映画に一切関わらないと決めたらしくて。なんとか副部長にはなってもらったけど、今は小説や演劇に専念しているみたいだね」
その夜、カミナギはチホが入選したという映画のシナリオをネット上で見つけた。チホの作品はロードムービーだった。主人公の女の子が親友と一緒に旅に出る。初めのうち、目的はよくわからない。しかし次第に二人それぞれの目的がわかってくる。主人公は生きる目的を探して、親友は死ぬ手段を探して、同行しているのだ。さりげなく見せられていた伏線がゆっくりと絡まり合って、最後の五分間で美しい結び目となる。
大賞受賞作もあって読んでみたものの、カミナギはチホの作品が一番面白かった。そして彼女のセリフ回しや物語の展開の仕方は、自分には無いものだ。
映画はカノウ先輩のように一人で撮ることもできるけれど、みんなで撮ることもできる。
「よし」
カミナギは小さく声を出して、決意を固めた。副部長にシナリオを頼みに行こう。
次の日の放課後、三年の教室の入口でチホを教えてもらったカミナギは、緊張しながら声をかけた。
チホは読んでいた本からカミナギへと視線を上げる。そして黙ったまま右手の中指でメガネの位置を直した。
「……来年の夏にしたら?」
「え?」
チホがカミナギの手元を指差す。
「カメラ、ですか?」
「演劇部もビデオ撮影はするけど、もっと新しいカメラを使ってる。放送部はスマホで撮影。AI非搭載のカメラなんて映研部員しか使わないよ。そして夏休み前のこの時期。映画コンテストの話に決まってる。でもあと四十日で完成させるのはムリだから、来年の夏にしたらって言ったの。私の推理に間違いあった?」
チホはよどみなく流れるように一気に話した。
「推理は、えっとほとんど正解です。映研の一年、カミナギ・リョーコです」
「ほとんどって何よ」
「映画は四月から撮っているので、楽なスケジュールとは言えないですけど完成はさせます」
「だけど私のところに来た。ということは脚本が行き詰まっているんでしょう。そして私は映画の脚本は書かない。カノウくんに聞いた通りね。あなた一年なんだから次の夏でもいいでしょう」
チホに話の先の先まで読まれていて、話がしやすいのかしにくいのか、カミナギは混乱してしまう。
「でもわたしはいま映画を撮りたいんです」
「それはあなたの希望でしょう。私の推理はすべて事実を根拠にしている。間違いなんてない。今年は無理」
「あれ? でも、ちょっと待ってください」
カミナギは何かを思いつきそうだった。指でまゆげをぐにぐに押しながら考える。
「そろそろ帰るんだけど」
「……確かにこのカメラはAI非搭載だし、わたしは映研というのも正解です。でも先輩がわたしの映画を手伝うかどうかは、可能性の問題です。予想はできますけど、先輩が決めることで、うまく言えないんですけど」
「推理になってない、って言いたいのね」
チホは腕を組んで黙りこんでしまった。
まずい。カミナギは一旦撤退することにした。
「あの、じゃあまた来ます。今度映研の夏合宿があるので、ぜひ参加してください。あと、先輩のシナリオ面白かったです」
「……テーマは何だった?」
チホはメガネ越しにカミナギを睨む。
「えっと、生と死は表裏一体で」
「違う」
「二人の気持ちが」
「違う」
カミナギはシナリオを思い出しながら、もう一度必死に考える。
「関係ありそうなものが関係なくて、それでも絡まり合っていて、離れながら混ざり合っている?」
チホはもう一度メガネの位置を直した。
「カミナギさん、だっけ。あなたには物語を見通す能力がある。確かにさっきの話は推理になっていなかった。一番大事なところを私が決定していたんだから」
「ごめんなさい。ナマイキでした」
「推理に生意気も何もない。あるのは公平さと真実だけ。……ねえ、合宿って何するの?」
チホは決まりが悪そうな素振りを見せるが、カミナギは気にしない。
「まだ決めてないんですけど、えっと、みんなでオススメの映画を見せ合ったり、泳いだり、近所に洞窟があるらしいので撮影したいし、色々です!」
「はいはい無駄に元気だね。行けたら行くから詳細はメールで教えて。確認しておくけど、脚本を書くとは言っていないからね」
「大丈夫です。合宿、ぜひ来てくださいね!」
カミナギは今度は大きくおじぎをして廊下に出て、階段を駆け下りた。
著者:高島雄哉
次回11月10日(木)更新予定
©サンライズ・プロジェクトゼーガ
©サンライズ・プロジェクトゼーガADP